表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
183/365

カヤの決意

「退学はまずい……」


 部屋に戻るなり、俺はブレザーを脱ぎ捨てベッドに突っ伏した。枕に顔をうずめて、どこからでてるのかも分からない変なうなり声をあげる。

 しばらくそうしてから、俺は顔を上げた。ぐだぐだ考えていても仕方が無い。今、俺に出来ることは何も無いんだ。あるとすれば、熊谷をもう一発殴って確実に退学になることぐらい。てか、退学になったら思う存分あいつを殴れるな。

 あいつを殴ったことを後悔はしていない。あの一発に値することをあいつはしたんだ。当然の報い。いや、足りないくらいだ。後悔はない。後悔はないんだ。ただ……


――高校は卒業してくれ、頼む。


 ふとした拍子に、気分が沈む。親父の言葉が頭をよぎるたびに胸が痛む。

 親父は、どう思うだろうか。俺がもし退学になんてなったら……落胆するよな。最後の最後に、俺は親父を裏切るのか。ここまで育ててもらっといて勝手に家を出るし、今度は退学。最低な息子だ。もちろん、事情を話せば親父はきっと分かってくれると思う。俺を責めるようなことはしないだろう。だが、悲しむに違いない。せめて、万が一のときは親父の耳に入らないようにしよう。いや、『勘当』された今、親父との連絡は禁じられている。俺が退学になっても、親父がそれを知る術はない――はずだ。


「……」


 カヤは大丈夫だろうか。俺はごろんと仰向けになって天井を見つめた。真っ白な天井をじっと見つめて思う。一番問題なのはカヤではないか、と。俺が熊谷を殴ったこと……あいつが知ったらどう思うか。あれだけクラスメイトの前で派手にやらかしたんだ。隠すことはもはや不可能だ。カヤの耳にはいるのも時間の問題。もう誰かから聞いたかもしれない。神崎の彼氏だ、なんてつい言い放っちまったし。あの暴力事件にカヤが関わっていることを公言したようなもんだ。今思えば、軽率だったな。

 ケンカ中といっても、カヤはカヤだ。リストの話で熊谷が盗撮事件の黒幕だと分かっただろうし、俺が熊谷を殴ったと聞けば……自分のせいだ、と責任を感じるだろう。思いつめるに違いない。これで俺が退学になろうものなら、自分も学校を辞める、と言い出しそうだ。そしたら、なんと言って止めればいいだろう。「気にするな」と言っても気にするだろうし、抱きしめたところで「またごまかすの?」と言われかねない。「愛してる」? ……いや、それはもう無理だ。「答えになってないよ」――トラウマだ。

 部屋に、俺の息遣いと時計の針の音が響く。

 ケンカより厄介かもしれない。どう元気付ければいいのか分からない。無力だ。

 あいつに何も言わずにさっさと逃げるように帰ってきたのも、悲しむあいつを見たくなかったからかもしれない。こうして電話に手がのびないのも、あいつのつらそうな声を聞きたくないからかもしれない。俺は、逃げている。

 そのときだった。俺はあることに気づいてハッとした。それは、まるでどこからともなく飛んできた矢のごとく、唐突に俺の頭に突き刺さった。


「あ……」と情けない声が漏れる。


 思わず、俺は笑ってしまった。なんて皮肉だ。笑うしかない。

 カヤを守ろうと熊谷を殴って……結局、一番傷つくのはカヤだ。


「情けねぇ」


 浅はかだった。俺は、またあいつを泣かすんだ。

 目を閉じれば瞼の裏にカヤの姿が浮かび上がる。頬を涙で濡らし、潤んだ瞳をこちらに向け、その艶やかな唇をこう動かす――ごめんね、と。容易に思い浮かぶ、打ちひしがれたカヤの姿。俺はそれを見たくない、と思った。瞼を開いて瞳に写るのは、いつだって彼女の笑顔であってほしいと思った。

