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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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ペンギン

 和幸は、床に落ちている銃をひろいあげる。いつも『おつかい』のときに使っている、古い回転式拳銃(リボルバー)だ。これを、十三のときから使ってきた。なのになぜか、初めて持ったときのように手が震える。持つだけで、あのとき引き金を引いた感触が戻ってくる。カヤを撃ったときの感触。そして、青ざめたカヤの表情。和幸は、震えながらため息をつき、目をつぶった。もう、きっと無理だ。和幸は、そう確信した。そして、ある決意を心に誓う。夕べから覚悟は決めていたのだ。ただ、本当に自分がそれを実行できるか自信がなかった。それは、和幸の人生でとても大きな選択になる。自分の人生が、大きく変わるだろう。だが……もう決めた。和幸は目を開き、拳銃を見つめる。


「今まで、ありがとな」


 小声でそうつぶやいて、腰にそれを差した。ちょうど、そのときだ。


「もうこっち向いていいよ」


 カヤの声がして、和幸はハッとし、振り返った。

 カヤは、ぶかぶかのワイシャツを着て、その上からブレザーを羽織っている。


「やっぱり、大きいね」


 恥ずかしそうに微笑むカヤ。妙に、色っぽい。和幸は顔を赤らめた。

 破れたカヤのワイシャツの代わりに、和幸が自分のを貸したのだ。おかげで和幸は、Tシャツの上にブレザーというおかしな格好になっている。


「ごめんね、借りちゃって」


 カヤは申し訳なさそうに言う。和幸は、首を横にふり、カヤに歩み寄った。


「似合ってるよ」


 その言葉に、カヤは腕を組み、ムッとした表情を浮かべる。


「それは……絶対、嘘」


 これのどこが、とあまった裾をひらひら和幸の前にゆらした。和幸は、はは、と笑う。


「ペンギンみたいでかわいいじゃんか」

「ペンギン……」


 カヤは、え、と目を丸くし、たらんと垂れているシャツの袖を見つめる。これが、ペンギン? まぁ、和幸くんがかそれでかわいいと思うなら……。カヤは頬を紅潮させ、はにかんだ笑顔をうかべた。


「買って来た服、藤本さんのとこだよな」

「え?」


 突然、和幸が尋ねてきた。砺波と一緒に買いに行った洋服のことだろうか。カヤは、ええと、と思い出す。


「そう……かも。藤本さんの部屋だ」

「じゃ、一回、カインノイエに戻らないとな」


 確かに、このまま和幸の部屋に戻っても、服がない。


「ごめんね」と謝ると、和幸は「いや」と首を横に振る。

「どっちにしろ、藤本さんに会うつもりだったから」

「……そう」


 そのときの和幸は、どこか大人びた表情をしていた。その目は真剣で、何かを吹っ切ったようなすっきりとした表情。なんだろうか、とカヤは首を傾げた。


***


「朝だぁ」


 カヤが、グラウンドに出たところで、ううん、と背伸びをした。俺はその背中を見て、目を細めた。カヤはすっかり元気になっている。少し疲れてはいるようだが、無事ならなんでもいい。神の剣か……と、俺は『聖域の剣』を思い出した。俺たち人間を救うための剣。俺は、目の前でカヤの傷が消えていくのを見てしまった。本当に……俺は、神のごたごたに巻き込まれたんだな。今更ながら、そう実感する。そして、俺はカヤの命を助けた。世界の終焉の鍵をにぎる女を。もう『巻き込まれた』じゃすまない。俺は足を踏み入れたんだ。後戻りはできない。


「どうしたの?」

「え」


 カヤが、ぼうっと突っ立っている俺に振り返った。


「帰ろう」


 そう言って、カヤは俺に手を伸ばす。その手を見つめ、俺は心の中でつぶやいた。こんなに幸せでいいんだろうか、と。不安さえ、感じる。昨日まで、俺は諦めていたのに。カヤが曽良を選んでも、彼女の笑顔さえ見られればいい、と強がっていたのに。しまいには、なげやりになって全部放り投げようとした。今考えると、本当にかっこ悪いな。

 俺は、カヤの手をとった。嬉しそうに微笑む彼女は、やはり美しい。この笑顔を独り占めにして、罰でもあたらないだろうか。

 そんな俺の心配をよそに……彼女はぎゅっと俺の手を握り締め、俺の腕に体をよせてきた。こんなに密着されると、さすがに緊張する。


「和幸くんの手、好き」


 カヤはつぶやくようにそう言った。


「つらいとき、私を連れ出してくれるから」


 カヤはそういって、上目遣いで俺を見つめてくる。

 あぁ、もう……罰でもなんでもあたればいい。とりあえず、俺は今、幸せだ。


***


 二人で手をつなぎながら校庭を歩いていると、カヤが「そういえば」と思い出したように声をだした。


「そういえば、なんで分かったの?」

「なにを?」

「あの教室。なんで、私があそこに隠れてるって分かったの?」


 あとから来たはずの和幸が、正義よりも先に自分を見つけたのが、不思議で仕方なかった。和幸がここに向かっているのは、正義の話で分かっていたが、あんなに早く自分を見つけてくれるとは思ってもいなかったのだ。完全に、あのとき教室に入ってきたのは正義だと信じきっていた。

 すると、和幸は、ちらりと校舎に振り返った。


「校舎、うちの高校と似てるだろ」

「え」


 カヤも校舎に振り返り、その形を確認する。本当だ。カヤは、言われて初めて気づいた。確かに、似ている。


「だから、カヤが向かうとしたら、あそこなんじゃないか、て思って」

「どういうこと?」


 説明になっていない。カヤは首をかしげた。似ているからって、なんであの教室なのだろうか。


「ほら、あの教室さ、部室と同じ場所だろ」

「部室……」


 それは、劇の稽古をしている教室のことだ。和幸はそれだけ言って、また前を向いた。カヤは、驚いてきょとんとする。なるほど、だから自分はあの教室に一目散でかけていったんだ。校舎三階の西のはじ。そこは、放課後、いつも劇の練習をしているあの部室と同じ場所だ。まったく、意識していなかった。


「そっか」と微笑んで、和幸を見つめる。私が、あの劇を――あの空間が好きなこと、気づいていたんだね。カヤは心の中でそうつぶやいた。ほんのささいなことも、そうやって見ていてくれる。そういう優しさが、カヤはたまらなく好きだった。

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