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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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救世主の条件 -12-

 救世主? 一体、何の話をしだすんだ? お前の冗談につきあってる暇はないんだ。どうでもいいから、カヤを助けてくれ!


「マルドゥク。おしゃべりしている時間はないのよ!」


 バールが腰に手をあてがい、怒鳴った。やはりそうか、と俺の心に希望の光がともる。あいつは今の状況では味方だ。カヤを生かそうとしている。それもそうか。アトラハシスの天使(エミサリエス)なんだから。だが、なぜ、バールはリストにせがむ? リストはやはり、何かできるのか? カヤを助けられる力を持っている?

 リストは、バールに一瞥し、すぐに俺に向き直った。


「彼女がこのまま死ねば、世界は滅びない」

「……え」

「つらいとは思いますが……彼女をここで死なせてあげるべきです」


 俺は言葉を失った。なんてことを、こいつは平気で言うんだ。死なせろ、て……


「なに、言ってんだよ……」

「分からないんですか?」と、リストは低い声で言った。「彼女は『災いの人形』。人間じゃありません。ただ、世界を滅ぼすために創られた土人形。今は……人間のふりをしてこの世界を観察しているだけなんです」

「やめてくれ」


 それ以上、そんなことを言うな。聞きたくない。


「彼女が今死ねば、世界に終焉はおとずれない。神の『裁き』をここで終わりにすることができる。世界は滅びることはない」

「マルドゥク、あんたね」


 バールが呆れた声で怒鳴ったが、リストはそれを左手で制した。じっと俺を見つめている。真剣な眼差しだ。


「和幸さんは、世界を救えるんですよ」

「!」

「彼女を殺したあなたは、世界の救世主になれる」

「……」

「だから」と、リストは真面目な表情で俺を見つめる。「このまま……」


 俺はぐっと唇をかんだ。血の味がする。怒りで俺の手が震えていた。もう、たくさんだ。カヤは『災いの人形』。世界を滅ぼす力をもつ女。だから……ここで死ぬべきだ、ていうのか?

 カヤが何をした? そんな使命を勝手に与えて……人間ではないから、と簡単に死なせるのか? 俺が彼女を殺しても、それを罪といわず、救世主とほめたたえるのか。カヤが死んだほうが世界のためだから? そんな理由で、なんでもかんでも正当化するのかよ!


「冗談じゃない! 世界? 救世主? どうでもいい!」


 カヤを殺せば、俺は世界の救世主。世界の敵を殺した英雄か。なんだよ、それ? 一体、それになんの価値がある? 

 俺はリストをにらみつけた。


「世界のために、カヤを殺さなきゃいけないのか!? だったら、俺はそんな世界はいらない」

「かずゆき!」


 ケットの戸惑う声が横から聞こえてきた。俺の言葉は、神への冒涜だったのだろうか。天使の叱責か? でも……どうでもいいんだよ。


「そんな世界、滅んでいい」

「……」


 リストは何も言わず、じっと俺を凝視している。

 俺は本気だ。決めたんだ。俺の生き方を。初めて、自分で守りたいと思える奴に会ったんだ。初めて、自分で選択したんだ。俺は、カヤを守る。そのために、生きるんだ。分かってる。カヤを殺しかけてるのは俺自身。こんなこと言って、ばかげているのかもしれない。でも……それでも、諦めたくないんだ。俺にとってなにより大事なもの……それは、カヤのいる世界なんだ。


「いい男じゃない」


 バールが長い足をくねくねとさせて歩み寄ってきた。


「マルドゥク。ズルはいけなくてよ」


 リストがちらりと横目でバールを見る。


「ズル?」

「この一連の『裁き』において……『テマエの実』を食べるまでは、『災いの人形』は人間(ルル)として扱うこと。そう決められているでしょう。つまり、人間(ルル)を守る使命をもつあなたは、彼女を救わなくてはならない」

「……」

「ルルである我が(あるじ)とは立場が違いますもの。神の子孫であるあなたは、神のルールを破ることはできないはず。そうでしょう?」


 リストは何も答えない。俺は眉をひそめてじっと見つめる。神のルールやらなんやらはさっぱり分からない。だが、それより……バールのこの言い方だ。やっぱり、リストはカヤを助けられるんだ。望みはある。カヤは助かる。


「うっ……」というカヤのうめき声が聞こえた。俺はあわてて彼女を見下ろす。呼吸がおかしくなっている。もう……きっと、限界だ。やはり、気を失う前に……。


「リスト!」


 助けられるなら、早くしてくれ。

 だが、俺が怒鳴っても、リストはぴくりともしない。冷静に、俺の隣のケットにちらりと目をやった。


「どうなの、ケット?」

「バールの言うことは正しいよ。マルドゥクの王は、『災いの人形』が人間(ルル)である以上、彼女を救わなくてはならない。それもまた使命。リストは助けるべきだ」


 それを聞き、やれやれ、とリストはため息をついた。すっくと立ち上がると、左手を天井にかかげる。


「矛盾している気がしてならないけどね」


 リストの左手にキラキラと光の粒子が集まり、細長くひろがった。そして、それは剣の形をおびていく。リストは、現れた大振りの剣をぐっとつかんだ。あれは……たしか、『聖域の剣』、だったよな。


「彼女を救えば、ルルの世界(エリドー)が滅ぶかもしれない。なのに……」


 悔しそうな表情でそういってから、リストはなぜか俺にその剣を差し出してきた。


「リスト!?」というケットの声と、「あら」というバールの声が聞こえた。


 なんで、俺に? これ……贈り物(ドラ)とかいう神聖な武器じゃないのか? 特に、この剣は……リストの一族が代々継いでいる家宝みたいなものなんじゃ……。


「彼女を助けたかったら、この剣で彼女の体を貫けばいい」

「!」


 貫く……? おい、待てよ。確か、この剣はカヤを殺す剣だったんじゃ。まさか、俺を騙してカヤに止めを……?


