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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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救済の代償

「ああああぁっ!!」


 おそろしい女の叫び声があたりにこだました。正義は、校舎の外にでたところでそれを聞き、びくっと体を震わせる。尋常ではない悲鳴だ。正義はおそるおそる校舎にふりかえった。あの声は……神崎カヤだろうか。あまりにひどい叫び声だった。彼女の声から、こんな悲鳴は想像できない。断末魔の叫び……か。


「あぁ……」と、正義はまた頭を抱えた。こんなはずではなかった、こんなはずではなかった、と何度も繰り返す。自分は正しいはずだ。大野を殺せば、すべて解決すると思った。この辺りを平和にすることができる。そして……彼女(・・)を自由にすることできる、と信じていた。なのに……何が起きた? 神崎カヤが自分をかばって銃弾をあびた。血だらけの少女を見ることになった。なぜ、こんなことに? 

 頭を抱え、正義はグラウンドに出たところで崩れるように座り込んだ。


「こんなはずでは……」


 顔を手で多い、そのまま背中を丸めた。そのときだった。


「はせがわぁ」という、気の抜けた声が聞こえ、誰かの足が見えた。正義は、ハッとして顔をあげる。すると、目の前には、人相の悪い男が立っている。確か、こいつは……と正義は思い出す。コンタクトがない、と騒いでいた男だ。


「大野が探してるぜ」と、男は嬉しそうに言ってきた。

「そうか」


 神崎カヤが噛み付いたせいで、大野はひどく怒っていた。声を荒げて、女を捕まえて来い、とわめいていた。つれて帰らなければ、その怒りの矛先は自分に向けられるだろう。

 正義は、震える足をおさえながら、立ち上がる。


「女、見つかったのかぁ?」

「……いや」


 もしかしたら、自分は間違っていたのかもしれない。正義は、初めて、そんな気持ちを抱いていた。自分をかばった少女。自分を恨んで当然なのに、彼女は自分をかばった。そして、もしかしたら命を落とすかもしれない。あの出血で助かれば、奇跡だ。自分の行いが、彼女を死においやるのか。正義は、初めて、自分の正義(せいぎ)を疑い始めていた。


「ははは」という男の笑い声が響く。正義は、ハッと我に返り、男を見やった。「まずい、まずいよぉ、はせがわぁ」

「なにがだ?」

「大野に殺されるよぉ」


 殺される、か。大方、誇張表現でもないだろう。大野はキレると何をするか分からない男。その上、父親が警察に強いコネをもっているという噂だ。あの男に恐い物はない。だからこそ、殺すしかない、と思ったのだ。


「大野を殴るなんて、命知らずだねぇ」


 男は、ヒヒッと笑って正義の背中をたたいた。正義は、その言葉に眉をひそめる。


「殴った……?」

「とぼけてもだめだぜぇ。大野、きれまくりぃ」

「……」


 もちろん、自分は殴っていない。となると……正義は、ふっと鼻で笑う。どうやら、クローンはしっかりと復讐を用意してくれたようだな。大野を殴ったか。殺してくれればよかったのに。なんて、厄介なことをしてくれたんだ。正義は頭をかかえ、はは、と奇妙な笑い声をあげた。自分は、本当に殺されるかもしれない。だが……


「それが、罰なら……」


 甘んじてうけよう、と心の中でつぶやく。正義は、体育倉庫へと重い足で歩いていった。


***


「ああっ!! あうう……ぐっ! あぁっ」


 カヤは剣で貫かれた瞬間、体を大きくのけぞらし、ひどい叫び声をあげた。俺は、思わず剣から手を離しそうになった。


「手を離さないで! 剣が消える!」


 リストのその叫び声で、なんとかそのまま剣を持ち続けたが……カヤのこの苦しみようはなんだ? 腹を貫く剣をぬこうともがいている。


「ああああっ!!」


 表情は苦痛でゆがみ、カヤの声とは思えない、恐ろしい悲鳴をだしている。


「どうなってるんだよ!?」


 俺は、リストを睨みつける。話が違う。傷が治る、て言っただろ。だが、バールもケットも冷静な表情でカヤを見下ろしている。おい、少なくともバールは焦っていいんじゃないのか? カヤを守ろうとしていただろう!?


