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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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解決策

「どうしたんですか、その顔?」


 燦燦と窓から光がさしこむ晴れやかな朝。冬が近づき肌寒くなった教室。突然現れた先輩に、オレは呆れ笑いでそう尋ねた。朝の憩いの時間をことごとく邪魔しにくる彼は、目の下にクマをつくってどこかげっそりとしていた。

 前の席に許可なく座ると、オレの机にバンと勢いよく手を置く。


「こんなこと、お前には言いたくないが……」と、すわった目で声を押し殺して言ってきた。

「はい?」

「助けてくれ」


 思わず、きょとんとして……そして、オレは堪えきれずに噴出してしまった。騒がしい教室の音に、オレの笑い声が溶け込む。

 

「何がおかしいんだ、リスト!?」相変わらず、低く押さえた声。その必死さがおかしさを倍増する。

「すみません、和幸さん」


 とりあえず、ごまかすように手をパタパタさせて謝る。

 まさか、夕べの出来事を全部オレが知ってるなんて思いもしないだろうな。クバティムの話をしにいったあの朝に、懲りずに彼にケットを宿しておいたんだ。天使を貸すには相手と会う必要があるからな。『人形』の元彼の話はいい口実だった。

 さて。助けてほしい、てのは……恋愛相談かなぁ。ケットによれば、ひどいケンカだったみたいだし。どうすることやらと思ったら、まさかオレのとこに助けを求めに来るとは。なりふり構わずか? 真っ直ぐと言うか、青春真っ盛りと言うか。微笑ましいったらない。


「どうかしたんですか?」


 気を取り直して尋ねると、和幸さんは不服そうな顔でため息をつき、「カヤに全部話したいんだ」


「はい!?」


 予想もしていなかったことに、教室に響き渡る声で叫んでいた。さすがに世間話をしていたクラスメートもいぶかしげな表情でこちらを見てきた。オレは何事もなかったかのように、爽やかな笑みをあたりにまきちらす。


「もう、隠しきれない。カヤを苦しめるだけだ」と、和幸さんはかすれた低い声で訴える。

「何、寝ぼけたこと言ってるんですか」その顔だと、寝てないみたいだけど。「ダメにきまってるでしょう」

「カヤは答えが欲しいんだ。安心させてやりたい」


 オレは和幸さんを睨むように見つめ、声をひそめて反論する。


「それで、言うんですか? お前は世界を滅ぼす人形だ、て? 安心すると思います?」

「愛してる、よりは安心するだろ」

「……はい?」


 愛してる? いきなり、なんでその言葉がでてくるんだ?

 和幸さんは急に眠気に襲われたかのように、目元を押さえて苛立ったため息をついた。口を滑らせた、てわけじゃないみたいだな。それか……恥ずかしがるほどの気力もないのか。


「愛してる、ですか?」といぶかしげな表情で尋ねると、「そうだよ」と吐き捨てるように答えた。


 表情を隠すように、和幸さんは額を手でおさえて(うつむ)く。


「やっと、ちゃんと面と向かって言えたってのに……それは答えじゃない、と一蹴された」

「……わお」


 それはケットから聞いていなかった。愛の告白して否定されるって……拒絶よりきつい。悲惨だ。からかう気すらおきずに、オレはひきつり笑顔を浮かべた。


「初ゲンカだよ」皮肉そうに鼻で笑って、和幸さんは言う。

「へえ」


 知ってますよ。とは言えない。オレは自慢の演技で、あたかも今聞いたかのように目を丸くした。


「とにかく」と、和幸さんはやっと顔をあげて疲れた表情でオレを見据える。「それなら、答えをやるしか俺にできることはないだろ」

「そう言われても、『はい、どうぞ』てわけにはいきませんよ」


 同情はするけど、だからといって話せばいいってもんじゃない。オレは肩をすくめて首を横に振る。


「忘れたんですか? 『収穫の日』が終わる前に『人形』に全てをバラすと……」

「罰が下る、だよな」と和幸さんはまるで待っていたかのようにつぶやいた。

「分かっているなら……」

「どんな罰だ?」

「!」


 間髪いれずに聞いてきた和幸さんに、オレはあっけにとられて言葉を失くした。切羽詰った表情で、瞳には決意が見て取れる。嫌な予感がして、オレはためらいがちに尋ねる。


「まさか、罰を受ける気ですか?」

「必要なら、そうする」

「……」


 なんの迷いもない、はっきりとした口調だ。どうやら、彼は一線を越えたみたいだ。不安とか戸惑いとかそんなものが存在しないところに行き着いた。そう感じた。それならば、オレも頭ごなしに否定するスタンスはやめよう。


