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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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誘拐予告

「本当は、映画でも見に行こうかと思ったんだけど」


 和幸くんは、公園の中心にある池を見つめながらそうぼやいた。

 残り一時間四十五分……そんな予期しなかったタイムリミットが発覚し、私たちはその池のまわりをとりあえず散歩することにした。確かに、想像していたデートとは違ってしまったけど……私はとにかく和幸くんと話がしたかったから、これはこれでいいのかもしれない。


「ごめんね、和幸くん」と私は改まって言った。そう……私は、和幸くんとちゃんと話がしたかった。あのことについて。


「え? なにが?」


 いきなり謝られ、和幸くんは驚いた顔で私に振り返る。


「本間に養女にはいったこと……」


 謝るときは目をみるものだ。そう彼に言ったのはほかでもない私。でも、彼の目を見ることができず、私はうつむいていた。


「養女のこと? なんで、謝るんだよ?」

「それは……望さんのこともそうだし」と、私はちらりと後ろを見る。ある程度距離をとって、望さんがついてきている。

「あぁ」呆れたような声をだし、和幸くんも望さんをちら見する。「アレは確かに迷惑だけど」

「それに……」私は前に向き直り、またうつむいた。「せっかく、一緒に暮らそう、て言ってくれたのに……」

「え」


 なんで今更その話をだすんだろう、て思ってるんだろうな。それを断ったのは、もう六日も前だもん。和幸くんが頭をかいているのが、目の端で見えた。


「まぁ、それは……残念だな、とは思ったけど。それより、初っ端からそんなことで悩ませて悪かったな、ていうほうが大きいし。いきなり同棲とか、ひくよな」

「違うの!」


 思わず私は顔をあげ、和幸くんに振り返る。和幸くんのきょとんとした顔がこちらに向けられていた。気づけば……私たちはいつのまにか、足を止めていた。


「あのね……」と、本来なら、六日前に言うべきことだったことを頭の中で整理する。「同棲を断ったのはね」


 和幸くんがごくりと唾をのんだのが、喉の動きで分かった。私は上目遣いで和幸くんを見つめる。


「焦りたくなかったからなの」

「え?」


 こんな言葉がくるとは思っていなかったのだろうか、和幸くんはとぼけた声を出した。


「和幸くんとの関係は……じっくり、大切に育みたかったの。だってね、ほら……」


 つい、私は言葉に詰まる。あれ以来、あの人の名前をだすのは、はばかられた。私たちは自然とその話題を避けていた気がする。でも……今は、言うときだよね。


「長谷川さん」と、その名をだすと、やはり和幸くんの眉がぴくりと動いた。ごめんね、和幸くん。私は心の中で謝る。そして、罪悪感を押し殺して続けた。「長谷川さん、若かったじゃない」


「は?」

「長谷川さん、すごく若かった! だから……だからね」そこまで言って、私は和幸くんの右手に自分の左手を伸ばす。ぎゅっとその手をつかみ、私は説得するかのような熱い視線を和幸くんに向ける。「だから、私たち、これからいっぱい時間があると思うんだ」

「……カヤ」


***


 最初、カヤの言っていることが意味不明だった。なんで急に正義の名前がでてくるのか。それに、あいつが若いからなんなんだ、と。だが、俺は唐突に理解する。カヤの言いたいこと。それは、俺の寿命のことなんだ。一週間ほど前だろうか。カヤに話したことがあった。クローンの寿命。それはオリジナルの寿命からDNAが採取された年齢を引いた数だ、と。そうか。カヤの言うとおりだ。正義は若かった。俺よりいくつか上くらい。てことは――病気とか怪我は別として――俺の寿命は……。


「二人の時間、これからたくさんあるから」


 俺は、カヤをじっと見つめた。まさか、あんな事件があったときに、そんなことを考えていたなんて。当の俺さえ、気にかけてもいなかったのに。


「だから、一つ一つ、大切に進めていきたいと思ったの」


 目を細め、頬を緩める彼女。俺は何も言葉が出せなかった。街灯のぼんやりとした光を浴びて、まるで月夜の女神のような彼女を、ただただ見つめていた。


「焦って、たった一瞬でも幸せを見逃すようなことがあったら、嫌だから」


 俺の手を握る彼女の手がぎゅっと強くなる。


「ゆっくり……一緒に生きていきたいの」

「……!」


 もう、我慢できなかった。俺は、思わず彼女を抱きしめていた。驚いたのか、足元にカヤのハンドバッグが落ちてきた。


「和幸、くん」


 カヤの苦しそうな声が耳元でした。俺は、強く抱きしめすぎているようだ。だが……離したくない。少しでも緩めるのが、恐かった。本来なら、カヤの言葉に、感動する場面なんだろう。なのに……俺はおびえていた。こんな恐怖は初めてだ。漠然とした、絶望感。そして、罪悪感。

