救世主の条件 -6-
やっぱ、天使がついているからだろうか。こんなに早く大野を見つけられるとは。ありがたいことこの上ない。
俺は銃を腰にさし、体育倉庫に足を踏み入れた。俺が蹴り飛ばした扉が転がっている。
「おいおい、どうなってんだ?」
跳び箱の陰から、男が姿を現した。暗くてはっきりと顔は見えないが……上半身が裸。ズボンもひざまで下がっている。あわてて、そのズボンをあげ、チャックをしめ始めた。なにやってたんだ、こいつは?
「大野だな!」
俺は大声で怒鳴った。パーマがかった長髪の男は、両手を挙げる。
「なんだよ、一体? どうしたんだよ?」
カヤはどこだ……と言おうとして、足を一歩踏み出し、俺はあることに気づく。大野の足元だ。よく目をこらすと、誰かの足がある。裸足だ。跳び箱の陰に誰かいる。その足首には、下着……
「!」
悪寒がはしった。大野は……上半身裸。ズボンもひざまで下げていた。何をしていた? その足は、誰のだ? カヤは……どこだ!? 俺は馬鹿か! なんですぐに感づかない?
俺は、恐ろしい予想が浮かび、震えた。まさか……遅かったのか!?
「大野ぉ……!」
俺は大野に駆け寄り、勢いよく顔を殴りつけた。大野は、声を出す暇もなくそのまま壁にふっとんだ。
――かずゆき!
ケットの叱責が聞こえる。どうでもいい。
俺は大野がどうなったか見届けることなく、跳び箱の陰に顔をのぞかせる。
「カヤ!」
「なによぉ」
「え」
そこには、確かに女がいた。それは、俺の予想通りだ。だが……
「誰?」
俺はとぼけた声で聞いていた。
女はだるそうに体を起こし、ホックのはずれたブラをつけなおしている。俺はそこで、女が下着姿だということに気づき、ハッとした。いかん。つい夢中で、直視していた。俺は慌てて目をそらす。
「あんたこそ、誰なのよぉ」
女は、頭をかかえた。暗くて顔はよくみえないが、これだけは分かる。カヤじゃない。
「うえ、げほ!」
苦しく咳き込む声が聞こえた。俺は、ハッとして倒れている男を見やる。意外だな。鍛えてるのか? 気を失っていない。
「大野!」
俺は気をとりなおし、立ち上がって大野に歩み寄る。
「カヤはどこだ!?」
大野の髪をつかみ、ひきあげた。大野は、口から血を流して俺を睨んでくる。
「どういうつもりだ、正義ぃ」
まさよし……俺は眉をひそめた。俺を何の疑いもなく、正義、と呼んでいる。つまり……それが、俺のオリジナルの名前か。大野の髪をつかむ手に自然と力がはいった。
「俺は、藤本和幸のほうだ」
お前のご所望のな、と心の中で付け加えた。すると大野は、一瞬黙り、は、と鼻で笑う。
「何言ってんだよ、正義ぃ。お前もハッパやってんじゃねぇのかぁ」
「え?」
「てか、なんだよ、その格好。高校にもどったのかぁ?」
くつくつと大野は含み笑いをした。なんだ、こいつ?
「お前が俺を呼び出したんだろ!?」
俺のマンションにこいつの手下がわざわざ出向いてきたんだ。俺が来るのを、待ち望んでいたはずだろ。なのに、なんだ? 話がかみあわない。
すると、大野は急に、恐ろしい形相で俺を睨みつけてきた。
「ああ。女を連れて来い、てな! で、その女はどこだ!?」
「は?」
意味が分からない。女……それは、カヤのことだろうが……俺を呼び出すために、カヤをつれてきたんじゃないのか? なぜ、俺が名乗ってもとぼけるんだ? それに……『女はどこだ』?
「とんでもない女、つれてきやがって」
大野は舌打ちしながら、左腕を見つめた。そこには、かすかだが血がついている。その傷は……歯型のように見えなくもない。
「早く探し出せよ! あの女、承知しねぇ。本気で噛み付きやがって」
「……」
間違いない。こいつ、まだ俺をオリジナルと勘違いして話している。ちゃんと名乗ったよな? はっきり言ったよな?
いや、それより……噛み付いた? まさか、その傷……カヤが?
「いつまで、俺の髪つかんでんだ、てめぇ」
俺は、ハッとして大野の髪を離す。どうなってんだ? 俺は混乱していた。大野は血を吐き出すと、頭をかかえる。
「お前も、あとでただじゃおかねぇからな。あぁ……頭がフラつく」
「ちょっとぉ、どうなってんのよぉ?」
後ろから、下着姿の女が不満をたらす。大野は、うるせえ、と怒鳴りつけた。
「正義ぃ、いいから、女探し出せよ!」
変だ。何か、おかしいぞ。とりあえず、正義になりきるか。とにかく、今はカヤを探さなくては。
「どこに行ったんだ?」とぎこちなく尋ねる。すると、大野はあからさまに怒りをあらわにした。
「いかれてんのかよ!? 校舎に逃げただろ!
お前、探してたんじゃねぇのかよ!?」
俺はその言葉にハッとする。つまり……オリジナルは今、カヤを校舎で探してる……そういうことだな。
俺は大野に背を向け、体育倉庫から飛び出した。ぼうっと突っ立っている男をつきとばし、校舎へと走る。ふと、せまりくる建物を見て、俺は眉をひそめた。どっしりとたたずむその校舎は、どこか……俺たちの高校につくりが似ていた。