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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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夕べの出来事

「なぁ」と、俺はやや間をあけてから、気になっていたことを尋ねる。「ところで、どこまで、覚えてるんだ?」


 この様子だと、俺が『聖域の剣』で貫いたことは覚えていないだろう。あの剣はなに? とか聞いてこないし。

 カヤは俺に聞かれ、しばらく考えてから、ゆっくりと唇を動かす。


「撃たれて……胸の辺りが熱くなって……あとは、ぼんやりとしか覚えてない。とにかく、負けちゃだめだって思って、意識を保とうって……そればかり考えていた気がする。覚えているのは……それだけ」


 そうか……と、俺はほっと安堵した。やはり、薄れる意識で戦っていたんだな。おかげで、細かいことは覚えていない、か。


「でも」と、カヤは不思議そうに声を出した。「変な夢をみたの」

「夢?」


 カヤが俺をじっと見つめてくる。


「和幸くんに、刺される夢」

「!」


 あ……俺は言葉を失った。覚えてるんじゃないか!


「刺される? 俺に?」


 あぁ、声が裏返ってるよ。しっかりしろ。


「うん」とカヤは恥ずかしそうに笑った。「大きな剣だったの。まるで、勇者の剣みたいな」

「ああ……そうかぁ。おもしろい夢だなぁ」


 俺は、はは、と変な笑い声をあげる。


「すごいリアルだったんだよ? 痛みもあったの」


 カヤは眉をひそめ、つぶやくように話す。そりゃあ、あれだけ苦しんだんだ。覚えてるよなぁ。


「変だよね。和幸くんにさされる夢なんて」


 俺は何も答えられない。刺したのは、本当だから。助けるためだとはいえ、嫌な気分だった。もう二度と、あんなことはしたくない。もう二度と……


***


 和幸くんにさされる夢。すごく恐かった。もしかしたら、和幸くんに撃たれたせいなのかな。だから、あんな夢を……。でも、撃たれたのは、私がドジだったからだ。あれは事故だった。私が悪い。だけど……あの剣。あれは、嫌。よく分からないけど、すごく嫌な感じがした。そして、和幸くんは、迷わずそれを私に突き刺した。すごく、苦しかった。悲しかった。とても、不吉な夢。


「なぁ、カヤ」


 和幸くんに急に名前を呼ばれ、私は顔を向けた。和幸くんは相変わらず、上半身だけ起こして私を見ている。


「悪かった」

「!」


 え……いきなり、なに? それも、そんな深刻な顔で。


「もう少しで、俺は……」


 あ。私は、和幸くんが何を言おうとしているのか分かった。私の馬鹿。あんな夢の話をするからだ。


「俺は、お前を殺……」と和幸くんが言いかけたところで、私は口をはさむ。

「ねぇ、和幸くん。夕べのこと、なかったことにしよう」

「!」


 和幸くんはぎょっとしている。こんなこと、言われると思ってなかったよね。でも、私は……あんな銃弾一つで、私たちの関係を――せっかく始まった新しい関係を台無しにしたくないの。


「私たちは……ここには来なかった」

「カヤ……?」

「私は、曽良くんと遊んで、それから和幸くんの部屋に戻った。そうしない?」

「……」

「和幸くん?」


 そうだな、て言ってもらえると思ったのに……和幸くんは、どこか寂しそうな表情で黙ってしまった。あれ? いい提案だと思ったんだけど。なにか、悪いこと言ったのかな、私。

 和幸くんは私から目をそらし、何か考え込んでいた。しばらくして、やっとその黒い瞳が私のほうへ戻ってくる。見つめられ、ドキッとした。今更だけど……和幸くんって、色っぽい。

 和幸くんは、どこか言いにくそうに口を小さく動かして、私に尋ねる。


「キスも……なかったことにするのか?」


***


 夕べのことはなかったことにしよう。カヤはそう提案してきた。カヤは俺を気遣ってそう言ってくれたんだろう。それは分かる。でも……夕べは、俺にとって、最悪で、そして最高の夜だったんだ。オリジナルと遭遇して、カヤを撃って殺しかけたんだ。確かに、人生最悪の夜だよ。けど、忘れたくない、大事なこともあったんだ。それは……初めて、カヤと――。


