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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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女神の神託

「なんだ、ここ!?」


俺はパニクって声を張り上げた。彼女は、そんな俺とは対照的に、あくまで冷静に答える。


「パンドラの記憶を元に、構築した世界。夢に近い、まがい物」

「は?」

「お前と会うために創ったまやかしの世界。気に入ったか?」

「はあ!?」


 彼女はうすら笑みをうかべ、俺をじっと見つめている。意味がさっぱり分からない。状況が把握できない。分かることといえば……目の前の女は、彼女(・・)ではない、ということ。見た目は彼女そのものだが……別人だ。理解はできないが、もう受け入れるしかない。


「お前は、何だ!?」


 なぜか、誰だ、という言葉はでてこなかった。自然と……何だ、と尋ねていた。

 彼女の姿をした女は、相変わらず微笑を浮かべたまま、くるりとこちらに体を向ける。


「名は、ティアマト」と、女は静かに言う。

「ティア、マト……」

聖域(ニビル)に住まう神々の母にして、地球(エリドー)に残りし唯一の女神」

「……」


 は!?


「わたしは、地球(エリドー)の天であり、地である」


 いや、待て。俺はまだ、頭の整理がついてない。


「か、神?」


 頭が混乱する。待ってくれよ。どうなってるんだ? 目の前に……神がいる? どんな状況だよ、それは。まあ、リストやケットと毎日顔をあわせてる俺だ。いまさら神が現れても、気が狂ったりはしない。だが……と、ティアマトと名乗る女を見つめる。


「なんで、その姿……あいつにそっくりだ」

「これは、本来の姿ではない。パンドラの姿を借りたまで。お前にこれを書いてもらうためにな。うまくいっただろう?」


 ティアマトは、ちらりと背後に目をやった。そこには、さっき俺が書いたこっぱずかしい詩がある。

 あ……ちょっとまてよ。今、「パンドラの姿」って……。おい、てことは、パンドラってあいつのことか? いやでも、さっき、十二人のパンドラたち、て言ってたし。


「パンドラって、なんだよ?」


 他にも分からないことはたくさんあるが……とりあえず、思いついたものから聞いていこう。もう、俺の情報処理能力はとっくに限界だ。


「パンドラは、世界に終焉をもたらす女。『災いの人形』と呼ばれる、魂をもった土人形」

「『災いの人形』!」


 それが何かは、もう知ってる。そうか、やっぱりあいつのことだったんだ。十二人のパンドラ……つまり、これまで十二回の『裁き』があった、てことか? 驚いたな。あいつのほかにも『災いの人形』がいたなんて。だが、それなら……と、俺はぐっと拳を握り締める。


「なぁ」と、俺はティアマトを真剣な目で見つめた。「その中で――これまでの『災いの人形』で、人間として生き残った奴はいるのか?」


 すると、ティアマトは俺に冷たい視線を返してきた。どこか悲しげな、憂いを含んだ表情だ。


「いない」

「!」


 ティアマトの一言が、俺の胸に突き刺さる。過去十二回の『裁き』……『災いの人形』は、皆それぞれ殺された? やっぱ……難しいのか。俺はうつむく。はは、聞くんじゃなかったな。


「だから、お前を呼んだんだ」

「え」


 どういうことだ? 俺はばっと顔を上げる。


「アトラハシスは使命を見失い、ニヌルタの王は殺戮に走り、マルドゥクの王は禁忌を犯した」


 禁忌を犯した……ギクッとした。マルドゥクの王はリストだ。つまり、禁忌とはクローンのことを言っているんだろう。やっぱ、まずいよな。神の一族がクローンを創っちゃ……俺にだって、そんなこと分かるぞ。リストを創った奴は何考えてたんだよ?


「『裁き』さえ、崩れかけている。このエリドーで神にもっとも近い者たちが、この有様。

 エリドーの長い歴史の中、今までこんなことはなかった。アトラハシス、ニヌルタ、マルドゥク……彼らが、神の意志に逆らうことなど、なかったのだ」


 正直、ティアマトが何の話をしているのか、よく分からない。ってか、神と話している状況事態、理解不能だ。いや、こいつ、本当に神なのか? 神ってこんなに簡単に会えるものなのかよ。なんだか、肩透かしだ。ああ! ったくもう、こうなったら開き直りしかない。とりあえず、黙って話を聞くしかない。


「わたしは思った。もう……このエリドーが、神の手から完全に離れるときがきたのだ、と」

「!」


 神の手から完全に離れる? それは、どういう意味だ?