 俺たちは、本当に一緒に生きていけるんだろうか。本当に、俺たちに時間はあるのか。カヤと一緒にいたいと思えば思うほど、未来が恐くなる。プレッシャーが増す。失敗はできない。カヤとの未来……それは、俺にかかっているんだ。あぁ、だからなのかもしれない。俺が自分の寿命をかけらも考えていなかったのは……それよりも重要なタイムリミットが迫っているからなんだ。終焉、という世界の寿命。それは、こんな華奢な体に容赦なく課せられた残酷な使命。彼女はまだそれを知らない。何も知らない。

 それを思えば思うほど、俺の胸は押しつぶされる。もしも彼女が、全てを知ったらどうなってしまうのか。無論、神の罰があるから、誰も彼女には告げない。だからそんなことは起こりえない。あくまで仮定の話だ。でも、俺は自信を持っていえる。彼女は自分の死を選ぶだろう、と。それほど、彼女にはつらい事実だと思うんだ。自分が、世界を滅ぼす終焉の詩姫だなんて。


***


「カット、カット!」


 抱き合う二人に、椎名は映画監督のような偉そうな態度で近寄る。カヤは、あ、と声をあげて椎名に振り返ったが、和幸はぴくりともせずに抱きしめていた。


「こぉら、藤本くん。注意事項忘れたのかな?」


 椎名は和幸の肩をつかんで、乱暴にカヤから引き離す。和幸は、やり返すように椎名の手を荒々しく振り払うと、敵意のある目つきで睨み付けた。


「分かってますよ」


 吐き捨てるようにそう言って、カヤの腕をつかんで椎名に背を向け歩き出す。


「おおい」というつまらなそうな声が後ろからしたが、和幸は気にする素振りもせず、カヤをひっぱって歩いていく。その様子に、カヤはどこか不安そうな表情を浮かべていた。


「どうかした?」


 しばらく早歩きをし、椎名とだいぶ距離が開いたときだった。沈黙に耐えかねて、カヤがとうとうそんなおびえたような声をだす。和幸はぴたりと立ち止まると、後ろの椎名を確認する。厄介なボディガードは、だいぶ遠いところでのらりくらりと歩いている。


「和幸くん?」

「十二時だ」


 唐突に和幸は早口でそうつぶやいた。カヤは、え、と首を傾げる。すると、深みのある黒い瞳が、ばちっと自分に向けられた。いきなり真剣な目で見つめられ、カヤはびくっと体をこわばらせる。そして和幸は、はっきりとした口調でこう言う。


「十二時に、迎えに行くから」

「え?」


 迎え――カヤは、久々に聞くその単語に目をぱちくりとさせる。それは、元カインである和幸に、よく馴染みのある言葉。でも、今、それが何を意味しているのか、カヤには分からなかった。

 和幸はやんわりと頬をゆるめ、優しい口調で続ける。


「靴も全部、部屋に持って行っとけよ」

「靴?」

「ああ。部屋に迎えに行くから」

「部屋に……?」


 やはり、何の話か分からない。眉をひそめ、カヤはしばらく考え……そしてハッとした。やっと、和幸がしようとしていることが分かったのだ。


「って……ええ!?」


 その反応に、和幸は得意げに微笑む。


「そ。カインの専売特許。誘拐しに行くな」

「和幸くん!?」


 声だけ聞けば、今にも「そんなのだめよ」と言い出しそうなものだが……困惑が伺えるのはその口調だけだった。カヤのその表情は嬉しさを隠せていない。笑顔がこぼれてしまう。カヤの様子は、まるでそんな風だった。


「この手は……」和幸はそう言い、右手をカヤに差し出す。「お前を連れ出すためにあるんだろ。カインだろうとなかろうと……それは変わらない」

「……あ」


 カヤは目を丸くし、頬を赤く染めた。その手を見つめ、そうだ、と思い出す。つらいとき、逃げたいとき、自分を救いだしてくれたのは、この手だった。カヤはうっとりと見とれるように目を細め、その手を取る。そして「うん」とはにかんだ笑顔で頷いた。

 しっかりとカヤの手を握りしめ、和幸は近づく椎名を横目に、また歩を進める。


「そんじゃ……部屋の場所と監視カメラの位置、全部教えてもらおうか」


 その言葉に、カヤは思わずクスッと笑った。

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