「キス?」


 カヤが眉をひそめている。まるで身に覚えがないがないかのような表情だ。なんだ、この反応? 俺の脳裏に、嫌な予感がはしる。いや、まさか。そんなわけない。俺は、苦笑しながら確認する。


「夕べ、しただろ。そこで」

「……そこで?」


 おい、悪い冗談だよな。


「覚えてない、のか?」


 カヤは、じっと黙ってしまった。まさか、記憶が混乱している? 確かに、事故で記憶が一部なくなったりする、てドラマとかでよく見るし。って、その一部の記憶が……俺とのキスかよ!? なんでよりによって、そこなんだよ。俺はがっくりと頭を垂らす。こういう場合、どうなるんだ? 全部、ナシか? 夕べ、一晩中、頭の中で思い描いていたことは全部起こらない? 


――いろいろ、楽しみにしてたのにね。


 いきなり、ケットの声が頭に響いた。うるさい! ああ、もうこの天使をどこかにやってくれ。


「キス、したの?」

「……」


 カヤはもう一度聞いてきた。これは……完全に覚えてない。俺は、苦笑いでカヤを見下ろす。


「覚えてないなら……いいんだ」と、俺はため息まじりにつぶやく。いや、よくないけどな。もう一度、やり直しか? いや、どういうタイミングでどうやり直せばいいんだよ?

 俺ががっくりと肩をおとしていると、カヤの手が俺の首筋に伸びてきた。


「もう一回」と、カヤは顔を赤らめてつぶやく。「もう一回、してくれたら……思い出すかも」


 俺は、きょとんとして彼女を見つめた。いたずらっぽい笑顔で俺を見上げている。


「あ……」


 つい、笑みがこぼれた。俺は、参ったな、と頭をかく。


「覚えてんだろ」

「覚えてないよ」カヤは、色っぽく囁くようにそう告げる。「だから……思い出させて」


 カヤは俺の首をひっぱり、自分のほうによせた。横になっている彼女に覆いかぶさるようにして、俺はカヤの唇にキスをする。

 朝の廃校の教室で、俺はもう一度、彼女の唇の感触を確かめた。やわらかい感触。高鳴る鼓動。焦燥感。そしてじわじわとやってくる恍惚感(こうこつかん)。もっと、俺はカヤを知りたい。ずっと、傍にいたい。いつから、こんなにカヤに惚れていたんだろうな。

 君は、俺に本当の人生をくれた。幸せを教えてくれた。生きる意味をくれた。そして……この、心地よい感情をくれた。誰かを、心のそこから想う気持ち。何よりも、誰かを守りたいという気持ち。

 大げさじゃない。俺は……世界が滅んでも、君を守りたいと思った。きっと、これが……愛なんだと思うんだ。


 カヤ、俺は君が好きだ。


***


「どうだ?」


 唇をゆっくりと離し、和幸くんはそう尋ねた。私は余韻にひたりながら、目を開き、私に覆いかぶさる和幸くんの顔を見つめる。不思議。夕べと違う。胸が苦しくない。ほんわか温かい。心がすごく落ち着く。居心地がいい。

 私は、遠慮がちに微笑む。


「まだ……思い出せない」


 和幸くんは、フッと呆れたような笑みをみせる。子供のわがままを優しく許す……そんな表情だ。ごめんね、嘘ついて。少しね、いじわるしたくなったの。だって、キスも……なかったことにするのか? なんて、変なこと言うから。なかったことにすると思う? 

 いたずらっぽく笑ってから、私はまた目をつぶった。和幸くんの手が私の髪にふれ、私の唇にまた優しく彼の唇がふれる。今度は……さっきよりも長いキス。じっくり味わうような、ほんのちょっと激しいキス。


 たとえ何があっても、あなたとのキスを忘れたりしない。ずっと、覚えてるから。もし、私が記憶を全部失ったとしても……こうしてキスをして。そしたらきっと、思い出すから。


 それくらい、あなたを好きな自信があるの。

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