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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
178/365

神の子と『人形』

前の章の終わりとつながっています。長かったので変なところで区切ってしまいました。

「藤本!」


 唐突に、元気よく張りのある声が聞こえてきた。誰かは振り返らずとも分かる。俺にとっては、鶏の鳴き声と同じようなものだ。この声を聞くと、朝が来たな、としみじみ思う。今朝も何か新しい噂話でも入荷したのだろうか。


「どうした、平岡」


 教室から飛び出してきた、がっしりとした体格の坊主頭に俺はそう尋ねた。


「神崎さんと話してたみたいだけど」と嬉しそうににやけて近寄ってくる。「どうだった? いい感じ?」


 さては、教室からこっそり覗いていたんだな。俺は呆れたように苦笑してさらりと答える。


「先週から付き合ってる」

「……」


 平岡は凍ったように固まった。しばらくしてから、「は」と声をだして憫笑を浮かべてきた。


「妄想の話はいいからさ」と俺の肩をたたく。「どうなの?」

「……どうだろうな」


 やっぱ、こうなるか。カヤが言わない限り、誰も信じそうにないな。俺がストーカーと思われかねない。別に周りに言いふらしたいわけじゃない。ただ、こうして平岡に毎朝のように進展を尋ねられるのは面倒だ。騙してる気もするし。こいつが信じないのが悪いんだが。


「てかさ」と平岡は唐突に切り出す。「さっき、神崎さん泣いてた?」


 おい。どこまでしっかり観察してたんだよ。くりっと大きな目は意外と性能も良いようだ。


「昨日、ケンカしてな」どうせ信じないだろうが、とりあえずそう答える。「そのせいだと思う」

「藤本が泣かしたわけじゃないだろう。とすると……」


 聞こえてないわけはない。こんな至近距離なんだから。ガン無視か。もう、勝手にしろ。


「もしかして、アレかな?」

「アレ?」


 なに、もったいぶってんだ。一応相づちをうつものの、俺は相手にしていなかった。

 平岡は腕を組んで、眉間に皺を寄せる。その姿だけは、部の今後を考える野球部主将に見えなくもないが、どうせその口から出てくる言葉はくだらないことに決まってる。


「盗撮写真が出回ってること、先生から聞いたかな」


 ほらな。……って、は!?


「盗撮写真!?」


 思わず大声をあげていた。廊下でたむろってしゃべっている奴らがぎょっとして俺に振り返る。


「どういうことだ、それ?」


 声を低くして脅すように平岡に尋ねた。予想を大きく裏切り、とんでもない爆弾発言をしやがって。普段はくだらない噂話しかしないってのに。もはや狼少年だな。

 盗撮写真――聞き覚えがある。そして、見覚え(・・・)がある。


「ほら、先週だったっけ? 熊谷(くまがや)のSDカード壊しただろ、お前」

「ああ、壊した。だから、写真はもうないはずだろ」


 あれは、正義にカヤが連れ去られた日。熊谷という、ウチのクラスの悪ぶったイケメン気取りが、カヤの盗撮写真を回してきたんだ。以前から違う女子の写真が回ってくることはあったが、くだらなすぎて相手にしてなかった。だが、あの日は……カヤは両親を亡くした(ことを知った)直後だったし、何よりカヤを守ってやりたかった。売りさばかれる前に写真を葬り去ろうと――それも騒ぎにならないように――熊谷を屋上に呼び出して写真が保存されているSDカードを目の前で折ってやったんだ。

 なのに、なんでその写真が出回ってるんだ? まさか、また新しく撮られたのか?


「そのはずだったんだけどさ、なんか知んないけど……あの写真、今じゃ皆持ってるらしい。特に、神崎のクラスの男子は。誰かが回したんだな」

「誰かって一人しかいないだろ」


 俺は苛立ったため息をつく。――熊谷だ。まさか……あのSDカードの他にも予備があったのか?


