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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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存在の証明

 和幸が中腰になると、カヤは和幸の肩に手を置き、地面に足を下ろした。それを確認して、和幸はカヤの膝下から手を抜く。


「遺伝子操作やらナノマシンやらなんやらで、体は改造されまくり。まるでサイボーグでさ」

「え?」


 自分の足で地面に立ち、背筋をのばしたときだった。遺伝子操作? ナノマシン? 急に何の話を始めたんだろう、とカヤはきょとんとする。それがわかったのか、和幸は「あぁ」と照れたように苦笑する。


「体が丈夫な理由だよ」

「あ!」


 軽くストレッチを始める和幸を見つめながら、カヤは「そうなんだ」と小声で答えた。その表情は、一気に曇った。また自分は、余計なことを聞いてしまったんじゃないか。そんな気がしていた。

 当の和幸は、屈伸しつつ、けろっとした様子で話を続ける。


「ま、それが唯一……商業用のクローンでよかった、と思えるところだけど」

「商業用……?」


 カヤはぎこちなく鸚鵡返しする。「ああ」と和幸は、足首をまわしながら頷く。


「なんていうかな……売るためだけに創られたクローン」


 そう言われてもぱっとこない。カヤは首をかしげた。それに、和幸は申し訳なさそうに微笑む。


「普通は違うんだ。たとえば……砺波」

「砺波ちゃん?」

「あいつのオリジナルは交通事故で死んだらしい。で、その親が、子供の代わりに、と『発注』してクローンを創った。それが砺波なんだ」


 発注、という言葉に違和感を覚えながらも、そうだったんだ、とカヤは複雑な気持ちになる。砺波がカインだというのは知っていたが……ということは、砺波も誰かのクローンだということなんだ。今更ながら、それに気づかされた。


「一方、俺や曽良は違う。誰かが『発注』したわけじゃない。誰かがDNAをどっかから盗んできて勝手に創ったクローンなんだ。オークションで売るためにね」

「オークション?」


 骨董品とかアンティークを売るアレ? とカヤは眉をひそめる。そんなところで、クローンが――命が売り買いされているというのか。カヤはゾッとした。


「いわゆる、闇オークションってやつだな。その客は最悪だ。オークションで売られたクローンはロクな目にあわない。奴隷のようなもんだ」


 遠くを見つめる和幸の目が、カインのときのそれに戻っていた。カヤはそれを感じ、一歩後ずさる。彼を恐い、と思っている自分がいる。カヤはごくりと唾をのみ、胸元に手を置いた。


「性欲処理だとか……虐待用だとか……存在の証明のない俺たちは、いい様に使われるんだ。そういう需要もあって体が丈夫に創られるんだけどな。乱暴に扱っても壊れないようにって。

 あとは研究のため、かな。要は、人間モルモットなんだよ」


 吐き捨てるようにそう言って、和幸はうつむいた。その表情は、『一般人』ではなくなっている。今、自分の前にいるのはカインだ。カヤはそう思った。

 存在の証明……か、とカヤも視線を落とす。『発注』されたわけではないクローンは、誰もその存在を知らない。勝手に創られたクローンを知るものなどいない。せいぜい、創った人間だけ。そんな彼らがどんな目に遭おうと、誰も気にかけない。というより、誰も気づかないんだ。カヤの胸がぐっと締め付けられる。どんなにつらくても、救いの手を期待することもできない。なんて果てしない絶望だろうか。

 でも……と、顔を上げる。そこには、そんな絶望から抜け出し、立派に立っている少年がいる。カヤの頭に、六十を過ぎたある男の顔が思い浮かんだ。誰も知らないはずの彼らに手を差し伸べた男がいたんだ。そして彼は、子供たちに『家』を与えた。――藤本マサル。カインが父と呼び、慕う男。なぜ、カインが彼を神のようにあがめるのか、今さらながら分かった気がした。カヤは、フッと頬を緩める。いつか、藤本を悪い人じゃないか、と疑った自分が恥ずかしくなった。

 カヤは和幸に歩み寄り、唐突にぎゅっと抱きしめる。


「え?」


 彼は、そんな藤本の元から去った。与えられた居場所から旅立った。そして、ここに居る。自分の胸の中にいる。これからは、自分が藤本の代わりに彼を支えるんだ。カヤはそう心の中で強く誓った。


***


「カヤ?」


 なんで急に抱きしめてきたんだろう。俺には、その行動の意味が分からなかった。今の会話の中に、それを誘発する要素などなかったはずだ。ただ、事実を話しただけなのに。


「和幸くんの、存在の証明……」と、カヤは俺の胸に顔をうずめてつぶやく。「私じゃだめかな」

「え」


 思わぬ言葉だった。俺は返す言葉が思いつかず、口をぽかんと開けたまま硬直する。ただ、俺の心臓は必死に何かを訴えようと強く鼓動を打っている。


「前、言っていたよね。自分だけのものがない、て。自分はクローンだから、て」

「あ、ああ」


 一週間以上も前の話だ。よく覚えているな、と半ば感心する。と、同時に、そういえばそんな話もしたな、と若干恥ずかしくなった。


「私……」俺の背中を抱くカヤの手に、ぎゅっと力がこもる。「和幸くんだけのものになりたい」

「!」


 その瞬間、耳まで熱くなったのを感じた。ど真ん中だ……。部屋じゃなくてよかった、なんてのんきなことを考える。多分……理性なんてふっとんでいた気がする。


「私じゃ……だめかな」


 もう一度、カヤはそう尋ねる。俺は、言葉が全くでてこなかった。答えは一つなのに、いろんな気持ちがこみ上げてきてどうすればいいのか分からない。とにかく……と、フラフラしていた腕をカヤの背中に回し、ぎゅっと思い切り抱きしめる。


「か、和幸くん?」


 目を瞑り、その感触で彼女の存在を確かめる。溢れる感情は、一つの言葉にすることはできない。どの言葉も、今の自分の気持ちを完璧に表すことはできないだろう。ただ……これだけは、言わなきゃいけない。俺は浅く息を吸い、カヤの耳元でささやく。


「カヤのこと……たまらなく、好きだ」

「……え」


 それは、初めて好きだ、と言った夜。ぼんやりと夜道を照らす電灯の下、俺たちは強く抱き合っていた。先の見えない暗い路地は、まるでこれからの俺たちの未来を暗示しているようで、初めて暗闇におびえたんだ。でも、唯一確かなことがある。君を想うこの気持ち。それは、何があってもずっと変わらない。


 たとえ君が……世界を滅ぼしても。

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