 でも、きっと次に会うときにはカヤは泣いている。そう確信していた。

 ああ、カヤの笑顔が恋しい。その思いが込み上げてきて他の雑念を覆い隠した。一瞬だけだったが、心が温まり安らぎが不安をごまかした。

 そういえば、夕べはほとんと寝ていない。瞼がだんだんと重くなり、俺の意識は遠のいていった。


***


 砺波は二時間目が終わるなり、机の横にかけておいた紙バッグを手にし、教室を飛び出した。「廊下を走るな」という教師の叱責を無視して階段を駆け下り昇降口へと向かう。すばやく下穿きに履き替えると、上履きを下駄箱にしまうことなく校庭へと走り出した。

 それは二時間目の途中だった。携帯電話が振動するのを感じて、教師の目を盗んで携帯をのぞくと、メールが来ていた。


――今、正門に着きました。時間ができたら来てね。


 本当にあれからすぐ来たのか、と驚きつつも居ても立っても居られなくなった。二時間目の後半は全く集中できなかった。

 グラウンドを砂ぼこりをあげながら風のように疾走する。丁度体育が終わった体操着の生徒たちは、駆け抜けていくセーラー服の少女をぎょっとしながら目で追った。

 正門をくぐってブレザー姿の少女の姿を見つけるやいなや、砺波はいきなり怒鳴りつけた。


「来るの早いっての!」


 少女はハッとして砺波に振り返ると「ごめん」と反射的に謝る。


「人を待たせるのは嫌いなのよ! わたしが二時間目の途中だってわかってたでしょ!? もっとゆっくり来なさいよね、カヤ」


 肩で息をしながら、砺波はまくしたてるように言う。

 人を待たせるのは嫌い――相手を思いやってのことではない。理由は単純だ。自分が待たされるのが嫌いだからだ。


「ごめんね」と再び謝るカヤの目は赤い。決して、砺波に怒鳴られて泣きそうなのではない。今まで泣いていたからだった。

 カヤの瞳は、まるで迷子の子犬のよう。救いを求めるような視線で自分を見つめている。どうやら、まずは彼女の話を聞いたほうがよさそうだ。砺波はやれやれとため息をつく。


「なにがあったのよ」


 すると、カヤは沈んだ表情を浮かべてうつむいた。泣きすぎて涙が枯れたのかもしれない。胸が締め付けられるほど痛いのに、もう涙はでてこなかった。


「あんま、時間ないんだからさ。話したいことあるなら、さっさと吐きなさいよ」紙バッグを腕にさげ、砺波は腰に手をあてがう。「ま、どうせ、葵のことなんでしょうけど。まだひきずってんのね。もう心配いらないってのに」


 唐突に言われてカヤはきょとんとして顔をあげた。


「葵?」

「ほら、夕べの泥棒猫よ」


 泥棒猫、と言われてカヤの頭に浮かんだのは、確かに猫のような愛らしい少女だ。エレベーターの中で和幸と見つめあっていた、あの小柄な少女。和幸はコンタクトを直していただけだ、と言っていたが……思い出すだけで、カヤの表情は曇る。しかし、心配はいらないとはどういうことだろうか。そういえば、躾をするとか言っていたが。砺波はカイン――それを考えると、違った意味でカヤの表情はさらに曇った。


「と、砺波ちゃん……」とカヤは思わず震える声で砺波に迫っていた。「あの子に、何かしたの!?」 


 すると砺波はきょとんとし……そして、「はあ?」と苦笑した。


「人をなんだと思ってるのよ」

「殺し屋」


 ポツリとカヤは不安そうな表情でつぶやいた。砺波はぱちくりと目を瞬かせてから、頬を赤らめてわざとらしく咳払い。


「何もしてないわよ! てか、実はあの泥棒猫と意気投合しちゃって。あれから夜中まで話し込んだのよね」

「え」


 意気投合? カヤの頭の中で、夕べ繰り広げられた砺波と葵との罵りあいが浮かび上がった。砺波と葵? 一体どうやったら、あの二人が仲良くなるというのだ。信じられずにカヤは眉根をよせた。

 カヤが困惑する理由は砺波にも理解できる。なにせ葵は砺波の大嫌いなタイプだ。仲良くできるはずはなかった。だが……。砺波は言いにくそうにぎこちなくつぶやく。


「負け犬同士、話があうというか……」

「負け犬?」


 カヤが小首を傾げると、砺波はごまかすように「なんでもない、なんでもない」と繰り返した。


「とにかくさ、安心していいってこと。あの子には、別の男を紹介することになったからさ。バイト辞めるのを条件にね。だから、もう和幸にちょっかいだすようなことはないわよ」

