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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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本間カヤの午後

「これは?」


 胸まであるウェーブがかった黒髪をはらい、幼い顔立ちの少女はハンガーラックからミニスカートのワンピースを取り出した。それを押し付けるように、一緒に買い物に来ている友人の体にあてる。友人は、あてられたワンピースとは正反対ともいえる、ひかえめな服を着ている。キャミソールにカーディガン。そしてロングスカート。露出をできるだけ控えた服装だ。それでも、その際立った神秘的な美しさは、あたりの買い物客の目をひく。ガールフレンドをつれた男でも、彼女にふりかえるほどだ。


「ちょっと……これは、派手じゃないかな、砺波ちゃん」


 彼女はそう言って、ワンピースを押し返す。童顔の少女――砺波は、ムッと唇をつきだす。


「そんなんじゃだめよ、カヤ! 今夜が初デートなんでしょう?」


 乱暴に、ワンピースをハンガーラックに戻し、今度はもっと丈の短い花柄のワンピースを取り出す。それに、カヤは苦笑する。


「だからって……そんな短いスカート着て行ったら、彼もひくんじゃないかな」

「ええ?」と、砺波は自分がもっているワンピースを見つめる。それは、今、彼女が着ているタイトスカートにくらべれば、まだ丈は長いほうだ。「これ、そんなに短い?」


 その瞬間、カヤはこれ以上彼女と言い争っても無駄だ、と悟る。結局、今夜はミニスカートでデートに向かうことになりそうだ。そう考えただけで、カヤの頬は紅潮した。


***


 は、恥ずかしい。やっぱり砺波ちゃんが選ぶ服って、短すぎる。私は違和感のある極端な小股で、ショッピングモールを歩いていた。白い生地に花柄の清楚なデザインのワンピース。ただ、丈がありえないほど短い。


「と、砺波ちゃん」と私は、これよりも短いタイトスカートをはいた砺波ちゃんの背中に呼びかける。「今から、着ることないんじゃあ……」


 試着室でトライするだけだ。そう言われて着たのに……試着室から出ると、もう砺波ちゃんが支払いをすませていて、「私からのプレゼント」と微笑みかけてきたのだ。おかげで、こんな短いスカートで、素足丸出しで、人ごみの中を歩かなくてはならなくなってしまった。周りの視線が痛い。絶対、彼に嫌がられる。そんな気がして仕方がない。


「どんな歩き方してるのよ!?」


 急に砺波ちゃんは振り返り、腰にあてがってそう声をあらげる。


「だって、恥ずかしい」


 そう反論すると、砺波ちゃんはあきれたようにため息をつく。


「そんなことだろうと思ったのよ。だから……今から着とくの」

「ええ?」


 砺波ちゃんは自信に満ちた笑顔を浮かべ、堂々と言い放つ。


「慣れなさい!」

「……」


 そんなぁ……。私は肩を落とす。


「堂々と歩けば、しっくりくるものよ」なんて、よく分からない理屈を言って、砺波ちゃんは私の腕をひっぱる。やっぱり砺波ちゃんには何を言っても無駄なようだ。

 相変わらずの勢いで、砺波ちゃんは私をひっぱり、ショッピングモールを闊歩する。皆が私の足を見つめていると感じるのは……自意識過剰なだけだろうか。堂々と歩く、か。ちょっと試してみようかな、と胸をはって思い切って大またで歩いてみるが……すぐに歩幅は小さくなっていった。だめ……恥ずかしい。

 そんなとき、ふと砺波ちゃんは私に体を寄せてきた。砺波ちゃんのふわふわとした髪からリンゴの香りがする。シャンプーの香りだろうか。


「つけられてる」


 いきなり、砺波ちゃんは低い声でそうつぶやいた。


「え!?」と驚く私に、「シッ」と砺波ちゃんは真剣な表情で注意する。


「ずっと気になってたのよ。カヤとの待ち合わせ場所から、ずっと。あいつ……絶対、つけてる」


 まるでカップルのように砺波ちゃんは私にくっつき、小声でそう告げてきた。ある嫌な予感がよぎる。まさか、あいつって……


「ねぇ、砺波ちゃん」と私はおそるおそる尋ねる。「その人って、長身で……」

「ちょっとロン毛の、イケメンお兄さん! カヤも気づいてた?」


 砺波ちゃんはくりっとした目をめいっぱい開き、私に迫る。やっぱり、そうか。私は申し訳なく苦笑した。でも、砺波ちゃんはそんな私の表情の変化に気づく様子もなく、真剣な顔でなにやら考えている。さっきまでのかわいらしい顔はどこへやら。まるで別人のような、冷酷にも思えるするどい目つきだ。


