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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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預言者 エノク①

「リスト、着いたよ」


 言われて、目を開く。リストはいつの間にか、眠っていた。周りの乗客は足早に電車を降りていく。


「いつから寝てた?」


 目をこすりながら、リストは体を起こした。ケットはくすっと笑って「ニューカッスルから」と答える。

 うきうきとしているケットと違い、リストはおもりでも背負っているかのようにのっそりと立ち上がった。持ち物は、一週間分の衣服と金だけ。小さなスーツケースを引きずりながら、電車から降りた。

 八月だが、もう肌寒い。腰に巻いていた上着を着ると、駅を見回した。


「エディンバラか……」

「リスト、リスト!」


 駅で、そんな高い声が響いた。振り返ると、ケットが出口ではしゃいでいる。


「あれで、神の使者なんだからなぁ」


 リストは、目を細めた。スーツケースをひきずると、駅から出て行く。

 エディンバラは、イギリスの北部、スコットランドの首都である。街全体が世界遺産という、歴史ある街。


「うっわー! お城だぁ」


 駅をでて、開口一番、ケットはそう言った。まわりの通行人は、そんなケットをほほえましく見つめた。


「エディンバラ城だよ」


 後ろから、リストはそうケットに教えた。

 駅から遠く離れたところにみえる城。崖の上にそびえたつ姿は、印象的な美しさだ。誰もが、その姿に目を奪われる。城のまわりだけ、まるで別の時間がながれているようである。時間に置いていかれた城。リストにはそうも思えた。


「あそこに行くの?」

「え?」


 ケットは目を輝かせている。リストはため息をついた。ケットは、ただ単に観光がしたいだけだ。そう分かったからである。


「ああ、あそこに行くんだよ。でも……」そういってしゃがむと、ケットを見つめた。「観光しにきたんじゃないんだよ」

「分かってるよ」


 ケットは、得意げに笑った。


「エノクに……助言をもらいにきたんでしょ」


 急に、ケットは真剣な表情になり、そう静かに言った。


「そう、エノクを探す」


 リストは立ち上がり、またエディンバラ城を見上げた。


「きっと、あそこにいるはずだ」

「確かなの?」


 リストが歩き出すと、ケットはあわててあとについて歩き出す。


「リチャードが青春をかけて探し出したらしいからな」


 その言葉に、ケットはぷっと吹き出す。


「リチャードの初恋の人かなぁ」

「そういう意味じゃないよ。必要だと思ったからさ」

「永遠の秩序を知る者、エノク。確かにエノクは全てを知っている。でも、だからといって、それを教えてくれる保証はないよ」

「……」


 神の使者の忠告に、リストは耳をかそうとしなかった。ケットは、ため息をつく。


「それは承知の上、だよね」


 しばらく、二人は黙って旧市街へと歩いていった。

 エディンバラには、旧市街と新市街がある。旧市街は、歴史的建造物が残る、伝統的な街だ。一方で、新市街は、計画的につくられた都市計画の傑作といわれている。

 リストは以前、ナンシェとともにここに旅行に来たことがあった。旧市街のB&Bに泊まっていたのだが、ナンシェはなぜか怖がっていた。旧市街の雰囲気が不気味に感じたらしい。伝統的な建造物は美しく、ナンシェも気に入ってたはずだったが、夜になるとその重苦しい空気がナンシェをおびえさせたのだ。暗くて冷たい、寂しい感情に満ち溢れている。ナンシェはそういった。

 遺産とは、遺された産物。考え方によっては、その時代の部外者。置いていかれた、といってもいい。それは、疎外感なのかもしれない。リストは、そのときそう思った。


「なんだか静かだね」旧市街を歩きながら、ケットは言った。

「うん。残ったのか、遺されたのか、どっちなんだろう」

「……リスト?」


 自分でも分かっていた。リストは、この街と自分を照らし合わせていたのだ。時代の部外者。その言葉が頭をよぎったとき、リストは自分の存在に疑問をもつようになった。

 リストの寂しそうな横顔にケットは気づいていた。ケットには、その理由もなんとなく見当はついていた。だが、それをわざわざ口にだすことはない。それは、彼自身が答えを見つけなければいけないことだ。一生かかってでも、見つけなければならない答えだ。


「あ」


 突然、リストは声をあげた。


「なに?」


 通りの向こうで、一人の老婆が大荷物をかかえて歩いている。よたつき歩いては、荷物を降ろして休んでいる。


「あんな様子でどこまで行くつもりだ?」リストは、心配そうに老婆を見つめた。

「どうするの?」


 ケットの言葉に、リストは微笑んで振り返る。


「このスーツケース、運べる?」

「うん!」

「よし」


 リストからスーツケースを受け取ると、ケットはリストが老婆の元へ駆け寄るのを見つめた。


「荷物、持ちましょうか」後ろから老婆に尋ねる。「重そうなので」と、警戒されないように付け加えたが、そんな必要はなかった。老婆はリストの申し出を大喜びで受けた。

「すみませんね」とニコニコしながら言う老婆。リストは、老婆の荷物を背負い、彼女に言われたとおりに歩いている。その後ろで、ケットはリストのスーツケースをひきずってついてきていた。


