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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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コフィンタワー -笑顔-

「ついたぞ」


 そんな声がして、和幸くんはそうっと私を背中からおろした。私が着地すると、カツン、というヒールの音があたりに響く。それ以外、静かなものだ。誰もいない? それに、なんだか肌寒い。一体、ここはどこなんだろう?

 彼がスクーターを停めたところは、何の変哲もない坂道だった。スクーターの鍵を厳重にかけると、彼は私に言った。目をつぶってろ。なぜかは分からなかったけど、言われるまま目をつぶり、彼に手をひかれて歩いていた。すると今度は急に、おぶる、と言われ……目をつぶったまま、彼におぶられてここまで来た。

 体の動きで、彼が階段を登っているらしいことは分かったけど……それにしては、かなりの時間登っていた。たぶん、十分くらいだろうか。そんなに長い階段ってあるかな? もしかして、どこかの神社?


「もう、目開けていい?」


 遠慮がちにたずねると、「ああ」という和幸くんの自慢げな声が聞こえる。

 何をたくらんでるのかな? そうっと私は目を開き、そして、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。


「……キレイ」


 眼下にひろがるのは、光り輝く夜のトーキョーの街。星がそこら中にひろがってるみたい。もう夜明けも近いというのに、ビルの明かりやネオンは煌々と輝いている。それが、足元に広がっているのだ。

 私はどうやら、高い場所にいるようだ。高い……建物。それも、三六十度見渡せるような窓――といっても、窓枠だけだが――に囲まれている。


「ここは……」と、私は和幸くんに振り返る。

「コフィンタワー……聞いたことある?」


 その名前に、ハッとした。コフィンタワー……飛び降り自殺の名所。治安の悪さで有名な一画に、のっそりと聳え立つ塔。私は、一度近くを訪れたことがあった。盗聴器を買うために……。そう、全ての始まり。両親のあの電話を盗み聞きした、あの盗聴器。


「カヤ、どうした?」


 隣から、心配そうな声が聞こえてきた。


「あ、ううん。なんでもない」


 つい、感傷にひたってしまった。あれ以来、このあたりに来ることもなかったから。

 私はもう一度、景色に目をやる。トーキョーで『死』の象徴ともされるタワーから見える、格別の夜景を。


「まさか、自分があのコフィンタワーの中にいるなんて」


 もちろん、治安が悪いことも一要因だけど……それ以上に、このタワーが放つ負のオーラが恐ろしかった。入ったら最後。もう出れない呪いの塔。そんな気がして仕方なかった。

 でも、この目の前にひろがる景色はどうだろう。なんてキレイなんだ。キラキラ光る夜の街。それが、一面に広がっている。全部を視界におさめられない。街中が一足早いクリスマスみたい。トーキョーが、宝石の変わりに光で着飾っている。そこに、『死』の陰さえも感じられない。


「ここにお前を連れてくる気はなかったんだけど、他にいい場所も知らなくて。それに、金も無いし」


 すぐ隣で、和幸くんが手すりによりかかって、微笑んでいる。なぜか、彼はリラックスしているようだった。まるで、ここが自宅かのように落ち着いている。ここに来るのは、どうやら初めてではないようだ。


「どうして、連れてきたくなかったの? すごくキレイだよ」


 私はうっとりとして、夜景を眺める。どれほどここにいても、見飽きることはないだろう。


「まあ、外を見る分には、な」

「え?」


 和幸くんは、くいっと背後にあごをやる。それに促され、私は背後に目をやった。そして、思わず「きゃ」と小さく悲鳴をあげる。


「な、分かったろ?」


 窓とは反対側。つまり、塔の中心部分には、半分白骨化した遺体や、今にも死にそうなおばあさん、目がうつろで痙攣している青年。そんな人たち――そして、人だったものが壁を背に座りこんでいる。

 ゾッと背筋が凍った。そうなんだ。これが、コフィンタワーたる所以なんだ。私はそれを実感した。


「一応、区がたまに死体の回収に来てるみたいだな。前より、減ってる」


 どこか感心したように、和幸くんはそうつぶやいた。


「前って……やっぱり、ここに来たことあるの?」


 まだ、心臓がドキドキしてる。まるで、お化け屋敷に来てるみたい。私の笑顔は自然とひきつっていた。

 そんな私とは対照的に、和幸くんは冷静な表情を浮かべ、おもむろに語りだす。


「俺、カインだったころさ……しょっちゅうここに来てたんだ」

「え!?」


 しょっちゅうって……


「それって……」


 ここは、コフィンタワー。『死』を望むものが登る不吉な塔。私は胸元をぎゅっと握り締める。


「和幸くんも、まさか……」


 震える声でそこまで言うと、和幸くんはハッとしてこちらに顔をむけ、笑い出した。


「違う、違う。別に、死にに来たわけじゃないよ」


 ホッと自然とため息がでる。よかった。


「でも、それじゃ、なんで?」

「なんでだろうな」と言って、和幸くんはうつむいた。悲しそうでもなく、その表情は、懐かしむようだった。「たぶん……この世界で居場所も見出せず、ここで『死』を待つだけのあの人たちに、自分を見てたんだと思う」

