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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
155/365

最初のパンドラ

実在した国名、儀式、人名などがでてきますが、実際のものとは一切何ら関係ありません。

それぞれモデルにしていますが、史実とは大きく異なっております。ご了承ください。

「それは……やっと、人間(ルル)が『文明』を築き始めたころ。地球(エリドー)に、ウルという国がありました。当時、数少ない文明国家の中で、二つの大河にはさまれたその国は、栄華を極めていた」


 リストはカーペットを見つめ、そう語りだした。

 いきなり数千年前の話を始められ、和幸は戸惑っていた。それも、カヤの昔の恋人にまつわる話だという。だが、なぜ大昔にカヤの元彼がいるというのだ。

 すっかり、バイトに遅刻する時間になっていたが、和幸はそれすら気づけずにいた。


「シュ・シンはその国の若き王だった」

「!」


 シュ・シン。その妙な名前こそ、カヤの元彼の名だ。それが太古の王? 意識が遠のくような気がした。相槌すらいれることができず、和幸はただリストを見つめていた。いぶかしげな表情で。


「ウルにはある伝統がありました。ヒエロス・ガモスと呼ばれる聖なる結婚です」

「ヒエロス・ガモス」


 和幸は、ぴくりと眉を動かした。その単語には聞き覚えがあった。確か……と、おぼろげな記憶をたぐりよせる。頭に浮かんだのは、リストの部屋。そうだ、とハッとする。カヤが『災いの人形』だ、と聞かされた夜だ。そのときにも、ヒエロス・ガモスという聞き慣れない響きの単語を聞いた気がする。


「人間の男と女神との結婚です。前も、ちらっと話しましたよね」

「ああ……なんとなく、覚えてるよ」

「オレの祖先……あ、いや、オレのオリジナルの祖先か。ややこしいな」リストは、苦笑してため息をつく。「とにかく、マルドゥク一族の祖も、ヒエロス・ガモスによって生まれた、人間と神のハーフです」


 そういわれても、なんと答えればいいのか。和幸は、「で?」と不機嫌そうにつぶやいた。


「ただ、ウルで行われていた聖婚(ヒエロス・ガモス)はちょっと違う。もっとこう……儀式的なものでした。神々への信仰心を失わないための、象徴にすぎなかったんです」

「どういうことだ、それ?」


 すると、それまで黙っていたケットが遠慮がちに口を開く。


「ウルが栄えていた時代には、すでに神々は地球(エリドー)から去っていたんだ。だから、女神は地球(エリドー)にはいなかった」


 そこまで言って、ケットは眉をひそめた。


「いや、いるにはいるんだけど……あの御方(・・)は……」


 和幸にかすかに聞こえるかどうか、の声でケットはもごもごとぼやきだす。リストはわざとらしく咳払いをすると、涼しげな微笑を浮かべてさりげなくケットの言葉を訂正する。


地球(エリドー)には聖婚(ヒエロス・ガモス)ふさわしい(・・・・・)女神は、一人も残っていなかったんです」


 それじゃ、女神と結婚なんてできないじゃないか。そう和幸が尋ねるより先に、リストがつけたす。


「そこで、女神の代理を立てることを考え付いたんです。女神の化身たる巫女。彼女たちが、女神の代わりに王と結婚した」

「無理やりだな」

「人と神との絆なんて、そんなものでしょう。それで人が満足するなら、でたらめでも子供だましでも、なんでもいいんですよ」


 あきれたようにつぶやいた和幸に、リストは肩をすくめてそう返した。

 聖婚(ヒエロス・ガモス)について、長々と話す気はさらさら無いようだ。和幸に基礎知識を与えて、リストはさっさと本題にうつる。


「ウルの王は、聖婚(ヒエロス・ガモス)で、女神の巫女を妃に迎える。それがしきたり。

 シュ・シンもそうやって妻を(めと)った」

「妻……」


 さすがにそれを聞き逃すことはできない。和幸は居心地悪そうに顔をしかめた。シュ・シンが、カヤの元彼――数千年前の男に使うには不適切な気もするが――だというなら、シュ・シンの妻というのは……


