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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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クローンの父

 本間は気に食わない表情を浮かべ、受話器を元に戻す。いつもどおりの会話だった。一方的に電話をしてきて、一方的にきる。質問をしても、答えが返ってくるわけでもない。いつだって、男のペースだ。国務大臣ともあろう自分が、こんな仕打ちを受けるなんて……本間は乱暴にイスから立ち上がり、いらだった声で秘書を呼ぶ。


「前田くん!」

「は、はい」と、待っていたかのように秘書は部屋に入ってくる。日曜日だというのにスーツを着込み、髪はばっちりとワックスでかためられている。電話中は、ダイニングの扉の前で待機。それが彼の日課だ。


「盗聴器を探せ。屋敷全て、徹底的にだ」

「え……盗聴器、ですか」


 いきなり何の話だ、と前田はぽかんとする。苛立っている本間には、のろまな秘書が余計に腹立たしく思える。


「いいから、手配しなさい」

「あ、はい」


 すみません、と口癖のように言いながら、前田は電子手帳を取り出した。

 本間は、やれやれ、とため息をつきながら、隣のリビングへと歩き出す。


「カヤは?」

「あ、もうすぐで着くそうです」


 金魚の糞のように本間のあとにつきながら、電子手帳片手に前田はあわてて答える。ちょっとでも返事が遅れれば、「まったく、君は」と決まり文句のように言われてしまう。それを聞くたびに、髪の毛が抜けていく気がした。本間の機嫌は損ねたくない。できることなら、当たり障りの無いことだけ報告していたい。だが……と、前田はおそるおそる本間の背中に語りかける。


()も一緒だそうです」


 その瞬間、ぴくりと本間の肩がゆれるのが分かった。前田の動悸が激しくなる。下手なことを言えば、怒鳴られるだろう。それでも、確認しておかなければならないことがある。前田は怒鳴られることを覚悟で、すうっと息を吸いたずねる。


「本当に、お会いするつもりですか?」


 すると本間はしばらく黙り、前田の心配をよそに微笑を浮かべて振り返った。


「心配かね、前田くん」


 さきほどとは打って変わって、穏やかな声だ。思ってもいない返しに前田は戸惑いつつ、それはそうですよ、と説得するかのように一歩踏み出す。


「まだ確証はないといっても、椎名くんの推測だと、彼が……」

「分かっている。だから、会うんだ」


 前田は、眉をひそめる。保身を第一に考える本間らしからぬ行動に思えた。


「なあに」と前田の心配をよそに、本間は落ち着いた表情で言う。「虎穴に入らずんば、虎児を得ず。危険を冒す価値はある。父親として(・・・・・)、彼が何のためにカヤをたぶらかしているのか、知る必要があるしなぁ」

「しかし、ですね……」


 勇気を振り絞って食い下がろうとした前田を、本間の右手が制した。前田はピタリと動きを止める。


「それに……もしものときは、(アレ)がなんとかするだろう。そのために拾ってやったんだ」


 アレ、とは、あのホストのような男だろうか。前田は一瞬顔をしかめた。カヤにべったりとくっつく護衛人、椎名望。本間が彼を頼りにしている理由は知っている。それを考えれば、カヤのボディガードに彼をつけたのも頷ける。だが、それでも前田にはおもしろくなかった。へらへらとカヤについて回る椎名という男が気に食わないのだ。優等生として生きてきた前田にとって、元々ああいう軽い男は気に障る存在。それに妬みが混じって、今では椎名の顔を見るのも不快だった。


「にしても」と、本間はソファに腰をおろしながらつぶやく。「藤本和幸……藤本、か。ある男を思い出す苗字だな」


 一瞬で前田の頭から、憎たらしい椎名の笑顔が消え去った。


「はい? 藤本、ですか」


 ぼうっと違うことを考えていたことなど、本間に知られるわけにはいかない。なんとか相槌をうてたことに、とりあえず前田は安堵した。

 ソファに深々と座って、本間は瞑想するかのように目をつぶる。


「藤本……マサルだったかな」

「藤本マサル?」


 その名前に聞き覚えはない。ぱちくりと前田は目を瞬いた。

 彼は自分を生粋のエリートだと自負していた。ぬきんでた知識を持っている自信がある。この若さで、本間の秘書を務めているのがなによりの証拠だ。だが、藤本マサル、という名前に全く心当たりが無い。まだまだ勉強不足なのか。それとも……と、前田はハッとする。今まで学ぶ必要のなかった人物――つまり、裏の世界の住人かもしれない。嫌だな、と前田は泣きそうに顔をゆがめる。どんどん世界の暗闇にのみこまれていく自分がいる。こんなつもりで政界にはいったわけではないのに。そう思うと、自然と頭が垂れる。

 そんな前田の苦悩を知る由も無く、本間は語りだす。


「『クローンの父』、藤本マサル。

 画期的な人工子宮を創りだし、裏のクローン製造を一気に飛躍させた男だ」

「人工子宮……」


 前田はぽかんとしてしまった。人工子宮……自分が学んできた範囲では、それはまだ成功していないはず。どうやら、表より裏の世界のほうが、今や進歩しているようだ。前田は、やるせない思いに襲われた。


「かつて天才と謳われた研究者なんだが……なぜか表舞台から急に姿を消し、裏社会の闇医者になりさがった」

「はあ」

「わたしたちの間では有名だよ。といっても、名前まで知っている人間はごくわずか、か。

 噂によれば、工場の爆発に巻き込まれてもう死んだとか」


 まるで独り言のようにそうつぶやいてから、本間は目を開く。


「皮肉な苗字だな。もし……和幸くんが本当にカインなら」

「は……はい」


 前田は心臓が掴まれたような痛みを覚えた。本間が、カイン、と口にする度に、寿命が縮まる思いだ。正体不明の幻のような殺し屋たちへの怒りは、全て自分にぶつけられる。今、カインを恨んでいるのは、本間よりも自分のような気がした。

 ちょうどそのとき、あわただしい騒ぎ声が玄関から聞こえてきた。

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