「これでいいんです」とリストは俺に冷静に言う。

「いいって……苦しんでるだろ!?」


 カヤは痛みで我を忘れている。苦しみながら暴れて……俺はそれを剣でおさえつけている状態だ。


「覚えてないんですか? 救われるには、それなりの痛みを伴うものなんです」


 俺は言われてハッとする。聞き覚えがあるセリフだ。リストに刺された夜を思い出す。確かにあのとき、俺も激痛を味わった。それで、リストに言われた。


――もちろん……救われるには、それなりの痛みを伴うものだから。責任として、激痛は体験してもらったけどね。


 つまり、カヤが今体験しているのは、救われるための代償? 俺はカヤを見下ろす。そして、ハッとした。右胸の傷が……みるみるうちに、消えていっている。


「癒す傷の七倍の痛みを体感することになる。そういう風に聞いています」


 リストが、段々落ち着いてきたカヤを見つめて、冷静にそう言った。七倍……俺は、ゾッとした。その痛みでショック死したらどうなるんだよ。


「あぁ、あ……はっ……」


 カヤの、強い呼吸が聞こえる。痛みはおさまったんだろうか。ぴたりともがくのが止んだ。体や顔が汗でぐっしょりぬれている。まだ意識は朦朧としているのだろう。目はとろんとしている。だが、さっきと違って顔色はいい。震えもない。そして……


「傷がない」


 血は肌にこびりついているものの、銃痕はすっかり消え去っていた。どんな原理なのかは分からないが……どうでもいい。これが奇跡ってやつなら、俺は大歓迎だ。

 俺は、ホッと安堵し、その場に崩れるように腰をおろす。


「もう、放しても大丈夫です」


 リストに言われ、剣から手を放した。すると、剣は煙のように跡形もなく、すうっと消える。やっぱ、何度見ても奇妙だな。そして、カヤの腹には貫かれた跡は何一つ残っていない。一緒だ。俺が刺された、あのときと。


「あれ?」ケットが、かわいらしい声をだした。「バールは!?」


 俺もリストもハッとし、辺りを見回す。いない。どこにも、あの妖艶な天使の姿はない。いつのまに?


「やれやれ……いい女ってのは去り際も見事だねぇ」


 リストは呆れながらも、クスッと微笑んでそう言った。こいつは、やっぱり緊張感がないよな。


「さて……あとは、お二人でごゆっくり」

「え?」


 リストに、いつものおどけた笑顔が戻っていた。シーッと人差し指を口にあて、忍び足で教室から出て行く。


「お、おい!?」

「ケットは置いていきます」それだけ言って、リストはさっさといなくなった。おい、緊張感ないにもほどがあるだろ。


「ケットも、姿を消すね」

「え?」


 俺はケットに振り返る。おいおい、皆、あっさりすぎないか? さっきまでの緊迫感はどこだよ? どっと疲れてるのは俺だけか?


「『災いの人形』は、『収穫の日』まで自分の正体を知ってはいけない。それを破った者には、罰が下る、て言われてる。つまり、何があっても秘密にしろ、てこと」


 俺はハッとした。そうか……だから、バールもリストも、さっさと姿を消したわけか。カヤに見られたら、なんて説明したら分からないもんな。特にリストなんて……なんでここにいるの? て質問攻めにあいかねない。


「どんな罰かは分からないけど。そういうわけだから。あとは、かずゆきに任せるね」

「お、おう」


 任せるって言われても……。まぁ、俺も得体の知れない罰にあいたくはないしな。なんとか、ごまかそう。って、おい。どうやってごまかすんだ? 俺は、そういうの大の苦手だろう。それに、カヤはずっと意識を保っていた。ムシュフシュが現れなかったのがその証拠。ということは……一連の出来事、全部見聞きしていた可能性もあるんじゃないのか? やばい。俺たち、散々、『災いの人形』の話してたじゃないか。俺なんて、姿のないケットに大声で話しかけていた。これ……罰、くだらないよな。どうなるんだ? カヤに直接言わなければ、セーフ? そうじゃないと、俺たち全員アウトだろ。

 そんなことを俺が悩んでいる横で、ケットは、じゃあね、と微笑んで光となって消えた。おい、と引きとめようとしたが……リストは、ケットを置いていく、て言っていた。つまり、消えてもどうせ俺の中にいるんだ。引き止めることもない。


――そうだよ。安心して。


「……」


 ほら、みろ。あぁ、でも……なんか、やりずれぇ……。

 まあ、いい。それよりも、と俺はカヤを見つめる。カヤが無事だったんだから……て、あれ?


