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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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救世主の条件 -11-

 「ごめんね」? それは、俺のセリフだ。俺が……カヤを撃った。涙が、あふれてくる。なにしてんだ。カヤが不安になる。俺は笑っていなくちゃいけないんだ。


「何言ってんだ。とにかく、何も喋るな」

「ごめ……んね」


 相変わらず、力ない声でそうつぶやいている。


「誰も……殺させたくなかったのに」


 俺はハッとした。殺させたくなかった? 何の話だ? 俺はカイン。殺し屋。それは、カヤも知っているはずだろ。


「和幸くんのままで……いてほしかったから」

「カヤ、しゃべらなくていい」

殺し屋(カイン)に……なってほしくなかった」


 俺は、傷を抑える手の力をゆるめてしまった。カインになってほしくなかった……それは、まるで……知っていたようだ。カインの中で唯一、俺が人を殺したことがないことを。


「誰も……殺さないで、ほしかった」 

「カヤ……」と俺は震える声で尋ねる。「それが理由なのか? 俺に人を殺させないために……それで……」


 俺は言葉を失う。それで、あんな無茶したのかよ。ぐっと唇をかむ。そんなことまで、考えていたなんて。


「これじゃ……本末転倒、だよね」カヤは、微笑を浮かべた。「私……死んじゃったら、ごめんね」


 カヤの目から涙がこぼれた。死んだら……て、やめろよ。俺はもう、つくり笑顔をたもてなくなっていた。


「忘れてね」と、カヤはかすれた声で言う。「今夜のこと、忘れて……ね」


 なんでそんなこと言うんだ。俺はまたぐっと傷口をおさえ、首を横に振る。


「頼むから」喉が絞まる。声がでない。「……れ、に」声になってない。これじゃ、カヤが不安になる。


「俺に」と、声をしぼりだす。「俺に……お前を殺させないでくれ……」


 くそ。なんで、こうなるんだよ? おい、神さま。助けてくれよ。カヤは、お前が創ったんだろ!? 俺がかわりになるから、カヤは……助けてくれ!


――かずゆき!


 急に、天使の声が響く。なんだよ!? 何もできないくせに、うるさい!


――あの人を追い出して。


 あの人? 俺は顔をあげる。すると、そこには正義がたちすくんでいた。震えながら、ひどい顔色でカヤを見下ろしている。こいつ、まだいたのか。何もしないで突っ立って。


――ケットが助けられるのは、かずゆきだけだ。すぐにも『災いの人形』は意識を失う。だから……


 そうか。このまま、あいつがここにいると……ムシュフシュに殺される。


――かずゆき! 早くして!


 ケットは必死で急かしてくる。

 でも……と俺は躊躇した。助ける価値があるのか、あいつに? このまま、ムシュフシュに食い殺されても文句はいえないだろう。あいつが、全部引き起こしたんだ。俺はもとから、あいつを殺すつもりだった。あいつさえ、カヤを連れ出さなければこんなことには……


「……き、くん」


 そのときだった。ふと、俺の頬に冷たい何かがふれた。ハッとして俺は視線をおとす。冷たい何か……それは、カヤの手だった。ついさっきまでは、あんなに温かかったのに。カヤは、もう危ないのかもしれない。俺の心にそんな不安がよぎる。

 俺は傷口から左手だけ離し、カヤの手をとった。


「カヤ……」

「……和幸くん、許して」

「!」


 それは、とても小さくてか弱くて、今にも消え入りそうな声だった。

 

「……許して」


 許してって……こんなときまで、何でお前はそうなんだよ? なんで撃ったんだ、とか、よくもこんなことを、とか……いくらでも罵ってくれ。そのほうが、ずっと楽なんだ。

 でも、お前はそれをしないんだ。そういう奴なんだ。カヤは、いつも他人を思う。この傷も……正義と、そして俺を守るために体を張ってくれたんだよな。俺はその気持ちを裏切っちゃだめだ。