「なんだろう、あいつ。裏路地に誘い込んでひねりあげて……」

「ああ、それはだめ!」


 私は慌ててそう声をあげた。ついつい、忘れてしまいがちだけど……こんな彼女もカインなんだ。放っといたら、本当にひねりあげてしまうだろう。

 カイン――『無垢な殺し屋』と呼ばれる子供たち。裏世界で殺し屋として育てられた少年少女。表の世界では、そんな風に語られている。でも、本当は違う。私はある事情で、彼らと関わることになった。特に、その中の一人と……。ここトーキョーの裏社会では、人身売買が横行している。貧しい子供や、テクノロジーで創られた子供――クローンが、商品として売買されているのだ。クローンについては、私も詳しいことは知らない。つい一週間ほど前まではクローンの存在も知らなかったくらいだ。でも、ある人物に教えてもらった。裏社会では当たり前のようにクローンが製造され、売られていると。カインの正体は、そんな売られたクローンの子供たち。彼らは、同じように人身売買によって売られた子供たちを『迎え』に行っているのだ。そのために、人を殺すこともある。それが、彼らが『無垢な殺し屋』と呼ばれる所以(ゆえん)


「どうして?」と、不満そうにカインの少女は私に尋ねる。私は、ふうっとため息をつき、苦笑して答えた。


「あの人、私のボディガードなの」

「ボディガード!?」


 私と砺波ちゃんはほぼ同時に後ろに振り返る。視線の先には、スーツ生地のテーラードベストに、タイトなジーパンを着た二十代半ばの男性が人ごみに紛れて立っている。肩に触れるかどうかのやや長めの黒髪。しっかりとした眉。切れ長の目。すっきりとした鼻筋。薄い唇。肩幅がやや広めで、少し筋肉質な体つき。雑誌にでてくるモデルさんみたいな、清潔感漂う男性だ。


「ボディガード……にしては、イケメンすぎじゃないの?」


 半ば、呆れたように砺波ちゃんがつぶやいた。もう笑うしかない。私もそう思うんだから。


椎名(しいな)(のぞむ)さんっていうの」


 望さんは、私と砺波ちゃんの視線に気づき、右手をあげて微笑んだ。きれいに並ぶ歯が照明を浴びてキラリと光る。それに応えるように小さく手を挙げてから、私は砺波ちゃんと一緒に前に向き直る。


「アレ、大丈夫なの?」と、歩き始めながら砺波ちゃんはいぶかしげな表情でつぶやく。「軟派野郎にしか見えないんだけど……」


 砺波ちゃん、相変わらずはっきり言うな。でも確かに、私も望さんが強いとは思えないんだよね。話していても、失礼だけど……軽い感じ、というか。


「てかさ」と砺波ちゃんは腕を組んで、私をジト目で見てくる。「あいつ(・・・)と付き合ってるんだから、ボディガードなんていらないじゃん」


 顔が熱くなるのを感じる。付き合ってる、てそうはっきり言われると……やっぱり、照れる。私はごまかすように、砺波ちゃんから目をそらした。


「それは、そうなんだけど……」

「元・裏世界の殺し屋を彼氏に持って、なにが恐いんだか」


 おっしゃる通り。私は、何も言えずに苦笑する。

 そう。私の彼は……ほんの数日前まで、裏社会の殺し屋だった。人を殺せない、心優しい殺し屋。彼は、砺波ちゃんと同じく、カインと呼ばれていた。


「おじさまが、どうしても……て聞かなくて。まさか、彼が元カインだから大丈夫、なんて言えないでしょう?」

「それもそうねぇ」


 どんな事情であれ、カインが殺し屋だということに変わりはない。そして彼らが生きる場所は、あくまで裏の世界。表の世界ではその正体を隠し、嘘をついて生きている。カインだ、なんて知れたら、もう日の光を浴びて生きることはできなくなってしまうだろう。元カインである彼も例外ではない。彼も、日向で生きるためには、その過去を隠さなくてはならない。だから私も、彼のその秘密を守っている。


