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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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曽良の土下座

「どうしました?」という声が聞こえて、扉が開かれた。現れたのは、思ったより若いお医者さんだ。三十代……だろうか。四角い輪郭にぱっちりとした目。表情からは優しさがあふれている。


「和幸くんじゃないか」と、白衣を着た男性は目を丸くした。「やっと来たんだね」


 え? やっと来た? どういうことだろう? 和幸くんは来る前に電話でもしたんだろうか。隣に立っている和幸くんを私は見上げた。すると、和幸くんもいぶかしげな表情を浮かべている。


「やっと来た?」という呟きがかすかに聞こえた。どうやら、和幸くんも身に覚えがないようだ。なんだろう? でも、それを聞く暇もなく、おや、と先生が声をあげた。


「どうしました?」


 先生は、和幸くんが抱えている長谷川さんをまじまじと見つめている。和幸くんは思い出したようにハッとした。


「筒井さん。何も聞かないで、とりあえず、こいつを……」


 和幸くんは申し訳なさそうにそう頼んだ。お医者さん――筒井先生、というらしい――は、最後まで聞くことなく、「わかっていますよ」と扉を支え、私たちを中へと促す。

 私、挨拶しなくて大丈夫、かな。こんな状況だし、仕方ないよね。筒井先生の前を通り過ぎるとき、とりあえず私は会釈だけした。

 中へ入ると、私と和幸くんは意外な人物に目を見開く。


「かっちゃん、カーヤ!」


 なんと、中にいたのは曽良くんだった。わーい、と両手をあげてとびはねている。なんで、病院に曽良くんがいるの?

 あ……そういえば、夕べ、私を連れ出したのは、長谷川さんだったわけだから。曽良くんに連絡いれてくれてるわけないよね。あれ!? じゃあ、曽良くん、どう思ってたんだろう? 私がいきなり消えたってことになるんだよね? 心配させたんじゃ……いえ、目の前にいる曽良くんは心配していたようには見えない。アヒル口をにぱっと開けて、また和幸くんにかけよってきた。


「どうだったの? 熱い夜をすごしたわけ?」と、ニヤニヤして和幸くんに迫る。どうやら、和幸くんがかかえている長谷川さんには気づいていないみたい。……うーん、そんなわけはないよね。幽霊じゃないんだし。気づいているけど、興味がない……のかな。曽良くんは、やっぱりどこかつかめない。それに、熱い夜って、どういうこと?


「曽良……」和幸くんの、低い声が聞こえた。「お前とは、あとでゆっくり話す」


 和幸くんは、厳しい目つきで曽良くんを睨みつける。曽良くんは、え? と動きを止めた。さすがに、和幸くんが怒っているのはわかったのかな。


「こっちに運んでください」と、筒井先生は和幸くんを急かした。筒井先生を追うように、和幸くんは長谷川さんを抱えて奥の部屋へと連れて行く。

 私はその背中を見つめて、とりあえず、ほっと肩をなでおろした。とりあえず、お医者さんがついていれば大丈夫だ。


「カーヤ」ぽつんと残された曽良くんが眉をひそめて私に声をかけてきた。「かっちゃん、怒ってたように感じたんだけど……」

「うん」


 私は、申し訳なく微笑む。きっと和幸くんは、私がさらわれたことで曽良くんを怒ってるんだ。曽良くんと出かけている間に、長谷川さんに連れ去られたわけだから。でも……あれは私があっさり騙されたから悪いのに。そうだ、それをちゃんと伝えよう。曽良くんが私のせいで怒られるのを見たくはない。


「あとで、私から言っておくから、大丈夫だよ」

「言う? 何を?」


 私は言葉に詰まる。さすがに、「なんでもない」じゃごまかせないよね。いつかは和幸くんから聞くだろうし。でも、一体どこから話せばいいんだろう。


「あのね……」


***


 ある程度、事情を説明したあとだった。外に出ていなさい。筒井さんにそう言われ、俺は診察室からでた。怪我のこと以外は、筒井さんは本当に何も聞かないでくれた。あんな腫れあがった顔でも、俺に似ていることはさすがに気づくだろう。なのに、顔色一つ変えずに、治療を始めた。さすが、カインノイエのお抱え医師。理解があって助かる。

 それにしても……最後に言われた言葉が気になるな。


――藤本さんの部屋は、曽良くんに聞きなさい。


 どういうことだ? 藤本さんの部屋? 藤本さん、ここに来てるのか? 人間ドッグ? まさか……藤本さんの身に何かあったわけじゃないよな。まあ、曽良に聞けば分かるか。そう思い、待合室へと体を向けた。

 曽良の悲鳴にも似た叫び声が聞こえたのはそのときだった。


「ごめぇえん!!」


 なんだぁ? こじんまりしてるけど、ここも病院だ。なんて声をだしてんだよ?

 俺はあわてて待合室へとかけこんだ。そして、その光景に呆然とする。


「曽良くん、大丈夫だから」

「ごめんよお!!」


 曽良が、カヤに土下座をして必死に謝っていた。俺は、言葉をなくす。なんだ、これは?