「!」


 あの人たち……私はもう一度、彼らに目をやった。大都会が放つ光も、彼らには届いていない。暗闇で、じっと何かを待っている。死を待っている。迎えを待っている。居場所……それを、彼らはあの世に求めてるんだろうか。なんて、悲しい希望なんだろう。


「ここに自分は存在していていいのか……ずっと分からなかった」


 和幸くんがまた話し出し、私は視線を戻す。月光の照らす彼の横顔は、いつになく色っぽかった。


「かといって、クローンである自分が、あの世にいけるとも思えなかった。神サマってのに、受け入れてもらえるとも思えなかったしな。俺はきっと、人を殺さないことで、神サマに媚を売っていたんだ」


 ここで、そんなことないよ、と口をはさむのは軽はずみに思えた。私は何も言わず、彼の話を聞いていた。


「俺は、ただ生きているしかなかったんだ。いつか来る『死』を信じて。今にも脆く崩れ去りそうな、『自分』と共に……」

「和幸くん」


 せめて元気付けよう、と思い、彼の肩に手を伸ばしたときだった。トーキョーの光を反射し輝く瞳が、私へと向けられた。ばちっと目があい、私は手を止める。その表情には、マイナスの感情は見受けられなかった。


「で、お前に会った」

「!」

「お前が、俺に……いてほしい、と言った。助けてくれないか、て……そう言ってくれた。

 俺を、必要としてくれた」

「あ……」


 言われて、私は思い出す。まるで遠い昔のような、あの夜。両親の妙な電話を盗聴し、家出しようかと迷ってアンリちゃんを呼び出した。するとなぜか、彼女は和幸くんと一緒に現れた。そして、遠慮して帰ろうとした彼を私は呼び止めたんだ。


――和幸くんにも……いてほしい。助けて、くれないかな?


 あんな、たった一言を、まだ覚えててくれたんだ。


「あのとき、この世界で存在を許されたような気がしたんだ」


 和幸くんは大人っぽい笑顔でそういった。

 ドクン、と心臓が大きく揺れる。そう……だったんだ。あの一言が、彼にとってそんな意味をもっていたなんて。驚いた。――そして、嬉しい。そっか。じゃあ、あのときからすでに、私はあなたの『存在の証明』になれていたんだね。つい、頬がゆるむ。


「カヤ」


 和幸くんは改まって名前を呼び、私の左手をとった。


「!」


 その真剣な表情に、私はたじろいだ。私だって、いろんなことを彼に伝えたいのに……そんな瞳で見つめられたら言葉がでないよ。


「俺も……」と彼は言い、急に頬を赤らませた。

「ん?」


 なぜか、途中で口ごもった彼に私は微笑して首をかしげる。


「俺もな……」

「うん」

「……」


 なかなか、次の言葉がでない。私はただじっと待つ。なんとなくだけど、彼が何を言おうとしているのか分かってきた。


「俺も……」


 和幸くんは、まるで何かが喉につまっているかのような、苦しい声でもう一度言った。

 そんなに焦らされたら……こっちまで心臓がドキドキしてきちゃう。手が震える。私は、期待の目で彼を見つめていた。


「俺も、その……」


 うん。それで? と、私は急かすような視線で続きを促す。でも、彼は耳まで真っ赤にして、口ごもっている。言ってくれるんだよね? また、もういいんだ、なんて言わないよね? もうそんなのナシだよ。お願い……聞きたい。ソレを言うために、ここまで連れてきてくれたんでしょ? だから……言って。和幸くんも……


「俺も――」

「『愛してる』!?」

「へ」


 あ……ばか。


***


「俺も……」


 言え。言うんだ。そのために、わざわざここに来たんだろ。俺が考えられる、最もロマンティックな場所。ここで、愛してる、て伝えるんだ。カヤがせっかくそう言ってくれたのに、俺は何も答えずに眠ってしまった。本来、男から言うべきセリフだってのに。やってる最中に寝たことより、そっちのほうが問題だったんだ。

 だから、ここで……この完璧なシチュエーションで、ちゃんと言うんだ。なのに……言葉がでてこない。愛してるって……こんなに恥ずかしいもんなんだな。照れくさすぎて、言えない。プロポーズは、あんなにあっさりいけたってのに。どうも、俺には勢いってのが必要なようだ。ここまで改まってしまうと、難しい。


「俺も、その……」


 言えって。あぁ! て、照れくさすぎる。だめだ、だめだ。次こそ言うぞ、絶対。

 俺は息を吸い、覚悟を決める。


「俺も――」

「『愛してる』!?」

「へ」


 な、何が起きた?


「あ……」と、カヤが顔を赤らめ、うつむいた。俺はぽかんとして彼女を見つめる。


「……ごめん」


 上目遣いで、カヤは苦笑する。言葉とは裏腹に、反省の色は見えない。いたずらが見つかった子供みたいな顔だ。

 俺はしばらくぽかんとしてから、噴出した。それにつられるようにして、カヤも笑い出す。コフィンタワーの展望室で、場違いな笑い声が響き渡った。

 参ったな。ここまでして、結局言えなかったじゃないか。でも、いいか。俺はちらりと横目で、笑っているカヤを見つめる。楽しそうな笑顔だ。これが見れただけでも、来た価値はある。夜景よりも何よりも、俺がずっと見ていたいのは彼女の笑顔だから。

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