「別の男?」

「そ。和幸よりずっとイケメンをねぇ。今日のお昼にさっそくデートをセッティングしてやったし。もうばっちり」


 砺波はにんまりと怪しげな笑みを浮かべる。別の男とは誰だろうか、と気になりはしたが、自分が首をつっこむことではないだろう、とカヤはとりあえず微笑んだ。ずるい考えかもしれないが、確かに、葵が他の男を見つけて和幸から離れてくれるというなら安心だ。

 それにしても……と、カヤはまじまじと目の前で腰に手をあてがって堂々としている童顔の少女を見つめた。


「砺波ちゃんってすごいな」と感心した声をだす。


 言われて砺波は「は?」と顔をしかめた。


「誰とでも仲良くなれるから。羨ましいな、て」


 どこか寂しそうな表情でカヤはそうつぶやいた。すると砺波はけろっとした様子できっぱりと答える。


「あんたのほうがすごいわよ」


 まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもいなかった。カヤはあっけにとられて口をぽかんとあけた。


「わたしとこんだけ仲良いんだから」

「は……」


 まるでそれが世の中の常識のような、そんな当たり前のような表情で砺波は言い放った。カヤは唖然として彼女を凝視する。


「もっと自信もちなさいよ。あんた、試してないだけだって」

「……試す?」

「これでもカイン一の自己チュー女って言われてるんだから。わたしと付き合えれば、大体の女とはうまくいくわよ」


 言っている内容とは裏腹に、砺波は自慢げだ。

 カヤはしばらくきょとんとして……そして、思わず噴出した。砺波が自己チュー女かどうかはカヤには分からなかったが、それでも彼女の言葉には説得力があった。確かに、砺波ほどはっきりと物を言う人物に今まで会ったことはない。そして、今やそれに慣れている自分がいる。


「ありがとう」とカヤは笑いながら砺波に言った。


 その笑顔に満足したように砺波はため息をもらし、持っていた紙バッグをカヤに突き出した。


「まったく、世話が焼けるんだから。ほら、これ」


 戸惑いつつもカヤはそれを受け取る。何の変哲もない紙バッグだ。いや、言うなれば、お洒落な紙バッグだ。ネイビー色を基調として、そこに薄いピンクの線画が描かれている。


「これ、なあに?」と尋ねながらも、紙バッグをまじまじと見つめた。そして気が付く。紙バッグの隅にあるブランド名――macaron(マカロン)。それだけで中身は予想がつく。macaronは最近トーキョーの女子高生に大人気の靴専門のブランド。つまり、砺波がただの入れ物としてこの紙バッグを使っているのでないならば、中身は靴しかあり得ない。

 ブランド物には興味の無いカヤだったが、macaronだけは別だった。え、と目を丸くして砺波を見やると小首を傾げた。


「これ……」

「そ。シンデレラの靴よ」


 その言葉に、カヤはハッとした。やはり……と思いつつも、なぜ? と眉をひそめる。

 砺波の高校は、クリスマスに盛大なダンスパーティをひらく。毎年、異なるテーマを設定して、それに合わせたイベントを行うのだ。今年はシンデレラ。女性は実行委員会が定めた靴を用意して、片方をパートナーに渡すことになっている。パーティ当日、男性はその靴を頼りに相手を探す――もちろん、(女性は仮面で顔を隠すことになっているが)御伽噺と違って姿かたちで判断がつくはずだ。誰も本気で靴を頼りに探せ、とは言っていない。あくまでただの余興だ。

 カヤも砺波に誘われて、参加しようと思っていた。そのために、砺波に指定の靴を取り寄せてもらった――macaronの銀色のパンプスを。ただ、すでに頼んだ靴は砺波から受け取っていた。つい、一昨日のことだ。今それは玄関においてある。だからカヤには不可解だった。なぜ、こうしてまた砺波がmacaronの靴を渡してきたのか。