「和幸くん!」と、カヤが俺に気づいてヘルプを求めてきた。あ、いかん。傍観者に徹しようとしていた。俺は曽良に駆け寄ると、その腕をつかみ、無理やり立たせる。


「なにしてんだよ?」


 すると曽良は、今度は俺に泣き崩れるように抱きついてくる。


「ごめんよぉ、かっちゃぁん」


 ええい、なんなんだよ? 相変わらず、うっとうしい!


「どうなってんだよ、カヤ?」


 曽良との会話はもう無理だ。俺はカヤに尋ねることにした。


「夕べのこと、簡単に話したの。そしたら……」


 申し訳なさそうな表情だ。あ、なるほど。俺の代わりに、何があったか話してくれたんだな。それで、こうなってるわけか。一応、責任は感じてるんだな。それなら、遠慮することはない。

 俺は、俺に泣きついている曽良の肩をおさえ、体から離す。


「曽良、お前な……」

「かっちゃんだと思ったんだよぉ」

「いや、聞けって」

「トイレにいったふりして、様子みてたんだ。そしたら、かっちゃんが来て、カヤも喜んでついていったから。あぁ、よかったなぁ、て」

「だからってな、確認くらいしろよ」

「ごめぇんよぉ」


 あぁ、もう無理だ。曽良はまた俺に抱きついてきた。やれやれ、と俺はため息をついた。


「カヤ」と、俺はカヤに視線をやる。「どうする?」


 一番、ひどい目にあったのはカヤなんだ。これ(・・)の対処もカヤが決めるべきだろう。正直、カヤの答えは大体予想がつくけどな。

 カヤは、恥ずかしそうに微笑んだ。やっぱりな。答えは決まってるか。


「私も、確認しなかったから。曽良くんは悪くないよ」

「……」


 やれやれ。優しいにもほどがある。普通の友人なら分かるが、曽良はカインなんだ。裏の世界で生きる子供。警戒心とか慎重さがもっとあっていいはずだ。みすみす、目の前で俺のオリジナルにカヤを連れて行かれるなんて……藤本さんが聞いたら本気で怒るぞ。まぁ、それもカヤは嫌がるだろうな。言わないで、て涙目で頼まれそうだ。

 にしても……銃で撃ったことも気にしていないみたいだし、正義のことももう怒ってないみたいだし。ほんと、呆れるくらい心が広いよな。ま、そこがまたカヤの魅力なんだけど。


「だってよ、曽良」


 よかったな、と俺にしがみついている曽良の背中をたたく。


「カーヤ」


 曽良は生き返ったように明るい表情に変わり、俺から離れた。そして、今度はカヤに抱きつく。……え!? おい、なんで抱きつく必要がある!?


「無事でよかったよぉ~」

「あ、ありがとう、曽良くん」


 カヤは戸惑いつつも、そういって微笑んだ。

 なに抱きついてんだよ!? と曽良を引き離したくなったが……そんなことしても、かっこ悪いだけだよな。俺は、もう余裕をもっていいはずだ。そうだ、余裕をみせるんだ。あぁ、でもなんか落ち着かない。


「そっか、だからだったんだね」と、気が済んだようにカヤから離れ、曽良は俺に振り返った。なんだ、急に?


「夕べ、何度も電話したのに、出なかったから」


 あ、そういえば……こいつから、不在着信いっぱいあったな。


「でも、メールしただろ?」


 カヤ、無事。そうテキストしたはずだが。すると、曽良は呆れたような顔をして顔を横にふった。


「あのメール、意味わかんなかったよ」

「簡潔で分かりやすかっただろ」

「あまりにも変なメールだったから……てっきり、カーヤとラブラブしすぎて、頭がのぼせ上がっちゃったのかと思った」

「は!?」


 何言い出すんだよ、こいつは? ラブラブって……つい、カヤと目が合って、顔があつくなった。カヤも頬を赤らめている。確かに……思い当たることはあることはある。ぼんやりと、カヤとのキスを思い出し……って、そんなことを考えてる場合じゃないだろ。

 頭を切り替え、俺は冷静になって考える。そうか。曽良は正義を俺だと思っていたんだ。俺とカヤが出かけたと思っていたなら、こいつが心配して電話かけてくるわけがない。じゃあ、なんだったんだ?


「何の用だったんだよ?」


 そう尋ねると、曽良は急に深刻な表情になった。こいつには珍しい顔で、俺はなんだか不安になる。


「実は、父さんが……」


 父さん……? それは、藤本さんのことだ。俺以外のカインは、藤本さんのことを『パパ』とか『親父』、『父さん』などと呼んでいる。あ……そういえば、筒井さんもさっき藤本さんの名前を出していた。藤本さんの部屋は曽良に聞け、て。

 俺は、ざわっと胸騒ぎを感じた。一体、何があったんだ?


「藤本さんが……どうしたんだよ!?」

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