「一晩中考えたんだ」と、和幸さんは苦渋の表情を浮かべた。「あいつのために何が一番いいのか。『人形』のことを隠し通すことか、全部話してしまうことか」

「答えはでました?」


 静かに問うと、「ああ」とせつなげな笑みが返ってきた。


「罰のことは置いといて、『人形』のことを隠そうと思ったのは……話せばあいつが苦しむと思ったからだ。知らないほうがいいと信じていた」


 その言い方だと……オレは続きを待たずに口をはさむ。


「それは違っていた?」

「かもしれない、と思った」


 和幸さんは頬杖をつき、窓の外を眺めた。澄んだ黒い瞳は、ずっと遠くを見つめている。


「隠しても、結局あいつを苦しめる。それなら、いっそのこと全部話して……一緒に背負ってやるべきなのかもしれないと思った」


 それはどうだろう。肯定することも否定することもできず、オレは押し黙る。いきなり、世界を滅ぼす資格があると言われて、あの純粋な少女は受け止められるだろうか。受け止められたとして、『収穫の日』まで正気を保っていられるか。目の前に座る、この一人の人間に、絶望に打ちひしがれる彼女を支えきれるだろうか。

 いや、その前に……


「罰で、命を落とすかもしれませんよ」オレは冷たい口調でズバリと言った。「そこまで考えて言ってます?」

「!」


 流石に、その言葉には和幸さんは動揺をみせた。ハッとしてオレに振り返り、眉根を寄せる。


「正直言って、和幸さんがそれでもいいというなら……オレは止めません」


 もっと正確に言えば、止められない、だな。この人の目を見れば、どれだけ本気かは分かる。オレの神の遺伝子には人を従わせる力が備わっているが……人の断固たる堅い意志を曲げることはできない、と言われている。和幸さんの決意は、まさにそれだ。オレは見守ることしかできない。


「罰がどんなものか、誰も知らないんです。今まで、それを確かめようとした無謀な奴はいなかったから」


 和幸さんは深刻な表情でオレをじっと見つめている。気持ちが先行して、罰のことを冷静に考えていなかったかな。それが命を賭けるようなものだとまでは想像していなかったんだろう。


「よく考えてください」と、オレは脅すような声色で言った。「死んでしまったら、元も子もないでしょう」


***

 

 憂鬱だ。カヤは下駄箱の前でため息をついた。

 上履きに履き替えて廊下を歩きだすと、自然と視線が足元に落ちていく。周りでは「おはよう」と活気ある挨拶が交わされて、楽しげな声が聞こえてくる。それが心の傷に塩を塗る。孤独には慣れているつもりだったのに……と、カヤは歩きながら虚しく微笑んだ。一度、(ぬく)もりを知ってしまった。誰かの傍で温まる快感を。肌と肌を寄せ合って得る安心感を。もう戻れない。孤独を受け入れる術を忘れてしまった。あの安らぎが恋しくてたまらない。

 でも……と、階段の前で足を止める。一晩中考えてもダメだった。何も思いつかなかった。今日、学校で和幸と会ってどうすればいいのか。どんな顔をして会えばいいのか。なんと言えばいいのか。自分はこれからどうしたいのか。別れたいわけではない――はっきりと分かっているのはそれだけだ。ただ、何事も無かったかのように以前の関係に戻ることはできないと思った。以前とは違う。和幸に不信感を抱いている自分がいるのだから。そしてそれを和幸は知っている。夕べ、はっきりとそう口にしたのだ。だからこそ、もうごまかせない。

 表面上では水に流すことはできても、結局心の中で渦巻く疑問はずっと消し去れないだろう。いつかまた、同じケンカをする気がしてならない。

 カヤは、今朝だけでも何度目かは分からないため息をもらした。目の前の階段を上れば、二年の教室(一組から三組だけだが)。和幸はもう教室にいるだろうか。これから来るのだろうか。もしかして、廊下で自分を待っているかもしれない。会いづらい。足が動かない。


「神崎!」


 階段を上るのを躊躇っているときだった。丁度良かった、と言いながら近づいてくる人影があった。職員室から早歩きで向かってくるのは、小さな目に大きな鼻、餅のような垂れた頬――通称ブルドッグと言われる担任の野村だ。深刻な面持ちでふさふさの真ん中わけの髪を揺らしている。