 いぶかしげな表情で砺波を見つめていると、彼女はつんとした表情を浮かべて目をそらした。


「それ、和幸の。てか、あんたの、か」

「!」


 カヤは一瞬、何を言われたか分からなかった。え、と眉をひそめる。すると砺波は申し訳なさそうな表情を浮かべて腰に手をあてがった。


「夕べさ、わたし葵を送ったじゃない? そしたら、あの子が途中で気づいたわけよ。持ってる荷物の中に、あいつのが混じってるって事に」


 カヤは目を見開いて持っている紙バッグを見つめる。砺波は苦笑すると頷いた。


「そ。それよ」

「どうして……」と困惑した表情でカヤが口を開くと、砺波はさらりと答える。

「わたしが教えたのよ」質問を最後まで聞かずとも、カヤの疑問は予想できた。「昨日の朝、『実家』で偶然会ったときに。シンデレラの靴のことも、どの靴かも、あんたの靴のサイズも」

「……」


 砺波の言葉に、ただ呆然とすることしかできなかった。

 カヤはダンスパーティに行くのを諦めていた。事の起こりは一昨日の夜だ。和幸に『誘拐』された夜。和幸はイベントごとが嫌いだと砺波から聞き、念のためにダンスは好きか尋ねた。すると明らかに嫌そうな表情を浮かべたので、カヤは誘うことすらやめて砺波から受け取ったシンデレラの靴を自ら(・・)履いた。クリスマスは二人で何かすればいい――そう自分を納得させて。

 しかし、その和幸がシンデレラの靴を買ったという。それはまるで……


「あいつ、ダンスパーティとか嫌いなはずなのに」砺波は呆れたような笑みを浮かべてそうつぶやいた。「行く気満々みたいよ。どうすんの?」


***


 和幸くんが私にmacaronの靴を買っていてくれた。シンデレラの靴を。私は紙バッグを持つ手に力をこめる。また……私に秘密で。そう思うと、胸に込み上げてくるものがあった。今までと違う。嬉しい、と思った。彼の隠し事に、温かい愛を感じた。優しさを感じた。ぽろりと涙がこぼれる。気持ちのいい涙が。


「うそ! 泣くの!?」


 砺波ちゃんが、信じられない、と呆れた声を出した。確かに、これじゃ靴を買ってもらったのが嬉しくて泣いているみたいだよね。私は恥ずかしくなってあわてて涙を拭いた。


「これは、違うの」と弁解しようと声をだしたが、それは砺波ちゃんの言葉に遮られた。


「にしても……あいつがダンスパーティに行くか」どこか寂しげな声色だった。空を振り仰いで、大人びた笑みを浮かべている。「わたしが去年誘ったときは、興味ない、の一言だったのにな」

「!」


 私はハッとした。まるで別人のような、か弱い声。せつない表情。それに、誘った? まさか……と思った。もしかして、砺波ちゃんって……。ううん、そんなわけない。だって曽良くんははっきり言ってたもの。和幸くんと砺波ちゃんは幼馴染で、恋愛感情はない、て。

 じっと見つめていると、そのまん丸の目が私に戻ってきた。


「ねえ、カルパッチョってなに?」

「え!?」


 いきなり、料理の話? きょとんとしていると、砺波ちゃんは苛立った声を出す。 


「画家のカルパッチョよ。あんたの趣味?」


 画家の……カルパッチョ。


「あ!」と思いつき、遠慮がちに私は訂正する。「それ、カラヴァッジオのことだと思う。養父の趣味で私のじゃないけど……和幸くんから聞いたの?」


 そうだ。昨日の朝、カラヴァッジオとカルパッチョを彼は勘違いした。思い出すと、ほほえましいな。笑ったら失礼だけど、かわいかった。


「葵から聞いたのよ」と砺波ちゃんは意外な答えを返す。「夕べ、あいつ……あの和幸がよ? 絵画の展覧会のポスター見て立ち止まったんだって。カラなんちゃらがどうのって言って。あいつは棒人間さえまともに描けないのよ? 絵画に興味を示すなんておかしいと思ったのよ。だから、どうせあんたの影響かなってさ」

「……」


 砺波ちゃんは相変わらずの早口で一気に言い切った。私は呆然として立ち尽くす。和幸くんが……絵画に? 


