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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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女心

「墓ぁ!?」ハンバーガーショップに響き渡るほどの大声で叫んで、童顔の美少女(一応、見た目だけは、な)は立ち上がった。「なぁんでいきなり、墓の話すんのよ!?」

「他に話すことが思いつかなかったんだよ」


 吐き捨てるように言い、ドリンクのストローをくわえる。


「いくらでもあるでしょう? そこまで恋愛オンチだったわけ!?」

「うるせぇよ、砺波」


 こうなることが分かってて、話した俺も俺か。

 氷だけになったドリンクのカップをテーブルに置き、俺は頭をかいた。


「俺だって、嫌になってんだから」

「呆れたぁ~。あんたがそこまでとはわたしも思わなかったわ」


 砺波は頭を抱えて、どっかりと腰を下ろす。その動作は、立派なおっさんだ。


「だから言ってんだろう。この『おつかい』、俺には無理だ、て。他の奴に頼めばいいのに。得意なのがいっぱいいんだろうが。曽良(そら)とか、吉信(よしのぶ)とか……」

「残念ながら、あの高校にいるカインはあんただけなのよ。じゃなきゃ、パパもあんたなんかに頼まないっての」


 砺波は大きくため息をつくと、「ま」とウェーブがかった髪をさらりとはらった。


「だからこそ、わたしがこうしてあんたのサポート役に選ばれたわけだけど」


 ああ。厄介なことにな。


「なによ、その顔は!?」


 がばっと机に身を乗り出して、砺波は俺を睨みつけてきた。頬をふくらませ、唇をとがらせるその表情は……子どもそのもの。くりっとした大きな瞳も純真そうで……見つめられると、俺も落ち着かなくなる。たまらず、「別に」と目を逸らしていた。


「すぐにでも、わたしに頭が上がらなくなるんだから。見てなさいよぉ」


 それはどうだか。どちらかといえば、藤本さんに頭を下げなきゃいけなくなりそうだが……『頼むから、砺波から解放してください』と。


「さて」急に、砺波は勢いよく立ち上がった。「腹ごしらえもすんだことだし。善は急げ、よ」

「なにを企んでるんだよ?」

「あんたに女心のイロハを教えてあげるわ」


 くすりと笑って、砺波は片目を瞑って見せた。

 さっそく嫌な予感がするんだが……。止める方法も逃げる術も思いつかない俺は、力なく苦笑するしかなかった。


***


 ハンバーガーショップを出ても、和幸と砺波は相変わらず言い合いを続けていた。といっても、一方的に砺波が和幸につっかかっているだけなのだが。

 軒並み連ねるファストフード店の駐車場で、和幸はふと足を止める。


「で、どこに行くんだ?」


 振り返ると、ハンバーガーショップの光が砺波を背後から照らしていた。そのせいで表情は分からない。だが、「んふふ」という怪しげな笑い声で、和幸には砺波がどんな表情をしているか、想像がついた。

 色恋沙汰に首をつっこもうというときに見せる、あの表情。頬を赤く染め、瞳を爛々と輝かせる無邪気な悪魔(・・)の笑み。見事に取り憑かれたことを悟って和幸は肩を落とした。


「本屋に決まってんでしょ! やっぱり、知識の源は書物よ」

「知識って……なんの知識だ?」

「あったりまえでしょ。女心よ!」自信満々に言い放ち、砺波は腰に手をあてがう。「あんたに今、一番必要なのはそれなんだから。何回言わせるのよ!?」

「女心が分かる書物なんてあんのかよ?」


 半ばバカにしたような態度で、和幸は鼻で笑った。


「だぁから、あんたはいつまでたっても彼女が出来ないのっ」人差し指を和幸の鼻先につきだして、砺波は悟ったような笑みを浮かべる。「ま、安心して。それも今夜まで! わたしがみっちり鍛えてあげるからさ」


 駐車場に響き渡る甲高い声。決して耳障りなわけでないのだが、和幸は耳を塞ぎたくなった。

 そのときだった。

 

「外でもイチャついてんのかよ?」


 ふいに、聞き覚えの無い低い声が飛びこんできて、和幸は視線を向ける。すると、ちょうどハンバーガーショップから大柄な男が出てきたところだった。二人の男がそのあとに続いて出てくる。

 三人とも同じ学ランを着ている。見覚えるのある制服だ。この辺りで悪名高い男子校のそれに違いない。

 それぞれ、砺波の二倍はあろうかという背丈に、がっしりとした体格。バスケットでもやっていそうだが、その容姿は――ピアスに、派手な髪色――スポーツマンとはかけ離れている。

 