「お前、結局、俺にカヤを殺させる気か!?」

「違う!」とリストは声を荒立てた。「これは人間(ルル)を救うための剣。これでさせば、どんな傷も治るんです。彼女も、今はまだ人間(ルル)。救うことができる」


 え……と、目の前に差し出されている剣を見つめる。傷が治る? これでさせば……? そんな馬鹿な。


「和幸さんの呪いもそうやって解いてあげたでしょう」

 

 言われて、ハッとする。そうだ。そういえば、俺もこの剣で貫かれた。バールに呪いをかけられた夜だ。ひどい痛みがしたのに、傷口もなくて……そして、呪いがきえた。


「ねえ、とにかく、急がないと。『災いの人形』は、一応、しぶとく創られているけど……さすがに、もう危ないと思いますわ」


 バールがいらだったようにそういってきた。もう危ない……俺はカヤを見下ろす。まぶたは今にも閉じそうだ。苦しそうな呼吸が、段々とゆっくりになっている。ムシュフシュは現れていないから……意識はまだあるんだろうが……。

 とにかく、今、俺にできることは……リストを信じることだけか。


「リスト」というケットの声が聞こえた。「かずゆきに剣を貸すの? 本気?」

「うん。オレは気が進まないから。『災いの人形』を助けるなんて……」


 リストは、悔しそうな表情を浮かべていた。カヤを殺す。それがこいつの使命だったな。それを考えれば……リストが嫌がるのも分かる気がする。だが、カヤが『テマエの実』を食べなければ、カヤは『終焉の詩』を思い出さない。そうすれば、こいつはカヤを殺さずにすむはずだ。俺とリストで協力して、『テマエの実』をカヤが食べないようにする。そうすれば、誰も死なないし、世界も滅びない。俺は、その選択肢がある以上、諦めない。


「和幸さんが本当に……彼女を助けたいというなら、あなたが自分でするべきだ」


 リストは剣を俺に突き出してきた。


「俺にも、使えるのか?」

「オレの権限で、貸すことができる。ケットを貸したように。ただし、オレに手渡されてから、和幸さんが剣から手を離すまで、ね」


 ごくり、と唾を飲む。俺が、神の剣でカヤを貫く……想像しただけでも、恐ろしい。俺だって、そんなの気が進まない。だが、それでカヤが助かるなら……。


「これで貫けば……」

「世界への『裁き』が再開される。あなたは、世界に『終焉』という脅威を再びもちこむことになる」

「……」

「それでもいいの? よく、考えてください」


 カヤが今死ねば、確実に世界は救われる。世界は滅びない。確かに……このままカヤを殺せば、俺は救世主なのかもしれない。だが……


「世界の救世主……」と俺は鼻で笑う。「俺は、『創られた』人間。その資格はそもそも、ないだろ」


 リストが眉をピクリと動かすのが分かった。そう、お前も『創られた』人間だもんな。とんだ皮肉だったかもしれない。

 俺は、カヤの傷口から手を離し……リストの持つ剣へ手をのばす。ぐっと柄をもつと、リストがゆっくりと手放した。その途端、一気に重さが俺の腕にかかる。


「うわ……!?」


 思わず、床に剣をぶつけてしまった。俺は怪力だ。そういうふうに『創られた』。なのに、とても重くて持ち上がらない。こんな重い剣だったのかよ!? リストはいつも軽々とこれを持ってただろ。あの細い腕に、なんでそんな力がある?

 すると、リストは涼しい顔でそれを見つめて微笑した。


「それが……使命の重さです」

「!」


 使命の重さ。なるほど、さすが神の剣だ。剣の重さは、物質の質量じゃないわけか。精神的な『重さ』。人が抱えるもの。背負うもの。プレッシャー。そんな重さ。これが……こいつが背負っている使命、か。人類を守る重み。そのために、カヤを殺す罪。リストは、これを背負っているんだな。俺はぐっと剣の柄を握り締める。俺が今からすることと、正反対じゃないか。

 だからこそ、こいつは……自分ではやりたくないんだ。


「覚悟のない人間には、その剣は持ち上がらない」

「覚悟……ね」


 俺は、鼻で笑う。そういわれて、ひきさがれるか。

 ぐっと剣を持ち上げる。重い! だが……俺は決めたんだ。俺はカヤを守る。


「これでもう……」


 つぶやいて、俺は剣を持ち上げた。剣の重さに耐える俺の腕が震えている。


「神のごたごたに関係ないなんて……」たちひざをし、カヤの体へ剣の切っ先を向けた。「言えなくなるな」


 俺は、勢いよく、剣をカヤの腹部に突き刺した。

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