「オークションにも行くって言うし、ダンスパーティも乗り気だし」砺波ちゃんは腕を組んで呆れた声を出した。「あいつ、変わったのね。カインを辞めて」


 つい、持っている紙バッグに目がいった。

 和幸くんは単に変わっただけ? 違う。彼は彼のまま。ただ……私に合わせようとしてくれてるだけ。私の世界を知ろうと無理してくれてるだけ。絵画もオークションも、そしてダンスパーティも……。


――合わせなくていいよ! 合わせる必要なんてない。


 夕べ、エレベーターの前で彼に怒鳴った言葉。今思い返すと、恥ずかしくなる。私は目を固く閉じた。何も分かってなかった。何も見えてなかった。

 私が間違ってた。合わせなきゃいけなかったんだ。合わせる必要があったんだ。たとえ無理してでも。私が、彼の世界に。彼にばかり負担をかけていた。彼がこちらに来ようとしているのに、私は待っているだけだった。私も彼を迎えに行かなきゃだめだったんだ。

 彼に甘えすぎてた。彼に任せきりだった。こっちの世界では私が彼を守るんだ、て誓ったのに。何も出来ていなかった。気づけば、彼を苦しめて追い詰めていた――気晴らしに他の女の子とでかけたくなるほどに。彼が退学の瀬戸際に立たされているのだって、私のせいなんだ。私が頼りないから……和幸くんに陰で私のために戦わせてしまう。彼に……隠し事をさせてしまう。それなのに、私は彼を責めてばかり……。自分のことを棚にあげて、彼の気も知らないで。

 これじゃだめだ。このままじゃだめだ。いい加減、強くならなきゃ。彼のために一人ででも戦えるようにならなきゃ。彼のために、何か……


「!」


 私は目を見開いた。そのとき、ふと脳裏によぎった声。それは心の奥深くにずっと引っかかっていた言葉。和幸くんのようで……少し違う。そっくりだけど、ほんの少しだけ大人びた声。

 そうだ。私には、しなきゃいけないことがあった――彼のために、彼の恋人として。


「カヤ、どうしたの?」


 私が急に黙り込んだので心配になったのだろう。砺波ちゃんの怪訝そうな声が聞こえてきた。私はゆっくりと顔を上げた。


「砺波ちゃん」はきはきとした口調で私は尋ねる。「本当に、カインの中で一番性格悪いの?」

「は!?」


 あからさまに砺波ちゃんは不快な表情を浮かべた。


「なに、それ!? 失礼すぎじゃない!?」

「だって」と私はあわてて弁解する。「さっき、そう言ってたから」

「わたしはカイン一自己チューだって言ったのよ!」

「同じような気がするんだけど……」

「違うわよ!」


 そっか。私は眉をひそめて視線を落とす。それはそうだ。だって、砺波ちゃんはいい人だもん。これで性格悪かったらカインの人達は聖人の集まりだ。ぎゅっと紙バッグの取っ手を強く握り締める。てことは、カインの中にはきっと恐い人もいる。殺し屋だもんね。私の想像もつかないような、とんでもない人だっているんだ。たぶん。


「突然、なんなのよ?」


 困惑した声だ。砺波ちゃんにしては珍しい。


「でも!」と唐突に顔を上げて裏返った声をあげた。「自信もっていいんだよね? 試してみる価値あるよね?」

「は?」


 なんだろう。不安だけど……緊張するけど……胸が高鳴る。晴れ晴れとした気持ち。やらなきゃいけないことが、やっと分かった気がする。私はつい笑みがこぼれていた。


「ありがとう、砺波ちゃん! 私、やってみるから!」

「は!? やってみるって……何なのよ!?」


 校舎のほうからチャイムが聞こえ、砺波ちゃんは弾かれたように振り返った。


「やばっ!」

「じゃ、またね。砺波ちゃん」


 言って、彼女に背を向けて私は歩き出す。行く場所はもう分かってる。彼のために私ができること、一つ気づいたんだ。彼のためにしなきゃいけないこと、思い出した(・・・・・)んだ。


「あ、こら、カヤ! 何するつもりなのよ!? てか、『またね』じゃないのよ!」


 砺波ちゃんのあわてふためいた声が後ろからした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