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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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預言者 エノク③

「今日、あなたが得られる答えはひとつよ」


 部屋に入るなり、彼女はそういった。こちらの部屋はただの子供部屋だ。窓のそばに白いテーブルと、それをはさんでかわいいアンティークのようなイスがおいてある。彼女はその奥のイスに座った。


「ひとつって……そういう決まりなんですか?」


 オレの言葉に、エノクはくすっと微笑んだ。「とりあえず、座ったら?」ともう一つのイスを指した。言われるまま、エノクに向かい合って座る。やはり、どうみても子供だ。でも、それはケットも同じか。


「あれ」


 ふと、ケットがいないことに気づいた。


「ケット?」立ち上がろうとすると、それをとめるように、エノクがわざとらしい咳払いをした。


「質問があるのは、あなたでしょ?」

「……」

「あれがエンキのエミサリエスだとは……思ったより、小柄ね」


 エノクは、小柄、という言葉を強調して言った。きっと、皮肉だったんだろう。

 オレは彼女をじっと見つめた。やはり、ケットと一緒だ。見た目は子供でも、どこか重い空気がある。これは、なんだろう? 畏怖?


「エミサリエス……神の細胞でつくられたバイオロボット。天使と呼ばれるもの」エノクはそこまで言ってひじをついた。「とても、そうは見えないわね。子供にしかみえない」

「……」君もだよ、といいたいのをこらえた。でも、きっと彼女はそれも知ってるんだろう。オレが言おうと思って、そしてそれをやめるのも。


「リスト・マルドゥク・ロウヴァー」


 ふと、エノクは、表情をかえ、するどい視線をオレに向けた。


「私は、永遠の秩序を知る者・エノク。私に、何を聞きに来たの?」

「……それも、知ってるんだろ?」全てを知ってる、といわれると、なんだかわざわざ言うのが馬鹿らしくなってきてしまう。失礼なのかもしれないけど、そんないやみが口からこぼれていた。

