表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
133/365

跳躍

 和幸くんが見つけた靴……それは、お昼に砺波ちゃんから受け取った靴。砺波ちゃんの高校が指定した銀色のパンプス。クリスマスパーティの、シンデレラの靴だ。それを片方、前もってパートナーに渡して、パーティの夜にその靴を履かせてもらう。それが、ルール。私は、できるなら和幸くんと行きたいと思っていた。ううん、絶対一緒に行きたい。だから、この靴もいつか彼に渡そうと思っていたんだ。でも……気になることが一つ。それは、靴と一緒に砺波ちゃんがくれた衝撃の言葉。


――和幸って、ダンスパーティとか嫌いじゃなかった?


 そう。話を聞けば……和幸くんは、そういうイベントごとは好きじゃないらしい。思わぬ、事実だった。もう付き合ってるし、あとはタイミングを見計らって……ロマンティックに誘うんだ、なんて張り切っていたのに。思わぬ障害があった。そうだよね、和幸くんが乗り気じゃない可能性もあるんだ。

 でも、でも……もしかしたら、砺波ちゃんの勘違い、てことも。私はすがるように和幸くんを見つめていた。


「ダンス……」と和幸くんは眉をひそめる。そして、首を横に振った。「あんま、好きじゃないけど。なんで?」

「……」


 あ……うそ。やっぱり、幼馴染の砺波ちゃんの言葉を信じるべきだったぁ。私はがっくりと肩を落とす。あんま、好きじゃない。そう口では言ったけど、顔にははっきり書いてある。嫌いだ、て。


「カヤ? ダンスがどうしたんだ?」

「な……なんでもない」


 私は力なく靴をその場に下ろし、自分で足を入れる。うーん、味気ない。


「それ、ダメなんじゃなかったのか?」


 和幸くんはいぶかしげな表情でそう言って立ち上がった。うん、ダメだったんだよ。ついさっきまでは。パーティの日まで履かないつもりだったんだ。でも、和幸くんと行けないなら行く意味もないし。本当はすごく精神的に大ダメージ。でも、私が勝手に盛り上がっちゃってただけだ。クリスマスは、何か二人で楽しめることをしよう。私の誕生日でもあるし。そうだよね、二人きりで何かしたほうがいいよ。うん。私は顔を上げ、にこりと微笑む。


「もう、いいの」


 そういえば……同じ言葉を和幸くんに言われたことがあったな。私はそのときのことを思い出し、苦笑した。


「あ、これ……もう片方の」と和幸くんは、思い出したようにもう一方の靴を箱から取り出し、私に渡してきた。

「ありがと」


 それを受け取って、同じように自分で(・・・)履く。今更だけど、自分で靴履いちゃったら、もうシンデレラ失格だよね。とほほ、て言葉……初めて言いそうになった。

 トントン、とつま先をたたくと、視線を感じて私は和幸くんに振り返る。彼は腰をあてがい、不敵な笑みを浮かべていた。何か、企んでるような、そんな顔だ。


「じゃ、覚悟はいいか?」


 ん? 覚悟? 唐突に、何を言い出すんだろう?

 きょとんとしていると、和幸くんが歩み寄ってきて、いきなり私を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこ……ドキッと心臓が大きく揺れた。


「な、何?」


 それは、こんなことされてすごくときめくんだけど。でも、狙いが分からない。覚悟って何の?


「そうだなぁ」と和幸くんはもったいぶったようにつぶやく。「すんごい体験させてやるよ」

「へ?」


 どういう、体験? 私は目をぱちくりさせて、自慢げに微笑む彼を見つめた。


   *  *  *


「本気、なの?」

「怖いか?」

「それは……こんなこと、したことないし」

「大丈夫。カヤは何もしなくていいから。っつーか、あんま動くなよ」

「う、うん」

「ま、とりあえず……声、ださないようにな」

「……そんなの、絶対無理!」

「家の人に声聞かれたら、アウトだぞ」

「……わ、かった。がんばる」


 カヤはぐっとこらえるように唇をかみ締め、うなずいた。まさか、こんなことになるなんて……想像もしていなかった。自分を抱きかかえる彼の腕――背中を支える腕、膝を抱える腕に、ぐっと力がはいるのを感じる。彼は本当に実行するつもりなんだ。カヤは、ごくりとつばを飲む。