「なんで、もっと早く言わないんだよ!?」


 毎朝必要のない噂話をもちかけてくるくせに、なんでこんな大事な話は懐に暖めとくんだよ。


「早くも何も、俺も今朝知ったんだよ」と平岡は不満そうに口をとがらす。「なんか金曜の放課後に誰かの携帯が取り上げられてさ、それで教師にバレたんだとよ。部活さぼって写真見てたんだろ、どうせ」


 自分が悪いことをしたかのように、平岡は必死に早口で説明した。

 血がたぎっているのを感じた。細かいことはもうどうでもいい。表情を曇らせる平岡をその場に残し、俺は足早に教室に駆け込んだ。廊下側、真ん中の席を、見覚えのあるスキンヘッドとスポーツ刈りが囲んで立っている。その中心、席に座って話している長髪の男を見つけるなり、拳を握り締める。

 もう俺はカインじゃない。騒ぎを起こして目立っても問題ないと思った。


***


 一気に駆け上がって屋上の扉を勢いよく開く。心臓の鼓動が早い。苦しい。カヤは息をきらせながら屋上に足を踏み入れ、全身に刺すような太陽の光を浴びる。二、三歩よたつきながら進んでその場にへたりと腰をおろした。誰も居なくてよかった、とカヤは心の底から思った。両手をついて、一度咳き込む。コンクリートの地面を見下ろす視界がぐにゃりと歪んだ。涙のせいだ、とカヤは気づいて瞬きをする。ぽつりと一粒、雫が落ち、手で顔を覆った。

 あたりにチャイムの音が響き渡る。カヤはじっと座り込んで、最後の一音まで聞き届けた。もう一時間目に出る気力はなかった。

 カヤは顔から手を離し、自分の肩を抱く。教室に帰りたくない、誰とも会いたくない、誰からも見られたくない――声にならない叫びをあげて体を丸めた。今まで様々な嫌がらせを受けてきたが、こんな辱めは初めてだ。考えただけでも気分が悪くなる。周りの視線が全て邪なものに思えて仕方が無い。

 野村から思わぬ事実を聞き、まっすぐ教室に戻ったのだが、居ても立ってもいられなかった。携帯をのぞいているクラスメートを見るだけで動悸がして息苦しくなった。こちらを一瞥する男子生徒が不気味で恐ろしかった。視線だけで穢されているような気分になった。ミニスカートをはくことさえ抵抗がある彼女にとっては、写真とはいえ、下着姿を和幸以外の男に見られたことは、とても耐えられない恥辱だった。

 再び動悸がして、カヤは胸をおさえた。熱でもあるかのように、頭がぼうっとする。体が焼けるように熱い。なにより……苦しい。このまま、気を失うんじゃないかとさえ思った――そのときだった。


「あれ、神崎先輩?」


 いきなり背後から声がして、カヤはハッと顔を上げた。聞き覚えのある、愛嬌たっぷりのかわいらしい声。慌てて振り返ると、愛らしい金髪碧眼の男の子が立っていた。アクアマリンのような瞳が日差しを受けて一段と輝きを放っている。


「リストくん?」


 一つ下の後輩、カヤと同じく今学期転入してきたリスト・ロウヴァーだ。劇では主役――つまり、カイン役――を務める人懐っこい少年。

 カヤは涙を隠すことも忘れて呆然と彼を見上げていた。


「どうしたの? 一時間目、始まってるよ」


 カヤがそう尋ねると、リストはゆっくりと歩み寄って、くすりと微笑する。


「こっちのセリフですよ。神崎先輩こそ、何してるんですか?」

「……」


 返す言葉が見つからず、カヤはとりあえず笑顔を浮かべた。しかし――本人は気づかなかったが――それはとても笑顔といえるものではなかった。頬は痙攣したようにひきつって、唇は震え、なにより瞳には大粒の涙がたまっている。

 リストは憫笑を浮かべると、カヤの前でしゃがんでおもむろにポケットからハンカチを取り出す。


「使います?」


 薦められたハンカチに、カヤはやっと自分が泣き顔のままだということに気づいた。「あ」と弱弱しく声をだすと、一気に溜め込んでいた涙がこぼれだした。


「ごめんね」といいながら、カヤはハンカチを受け取らずに泣き出した。行き場の無くなったハンカチをひらひらと揺らし、リストはその場に腰を下ろす。


「彼氏とケンカですか?」


 苦笑しながら小首を傾げ、リストはぽつりとそう尋ねた。


***

 