 俺は、ごくりと唾をのみ、正義を見上げる。


「正義」


 正義は、びくっとして俺を見た。急に名前を呼ばれて驚いたようだ。


「出ていけ」

「え」


 こいつを、カヤはここまでして守ったんだ。俺が、誰も殺さないように。こんな男を……カヤは守ったんだ。だから、俺はこいつを死なせちゃいけない。


「早く、出て行け!」

「……」

「行け!!」


 正義は俺に怒鳴られ、びくっと体を震わせた。こんな状況で、あいつも参っているみたいだな。さっきの減らず口はどこかへいっている。正義は戸惑いつつも、じりじりと後ろへひいて行った。でも、と何度か言いかけたが、俺に睨まれ、口をつぐんだ。最後にじっとカヤへ視線を送ると、くるりと踵を返して去っていく。最終的には、逃げるように走っていった。結局、あいつは自分が巻き込まれなければそれでいいんだろう。内心、ほっとしているんだろうな。

 俺は、ふうっとため息をつく。これで、とりあえず、ムシュフシュが現れても大丈夫だ。ケットがついている俺にはムシュフシュは手をださないらしいし。でも……カヤはもつのか? こんなに血を出して、目もうつろだ。これで意識を失うまで待てってのかよ。いや……それより、気を失わずに、そのまま死んだらどうなるんだ? リストは言っていた。カヤも『テマエの実』を食べなければ人間。普通に死ぬ、と。このまま、ムシュフシュが現れて、そして消えるまで放って置いたら……

 

「死にますわよ、これじゃ」

「!」


 急に、女の声がした。どこかで聞いたことのある、色っぽい声だ。


***


 和幸がハッとして顔をあげると、目の前に、ビキニのような麻布を着込んだ妖艶な美女が立っていた。世の男すべてを惑わせるだろう、完璧なプロポーション。その浅黒い肌は、どこかカヤを思わせる。ぷるんとした唇。赤い瞳。そしてなにより、うねうねとしたドレッドヘアー。和幸には、そのシルエットに見覚えがあった。


「お前は……」と、女に向かって言う。

「アトラハシスに仕えるエミサリエス、バールと申します。また会えたわね、ルルの坊や」


 やはり、と和幸は目を丸くする。この女こそ、和幸の部屋に忍び込み、呪いをかけた張本人だ。そして……アトラハシスの守護天使。


「なんで今頃現れたんだよ!?」


 アトラハシスは、カヤを守る使命をもつ人間。それがなぜか、ストーカーまがいのことをしてカヤを遠くから見守っているだけだった。今更、なにをしにきたんだ、と和幸はいらだった。それに彼女は、カヤはもう死ぬ、と発言した。カヤは、なんとか意識はたもっているようだが、朦朧としている。もう話の内容を理解できてはいないかもしれないが、だが、それでも彼女の前でそんなことを言ってほしくはない。


