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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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虹の橋 -魂の寄り道-

 なんなんだよ、このばあさんは? こんな今にも死にそうな体だっていうのに……俺の腕をつかむ握力は、弱さを感じさせない。しっかりとつかんでいる。それに……この目つき。なぜか、その瞳は生気に満ち溢れている。瞳だけ、若さを保って生きてきたようにさえ思える。


「なぜ、殺さない!?」


 ばあさんは、またそんな馬鹿げた質問を投げかけてきた。このばあさん、頭イカれてんのか!? カヤが悪魔? 殺せ? 一体、どんな妄想を……


――彼女は『災いの人形』。人間じゃありません。ただ、世界を滅ぼすために創られた土人形。


「!」


 リストの声が頭に響いた。


「アレは悪魔だ!」


 また、ばあさんが叫んだ。俺はぐっと拳を握り締め、唇をかむ。さっきまでの怒りがひいて、不安と疑問が心を支配する。なんで……と、俺はばあさんをじっと見つめた。カヤは……カヤは世界を滅ぼす存在。世界にとって不吉な存在。世界の脅威。世界に終焉をもたらす……悪魔。ただのばばあの妄想じゃない。カヤが不吉。認めたくは無いが、きっとその通りなんだ。このばあさんは、それが分かったっていうのか? いや、ただの偶然……か? 俺が深く考えすぎなのか? 


「アレを殺してくれ」


 まるで、すがるような顔でばあさんは俺を見上げてきた。


「頼むぅ」


 ばあさんは俺の腕に顔を擦り付けてくる。まるで、救いを求めるように。救い……その瞬間、ゾッと悪寒が走った。


――彼女を殺したあなたは、世界の救世主になれる 。

 

 また、リストの言葉が脳裏をよぎった。


「やめろよ」

「アレを殺すだけで、世界は……」


 そんな目で、見ないでくれ。


――和幸さんは、世界を救えるんですよ。


「うるさい!」


 俺は、ばあさんを突き飛ばすように腕をはらった。なんだ? なんで……こんなに、心が乱れてるんだ? 俺は肩で息をしていた。おかしい。なんで、こんなばあさんの言葉に惑わされてる? もう決めただろ。俺はカヤを守るんだ。救世主よりも世界の敵になることを選んだ。世界とカヤを天秤にかけて、俺はカヤを選んだ。たった一つの可能性に賭けて……世界を危険にさらすことを承知で、カヤの命を救った。それでいいんだよ。それが、俺の選んだ生き方だ。


「裏切り者」

「!」


 心臓が、鷲づかみにされたようだった。俺はごくりとつばをのみ、声のしたほうに振り返る。ばあさんがしりもちをついたまま、俺を指差していた。その顔には、怒りと絶望が浮かんでいる。ばあさんは必死になって俺に向かって叫ぶ。


「裏切り者!」

「……」


 俺は……何も言い返せなかった。とにかく、もうこのばあさんと関わりたくない。いや、正確には……ここから逃げたい。逃げなきゃいけない。これ以上、何も聞いちゃいけない。俺はぐっと唇をかみ締め、ばあさんに背を向けた。


「!」


 スクーターへと顔を向けた俺の目に飛び込んできたのは、一人たたずむカヤだった。こちらを向いて、ただじっと立っている。暗闇とヘルメットのせいで、その表情を伺うことはできない。なぜか……彼女が恐ろしく見えた。

 俺は彼女にゆっくりと歩み寄る。


「帰る前に、俺の部屋、寄っていいか」


 手が震えていた。俺はカヤに知られないように、それをポケットの中に隠す。

 カヤは何も言わずにうなずいた。


***

 

 老婆は、去っていくスクーターをじっと見つめて立っていた。表情は穏やかで、目には同情の色が表れている。


「あなたの答えを信じて、迷える子」と老婆は静かにつぶやく。「たくさん、悩んで。たくさん、苦しんで。揺らがぬ覚悟を決めなさい。あなたの答えは、きっとそれに値するのだから」