 一時間目は英語。いちいち教科書を読ませられるので、面倒で毎回さぼって屋上にきてるのだが……まさか、『人形』に出くわすとは驚いた。これも神のお導き、かな。しかも……大泣きしているし。絶妙のタイミングだ。きっと和幸さんとのケンカが原因に違いない。となれば、だ。話を聞き出して……あとはうまく言いくるめて和幸さんと仲直りさせる。これしかない。成功するかは分からないけど、試してみて損はない。運がよければ、和幸さんの無謀な計画を止められるかもしれない。あの人は『人形』と仲良しこよしがお望みだ。仲直りして円満になれば、大人しくしてくれるはず。


「彼氏とケンカですか?」と、オレはさりげなく話をそっち(・・・)の方向へ誘導した。


 オレと『人形』……いや、神崎先輩との仲はそこまで深くない。劇の相手役ってだけで、先輩後輩だし、当たり障りの無い話しかしたことない。普通なら、彼氏とのプライベートな話なんてオレには打ち明けないだろうけど……こういう落ち込んでいるときは別だろう。きっと、話してくれるはずだ。

 『人形』にはオレの力――神の遺伝子に宿る力は使えないって話だからな。こういう弱みにつけ込むような手しかない。

 ところが、オレの作戦は出鼻から挫かれることになる。『人形』は思わぬ言葉を口にした。 


「彼とケンカはしてる。でも、それが原因じゃないの」


 鼻をすすり、涙を拭いながら『人形』はそうつぶやいた。オレは「は?」ととぼけた声を出していた。原因は違う?


「リストくんは……」と『人形』は怯えるような表情をこちらに向け、か弱い声を漏らした。「写真持ってる?」

「はい? 写真? 何のですか?」

「私の……」と言って、頬を赤らめて『人形』はうつむいた。「私の、着替えてる写真」

「え?」


 着替えてる写真? 『人形』の? なんでオレがそんなの持ってるんだ? そういう趣味はない。見たかったら、まずはそういう関係になるし。いや、そもそも、どんなに魅力的だとしても『人形』の体は所詮粘土だってオレは知っている。正直、興味すらない。

 何の話か分からず顔をしかめていると、『人形』は「ごめん」とさらに頬を紅潮させて口にした。


「知らないなら、いいの。気にしないで」

「気にしないで、と言われてもですね」和幸さんとのケンカに何か関係はあるのだろうか。なかったら、話を聞いても意味無いんだけど……「それが一時間目をさぼっている理由ですか?」


 とりあえず話の全貌が見えてくるまで話を続けてみよう。オレはそう思って詮索するように尋ねた。『人形』は言いにくそうに表情を曇らせてぎゅっとスカートを握り締める。


「皆、持ってるんだって。少なくとも、同じクラスの男の子は皆……」

「は……はい? 先輩の着替え写真をですか?」

「盗撮されてたみたいで……」


 哀しげに微笑んで『人形』はまた涙を浮かべた。

 オレは言葉が出てこなかった。使命を知らない『人形』――つまり、人間であるときのパンドラが、どんな性質を持っているかは知っている。先代マルドゥクの王、リチャード・ハノーヴァーから言い伝えをいやと言うほど聞かされたからな。珍魚落雁(ちんぎょらくがん)。才色兼備。純真無垢。純情可憐。清廉潔白。様々な言葉で言い表された彼女の特徴。かいつまんでいえば、見も心も穢れの無い美しさということだ。とにかく、純粋。そうなるように、神によって創られた。そんな彼女にとって、下着姿(着替え写真ってことはそうだよな)を恋人でもない男に――しかも不特定多数の人間に見られたというのは、この上ない苦痛だろう。オレにその話をすることさえつらいはず。始終ひきつっている表情がその証。見ているだけで、心の痛みが伝わってくるようだ。

