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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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コフィンタワー -贈り物-

 比較的キレイな一画を見つけ、二人は肩を並べて座っていた。二人の背を支えているのは、もう二度と開くことのないエレベーターのドアだ。目を凝らせば、ねずみや虫、血や汚物など、長居したくなくなるものが山ほど見えるのだろうが、あえて見る必要もない。カヤは、ただまっすぐ前――夜景を見つめていた。最初は感じていた妙な臭いも、鼻が順応したのか、気にならなくなっていた。


「バイト代貯まったら、ちゃんとした指輪、買うから」


 おもむろに、和幸はちらりとカヤのしている指輪を見つめ、恥ずかしそうにつぶやいた。


「どうして?」


 夜景から和幸に顔を向け、カヤは首をかしげる。我慢も何も、カヤにとってはこれ以上ない完璧な指輪だ。和幸との思い出の指輪。初めて神に祈ったものだ。もう一度、この指輪を薬指にはめたい、と。


「どうしてって……それ、ただの小型カメラなんだぞ。金なかったから、それ渡しただけで……」

「あ、そうか。じゃあ、これつけたまま着替えないようにしなきゃ」


 見た目は指輪でも、中にはカメラとマイクが仕込まれている。和幸があの眼鏡をつけてわざわざ覗くようなことはしないと思うが……念のため、気をつけなければ、とカヤはうなずいた。

 だが、和幸にとって問題なのはそんなことではない。結婚しよう、とその指輪を渡したのだから、結婚指輪だ。それがそんな、おもちゃのようなスパイグッズでいいはずはない。せっかくの気品あふれる彼女の雰囲気が、台無しだ。彼は苦笑を浮かべる。


「いや、その前に……それ、まだ壊れてるから」

「え、そうなの?」

「ああ」


 カインを続けていたら、藤本に渡して修理してもらっているはずだろうが、カインを辞めた今、その必要もない。卒業記念にもらっても怒られないはずだ。――思い入れのある指輪だし。和幸はそう考えて、壊れたまま持っていたのだ。


「だから……本物の指輪を買えるまでは、それで……」

「私はこれがいいの」


 カヤは左手をぎゅっと胸の前で握り締め、弾けるように微笑んだ。


「和幸くんとの、思い出の指輪だもの。最高の贈り物だよ」


 満面の笑みでそこまで言われては、和幸も返す言葉はない。


「そっか」と照れながらそっぽを向いた。

「うん」


 あのときのことが、嘘みたいだ。カヤはそう思いながら、和幸の肩に頭をのせた。

 神崎の屋敷に潜入しようというとき、和幸はカヤの左手薬指にこの指輪をはめた。カヤは思った。こんな状況でもない限り、こんなことはもう二度と起きないだろう、と。なのに、こうして指輪をはめて彼の肩によりかかっている自分がいる。カヤは幸せをかみ締めるように目をつぶった。

 ふと彼の肩がゆれ、自分の肩にその腕が回ってきた。


「!」


 キスももうしたというのに、まだこんなことで胸をときめかす自分がいる。カヤは呆れたように微笑した。

 彼の腕に包まれて、まるで揺りかごに眠る赤ん坊のように安心しきっていた。


***


 穏やかな表情だ。俺の胸で今にも眠りにおちそうな彼女が、たまらなく愛おしい。ふと、あの大失態は正解だったんじゃないか、と思った。こんな風に俺たちの間にまったりとした時間が流れているのは、あれのお陰だ。

 イカれたばあさんのせいで、一時、俺たちの雰囲気は最悪だったからな。居眠り事件が起きて……緊張が解けたんだ。それでも、男として大失態をおかしたのは変わらないが。


――殺さないで。


 脳裏に、見たことも無いほど泣きじゃくった彼女の顔がよぎる。

 ただ事じゃなかった。おびえていた。俺に殺されるのをすごく恐れていた。最初は、殺してくれ、と言っておいて……急に、殺さないで、と訴えた。無理していたんだろうな。いつもの強がりだったんだ。でも、最後にはちゃんと本音をぶつけてくれた。正直な気持ちを打ち明けてくれた。そう考えると、嬉しいんだ。

 いつかの、ファミレスの外から覗いたカヤと曽良のデートを思い出す。曽良の胸でなきじゃくっていた彼女を見て、子供みたいに逆上したものだ。なんで俺には何も打ち明けてくれないのか、と。まるで、アレが遠い昔みたいだ。俺は懐かしむように鼻で笑った。

 それにしても、悪いことをしたな。カヤは、俺が『聖域の剣』で刺したことを夢だと思っている。予知夢じゃないか、と心配していた。そう思うのも無理は無い。あれは実際に起きたこと。異常にリアルな夢だと感じているはずだ。不気味に感じているはずだ。だから、あんなにおびえさせてしまったんだ。

