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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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日向の世界へ

 曽良のいうことは当たっていた。俺は一体、ここで正義の父親を待ってどうするつもりだったんだろう。カヤの手前、仕方なかったとはいえ……こうしてあいつを病院につれてきてやったことさえ、やりすぎとも思える。なのに、その父親を呼び出し、それを待ってやるなんて。夕べあいつがカヤにしたことを考えたら……ただの馬鹿としか思えない。そこまでやってやる義理はない。それに、やっぱりオリジナルと関わるのはよくないんだ。ドッペルゲンガーと会えば死ぬ。それはただの都市伝説だろうが……そう言われる理由は分かる気がする。同じ人間が出会えば災いが起こるんだ。妬みや憎しみ、同族嫌悪。同じだからこそ、起こる争いもある。オリジナルとクローンは、きっと相容れない存在なんだ。関わってはいけなかったんだ。

 曽良もきっとそれを分かっていて、こうして俺を追い出そうとしているんだろう。なるほど。藤本さんが曽良を「能ある鷹」と称したのも、今なら納得できる。こいつは表には見せないけど、奥深くまで物事を考えているんだな。確かに、曽良はカインのリーダーにふさわしい。そう思うと、なぜかホッと安堵した。カインは大丈夫だ。そんな漠然とした気持ちが心にしみわたる。


「それじゃ……あとのこと、全部頼んでいいのか」


 俺は玄関前の段差をおりながら、曽良に尋ねる。曽良はアヒル口を横に伸ばし、力強く頷いた。


「もっちろん。後処理はこちらにお任せください。事情はカーヤから聞いたからね。いろいろと、うまくやるよ」

「悪い」


 厄介ごとを丸投げして帰るみたいで気が引ける。でも、曽良の表情は明るくてすがすがしい。本当に気にしていないんだ。本当に、こいつはいい奴だよな。変なニックネームをつける癖さえなければ……完璧だと思うんだが。


「あ、そうだ。カーヤ、携帯電話」と曽良はカヤを見下ろす。俺の隣にいたカヤは弾かれたように曽良に振り返った。


「え」

「オリジナルの携帯電話。返しとくから」

「あ……」


 あまりにも手になじんで忘れていたのか、カヤはそれが正義の携帯電話だと忘れていたようだ。言われてハッとし、胸元で握り締めていた携帯電話を曽良に差し出す。


「長谷川さんに……」とカヤは遠慮勝ちに言う。「よろしく伝えてね」


 曽良は携帯電話を受け取りながら、にぱっと微笑んだ。


「うん。よろしく、て言っとく」


 その返しに、カヤは心配そうに苦笑する。曽良の場合、こういうところは冗談かどうか分かりかねるよな。本当に、よろしく、と言って終わりそうだ。


「曽良くん、いろいろありがとう」


 カヤは、やや間をあけて、おもむろにそう切り出した。曽良は、え、と目を丸くする。


「昨日のレストランも……すごく楽しかった」言って、カヤはまぶしい笑顔をうかべる。

「俺も。またファミレス会議しようねぇ」


 曽良は急にハイテンションになり、わー、とはしゃぐと、カヤに抱きついた。おい!? これで二回目だぞ!? 抱きつく必要がどこにあるんだよ? 俺は思わず怒鳴りそうになったが……余裕、余裕、と自分に言い聞かせて思いとどまる。


***


「まだ、手、振ってるよ」と、私はクリニックに振り返りながら和幸くんに言った。駐車場の出口に差し掛かったところだった。曽良くんは玄関前で楽しそうに手を振っている。体ごと動かして、元気そのもの。


「朝からテンション高いよな」


 和幸くんも振り返り、呆れてそう言う。私は、ほんとに、と微笑する。

 駐車場から出て、しばらく歩くと……もうクリニックは見えなくなった。建物の陰に隠れていくその建物を、私は歩きながらじっと見つめていた。正直、心残りがある。長谷川さんのこと。体は大丈夫かな、というのもあるし、それに……夕べの事件の真相も気になる。きっと、何か深い事情があるはずなんだ。「真紀、すまない」あの言葉がどうしてもひっかかる。


「カヤ?」という声が聞こえて、私はハッとする。

 あわてて前に顔を戻し、和幸くんを見上げた。和幸くんはいぶかしげな表情を浮かべている。


「もしかして……病院に残りたかったか?」

「!」


 言葉を失った。図星だからだ。和幸くんは私の表情からそれを悟ったのだろう。立ち止まって、申し訳なさそうに微笑む。


「戻ってもいいぞ」


 それは思わぬ申し出だった。戻る? 今から……病院に?


「お前のことだから、このまま帰るなんて気が引けるだろうな、とは思ってたんだ。あいつのこと、心配なんだろ」

「……」


 その笑顔は、これっぽっちも陰を感じさせなかった。晴れ晴れとして、さわやかな笑顔。これが……『一般人』の笑顔なんだろうか。

 ふと、曽良くんの声が頭に蘇る。


――かっちゃんを……俺たちの大事な兄弟を、よろしくね。


 それは、さっき私に抱きついてきたとき、そっと耳元でささやかれた言葉だった。そうだ。私には、長谷川さんよりも心配しなくちゃいけない人がいる。私が守らなきゃいけない人は、今、病院にいる彼ではない。この、目の前で私に微笑みかけている人。私はこの人を、新しい世界で守ってあげなきゃいけない。日陰で暮らしてきた彼には、きっとまぶしいくらいの世界だから。――ううん、それくらい輝く世界に私がしてあげなきゃいけない。

 私は、そっと和幸くんの手を握った。いきなりで、和幸くんは驚いて目を丸くする。


「カヤ?」と戸惑う彼に、私は明るく微笑む。

「行こう」


 一言そう言って、私は和幸くんの手をひっぱる。今度は、私が彼を連れ出してあげなきゃいけないんだよね。日向の世界へ……。


「ああ」という嬉しそうな声が、背後から聞こえた。

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