「覚悟はいいか?」


 そうたずねてくる彼の顔に緊張感はなく、眼鏡のレンズの奥で目が輝いている。おびえるカヤとは対照的だ。


「本当に」とカヤはおそるおそる口を開く。「本当に、塀の向こうまで跳ぶの? ここから?」

「ああ」


 和幸は涼しげに短く答える。

 二人は、屋根の上にいた。四角いキューブが重なるようなデザインの屋敷は、屋根が平坦になっている。しかも、がっしりとしたコンクリート造りで、さらに広い。和幸にとって、充分な助走(・・)スペースだ。一つ、不安要素があるとすれば、カヤを抱えて飛ぶことくらい。多少負担はあるだろうが、それでも軽く道路まで飛び降りられるだろう。パッと見ただけだが、高さも塀までの距離も、大した事はない。高さはせいぜい、ビル三階程度。縁から塀までの距離は、五メートルほどだろう。今まで、これ以上の高さから飛び降りたこともあるし、これ以上の距離を飛び越えたこともある。和幸は、一切心配などしていなかった。


「本当の本当に、飛び降りるの?」


 カヤは、和幸に抱きかかえられたまま、しつこく確認する。和幸は、はは、と苦笑し、一歩ずつ後ずさっていく。真剣なまなざしで、屋根の縁を見つめながら。――助走の距離をとるために。


「それ以外に、お前を連れ出す方法ある?」


 言われて、カヤは、ええと、と考える。


「あるんじゃない、かな」


 その嘘は彼女の最後のあがきだった。


「ないよ」と和幸は一蹴し、勢いよく始めの一歩を踏み出す。カヤははっとして、和幸の首にしがみつくように腕を回した。一体、彼が何歩進んだのか、数えることもままならないスピード。これが、高校生の脚力だろうか。カヤは改めて、『創られた』子供が特異な存在であることを思い知った。

 充分取った距離を、和幸は一瞬のうちに走り抜け……そして、屋根の縁を思いっきり蹴ると、勢いよく宙に飛び出す。ふわっと体が浮く感覚がして、カヤは和幸の首に絡める腕に力を入れる。そしてぐっと目をつぶった。風の吹き付ける音が耳をつらぬく。重力が臓器を押し上げる。遊園地……そんな言葉が頭に浮かぶ。幼いころに乗ったアトラクションを思い出した。ただ高い位置から下降するだけの単調な乗り物だった。それを、とても気に入っていた気がする。怖いけど、空を飛んでいるみたいで気持ちよかった。そのときの感情が蘇る。カヤはいつの間にか、目をつぶったまま、微笑んでいた。

 ダン、という乾いた音がして、地響きにも似た振動が全身に伝わってきた。


「うぅ……気持ちわる」


 そんな声が耳元でして、カヤはあわてて目を開き和幸を見つめる。


「大丈夫!?」

「いや」と、和幸はひきつった笑顔を浮かべる。「いつものことなんだけど……着地すると変な痺れがあってさ」


 そりゃ、あんな高いところから飛び降りたら……と、カヤは心の中でつぶやく。顔を上げると、ついさっきまで居たはずの屋根が、塀の向こう、さらに高いところにある。あんなとこから……ここまで飛んできたんだ。カヤはあたりを見回した。確かに、ここは塀の外。暗い路上。信じられない、とカヤは目を丸くする。


「本当に丈夫なんだね、体」出てきたのは、そんな言葉だった。半ば、呆れたような声だ。


「もう、丈夫、の一言じゃ片付けられない気もするけど」なんて和幸も呆れたように言う。我ながら、冗談みたいな体だよ、と和幸は苦笑した。

ラブコメすぎますね。


*くれぐれも屋上から決して飛び降りないように。大怪我します。当たり前ですが、念のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