 エノクは気を害した様子もなく、くすっと笑った。


「知ってるよ。でも、あなたが私に質問をするという行為に意味があるの。答えだけだすのは、本当は誰にでもできるんだから」

「え?」


 よく、言われた意味が分からなかった。エノクはそれも分かってるのだろう。無邪気な笑顔で、オレをごまかした。


「さ、何を聞きたいの?」

「……オレは、どこに行けばいいんです?」


 シンプルで、そしてストレートな質問だった。オレに必要な情報は、それだけなんだ。


「『収穫の日』が、近づいている」エノクは、窓の外をながめた。でも、窓の外はただの路地裏。別にいい風景というわけではない。

「『災いの人形』は、今は幸せに暮らしている」

「!」

「『収穫の日』まで、少し変わった環境だけど、ただ普通に過ごすわ」


 やはり、エノクは『人形』のことも知っている。オレは、つい、体をのりだしていた。


「『人形』はどこに?」

「少年とであった」

「え?」


 エノクは、窓に向けていた視線をゆっくりとこちらへ向けた。


「彼も、あなたと同じ」

「オレと……?」

「迷いながらも……自分を認めようとしている」

「!」

「驚いた顔をしないで。私はエノク。全てを知っている、といったはずよ。あなたが何者なのかもわかってる。本当は、『誰』なのかも……」


 確かに。だが、オレは調子が狂った。なんだか、ルール違反だ。全てを知っている…『全て』って、どこまでが『全て』なんだよ。


「それで」気を取り直して、オレは続ける。「その少年……邪魔になるんですか?」

「邪魔……それは難しい質問ね。誰の立場からの話かによるもの」


 なんだか、理屈っぽいな。だんだん、エノクと会話をするのがめんどうくさくなってきた。だが、彼女しか今頼れる人間はいない。根気強く聞き続けるしかない。


「じゃあ、『収穫の日』の妨げになるかだけでも……」

「いいえ。それは大丈夫。『収穫の日』は誰にも邪魔されない」


 誰にも? その言葉には違和感があった。なぜなら、オレこそが、『収穫の日』を阻止する役目をもつ人間だからだ。


「それはつまり……オレは、失敗するってことですか」

「失敗もなにもない。『収穫の日』は神の意思に反する手順で行われる。これは、違反よ」

「どういう意味?」

「彼は……己の神を見限った」


 彼……オレはハッとした。心当たりがあるからだ。


「彼って、まさか」

「アトラハシスの生き残り。王をつぎ、『災いの人形』と『箱』を持ち出した者」

「フォックス・エン・アトラハシス」オレはつぶやくようにその名を口にした。


 彼こそ、パンドラの箱が開いた日、アトラハシスの王を継ぎ、姿を消した少年だ。そして、アトラハシスの一族の、おそらくたった一人の生き残り。


「やはり……生きていたんですね」


 アトラハシスの一族は、『ルル』と呼ばれる種族。つまり、『人類』の王。そして、オレたちマルドゥク家の主たる神・エンキが信頼する賢者の一族。だから、アトラハシスとマルドゥクは協力し合っていた。アトラハシスは、『ルル』の王として、パンドラの箱を管理することを任され、そしてオレたちマルドゥク家をサポートする立場にあった。だが……


「あの箱が開いた日、ニヌルタの王が、アトラハシスの一族を惨殺した」


 オレは、ぐっと拳を握り締めて、搾り出すように言った。


「タール・ニヌルタ・チェイス……『ルル』を嫌う神・エンリルの僕」

「あの日、リチャードは遅れてアトラハシスの神殿についたんだ。あいつは言ってた。『箱』は消え、そして王を継いだはずの少年の姿が見当たらなかった、て」


 まさか、誰もニヌルタの王が、アトラハシスの一族を殺すとは思っていなかった。それは、ニヌルタの一族の使命にないはずだったからだ。おそらく、王であるタール・ニヌルタ・チェイスが、使命を勝手に解釈したんだろう。今度のニヌルタの王は、ひどく乱暴な性格をしている、という噂は聞いていた。あの恐ろしい出来事は奴の勝手な暴走によるものだろう、とリチャードはオレに言った。

 だからこそ、リチャードはオレを必死に訓練した。オレは、そんなわけわからない男と戦う運命だからだ。


「本来なら、『収穫の日』、オレはニヌルタの王と、パンドラの箱を前に決闘するはずだった」

「それが、今や、『箱』の場所さえ分からない」

 

 オレはただうなずいた。だから、オレはここに来たんだ。


「パンドラの箱は、彼が持っている」

「本当ですか!」


 少し、安心した。少なくとも、あの日、ニヌルタに奪われたわけではなかった。それだけでも、ずいぶんマシな状況だ。


「『人形』は?」オレはすかさず聞いた。

「彼の元にはない」

「どういう意味です?」


 オレは首をかしげた。てっきり、フォックス・エン・アトラハシスが『人形』ももち出し、守っているのだと思ったのだが……。


「『災いの人形』は、彼の手を離れ、大切に守られている」

「じゃあ、フォックス・エン・アトラハシスは……どこに?」

「『収穫の日』、『災いの人形』を迎えに、『箱』とともに現れる」

「!」

「彼は、監督者としての立場を忘れている。もう、神の意見を求めていない。あなたたち、神の僕を必要とするのもやめ、ただの人間として神の創造物を私物化している」

「……ちょっとまってくれ、エノク」


 大きな疑問があった。フォックス・エン・アトラハシスが、あのアトラハシス一族惨殺の日、たった一人いきのび、そのとき『パンドラの箱』と『人形』を連れ出した。おそらく、タール・ニヌルタ・チェイスからうまく逃げのびたのだろう。そして、『人形』から離れ、『収穫の日』にまた『パンドラの箱』を持って『人形』の前に現れるという。


「フォックスの狙いはなんです? 『箱』を持って『人形』の前に現れるって、まるで…」

「彼は、『災いの人形』に『テマエの実』を与えるわ」

「そんな!」オレの鼓動が大きく高鳴った。「……それじゃ、やっぱり……」

「彼はあなたたちマルドゥクにもニヌルタにもつく気はない。ただ、『箱』を開けることを選んだ」

「『箱』を開ける!?」オレの声はかすれていた。


 冗談じゃない。アトラハシスの一族は、その昔、『最高の賢者』と呼ばれたエンキのお気に入りのルルの末裔。そして、ルルの王として認められた一族だ。それからというもの、オレたちと同じく、エンキを崇拝し、エンキのために使命を全うしてきた。なのに……『箱』を開けようとしているのか?


