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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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フォルダわけ

「はい。筒井クリニックという病院です。住所は……」


 隣でカヤが、正義の父親にここの住所を電話で伝え始める。

 俺たちは筒井クリニックの玄関前で、段差に腰をおろしていた。目の前の小さな駐車場には、筒井さんとその奥さんで看護師の真帆さんの車が停まっている。白いセダンと緑の軽自動車が仲良く並んでいるのを見ると、車まで仲がいいのか、なんて馬鹿なことを頭の中で考えてしまう。筒井クリニックは、どちらかというと高齢の患者が多い……らしい。といっても、近所のおじいちゃんおばあちゃんが定期診察で来るくらいの、静かな病院だ。その証拠に、診察時間が始まっているのに、まだ誰も来てないしな。のんびりしていいわ。俺は、ひざにひじをついた。


「すぐ来るって」


 カヤが携帯電話を耳から離し、俺にそう言ってきた。


「そっか」にしても、と俺は正義の携帯電話を覗く。「この……フォルダ分けって便利だな」


 携帯電話の電話帳を細かくフォルダ分けしていてくれたおかげで、父親の番号もすぐに分かった。『ファミリー』フォルダの『父』で一発だ。こんな機能があるとは。へえ、と俺が感心していると、カヤが急に噴出す。


「え? なんだよ?」


 何か、おかしいこと言ったか?


「和幸くん、電話帳どうしてるの?」

「え?」


 どうしてるって……俺はおもむろに自分の携帯電話を取り出した。電話帳の画面を開き、カヤに見せる。すると、カヤはぎょっとして俺に振り返った。


「一つもフォルダ分けしてない! 分かりづらくない?」


 まるでそれが異常かのような言い方だ。俺は眉をひそめる。


「別に……あんまり使わないから」

「そういえば、いじってるの見たことない」

「俺、携帯、あんま好きじゃないんだよ」

「そうなんだ」


 カヤはからかうように笑った。俺はなんだか恥ずかしくなって携帯電話をまたポケットに戻す。するとカヤがあわてて飛びつくように俺の携帯をつかんだ。


「だめだめ。私が整理してあげるから」

「いいって。別にそんな必要じゃないし」


 カヤは何か気に食わないようで、ムッとした表情をうかべている。その顔がまた……いじけているみたいで、かわいい。


「これからいっぱい使うでしょ」


 とりあえず俺の携帯から手を離し、座ったまま腰に手を当てる。どうやら、怒っている……設定らしい。どんな顔しても、俺にはかわいく映るようだ。全然恐くない。


「なんで?」と、俺は肩をすくめた。これから『おつかい』もなくなるし、俺の携帯のメモリにはいっているのは大体カインだ。使うことはぐっと減るだろう。まあ……カヤはまだ、俺がカインを辞めたことを知らないから、分からないんだろうけど。


「なんでって……毎日電話したいもん」

「へ」


 思いもよらない意外な返しに、俺はぽかんとしてカヤを見つめる。カヤは頬を赤らめて微笑んでいた。

 これから使うって……あ、そうか。カヤと……か。なんだ、その不意打ちでかわいい発言は。顔が一気に熱くなった。


「だから」とカヤは俺に手を出してきた。「私専用のフォルダつくるの」

「……」


 正直……心底、かわいいと思っている。思わず、渡したくなる。けど……俺は知ってる。その必要はないんだ。


***


 和幸くんは、一向に携帯を渡してくる様子はない。あれ? そんなに携帯嫌いなのかな。私との電話でも……嫌?


「どうしたの?」と、私は戸惑いつつ、尋ねる。それに和幸くんは、「二つ」と答えた。


「二つ?」


 何が? フォルダが二つほしいの?

 和幸くんは、勝ち誇ったかのような表情を浮かべて、話し出す。


「一つ。お前、携帯持ってないだろ」

「え」


 あ……! そうだ。私、携帯電話、家に置きっぱなしなんだ。いけない。すっかり忘れていた。あそこであったことを考えると……取りに行くのも、なんか嫌だし。新しく買わなきゃいけないんだ。そうか……今、フォルダつくったって登録する番号がないよ。

 なるほど。二つっていうのは……フォルダを作らなくていい理由なんだ。でも、二つ? 他になにがあるんだろ? 私ががっくりと肩を落としていると、「二つ」という和幸くんの声が聞こえてきた。


「一緒に暮らそう」

「!」


 え……。

 一瞬、何を言われたか分からなかった。目をぱちくりとさせ、和幸くんを見つめる。和幸くんは、微笑を浮かべ、私の言葉を待っていた。


「え……え?」


 やっと出たのはそんな声。もう、なにその反応は? 気が利かないな、私は。でも、頭も心臓もパニックだよ。急に……一緒に暮らそう? そう言ったよね? 確かに、ここ二、三日は泊まらせてもらってたけど……でも、一緒に暮らす、てそれは……。

 混乱している私とは違い、和幸くんは落ち着いていた。


「そしたら、毎日電話しなくてもいいだろ」

「……あ」


 それはそうだけど。でも……急に、同棲? どうしよう。


「カヤ? 嫌だったら、別に……」戸惑っている私に、和幸くんは心配そうにそう声をかけてきた。


「嫌じゃないよ」


 慌てて私は答える。そう、嫌じゃない。


「けど?」と和幸くんが促す。

「けど……」


 分からない。なんていえばいいんだろう。私はうつむいた。

 そのときだった。

 ブー、ブーと、私のひざに振動がつたわってきた。長谷川さんの携帯電話だ。和幸くんとの話を遮るのは気がひけるけど……電話を無視するわけにもいかない。私は携帯電話を手に取った。ウィンドウには、父、と出ている。


「もしもし?」と電話に出ると、さっき耳にした低く渋い声が聞こえてくる。『あと十分で着く』とその声は告げて、挨拶もなしに切れた。無機質なプープーという音が聞こえてくる。


「あと十分で着くって」と私は携帯電話をおろして和幸くんに伝えた。和幸くんは、そうか、とまるで興味がないようにそっけなく答える。いや……きっと、本当に興味がないんだ。私はそんな気がした。


「わざわざ、こんな電話するなんて……律儀というか」


 すごく真面目な人なんだろうな。確かに、長谷川さんも恐ろしいくらい真っ直ぐな人みたいだし。猪突猛進っていうのかな? 目標のためには手段を選ばず、暴走してしまう。そんな人なんだと思った。もちろん、夕べは本当に怖かった。長谷川さんが本当に恐ろしく思えた。でも……「真紀、すまない」というあの言葉がどうもひっかかる。何か理由があるに違いない。きっと、悪い人じゃない。そんな気がして仕方がなかった。

 そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、和幸くんの視線を感じた。

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