 彼女の肩を抱く俺の手に力がはいった。


「カヤ」


 そう呼んでみるが、カヤはピクリとも反応しない。もしかしたら寝てしまったのかもしれない。でも、それでもかまわなかった。俺は独り言のようにつづける 。


「俺は、絶対お前を殺したりしない。この指輪に誓う」


 まあ、一回殺しそうになったが……それは、おいといて。


「お前が悪魔だろうがなんだろうが……俺だけは、お前の味方でいるから」


 カヤは世界を滅ぼす女。それでもかまわない。そんなの、どうでもいいんだ。それよりも大事なことは……


「俺は」と低い声で言う。さっき、言いそびれた大事な言葉。どうやら、雰囲気をつくりすぎたようだ。今なら、すんなりいえる。


「俺はお前を愛してる。お前がたとえ何者だろうと、それは変わらない」


 返事は無い。やっぱ、寝てるのか。俺はため息混じりに微笑んで、夜景に目をやる。 

 やれやれ……俺は、情けないな。部屋でぐちゃぐちゃ頭を悩ませていた自分を思い出す。なに、弱気になってたんだ。あんなばあさんに、気持ちを揺らがされるなんて。


「俺は諦めない」と、姿は見えないあのばあさんに向かってつぶやく。


 カヤと二人、この世界で生きるんだ。もう不安に惑わされたりしない。必ず、守ってみせる。世界も、カヤも……。

 万が一、なんて今はどうでもいいんだ。やるべきことは分かってる。『テマエの実』をカヤに食べさせない。それだけだ。俺は賭けを始めた。もう、降りれない。だから、勝つしかない。世界とカヤを守って勝てばいい。

 それにしても……不思議だな。なぜか、眠りに落ちてから、気が楽になったような感じがする。自然と前向きになれる。

 俺は、希望を知っている気がする。


「……あ」


 ある可能性に気づき、俺はまぬけな声を出した。――もしかして、単なる寝不足だったのか?


「確かに、最近忙しかったしなぁ」


 自然と、あくびがもれた。そういえば、今何時だろう。

 隣から気持ちのよさそうな寝息が聞こえ、俺もそれに誘われるようにして目をつぶった。


***


「ん……」


 なんだろう。まぶしい。私は、重いまぶたを開いた。肌寒いな、と体を震わせる。


「あ……」


 目を開いて、一番最初にはいってきたもの。それは、トーキョーに光をそそぐ朝日。起きる時間だ、と皆に伝えている。偉大なる母……そんな言葉が思い浮かんだ。


「きれい」


 朝日そのものも、それによって創られる影も、全部が神秘的に見えた。夕べとまったく違う姿を見せるトーキョー。それが私を囲むように広がっている。私は目をつぶり、トーキョーの声に耳を傾ける。こんな高いところにいるのだから、聞こえるはずは無いのだが……車のクラクションや人の話し声、目覚まし時計の音。そんなものが聞こえてくるような気がした。


「トーキョーの朝、か」


 そんなことをつぶやいて……そして、私はハッとした。


「あ、朝!?」

 

 朝一の私の大声が、コフィンタワーの展望室に木霊した。


***


「か、和幸くん!」

 

 なんだ? 誰かが俺を揺り動かしている。


「和幸くん、起きて!」

「あ?」


 ねっむい……なんだよ? 俺は、ゆっくりと目を開く。


「!」


 いきなり入ってきた光に、思わず目を細めた。まぶしい。


「和幸くん、どうしよう!? 朝だよ!」


 誰だ? ってか、ここどこだっけ?

 俺を必死に揺らす誰かは、まばゆい光を背にしている。まるで後光みたいだ。逆光で顔が見えない。俺はぼうっとして、ぼやけた輪郭の誰かを見つめる。


「……天使?」

「えっ」


 気づけば、そんなことをつぶやいていた。


「ね……寝ぼけてる場合じゃないよ! 帰らないと! おじさまにバレちゃう!」


 なにをそんなにあせってるんだ? 帰る? バレる? おじさま……


「!!」


 俺は一気に血の気がひいた。一瞬で目が覚めた。目を見開き、バッと体を壁から起こす。


「やっべえ……」


 トーキョーが……明るい。嫌味なほど、いい朝だ。

 まずい。夜明け前に、カヤを帰すはずが……さすがに、こんなに光が燦燦と照らす中、カヤをこっそり部屋に戻すなんてできるわけがない。でも、なんとかしないと……カヤの養父(おやじ)さんにバレたら、印象最悪だ。家に忍び込んで娘を連れ出し、朝まで引っ張りまわしたわけだから……大問題だよな。地震、雷、火事、親父。昔から、怖いものは決まってるんだ。世界がどうのと考える前に、俺が向き合わなきゃいけないものがあったんだ。カヤの養父(おやじ)さんに気に入られとかなきゃ、世界とカヤを守れても……結婚なんてできないじゃないか。カヤと一緒にいられない!

 寝起きでぼけている頭をフル回転させて、俺は必死に方法を探す。そのときだった。


「藤本くん、現行犯逮捕だ」

「へ」


 聞き覚えのある、気に食わない声がした。

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