「それじゃ、アトラハシスは、ルルを滅ぼすつもりなんですか」

「……」


 エノクは答えなかった。しばらく沈黙が続き、いつからかけていたのか、どこからかタイマーがなる音が聞こえた。

 エノクは、ひとつため息をつき、立ち上がった。


「話しすぎたかな」

「え?」

「時間。次の人、早くしないと電車を逃しちゃうから」

「ちょっとまってくれ。まだ聞きたいことが」


 そう、オレはエノクに聞きたいことがあった。それは、とても個人的な話だけど…

 でも、エノクは知っているんだろう。


「神は人に命を与える」

「え」


 エノクは急に脈絡のないことを言い放った。


「でも、そのときに、その命に意味までは与えてくれないの」

「!」

「それは……人が生きる意味は、生きているうちに自分で作り出すものだから」


 エノクは、やはりケットと同じように、全てを見通すような瞳でオレをじっと見つめて言った。


「あなたには命がある。私に分かるのはそれだけよ」


 それは、遠まわしないい方だった。エノクは、呆然とするオレの横を通り過ぎ、何も言わずに部屋から出て行った。


「つまり……」一人残された部屋で、なんだか変に力がぬけた。「意味は自分で作り出せばいいだろ、てことか」


 でも、エノクは答えてくれなかった。この命が、果たして神から与えられたものなのか。そして、そんなオレに神の使命を果たす資格があるのか……。

 まあきっとそれも、自分でつくりだせ、といわれるような気がした。


「あ」ふと、最初に彼女がこの部屋で唐突に言った言葉を思い出した。

「今日、オレが得られる答えはひとつ。このことだったのか」


 オレの命の意味はオレで作り出せ。彼女がくれた答えはそれだけ。だが、それが果たして『答え』といえるものなのかは微妙だ。期待はずれで気がぬけたが、それでもどこか、安心した気分になった。


「よし」


 ため息交じりに勢いをつけ、イスから立ち上がった。


***


 リストはエノクに別れを告げ、占星術の館を出た。


「どうだったの? リスト」


 ケットは、好奇心に満ち溢れた表情でリストを見上げた。二人は、周りの大道芸に目をくれることもなく、坂を軽い足取りで下っている。


「いろいろ教えてもらえたよ。意外と答えてくれるもんだな」

「へえ、そっか。よかったね、リスト」

「とりあえず、『収穫の日』までに『人形』を探そう。エノクは、フォックス・エン・アトラハシスが『パンドラの箱』を持って『人形』のもとに現れると言ってた」

「フォックス・エン・アトラハシス? 王をついだっていう少年?」

「ああ。やっぱり、生きてたんだ」リストは、ケットにそう言って微笑んだ。

 

 その言葉に、ケットの表情はぱあっと明るくなる。


「そっか。よかった!」


 ケットはリチャードと共に、あの日、アトラハシスの神殿で惨殺の跡を見た。リチャードは、自分がもっと早く着いていれば、と嘆き、その場で泣き崩れた。ケットはその背中に投げかける言葉もみつからず、ただアトラハシスの一族の無残な姿を、無力感におしつぶされそうな気持ちで見つめるしかなかった。