 『人形』に同情なんて、マルドゥクの王として失格だが……憐れまずにはいられなかった。

 オレが押し黙っているから『人形』は心配したのか、ごまかすように明るい調子で続ける。


「私も、今朝知ったの」そう言う彼女の表情はやはり硬い。声だけが虚しく元気なふりをしている。「私の写真が男の子たちの間で回ってるんだ、て先生から聞かされて。それも、SDカードで」

「SDカード?」

「そう、びっくりだよね」と、涙が残る目を細め、にこりと微笑んだ。今度はしっかり笑顔になっているが、それでも作り笑顔には違いなかった。明らかに無理している。オレには、泣いているようにさえ見えた。「ちょっと驚いて取り乱しちゃっただけだから。変な話してごめんね」

「いえ」と、言いつつ……オレは何かひっかかっていた。

 

 デジャブのような感覚を覚えて、小首を傾げる。前もこうして屋上でSDカードがどうのって話したような気がしてならない。それも、最近。なんだっけ?


「先生もどこまで出回っているのかは分からないみたいで。だから、気になってリストくんに聞いちゃったの。一年生にも回ってるのかな、なんて……」

「それはないんじゃないですか」と、オレはすかさず答える。「とりあえず、オレは聞いたこともないです」

「そっか」『人形』は、それならよかった、と力なく言ってうつむいた。


 冷たい風が通り過ぎ、「肌寒くなってきましたね」と間をもたせるようにオレはつぶやいた。頭の中では、デジャブの正体を探ろうと脳が忙しく記憶を掘り起こしている。もう少しで何か見つかりそうな気がするんだけど……。


「実を言うと……迷ってるの」と『人形』は唐突に口を小さく開いて言った。「彼に言うべきかどうか……」

「!」


 彼、という言葉にオレはハッとする。待ってました、と微笑みそうになるのを必死に堪える。諦めかけていたが、ここにきて話がいい方向に進みそうだ。


「何でですか?」と身を乗り出す勢いで尋ねると、『人形』はうつむいたまま、疲れ果てた笑みを浮かべた。

「昨日彼に言われちゃったんだ。何でもかんでも受け入れられない。次から次へと困る……て」

「え」


 そんなこと、あの人が言ったのか。話をうまく促すつもりが、オレは唖然としてしまった。あの人も、結構ストレスたまっていたんだな。ま、それもそうか。いきなり、世界の終焉のゴタゴタに巻き込まれたんだから。てか、オレが巻き込んだんだけど。

 しかし、本人に直接ぶつけなくてもよかったんじゃないのか。『人形』はまだ何も知らないんだし。オレにあたればいいものを。


「だから……言いづらくて。また迷惑かけたくなくて」


 風が彼女の髪を揺らして肩を撫でている。気を抜くと、その儚げな美しい横顔に見とれそうになって――ダメだ、とオレは顔をしかめる。彼女を殺すのがオレの使命だ。彼女に情でもうつって、いざというときに心に迷いが出るようなことはあってはいけない。そもそも、彼女の姿も心も、神の計算あってのもの。美しい姿も清らかな心も、すべてはエンリルの罠に違いないはず。彼女に惹かれる――それはオレにとって、悪魔に魂を抜かれるようなものだ。オレは気を引きしめて、彼女は『災いの人形』なんだ、と自分に言い聞かせた。ただの土人形なんだ、と。


「呆れられるのが怖いんだ」と彼女は髪を耳にかけながらつぶやくように言う。「いつもいつも厄介ごとをもちこみやがって……なんて思われるんじゃないか、て。――ううん、きっともう思われてる。だから、言えない」


 もうオレに話しているという意識はないんじゃないか、と思った。まるで独り言のようで、言葉を返すべきか否か迷う。いや、何か言わないとだめだよな。オレの目的は、会話でうまく彼女の気持ちを操作して和幸さんと仲直りさせることだ。とはいうものの……別に『人形』は和幸さんを嫌いになったというわけではないみたいだ。和幸さんだって、『人形』を依然として大切に想ってる。罰を受けるのを覚悟で全部話そう、と思い立つくらいだ。ってことは、何が原因なんだ? 確か、和幸さんは、『人形』が答えをほしがってるって言っていたけど……それか? うーん、ケットに詳しく聞いておくべきだったな。単なる痴話ゲンカだと思って軽く流してしまった。

