本当の両親
「どうした、カヤ?」
和幸くんは、藤本さんの病室から出てきて、開口一番そう尋ねてきた。表情は普通だけど……その目は、充血している。かすかに、涙のようなものが見えて、私は不安になった。
「なにかあったの?」
もしかして……藤本さん、危険な状態なんだろうか。
「え? なんで?」
「目、赤いから」
「あ……」
遠慮がちに指摘すると、和幸くんは恥ずかしそうに目をこすって微笑む。
「なんでもない」
「なんでもない?」
なんでもないわけがない。もう、何も隠してほしくないのに。私は、眉をひそめて和幸くんをじっと見つめる。すると和幸くんは、ちょっとたじろいで、それから諦めたように微笑んだ。
「後で話そうと思っただけだよ」
あとで……か。今朝も聞いたなぁ。私は、ついはあっとため息をついていた。
「また?」
「いや、これは……本当に、すぐ後で話すから。信じて、待ってくれ」
信じてって言われたら、何も言い返せない。
「分かった」と私は呆れたように微笑んだ。
「それで、話ってなんだったんだ?」
和幸くんは歩き出しながら、私にそう尋ねる。
「長谷川さん、重傷じゃないみたい。心配しなくていいって」
「へえ」
「……」
特に興味がなさそうだ。私の笑顔はひきつった。やっぱり、和幸くんは長谷川さんが嫌いなのかな。夕べ、自分に人を殺させようとしたんだもんね。それは、そうか。でも……もし、夕べの事件がなかったらどうだったんだろう? 仲良くなれたのかな。それとも、やっぱり……。そういえば、言ってたもんね。オリジナルは死んでるほうがいい、て。会いたくなんかないって。どういう気持ちなんだろう。自分のオリジナルと会うって……。
「それだけか?」と和幸くんは腑に落ちない表情で振り返る。
「あ、ううん。それでね、筒井先生が誰か迎えを呼んでほしいって。ご両親とか……」
私は和幸くんの顔色を伺いながら、おそるおそるそう言った。長谷川さんの両親……それは、DNA的には和幸くんの両親でもある。長谷川さんを嫌うのは分かるけど、ご両親はどうなんだろう? 一昨日も聞いたけど、そのときははっきりとした返事はもらえなかったし。
「あいつの携帯……」和幸くんは特に表情を変えることなくつぶやいた。私はハッとして、さっき筒井先生から預かった長谷川さんの携帯電話をポケットから取り出す。
「ここにあるよ」
和幸くんはそれに目を丸くした。
「用意がいいな」
「筒井先生が渡してくれたの。事情もあるだろうから、私たちに任せる、て」
「そうか」
あれ……やっぱり、特に変わった様子はないな。オリジナルの両親のこと、どうとも思ってないのかな。私は長谷川さんの携帯電話をあごにあてて、和幸くんをじっと見つめる。
「俺の親じゃないからな」
「え!?」
いきなり、こちらを見ることもなく、和幸くんはそう言い放った。私は驚いて携帯電話を落としそうになる。
「なに? 急に?」
ごまかすように笑顔を浮かべると、和幸くんのジト目がこちらに向けられた。
「分かってるよ、お前の考えてること」
「え……」
やれやれ、と和幸くんはため息混じりに微笑んだ。
「俺が本当の両親に会えるチャンスだ、なんて思ってるんだろ」
「あ……」
図星。私は言葉をなくす。
「DNA的にはそうなのかもしれないけど……」言って、和幸くんは後ろを振り返った。その先にあるのは……藤本さんの病室だ。「俺の親父は一人だけだから」
「……和幸くん」
そのときの和幸くんの表情は、すごく大人っぽくて……魅力的だった。
「でも、ありがとな」
私に顔を向け、そういって私の肩に手をおく。私の大好きな爽やかな笑顔。私もつられて微笑む。
そうだよね。和幸くんのお父さんは、藤本さん。DNAなんて、関係ないんだよね。私、まだまだ何も分かってないな。
「外で電話しよう」
「うん」
それにしても……と、歩きながら私は和幸くんの横顔を見つめる。和幸くん、変わった? 何か吹っ切れたような、すっきりとした表情をしている。前まで感じていた、影のようなものがない。やっぱり、さっき藤本さんと何か大事なことを話したのかな。私は、横目で和幸くんを見ながら首をかしげた。