「あなたのせいで我が(あるじ) が取り乱して……て、細かい話をしている暇はありませんわ。こちらも、彼女に死なれては困ります」


 バールは、腕を組んで和幸を見下ろす。


「ケット・シー。姿をあらわしなさいな。いるのは分かりましてよ」


 和幸は、眉をひそめる。ケット・シーとは、ケットのことだろうか。だが、リストがそんな風に呼んでいるのを聞いたことがない。


「バール、久しぶりだね」


 和幸の隣に、光の粒子が集まり、ケットが輝きの中から現れる。その表情は真剣だ。そしてどこか、緊張している。


「挨拶している場合じゃありませんわ。彼女が死ねばすべては終わり。

 あなたの主人……マルドゥクはどこ?」


 和幸は、え、と眉をあげる。マルドゥク。それはリストのことだ。


「なぜ……」と和幸がつぶやくと、バールは腕を組み、豊満な胸を余計に強調する。

「なぜ、マルドゥクを探すか? それは……ケット・シーにお聞きなさいな」


 バールは、冷たい視線でケットを見下ろしている。責めるような視線だ。ケットは何か隠しているのか? 言われて和幸は、ケットに振り返る。


「ケット?」


 ケットは、難しい表情でバールをじっと見つめていた。


「リストは……」


 そのときだった。


「ここにいますよ」


 場の雰囲気にあわない明るい声が響いて、リストが教室に入ってきた。


「リスト!?」


 和幸は彼の姿を見てぎょっとする。いつのまに、そしてなぜ、彼がここにいるのだろうか。ケットには、リストに知らせなくていい、と言ったはずだが。


「やぁ、和幸さん。えらいことになってますね」


 リストは血だらけのカヤを見て、苦笑いを浮かべる。まるで状況の深刻さが分かっていないかのような、のんきな表情だ。


「リスト、不謹慎だよ」とケットが遠慮がちにいさめる。

「バール、か。初めまして」


 リストはケットの言葉を気にする様子もなく、バールに微笑んだ。彼女こそ、アトラハシスに仕える、アサルルヒのエミサリエス。聞いていた通りの、妖艶な姿だ。

 まじまじと見てくるリストに、バールは厳しい視線で睨みつける。この少年を、彼女は見覚えがあった。鏡で『災いの人形』を監視しているとき、何度かこの金髪碧眼の少年を見たことがあったのだ。確か、『災いの人形』と一緒に劇に参加していた。まさか、高校に入り込んで、彼女に接触していたとは。バールは、半ば、呆れた。


「あなたが、マルドゥクの王」

「アトラハシスは?」


 間髪いれずに、リストはそう尋ねる。


見ている(・・・・)わ」

「ここには来ないか……」


 リストは、ちっと舌打ちをした。アトラハシスのもつ鏡。それは、離れたところからでも、『災いの人形』を観察することができる便利な道具だ。さらに、エミサリエスであるバールを、鏡が映し出す場所に出現させることもできる。彼自身がここに来る理由もないか、とリストはため息をついた。


「リスト!」という和幸の叫び声がリストの耳にはいってくる。「どうにかならないのか!?」


 どうしてリストがここにいるのかは分からないが、どうでもよかった。リストは神の子孫。もしかしたら、奇跡を起こせるかもしれない。和幸は、意識を失いかけているカヤを見つめる。もう少し、がんばってくれ、と心の中で叫ぶ。


「……さすが『災いの人形』。よく、ここまでもっていますね」


 リストはカヤのもとに歩み寄り、そんな言葉をもらす。


「こんなときまで、人形扱いかよ!?」

「こんなときだからこそ、ですよ」

「!」


 リストの視線は冷たい。いつものようにからかっているわけじゃない。和幸は、それに気づき、ゾッとした。リストの表情からは、焦りも不安も感じられない。こんなカヤの姿を見ても、顔色一つ変えていない。それは、冷静だから、の一言で片付けられるものではない。冷酷すぎる。和幸は、はっきりと確信した。リストは、この状況に何も感じていない、と。


「リスト……助けに来てくれたんじゃないのか?」


 和幸の、絶望に満ちた声が、暗く静かな教室に響いた。ケットはその言葉にうつむく。ケットは分かっていた。リストがここにいる理由。それは、『災いの人形』を助けるためではない、ということを。

 リストにこの場所を伝えたのはケットだった。和幸には、リストに知らせるな、と言われたものの、ケットの主人はあくまでリストだ。マンションで呼び出されたときから、ずっとリストに伝えていたのだ。和幸がこの校舎にはいったときには、すでにリストもここに来ていた。カヤが撃たれて苦しんでいるときも、実はすぐそこにいた。だが、何もしなかった。リストはケットに口止めをし、様子を伺っていたのだ。アトラハシスに会うために。

 『災いの人形』を守る使命をもつアトラハシス。彼は、神への信仰を捨て、好き勝手をしている。だが、和幸からストーカーの話を聞き、確信した。信仰は捨てたが、まだ使命は捨てていないのかもしれない、と。何らかの理由で未だに『災いの人形』を守っている。それなら……彼女のピンチに姿を現すはずだ。和幸がカヤを撃ったとき、そう思いついた。だからリストはずっと待っていた。アトラハシスが現れるのを。結局、現れたのはバールのみだったが。

 とにかく……と、リストは和幸を見下ろす。こうして姿を現した以上、もう知らんふりはできない。


「なぜ、助けると思うんですか?」


 リストは、和幸の目の前にしゃがみ、微笑を浮かべてそう言った。


「なぜって……カヤは、このままじゃ……!」


 リストがそんなことを尋ねる理由さえ、和幸には分からない。早くしなくては間に合わなくなる。こんな話をしている場合ではないのに。そういらだちながら、和幸は怒鳴った。だが、リストは相変わらず平然とした顔で和幸に告げる。


「彼女が死ねば、和幸さんはこの世界の救世主です」

「……え?」

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