「あの子」老婆が突然、リストに問いかける。

「はい?」

「後ろからついてきてる子、弟さん?」

「ああ……いえ、違います」

「あら」


 老婆は振り返り、ケットを見つめた。


「確かに、似てないわねぇ。きれいな髪だこと」

「特徴的でしょう」

「服装もおもしろいわね」そこで、老婆はハッとした。「もしかして、フェスティバルにきたの?」

「え?」

「エディンバラ・フェスティバルにでるんでしょ」


 リストは、ははは、と笑った。


「まさか」

「あら。残念ねぇ」

「でも、フェスティバルにはいきますよ」

「そうよねぇ。この時期にくるんですもの。それはそうよねぇ」


 彼女は誇らしげにうなずいた。

 ここのフェスティバルは、毎年この時期、八月にひらかれている。大勢の人が訪れる。大道芸人やミュージシャン。様々なパフォーマンスが道のあちらこちらで披露されるのだ。

 確かに、ナンシェと来たときは、このフェスティバル目当てだった。とても楽しい“旅行”だった。だが、今回は違う。旅行じゃない。楽しんじゃいけない。使命を果たすための旅だ。

 リストは荷物を運びながら、ナンシェとの思い出を思い出さないようにしていた。懐かしんではいけない。この命は、マルドゥクのためだけにあるのだから。リストは、自分にそう言い聞かせていた。


***


 それは別れ際だった。老婆の家まで荷物を運ぶと、老婆はリストにカードを渡してきた。


「これは?」

「フェスティバルに行くんでしょう? そこにね、有名な占星術師がいるのよ」

「占星術師」

「ぜひ、いってみるといいわ」

「いえ、でも……用事があるので」

「あら、やあね。一分一秒を争う用事?」


 リストは、ため息混じりに微笑んだ。その笑みは、とても皮肉をふくんでいた。


「はい」


 老婆は、リストのその返事に笑い出す。


「やあねぇ、若者なのに。そんなんじゃ、大事なチャンスを見逃すわよ」

「え」


 戸惑うリストをよそに、老婆はその手にしっかりとカードを握らせた。


「必ず行きなさい。出会いやチャンスというものを大切にするべきよ。

全ては……」そこまでいうと、老婆は食い入るようにリストの顔をのぞきこんだ。


 急に雰囲気のかわった老婆に、リストは戸惑った。変な胸騒ぎがした。

 その様子に老婆は満足したかのような笑みを浮かべ、ゆっくりとまた口をひらく。


「全ては、運命のヒントなのだから」

「!」


 老婆は最後に、ふふ、と笑い、ウィンクをして家へ入っていった。

 残されたリストは、ただきょとんと立ち尽くしていた。


「どうしたの?」


 ふと、リストの耳に、そんなのんきなケットの声がはいってきた。ケットは、ぽかんと突っ立っているリストを見上げて首をかしげている。


「それ、なに?」ケットはリストが握っているカードを指差す。

「……運命のヒント」


 リストは無意識のうちに、そうぽつりとつぶやいた。


「へ?」と、ケットが目をぱちくりとさせて聞き返す。「どうしたの?」

「フェスティバルだ」


 ケットに見向きもせず身を翻すと、リストは足早にフェスティバルが行われている通りへと進みだす。彼は何かを感じていた。それは変な胸騒ぎだった。でも、嫌なものじゃない。漠然と何かが分かったような気分だ。


「リストー、まってよ」後ろからケットの呼ぶ声がして、リストは立ち止まって振り返る。

「ごめん、ケット」


 ケットはぱたぱたとリストのもとへ走ってくる。彼には、リストがなぜ急ぎ始めたのかさっぱり分からなかった。


「とにかく、フェスティバルにいこう」リストは、ただそれを繰り返す。

「何度も、それはきいてるよ。一体、なにがあったの?」


 二人はまた足並みをそろえて歩き出した。今度は、リストもケットをおいていかないようにゆっくりと歩いている。

 リストはしばらく黙り、またさっきのカードを見つめた。


「エノクは、きっと、気づいている」

「!」エノク、という言葉にケットの顔つきがかわった。しかし、リストはそれに気づくこともない。緊張しているようなこわばった表情でカードをみつめていた。

「きっと、全部、分かってるんだ。もしかしたら、オレが会いに来ようと思うもっと前から……オレが来ることを知ってたのかもしれない」

「……そうだね」ケットは、静かに言って、微笑んだ。「それが、エノクというものだからね」

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