 ふと、老婆の隣に光の粒子が現れた。それは段々と人の形を形成し、そして少年へと姿を変えた。輝くような長いブロンド。神秘的なオーラ。すべてを見透かすような、汚れのない金色の目。少年は、老婆を見つめ、大人びた笑顔を浮かべる。


「それは預言なの? エノク」


 その言葉に、エノクと呼ばれた老婆は頬をゆるめる。だが、その視線は決して少年に向けられることはない。ただただ、スクーターが消えた暗闇を見つめている。


「彼は、知らないようですね。あなたが彼に宿っていること」

「うん。かずゆきは嫌がるからね。だから、リストがこっそり」


 それよりも、と幼い少年――エンキのエミサリエス、ケットは腰に手をあてがった。


「一体、どうなってるの? まさか、こんなとこで君に会うとは思ってなかったよ。しかも、そんな(からだ)で」


 すると老婆は、悲しげに微笑した。


「前の躯……ポリー・マッコーネルから、魂を引き剥がされたのです。ニヌルタの王によって」


 その言葉に、ケットは仰天して目をまん丸にする。エノク独特の言い方で分かりづらいが、それはつまり『殺された』ということだ。


「ニヌルタに!?」

「彼はどうやら、エノクというものを理解していなかったようです。ただのルルだと高を括り、私に『冥府の剣』を突き刺しました」そこまで言って、エノクは不敵な笑みを浮かべる。「彼もまた迷える子」

「エノク……君は……」


  憐れむような視線を彼女にあびせるケット。だが、その言葉は「ですから」という彼女の明るい声によってさえぎられた。


「今は次の躯を探しているのです。この永遠なる魂の(うつわ)となる、魂無き新鮮な躯を」言って、エノクは胸に手を当てた。

「まさか」と、ケットはジト目で彼女を見つめる。「本気でその躯を器にしようとしたわけではないよね?」


 するとエノクは、クスッと微笑む。


「この躯は、ただの寄り道です。あの少年の背中を押しに来ただけ」

「背中を押す? あれが?」とケットは眉間にしわをよせる。「にしては、ずいぶん陰険なことしてたじゃないか。あんなこと、かずゆきに言うなんて。ひどく心がかき乱されていたよ」


 天使は不機嫌そうな顔を浮かべた。それに気づいてもいないのか、エノクは穏やかな笑顔を浮かべる。それは、せつなくもみえる複雑な笑顔だった。


「少し、関わってみたかったのです。運命、というものに」

「……」


  傍観者であるはずの預言者らしからぬ発言だ。ケットは眉をひそめる。永遠の秩序を知るもの――エノクが自ら他人の人生に関わることなど珍しい。たとえ、こちらから訪れたとしても、必ずしも答えをくれるわけではないというのに。

 ふと、エノクの視線がケットへと向けられる。ケットはハッと目を丸くする。やっと、ケットはエノクと視線を交わした。


「エンキのエミサリエス」とエノクは、人差し指を口にあてる。その指もまた、骨と皮。今にも折れそうだ。「マルドゥクの子には、くれぐれも言わないでくださいね。私と会ったこと。私と話したこと。すべて」


 その言葉に、やれやれ、とケットはため息をついた。幼い顔立ちには似合わない、あきれ果てた表情だ。


「うん、わかった。それを君が望むなら」

「ありがとう」


 エノクは満足げに微笑み、目をつぶった。その瞬間、老婆の体はその場に崩れ落ちる。そして、ケットの足元で、その顔から色みが消えていく。さっきまで確かに感じられた彼女の生気は、あっという間に消え去った。エノクが去り、老婆は死体に戻った(・・・)のだ。

 ケットは難しい表情を浮かべて、星空を見上げる。


「君もまた……迷える魂なんだね、エノク」


 その言葉を残し、少年は光となって消えていった。

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