 後悔先に立たず。それなら今聞けばいいよな。本人から。


「何が原因だったんですか?」とオレはズバリ尋ねた。「彼氏さんとのケンカ」


 『人形』はハッとしてこちらに振り返り、それから哀しげな微笑を浮かべた。


「彼、何か隠し事をしてるの。きっとすごく重要な……それも、私に関わること」

「隠し事……」

「そう思ったら……なんだか、何を信じればいいのか分からなくなっちゃって」


 それが原因ね。なるほど、話が読めた。和幸さんの隠し事ってのは『災いの人形』のことだな。確かに、すごく重要で神崎先輩に関わることだ。『人形』もさすがに身の回りの異変に気づいたか。いや、もしかしたら和幸さんが何かやらかしたのかもしれない。口を滑らしたか、素晴らしい(・・・・・)演技でヘマをしたか。とにかく、何らかのきっかけで和幸さんが何かを隠していることに勘付いて『答え』を求めたんだろう――和幸さんが口が裂けても教えられない『答え』を。で、ケンカになったわけか。

 ふーむ。とりあえず、ケンカの原因ははっきりと分かったけど……どう修復すればいいかなぁ。

 

――リスト!


 突然、天の声が頭に響き、ハッとして目を見開く。紛れもなく、和幸さんに宿しているオレの守護天使の声だ。緊急事態でもない限り、オレに連絡(テレパシー)をしないようにと言い含めておいた。つまり、何かあったんだな。


「リストくん? どうかした?」


 オレの表情の変化に気づいたんだろう。『人形』は目をぱちくりとさせて不思議そうに声をかけてきた。


「いえ、なんでもないです。彼氏さんの隠し事ってなんだろう、と思いまして」


 言いつつ、オレは頭の中で「どうしたの?」と天使に話しかける。


――かずゆきが人を殴ったの!


「え!?」


 あまりに唐突な驚きの報告。思わず、仰天して声をあげていた。


「な、なに?」と、『人形』はぎょっとして身を引く。いきなり叫んだんだから、そりゃそうだよな。

「いや……」


 うまくごまかす余裕もない。オレは心の中でケットを質問責めにする。殴った? どういうこと? 誰を? いつ?


――一時間目が始まる直前。写真がどうのって口論になって……。熊谷っていう人。リストも会ったことあるよ! 覚えてない? 一週間くらい前、屋上で……


 写真、熊谷、屋上? オレは何かが繋がりそうな感覚を覚えて、眉間に力を入れて視線を落とした。『人形』の視線を感じる。きっと心配して見つめているに違いない。


――ほら、かずゆきに乱暴して、リストが神の力で抑え込んだ人だよ。


 その瞬間、フラッシュバックのようにいつかの出来事が頭の中に蘇った。オレははっと息を呑む。思い出した。そして……繋がった。

 そうだ。一週間前、ここで和幸さんはとんだ茶番を繰り広げた。熊谷って男とその付き人のような二人組みを相手に。『人形』の写真を売るとか売らないとか、何やら口論になっていた。そして……SDカード。あのときは、一体何をめぐって争っていたのか分からなかったけど、『人形』の話を――出回っているという盗撮写真のことを聞いた今なら分かる。

 オレはゆっくりと顔を上げ、頭の中に響く天使の声を無視して『人形』に話しかける。


「話さなきゃいけないことがあるみたいです」


 突然のオレの言葉に『人形』は戸惑った表情を浮かべた。オレは構わず続ける。


「一週間前なんですけど、藤本先輩がここで熊谷って人ともめてたんです」

「和幸くんが!?」

 

 さすがにその名前には無条件で反応するようだ。急に興味を示して目を丸くした。オレはゆっくりと頷いて、もったいぶるように間をおいてから核心に触れる。


「それも……SDカードのことで」

「SDカード?」神崎先輩の表情が一変した。真剣な表情で身を乗り出し、オレを凝視する。「……詳しく教えて」

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