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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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一般人たる者

 パーティ。すごくいい案だと思った。カインを辞めるという和幸くんには、そういう区切りが必要だと思うんだ。今までずっと、裏の世界で『無垢な殺し屋』として生きてきた彼だから……カインを辞める、といってもそうすぐには切り替えられないはず。何かを始めるとき、終えるとき、大体、儀式があるものだ。入学式に卒業式、成人式に結婚式(離婚式はないけれど)、そしてお葬式。それは、けじめ。何かに別れを告げて、新しい何かと出会うための。曽良くんの言う卒業パーティが、和幸くんのそんな儀式になればいい。私はそう思った。


「さ、何してるの?」


 突然曽良くんは、急に声のトーンを変えてそう言ってきた。


「え?」と、私と和幸くんは声をハモらせる。すると曽良くんは、あきれたような表情で腰に手をあてがった。


「学校、遅刻だよぉ。早く行かなきゃ」


 学校? 確かに……とっくに遅刻だ。でも、もともと行く気はなかった。というか、学校のこと何も考えていなかった。和幸くんもそうだったのだろう。その言葉に、首をかしげている。


「なんでいきなり学校なんだよ? 今から行く気にならねぇよ」


 確かに……長谷川さんのことも気になるし。お父さんも今から来るんだし。私はぎゅっと携帯電話を胸の前で握り締める。


「私も……ここでお父さんをお待ちしなきゃ」

「だめだめ! かっちゃんもカーヤも、抜け切れてないよぉ」

「へ?」と、また私と和幸くんは同時に声をだす。


 ぬけきる? 何の話だろう。

 曽良くんは、チッチッ、と舌打ちし、わざとらしく人差し指を左右に振る。絵に描いたような典型的な――そして、あまり誰もやらない――動作だが、曽良くんがやると可愛らしい。


「一般人になるんでしょう?」


 はっきりと曽良くんはそう言い放った。一般人? その言葉自体の意味は分かるけど、曽良くんの意図することは分からない。


「何が言いたいんだよ?」と和幸くんは苛立った声を出す。

「ここから先は、俺たち(・・・)の管轄。かっちゃんにはもう関係ないでしょお」


 俺たち……私はハッとする。それはきっと、カインのことだ。私は和幸くんをちらりと見やる。彼もそれがわかったのだろう。真面目な表情で曽良くんを見つめている。

 曽良くんは、そんな和幸くんにどこか寂しそうな笑顔をなげかける。


「一般人は、これ以上首をつっこむべきじゃない」

「曽良……」

「これから、新しい人生を歩むんでしょう。だったら、こんなところで突っ立ってちゃだめだよ」


 私は、何も口をはさめなかった。ただ黙って、曽良くんの言う一般人という言葉の意味を考える。――ううん、考える必要はない。明らかだ。一般人、それはきっと、表の世界に生きる人間のこと。わざわざ危険に身をおく必要のない、嘘で自分を偽る必要のない、生き方を選べる人たち。カインとは違う世界に生きる人たち。


「守らなきゃいけない人もできたんだろ」と、曽良くんは真剣な表情で言う。「一般人らしく生きなきゃ、結局危ない目にあう。中途半端が、一番よくないんだ」


 曽良くんは徐々に声のトーンを落としてそう言った。彼には珍しい、男らしく凛々しい表情。その表情で放たれた、暗号のように真意をちりばめた言葉。私には、まるで脅しのようにとても重い言葉に聞こえた。

 和幸くんはしばらくじっと曽良くんを見つめ、「そうだな」とつぶやいた。悔しそうで、それでいて嬉しそうな、複雑な表情で。


「俺は、普通であろうとしなきゃ……もう普通にはなれないよな」


 そうかもしれない、と私は心の中で相づちを打つ。体にしみ付いた癖のように、和幸くんは裏世界の匂いをかぎ付けては、首をつっこんでしまいそうだ。そして危険な場所で、持ってもいない銃を探してしまうんじゃないか。カインを辞めるとなると……それはそれで、違う心配事も出てきちゃうな。そもそも、カインじゃない生活を、彼は想像がついているのだろうか。それすら、私には不安だった。


「ま」と、それまでの雰囲気を壊すように、曽良くんが軽い調子で言う。「とりあえず、面倒ごとを避けてればなんとかなると思うよ」


 曽良くん……結局、そんな簡単な結論でまとめちゃうんだ。私は苦笑した。


「ほら、分かったなら、学校行った行った。一般の高校生は学業優先でしょお。こっからのいざこざはプロフェッショナルに任せなさい」


 どん、と曽良くんは自分の胸をたたく。それに和幸くんは鼻で笑う。


「なんだ、俺はもうアマチュアか」

「元プロ、だよ」


 曽良くんは楽しげにそう言い放った。

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