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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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侵入者

 もうすぐで十二時。何も用意してないよ。私はリビングから出ると、弾かれたように玄関へと足を運ぶ。靴を部屋に持っていかなきゃ。階段の横を通り、吹き抜けのある玄関ホールへとたどり着く。

 靴、靴、としゃがんだときだった。


「カヤちゃん」


 靴を取ろうと伸ばした手をひっこめ、振り返る。


「望さん」

「何してるんですか?」


 そうだった。望さんは、外では私のボディガードだけど……私が家にいるときは、屋内のガードマンなんだ。でもまさか、こんなときに見つかるなんて。


「あ……靴を、揃えていたんです」と私はすっくと立ち上がる。靴を部屋に持っていったらさすがにあやしまれる。


「こんな夜中まで起きてたら、お肌あれちゃいますよ」

「そうですよね。早く寝ます」


 私は肩をすくめ、にこりと微笑む。望さんもそれに応えるように微笑んだ。怪しまれてはいない……よね。こんな時間に靴を揃えるなんて明らかにおかしいけど。念のため、明日のこの時間に同じことをしようか。そしたら、私の癖だと思うはず。うん、そうしよう。私はそんなことを考えながら、望さんの横を通り過ぎる。


「おやすみなさい」と早口で言い、階段に足をかけた。

「いい夢を」


 そんな望さんの声が後ろから聞こえたが、私は振り返りもせず階段を上る。もう十二時は過ぎてる。もしかしたら、和幸くんはもう来ているかもしれない。

 真夜中のデートか。なんだか、ドキドキするな。靴がないけど……いざとなったら、裸足でも私は構わない。ああ、でも服は着替えなきゃ。私はキャミソールにタオル生地の長ズボン。こんな格好じゃ外には出れない。というか、こんな格好で和幸くんに会いたくないよ。って……もし、もう来てたらどうしよう。

 焦って早まる足で、一気に二階まで駆けあがった。二階に上がると、まずは広いスペースがある。そこには、おじさまの趣味のビリヤード台がおいてある。そこを囲むようにドアが並んで、一番端に私の部屋がある。私は足早にそのドアに向かう。

 それにしても……もう十二時も過ぎてるし、お店も開いてないよね。靴をもってこい、てことは外に出るってこと。和幸くんはどこにつれて行ってくれるんだろう?

 ガチャっとドアを開ける。真っ暗な部屋に、窓から真夜中の月の光が差し込んでいる。辺りを見回す。まだ引っ越してきたばかりで、物も少ない。あるのはベッドと机、姿鏡くらい。おじさまがタンスを買ってくれるというので、新しく買った服や下着はまだダンボールに入ったままだ。とりあえず、変わった様子はない。誰もいない。よかった、まだ来てないんだ……と私は安堵する。急いで着替えよう、と私は部屋に足を踏み入れ、ダンボールへ駆け寄る。背後でパタン、と扉が閉まる音がして、部屋が一段と暗くなった。


「ええっと……」と、ダンボールを見下ろす。ちゃんと、どれにどの服をいれたか細かく書くべきだった。着たい服がどの箱にあるのか分からない。腕を組み、首を傾げる。

 そのときだった。急に後ろから口をふさがれ、腰に『何か』が絡み付いてきた。


「ん!?」


 身動きできないくらい、ぎゅっと『何か』は私の腰を締め付ける。


「驚いた?」


 どこか、いたずらっぽい声が背後からした。耳元に息遣いを感じる。背中にぬくもりを感じる。やっと、私は状況を把握して、ホッと肩の力を抜いた。

 それがわかったのか、口をふさぐ手がゆっくりと離れる。


「心臓止まるかと思った」


 腰に絡みつく『何か』――彼のたくましい腕に、私はそっと触れる。


「どこに隠れてたの?」

「ドアの陰、かな」


 あ、そうか。ドアを開けたまま、部屋を見回したのが敗因(・・)か。でも……背後に人の気配も全然しなかった。足音も息遣いも聞こえなかった。さすがは、カイン、なのかな。

 ううん、そんなのどうでもいい。とにかく……私はクスッと微笑み、くるりと体をねじる。


「どこに連れて行ってくれるの、誘拐犯さん?」


 帽子と眼鏡で変装した『誘拐犯』は、フッと微笑んだ。

 私のウエストを抱いていた手が、肩へと伸びる。ぐいっと体が反転させられ、私は彼と向かい合った。


「え」という言葉が自然と漏れ、胸が熱くなる。

 目の前に、彼の顔があった。じっと私を見据える瞳。こんなに近くで見るの、久々だ。思えば……私が彼の『彼女』になってから、私たちの距離はひらいてしまった。気持ちが離れたわけじゃない。環境が、私たちを引き離しているだけ。こうなるとは思っていなかったから……最後に彼の部屋に泊まった夜――彼がカインを辞めた夜、私たちは照れくさくて、当たり障りのない話ばかりしてごまかした。一緒にベッドに横になっても、彼は私の体に指一つ触れることはなく……ただぎこちなく、脈絡のない話をしていた。こんなに、触れ合うことが難しくなるとは思ってもいなかったから。もったいなかったな、なんて思ってしまうんだ。

 ねぇ、もしかして……誘拐なんて言い出したのは、同じ気持ちだからかな。


「カヤ」と、彼の唇が動いた。ドキッとして、体がこわばる。

「はい!」変なところから声がでた。ような気がした。


「目……」

「え?」


 目? 目が何? 私がきょとんとしていると、言いにくそうに彼は苦笑する。


「目、瞑ってくれないと……なんつーか、やりづらいんだけど」

「……あ!」


 一気に顔が熱くなる。こんな雰囲気で、こんなシチュエーションで、彼が何しようとしているか……当然、分かってたのに。何してるんだ、もう。子供じゃないんだから。


「ごめん」と、慌てて謝って私は目を瞑る。ドクン、ドクン、と一つずつ重低音のような鼓動がなる。初めてじゃないのにね。まだ、こんなに緊張するよ。

 私の肩にのせた彼の手に力がはいる。そして……唇に、懐かしい感触がした。やわらかくて優しいキス。一週間ぶりの彼とのキス。みぞおちがきゅうっと苦しくなる。私は彼の首に腕を回した。もっと、していたい。すごく居心地がいいんだ。胸が高鳴って、悩みも不安も忘れられるの。でも……わがままをいえば、もっと触れてみたい。手だけじゃなくて、唇だけじゃなくて、もっと……彼に触れたい。彼を知りたい。そんな気持ちが、胸の奥からこみ上げてきていた。

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