「そういえば」と、砺波ちゃんが切り出したのは、エスカレーターへ足を一歩踏み出したときだった。「あいつ、ちょっと落ち込んでたよ」

「落ち込んでた? どうして?」


 私もエスカレーターに乗り、砺波ちゃんの横に立つ。上りのエスカレーターの人が、すれ違い様にこちらを見てくる。私は、おもむろにハンドバッグで太ももを隠した。


「同棲、断ったんでしょう?」と、砺波ちゃんはニヤニヤしながら聞いてくる。

「う……うん」

「その代わりに、どこぞのおっさんの家に養女にはいるなんて……あいつにしては、寝耳に水というか」

「……そう、だよね」


 私はうつむいた。

 六日前……だっただろうか。一緒に住もう。彼はそう言った。そのとき、両親を失った私には家と呼べるものもなく、彼の申し出は嬉しかった。でも……迷った挙句、私は断ったのだ。そして……私は、本間家に養女にはいった。本間(ほんま)秀実(ひでみ)という父の古い友人が、両親の自殺を知って、本間に来ないか、と持ちかけてくれたのだ。最初は戸惑ったが、今や私もすっかり本間カヤだ。

 確かに、養女の話はいきなりだったとは思う。でも、まさか……それで、彼が落ち込んでいたなんて。そんな風には全然見えなかった。私に気を遣って隠していたんだろうか。彼は、演技は下手なのだが……そういうことになると、なぜか器用に本心を隠せるのだ。おそらく、意識すると演技が下手になるのだろう。


「寂しそうだったよぉ」


 エスカレーターから降り、砺波ちゃんはからかうように私にそう言った。


「あいつが私に電話してくるなんて珍しいんだから」

「そうなの?」


 私たちは、自然とコーヒーショップを目指して歩き始めていた。


「そうなの。いきなり同棲申し込んで、ひかれたんじゃないか……て心配してた」

「!」


 初耳。そんな心配していたなんて……私は思わず立ち止まった。


「どうしたの?」と砺波ちゃんは目を丸くして私に振り返る。

「そんな風に思ってたなんて……知らなかったから」


 ふうむ、と砺波ちゃんは顎に手をおく。


「ま、付き合いたてだから仕方ないけど……あんたたちは、もう少しいろいろ話したほうがいいんじゃない?」


 顔を上げると、砺波ちゃんの真面目な表情があった。私をじっと見据えている。


「仲良くなったきっかけも特殊だし、付き合うまでの過程も異常だし……あんたたちは、大事な要素をぼとぼと落っことしてきていると思うのよね」


 砺波ちゃんの言っている意味がよく分からず、私は首を傾げる。私たちの馴れ初めが、普通ではないのは分かっている。でも、大事な要素? ぼとぼと? なんのことだろうか。


「なんていうか……普通なら通るべき道を、飛び越えてきちゃった、ていうかさ」

「はあ」と、とぼけた返事をしてしまう。どうやら、砺波ちゃんもうまく言葉にできないようだ。う~ん、と唸って終いには「とにかく!」と切り捨てるように言った。


「今夜がオフィシャルな初デートなわけだし。これから、お互いのことじっくり知っていけばいいのよ」

「……うん」


 その意見には、大賛成。私もそう思ってた。私たちは……これから、なんだ。今夜が初デートっていうのは、我ながら驚く。付き合う前から彼の部屋に泊まったりしていたし、学校では毎日会っているし。でも、『彼女』として彼と一緒に出かけるのは……今夜が初めて。変に緊張してしまう。


「ようし。待ち合わせまで、プランを立てるわよ!」


 急に砺波ちゃんは張り切ってそう言い出し、コーヒーショップを指差した。


「プラン?」


 どこに行くとかは……全部、彼が決めることになっているんだけど。すると砺波ちゃんはぐいっと私に顔を近づけ、にやりと微笑む。


「あいつは奥手だから。カヤが誘惑(・・)しなきゃいけないの」

「ゆ……!?」


 ちょっとまって。そのプラン!? 私はまだそこまでは……そう言おうと口を開くが、言葉を発する前に砺波ちゃんに腕をひっぱられ、コーヒーショップへと連行される。

 砺波ちゃん、まだ初デートなんだってばぁ。私は心の中で、そう叫んだ。

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