「カヤか?」と和幸は力なく尋ねた。疑問はたくさんあるが、とりあえず、話の流れからしてそれくらいは予想がつく。リストは真剣な表情で和幸を見つめ、小さくうなずいた。


「そのときの彼女の名は、クバティム」

「くばてぃむ?」


 耳になじまない名前だ。まるで他人の名前。数千年前、異なる名前。まさか……と、和幸は視線を落とす。生まれ変わり、とかいう話じゃないだろうな。カヤの前世か? だが、『災いの人形』は人ではない、という。なら、転生なんて可能なのか。もしくは、前世は人間だったとかいうオチか? なんにしても、と和幸の気持ちは沈んだ。また、カヤは人ではない、と思い知らされることになりそうだ。

 ひそかにため息をつく和幸の耳に、「クバティムは」というリストの声がはいってきた。


「彼女は、最初のパンドラです」

「!」


 パンドラ――和幸の脳裏に、何かがちらついた。ピリッと電流が走ったような感覚がして、そしてすぐにそれは消えた。聞き覚えがある気がする。残ったのは、そんなぼんやりとした感覚だけだった。さっき――『ヒエロス・ガモス』のときと違って、どこで、なぜ、その単語を聞いたのか、少しも思い出せない。気のせいかもしれない、そんな気さえした。

 とりあえず、和幸は話をすすめることにし、「パンドラ?」とリストに尋ねた。すると、待ってました、といわんばかりにリストはすばやく答えを返す。


「『災いの人形』の、本来の名前です」

「本来の名前?」

「ええ。神が彼女たちに与えた名前ですよ。オレたちは、あまりそっちの名では呼ばないけど」


 彼女たち(・・)。和幸は違和感を覚えた。カヤが『災いの人形』。自分が把握していたのはそれだけだ。なのに、リストの話だと、まるで他にもいるかのようだ。

 疑問が積もり積もって、爆発しそうだ。もう我慢できない。和幸は、眉間にしわをよせ、リストにまくしたてるように質問を投げかける。


「なあ、さっきからしっくりこない。最初のパンドラ、とか、彼女たち、とか……一体、どういうことだ? カヤが『災いの人形』なんだろ」

「そうだよ」リストではなくケットが、珍しく低い声で答える。「彼女は、十三番目のパンドラだ」

「!」


 十三番目? 和幸は言葉を失った。つまり、どういうことだ? 


「カヤの他に、十二人も……」


 そのときだった。全身に鳥肌がたつのを感じて、和幸は言葉をきった。――既視感(デジャヴ)。それも、気味の悪いほどの強いもの。和幸はごくりと生唾を飲み込んだ。ただのデジャヴじゃない。そうはっきりと確信する。自分はどこかで同じ台詞を言ったことがある。それも、つい最近。すると、混乱する和幸の頭に、どこからともなく女の声がした。


――これで、十三人目。


 ハッとして目を見開く。その声は、紛れも無くカヤのもの。だが……辺りを見回しても、カヤの姿はない。リストとケットも、いきなり挙動不審になった自分を変な目でみているだけ。つまり、さっきの声は自分にしか聞こえていない。幻聴ではない。それだけは、なぜかはっきり分かった。記憶、か? でも、いつの? 和幸は、頭の中にぽっかり穴があいているような気がした。大事なことを忘れている。その感覚は夕べからあったが、これほど強く感じたのは初めてだ。


「かずゆき、大丈夫? 気分悪い?」


 心配そうな幼い声がして、和幸は反射的にハッと顔をあげた。自分がうつむいていたことさえ、自覚していなかった。


「やっぱり、この話はやめときましょうか」


 そう言って、今にも立ち上がろうとするリストに、和幸は「いや」と声をあげた。


「続けてくれ。知りたいんだ。パンドラのこと」


 急に、はっきりとした口調でそう言った和幸に、リストも天使も目を丸くしてきょとんとしてしまった。さっきまでさえない表情で話を聞いていた彼とは別人のようだ。

 和幸の頭からはバイトのことはすっかり消え去り、その代わり、カヤの声で囁かれる意味深な言葉が浮かんできていた。


――他の十二人のパンドラ達は……皆、憎しみに蝕まれたまま、土へと還った 。


 なんなんだ? 何の話をしてるんだ、カヤ? 和幸は妙な胸騒ぎを覚え、焦りを感じた。明らかに、自分は何かを忘れている。

 和幸はソファに座るリストと向かい合うかたちで、床に乱暴に腰を下ろした。


「クバティムのこと、話してくれ」

これから、退屈な話が続くかもしれません。

苦情、ご指摘など、ありましたら、もう遠慮なくどうぞ。

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