「ちょっと話せるか?」

「はい? 今ですか?」


 とりあえず、階段の前に突っ立っていては邪魔だ。カヤも野村に歩み寄ると、二人は職員室へと歩き出す。


「荷物、置いてからじゃだめですか?」と、カヤはカバンを持ち上げる。

「いや、そんなに長い話じゃないから。すぐ済むんだけど……」


 言いにくそうに、こんがりと焼けた顔をくしゃっとゆがめる野村。威嚇するブルドッグそっくりに、鼻の周りに皺が寄った。


「ショックは大きいかもな。変な言い方だけど、心の準備をしておいたほうがいい」


 カヤは「はあ」ととぼけた返事をして首を傾げた。


***


 死んでしまったら、元も子もない。あいつの言ったことは最もだ。『収穫の日』が過ぎるまでに、『災いの人形』に全てを明かすと下るとされる罰。それが、俺の命を奪うものだとしたら……。カヤを崖から突き落として姿を消すようなものだ。

 でも……このままってわけにもいかないだろ。昨日のケンカで分かったじゃないか。あの秘密のせいで、俺たちにはごまかせない溝ができている。食い違っている。放っといたら離れていくだけだ。もし今回は仲直りができたとしても、いつかまた同じ問題が浮上して亀裂が生じる。そして……いつか、全部崩れ落ちる。そうなったら、あいつを守れない。たとえ生きていても、あいつの傍にいられないんじゃ、いざというときに支えられない。それじゃ意味ないだろ。

 あいつのためだ、と隠している秘密で、あいつとの関係が滅茶苦茶になったんじゃ、それこそ元も子もない。


「ああ、くそ」


 頭をかきながら、二年の教室への階段を下っているときだった。ガヤガヤと騒がしい朝の校舎で、誰かが慌しく走ってくる音がして俺は顔を上げた。

 こちらに向かって廊下を駆けてくる人物に、俺はハッとして目を見開く。

 他でもない、カヤだった。


「カヤ!」と思わず声をあげ、階段を飛び降りる勢いで駆け下りる。周りで歩いていた男子生徒に「あぶねぇな」と文句を言われたが、振り返りもせずにカヤに駆け寄った。


 カヤは俺の姿を認めるなり立ち止まって、表情を曇らせた――って幸先悪いな。


「よう」と、歩み寄りながらぎこちなく声をかける。


「おはよう」


 カヤは沈んだ表情で目を背けた。通り過ぎる奴がいちいち俺たちをちら見しながら歩いていく。神崎カヤと、目立たないどっかのクラスの男子が話しているのが物珍しいんだろう。


「夕べ、心配したんだぞ」これが第一声として適切かは分からない。だが、最初に頭に浮かんだ言葉なのだから仕方がない。「帰ったかと思ったら、椎名が迎えに来て……どこ、行ってたんだ?」


 すぐに答えはなく、カヤは髪を耳にかけるとうつむいた。まさか、まただんまりか?


「曽良と探してたんだ」とりあえず、話を続ける。「椎名から電話くるまで……」


 なんでこんな説明してんだ、俺は。頭をかいてため息をつく。どうやってカヤと話してたか、まるで忘れたみたいだ。


「無事でよかったけど――」

「ごめんね」

「!」


 急にカヤはつぶやいた。ハッとして見つめ、そしてあることに気づく。よくよく観察してみれば、気分でも悪いように青ざめた表情。俺は腰をかがめて顔をのぞきこんだ。


「どうした? 体調悪いのか?」


 カヤはびくっと体を震わせ、咄嗟に顔を上げた。俺と目があうと、にこりと微笑む――ひきつった笑顔だった。


「大丈夫。なんでもない」


 なんでもなくはないだろう。明らかに、動揺してる。体調が悪いのか……それとも、夕べのことで気を病んでいるのか。ま、当然後者だよな。


「カヤ」周りの視線も構わず、俺は真剣に彼女を見つめて肩に手を置く。「話が……」

「あとででもいい?」

「え」


 言い終わらぬうちに、カヤは無理した笑顔でそう言ってきた。


「今は、ごめん」


 急に震えた声を発した。ふと、彼女の目に何かが浮かんでいるのが分かった。涙だ、と気づいたときには「あとにして」と言い残して彼女は俺の横を通り過ぎていった。あっという間だった。俺はぽつんと取り残される。

 かすかだが、嘲笑が聞こえた。さては俺がフラれたようにでも見えたか。ま、いいけど。よもや俺があいつと付き合ってるとは誰も思うまい。

 そんなことより……と、俺はカヤの背中を追うように振り返った。丁度階段を登っていくところだった。さっき俺が下ってきた階段だ。一年の教室と屋上しかないが……何しに行くんだ? 涙を浮かべて……。

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