「カヤ?」


 カヤのまぶたが閉じている。


「え!?」

 

 まさか、今、失神!? 俺は辺りを見回した。ムシュフシュって化け物が、現れるんじゃ……と、警戒したのだ。すると、くすくす、とどこからともなく笑い声が聞こえてきた。それは、俺の内側から聞こえる。ケットだ。


――眠ってるだけだと思うよ。


「眠ってる?」


 言われて、カヤをもう一度見つめる。確かに、すう、すう、という寝息をたてている。表情もおだやかだ。確かに、寝てる。体力を消耗したんだな。そりゃそうだ。撃たれて血を流して、それからその七倍の痛みを体験してもがき苦しんだんだ。眠りに落ちるのも分かる。

 俺は、ふうっとため息をついた。


「驚かすなよ」


 そういって俺もカヤの隣にごろんと横になった。俺も……体力、精神力、全部使い果たしたよ。

 ふと、床に転がる携帯電話が見えた。そういえば、さっき放り投げたな。今日だけで、二回も落としたことになる。俺は手をのばし、携帯電話をとった。そういえば、今、何時だろう。安心したら、そんなどうでもいいことが気になった。

 携帯電話を開くと、時間よりも気になるものを見つけた。八件もの不在着信。それは全部、曽良からだ。


「……」


 曽良のばかやろう。そういえば、なんでお前がついていながら、カヤが連れさらわれてるんだよ。必死すぎて、気づいていなかったな。ええい、せいぜい心配しろ。それが、お前の罰だ。俺は携帯電話をとじ、ポケットにつっこんだ。性格悪いな、俺。……やっぱ、無事は知らせよう。俺はまた携帯電話を取りだし、メールを打った。「カヤ、無事」とだけ打って送信すると、満足して床に置く。

 横に顔を向けると、そこにはカヤの寝顔があった。俺は手をのばし、頬をなでた。温かい。自然と頬がゆるんだ。隣で、カヤが穏やかに眠っている。それだけで、こんなに嬉しいなんて……。

 つい、抱きしめたい衝動にかられる。でも、そんなことをして起こしたくはない。今は休ませてやりたい。なら、せめて……ほんの少しでいい。カヤに触れて、生きている心地を味わいたい。俺は頬に触れていた手を、そうっと首元へとつたわせた。つやのある肌。なめらかできめ細かい感触。俺の鼓動が、段々と早くなっている。無意識に、その手はさらに下へと向かう。赤く血で染まった胸元を撫で……


「え!」


 俺はハッと我にかえる。目に飛び込んできたのは、カヤの赤く染まった下着。傷ばかり気にして、とんでもないことをほうったらかしにしていた。そうだ。傷をみるために、シャツを破ったんだった! カヤの胸元はあられもない姿になっている。俺はあわてて体を起こし、ブレザーを脱ぐ。下着を隠すように、それをカヤにかけ、ふうっとため息をもらす。心臓が、騒いでいる。さっき……俺、何してたんだ。俺は自分の手を見つめる。変な緊張感で胸がやけるようにあつい。カヤが寝てるすきに、体を触るなんて……変態だろ。自己嫌悪に陥りながらも、胸は高鳴っている。どうやら俺は、後悔はしていないようだ。


――聞かなかったことにするよ。


「あ……」


 しまった。ケットがいるんだった。俺の顔は一気に赤くなる。最悪だ。恥ずかしすぎるだろ、今のは。ったく、もう。本当に、やりずらい。

 それにしても……と、俺は気を取り直すように、咳払いをした。またカヤの隣に横になる。目を覚ましたカヤは、どこまで覚えているんだろうか。あれだけの出血だ。撃たれてからのことは、朦朧としていてはっきりは覚えていないだろう。いや、そう願う。だが、撃たれたことは覚えているよな。怪我が治っていることを、どう説明しようか。


「う~ん」


 俺はそううなりながら、目をつぶった。


――かずゆき?


 ケットの声が聞こえる。俺は、ふっと微笑した。悪い、俺もちょっと寝る。


――ええ!? ここで?


 ちょっとだけだよ。すげぇ、疲れた。自然と、ため息がもれる。本当に……疲れた。

 すると、しばらくしてから、やれやれ、というケットの声が聞こえる。


――仕方ないなぁ。ケットが見張ってるから。何かあったら起こすね。


 ケットのその言い方……ままごとで母親を演じていた砺波を思い出した。俺は、目をつぶりながら、ふっと笑う。


「頼りになるなぁ」


 えへへ、という嬉しそうなケットの笑い声がする。

 俺は目をつぶり、カヤの笑顔を思い浮かべる。目を覚ましたら、まずなんて言おうか。いろいろ話さなきゃいけない。伝えなきゃいけないことがたくさんある。でも、とりあえずは……君を抱きしめたい。

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