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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第三章
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新しい生活

「おい! なんこつまだか!?」


 食欲を誘う香りと熱気がただよう、とある焼き鳥屋。四人連れの団体が二つも来れば、もう満杯の座敷。そして、調理場を囲むように配置されたカウンター。閑静な住宅街に似合わない、にぎやかな小さな焼き鳥屋だ。そこの店長である真田(さなだ)(すすむ)は、三十代後半の強面(こわもて)の男。目は細く鋭く、口はへの字にまがっている。とがった逆三角形の輪郭、その額の右側には、古い傷跡。いつも眉間にしわをよせ、しゃがれた声で怒鳴っていた。特に最近は、新しく入ったバイトに、殺すんじゃないか、というくらいの迫力で怒鳴り散らしている。


「組長~、ビールもう一杯」


 カウンターに座る、五十代半ばのスーツ姿の男が、酔って顔を赤くしながら、進に声をかけた。組長とは、強面の進についたあだ名だ。ほとんどが常連客のため、そのあだ名はすっかり定着している。


「へい」と、低い声で進は答え、背後に振り返る。「おい、ビール!」


 せまい調理場には、進のほかに二人の若い男女が背を向けて立っていた。そのうち、少女のほうが振り返る。十六の少女は、猫顔という言葉が当てはまる顔つきをしている。くりっとしたややつり目の瞳。ゆるいウェーブのかかった短い茶髪。鼻や口はそれぞれ小さく、愛らしい。こんな熱気のすごい調理場で、よく長時間働けるな、と驚かれるほどのきゃしゃな体つき。


「どっちにいってるんですかぁ? 組長」


 少女は、みずみずしい唇に笑みを浮かべて進に尋ねる。ここのバイトも、進を組長と呼んでいる。いつから始まったのか、それはここの伝統になっていた。半年前から働いている彼女も例外ではない。


「新人のほうだ!」


 睨みだけで人を殺せそうな、するどい視線を少年の後頭部にあびせ、進はすぐに自分の作業に戻る。慣れた手つきで、次から次へと鶏肉を扱う進の背中を、少女はじっと見つめた。広くたくましい背中だ。二の腕の筋肉もしっかりとついている。実は、組長は本当にヤクザだった。そんな噂は当たり前のように流れている。見るからに、そんな感じだから仕方がない。


「ビールだってよ、新人くん」と、いたずらっぽく笑んで、少女は隣でネギを切っている少年に告げる。


「ビールとなんこつね」


 少年は額の汗をふき、こちらに目を向けた。短くさっぱりとした髪に似合う、さわやかな笑顔を浮かべて。少女は、胸がちくりと刺されたような痛みを感じた。四日前からここで働き始めた同い年の少年。一見、特徴的でない顔なのだが、よくよく見れば、きれいな顔立ちをしている。それに、ここ数日一緒に働いて、少女はあることに気づいていた。彼の、ふとみせる笑顔がたまらなく魅力的だということ。


「なんこつのほう、あたしやっとくけん」


 気づくと、そんなことを言っていた。トーキョーに引っ越してから封印していた、地元福岡の方言までひっぱりだして。

 少年は、あ、と目を丸くし、申し訳なさそうに微笑んだ。


「助かるよ、紺野(こんの)


 言われて少女は、熱気のせいでもとから赤らんでいた頬をより紅潮させる。


(あおい)でいいよぉ」


 思い切ってそう言うと、少年は戸惑いつつも、分かった、と頷いた。これが好機といわんばかりに、葵はぐっと身を寄せ、大きな黒い瞳で彼を見つめる。


「あたしも、名前で呼んでいい?」


 すると少年は、ためらいつつも、身をひきながら頷く。ちらりと進のほうへ視線が泳いだ。確かにそろそろ、なんこつとビール! という進の怒号が響き渡りそうだ。葵は、せかすように少年に尋ねる。


「で、ごめん。下の名前なんだっけ?」


 すると、新人バイトの少年は、どこか照れくさそうに苦笑した。


「和幸。藤本和幸だ」

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