「亡骸の中に、王を継いだはずの子供の姿が見当たらなかったから……つれさられたか、もしくはどこかで殺されたんじゃないか、て思ってたけど……」


 ケットは胸元に手を置き、祈るように目をつぶった。


「よかった」とケットは、もう一度、深いため息とともにつぶやいた。リストは、そんな神の使者の頭に優しく手をのせた。


「でも、皮肉だよな」ふと、リストは表情を変えた。

「え?」

「あの事件がなければ、オレは創られることはなかったんだ」

「!」


 ケットは、リストのその一言で、フェスティバルが一瞬、静まったかのように感じた。そういえば…そうリストが考えるのもおかしくはなかったのだ。ケットはぐっと喉がくるしくなった。


「リスト、それは……」


 また、ケットにはリストに投げかける言葉が見つからなかった。


「つまり、だ!」ケットの頭から手を離すと、リストは急に明るい表情に戻り、そう声をはりあげた。「要は、『人形』のとこで、フォックスを待ち構えればいいわけだ! そしたら、『人形』もパンドラの箱も手に入り、一件落着!」

 

 にこりと微笑むリストの笑顔に、ケットは余計につらくなった。やはり、彼の悩みまではエノクは解決してはくれなかったのだろう。ケットにはそれが分かった。


「リスト……」

「ん?」


 何かを言ってあげたいのに、なにも思いつかない。ケットはうつむいた。


「ケット?」


 リストの心配そうな声がケットの耳にはいってきた。


「なんでもない」ケットにいえるのはそれだけだった。


「それで……今から、どこに行くの? 『人形』の場所は教えてくれた?」


 ケットも気持ちを切り替え、リストを見上げた。だが、その言葉に、リストは表情を曇らせた。


「あ」

「え? どうしたの?」

「忘れてた!」

「ええ?! 一番大事なことでしょお?」


 つい、新事実が明らかになるなかで、彼は具体的な行き先を聞くのを忘れていたのだ。


「どうするの? 戻ろうか、リスト?」

「いや……あ、電話だ!」

「え? 電話?」


 リストは、携帯とカードをポケットから取り出す。


「きっと、どっかに電話番号くらいかいてあるだろ?」とあわてた様子でカードの隅々を調べる。だが、そこには名前と地図しか書いていない。


「う、嘘だろ? いまどき書いてないの?」


 がっくりと肩を落とし、「もう一度戻って聞くしかないか」とリストは坂を見上げた。その横で、ケットはカードを下からのぞき、「あ」と声をあげた。そこには、手書きのメモのようなものが書かれている。しばらく見つめて、ケットはため息まじりに微笑をうかべた。それが何か分かったのだ。


「ねえ、リスト」

「ん?」

「裏、見てみて」


 言われて、リストは眉をあげる。


「裏? なんで?」

「いいから、ほら」


 言われたとおりにリストはカードをめくった。


「あ」


 その手書きのメモは、どこかの住所だった。


「……」


 やはり、エノクは『全て』を知っているのだ。リストは恐怖すら覚えた。


「これって……」


 ひきつった笑顔で聞いてくるリストに、ケットは自信満々の笑みで答える。


「ケットたちの目的地だよ」

「……ははは。もう笑うしかないな。エノク様さまだ」

「で、どこ?」


 しかし、そこに書いてある住所も信じられないものだった。リストは、眉をひそめながら、もう一度見直してみる。


「ニホン」

「え?」

「ニホンのトーキョーだ」

「トーキョー? なんで、そんな遠くに?」


 リストはただ首を横にふった。


「ほかには何か書いてある?」

「詳しい住所と、名前だ」

「名前?」


 二人はふと黙り込んだ。名前……それは、一体、誰の名前だろうか。


「オレは、今から『人形』のもとに行こうとしてた」

「うん。ということは…エノクはきっと『人形』の居場所をそこに書いてくれてるはずだよね」

「……つまり」リストはごくりとつばをのみこんだ。「この名前は『人形』の名前」


 ケットも、緊張の面持ちでうなずく。


「『災いの人形』……『パンドラ』の名前だね」

「ああ」


 リストは、カードをぎゅっと握り締めた。そこにある名前は、ルルを滅ぼす『災いの人形』。そして……自分が殺す運命にある女性だ。


「カヤ……カンザキ」

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