「店の中ではイチャイチャしてくれちゃってよ」

「食事に集中できなかったじゃねぇか」


 口々に文句を言う男たち。 

 確かに、店内ではうるさかったかもしれない。イチャついていたわけではないが、食事を邪魔したというのなら素直に謝ってもいい。――そうも思ったのだが、男たちのニヤけた顔がその気を削いだ。しかも、彼らの視線は、男たちと和幸の間できょとんと佇む砺波まっしぐら。和幸は眼中にない、といった様子だ。つまり、砺波が目当てということだ。

 和幸は、またか、と億劫そうな表情で頭を振った。

 見た目だけ(・・)は、愛らしく健気な砺波。街を歩けばしょっちゅう男に絡まれる。で、邪魔者扱いされてとばっちりを食らうのはいつも和幸だった。


「何か用?」


 砺波はくるりと身を翻して、男たちと向かい合う。セーラー服のスカートがひらりと舞って、男たちをさらに挑発した。


「これから、俺たちと遊びに行こうぜ」と、色黒の男が品の無い笑みを浮かべて、砺波の肩に手を乗せた。「あんなヤサ男は放っといてよ」


 思わず吹きだした砺波の背後で、和幸は「ヤサ男ね」と怒るわけではなく、呆れた様子で頬をひきつらせた。――こうして、とばっちりを食らうのだ。精神的に。


「先、行くぞ。砺波」


 あっさり踵を返して去ろうかという和幸に、男たちは面食らった様子で顔を見合わせた。一方、砺波は「こらぁ!」と顔を真っ赤にして声を荒らげる。


「助けるフリくらいしたらどうなのよ!?」

「必要あるか?」と和幸は肩を竦める。


 すると、男たちはようやく我に返ったようにいっせいに笑いだした。


「ひでぇ男じゃねぇか」

「根性無ぇ!」

「もう俺たちと一緒に来るしかねぇな。決定!」


 砺波の肩をつかむ男の手に力がこもる。ぐいっと引っ張られ――次の瞬間、砺波の目つきが変わった。


「男って、ほんっと女心が分かないんだから!」


 砺波の唇から飛び出したのは、その見た目からは想像もつかない迫力ある怒号だった。男はぎょっと驚き、砺波の肩から手を離した。そのすきに、砺波はすばやくスカートの中に手を滑り込ませて、何か(・・)を取り出した。

 瞬く間に、青い光が竜のごとく雄たけびを上げて男の身体を這い登り、男の悲痛な叫び声が駐車場に木霊する。そのまま、男は崩れおちるようにその場に倒れた。周りで見ていた二人は状況がつかめていないようだ。「どうしたんだよ?」と目を白黒させている。

 砺波は「ちっ」と舌打ちして、「失神はしないか。やっぱ、表のモノはこんなものねぇ」とひとりごちった。ガンマンのようにスタンガンをくるりと手の中で回すと、慣れた手つきでそれを太ももにつけてあるホルダーに差し入れる。


「こういう男がはびこってるせいで、こんな乙女の嗜みが必要になっちゃうのよね」


 やだやだ、とわざとらしくため息ついて、砺波は首を左右に振った。


「ス……スタンガン」


 ようやく状況を理解した不良の一人が呆けた声でつぶやいた。


「ふざけやがって」と、涙目になりながらも、色黒の男は砺波に殴りかかる。「調子に乗るなよっ!」

「こっちのセリフよ」


 男の大振りの右ストレートを軽々とかわすと、砺波は容赦なく勢いをつけた右足を――スカートがめくれあがるのも構わず――男の急所めがけて繰り出した。ほっそりとした足が躊躇無く、男の股間に見事に命中する。


「!」


 言葉にならない叫びをあげてうずくまる男の姿に、顔色を失くす友人たち。見守っていた和幸もさすがに同情した。


「今のはひどい」


 つい、本音が漏れた。


「何か言った!?」


 まだまだ気が立っているようだ。砺波は振り返ると、和幸をぎらりと睨みつける。

 和幸は降参したように両手を挙げてみせた。


「気が済んだか?」

「……」


 一応、ファストフード店の駐車場だ。人目がある。あまり騒ぎを大きくして警察でも呼ばれては厄介だ。和幸としては、不良なんて放っといてさっさとこの場を離れたかった。そもそも、あまりに凶暴な女子高生を前に、不良たちはすっかり戦意を失っているようだし……。

 だが、どうも砺波は納得いかない様子だ。いじけた子どものような表情でこちらを見ている。頬が赤らんでいるのは、身体を動かしたからだろうか。


「ほんっとに……女心ってもんが分かってないんだから」


 砺波は不満げにぶつくさとつぶやいた。

大幅に加筆中です。多少、続きとくいちがうかもしれませんが、今後修正する予定です。更なる加筆まで、しばらくお待ちください。

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