 ティアマトはじっと俺を見つめてきた。


「わたしは……これを、最後の『裁き』にしたいと思っている」

「最後?」

「この『裁き』が、ニビルに住まう神々の、最後の干渉となるだろう」


 つまり、あいつが最後のパンドラになるってことか? もう二度と、『災いの人形』は生まれない? もちろん、もし……この『裁き』で世界が滅びなければ、だろうけど。世界が滅びたら、『裁き』も何もありゃしない。


「お前の書いたこの詩は、そのためのものだ」

「!」


 唐突に、ティアマトはそんなことを言ってきた。な……んだって? 衝撃的な発言に、俺は息をのむ。意味がさっぱり分からない。理解できない。なんで、俺の詩が? ってか、なんで俺!?


「もっとも」と、ティアマトは目をつぶり、笑みを浮かべる。「それを決めるのは、彼女だが」

「彼女?」


 俺が眉をひそめてそうつぶやくと、ティアマトはゆっくりと目を開け、俺を見据える。


「お前の愛するパンドラだ」


 俺の愛する『災いの人形(パンドラ)』って……


「な……なんで、あいつなんだよ?」

「彼女には、その資格があるからだ。世界を裁くために、生まれてきた存在なのだから」

「わけわかんねぇよ! そもそも、あんたが本当に神なら……この『裁き』自体、止められないのか? 中止にしてくれよ」


 そしたら、全部丸くおさまる。あいつが世界を滅ぼすことも、死ぬこともない。なんの心配もいらないんだ。


「それはできない」


 俺の期待をよそに、ティアマトはきっぱりと否定した。


「わたしは、神の世界(ニビル)から追放された身だ」

「……は?」

「ここに、たった一人残ったのもそのため。いや、残された……といったほうが正確か。体を引き裂かれ、天と地に封じられた。

 だから、わたしに『裁き』を止める権利も力もない。できることといえば……このような小細工くらい」

「なんだよ、それ……」


 神も追放とかされるのかよ? 俺たちと、かわんねぇじゃねぇか。


「『裁き』そのものに干渉することはできない。

 わたしがパンドラにしてやれるのは……これくらいしかない」


 言ってティアマトは、また俺の書いた詩を見つめた。

 俺も、つられるように黒板に目をやる。そこにあるのは雑な字で書かれた短い詩。この詩はどうやら……あいつ次第で、神からこの世界を切り離す鍵になるらしい。……って、そんなわけあるかよ。書いたのは俺なんだ。特別な詩でもなんでもない。ただ……あいつを想って書いた詩。それも、センスのかけらもありゃしない。てか、詩として成り立っているのかも俺には疑問だ。

 もう、これ……全部、単なる夢おちなんじゃないのか。そんな気がしてきた。ハッと目を覚まして、「夢だったのか」で終わるんだ、きっと。そもそも、いくら俺がカヤと特別な関係にあるからといって、普通、俺の前に神が現れるか? いや、まあ……世界を滅ぼす女と付き合ってる時点で、普通じゃないんだけど。


「この詩は……」と、ティアマトはおもむろに切り出す。

「え?」

「この詩は、お前の……いや、お前たちの望みを叶える希望の詩となるだろう」

「!」


 俺たちの望み?

 ハッとする俺に、ティアマトは振り返る。無表情に近い、冷静な顔だ。


「その希望は……お前たちにとって、完璧ではないかもしれない。

 パンドラにとって、呪いにも似た希望になるだろう。

 それでも……もし、パンドラがそれを望んだなら……」

「どういうことだ? 希望って?」


 心臓の鼓動が、どんどんとテンポを上げていく。この、はぐれた女神は……俺に……俺たちに希望を与えてくれるってのか? でも、あいつにとって呪いにも似た希望? それはなんだ? 俺たちの望みって、なんだ?


「いいか、パンドラの愛する人よ」


 ティアマトは、一歩一歩と俺に近づいてくる。どうやら、俺の質問は無視のようだ。


「お前は、絶対に死んではならない。世界(エリドー)のためにも、パンドラのためにも、生きなければならない。お前がいなければ、全て終わりだ」


 あいつとまったく同じ顔なのに、俺は彼女に見つめられ、たじろいだ。すごい眼力だ。


「お前たちが神を信じずとも……わたしは、お前たちの愛を信じています」

「!」


 ティアマトの右手が、俺の胸元におかれた。なんだ? 何かされる……そう直感が告げる。


「手伝ってくれて、ありがとう」


 急に、見た目につりあった口調でそう言って来た。にこりと微笑む顔も、彼女そのものだ。


「ティアマト?」

「パンドラが……カヤがお前を待っている。帰りなさい、ルルの子」

「!」


 ドン、とティアマトが俺の胸を力強く押した。俺はぐらりとバランスを崩し、後ろに倒れていく。なぜか、抵抗する気も起きずに、俺は重力に身を任せた。徐々に……頭がぼうっとしていく。また、記憶にもやがかかっていく。


 ちょっと、待てよ、ティアマト。まだ……聞きたいことが。

 ティアマト……ティアマト……あれ? ティアマトって……なんだっけ?


 眠りに落ちるような感覚がして、気が遠くなった。

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