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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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救世主の条件 -4-

 私を使って和幸くんに人を殺させようとしている。それは、私にとって最も許せないこと。

 いや。絶対にいや。そんなのいや。

 タクシーから降りると、長谷川という男は私の腕を掴み、無理やりひっぱった。向かっているほうには、古い小学校のような建物がみえる。ここに……麻薬の売人がいるのだろうか。この人が私を渡そうとしている相手。その男が何をするために、女を要求したのか、私にだって分かる。なんとかしなきゃ。


「離して、長谷川さん!」


 長谷川さんの手から逃れようと必死に抵抗するが、いくら細身でも男にかわりはない。その力に勝てるわけがなかった。


「大丈夫だ、て言っているだろ」


 迷惑そうにそう怒鳴り、私の腕をひっぱる。脱臼するかと思った。なんて乱暴なの?


「和幸くん……」と私はひきづられるように連れて行かれながら、涙声でつぶやく。そのとき、長谷川さんが思いもよらないセリフを口にした。


「俺の女に手だすんじゃねぇ」


 私は、ハッとして、彼を見つめる。なに、急に? いえ、それより……その棒読み、そのセリフ……聞き覚えがある。


「そう言って現れるのかな」長谷川は鼻で笑ってそう付け加える。「にしてもあれはひどい演技だね。俺はもっとうまくできる」


 やはり、と思った。この人、あのショートフィルムを見たんだ。


「どうして……」とつぶやくと、長谷川さんは呆れたような笑顔で振り返る。

「どうして知っているのか? 俺に似た男が変な動画にでている、て友人に言われたんだよ。それで見てみたら……そっくりなんてもんじゃない」


 今日の放課後、劇の皆で見ていた動画。和幸くんが唯一出演したショートフィルム。平岡くんが、承諾なしで勝手にインターネットにアップした映画。この人は、それを見たんだ。まさか、それが原因? それでこの人は和幸くんの存在を知ってしまったの? でも、似た人を見つけただけで、クローンだと思うだろうか? 私だったら……他人の空似、で終わらせてしまう。

 すると、長谷川正義は自慢げに言う。


「あまりにも似てるから、気になって大金はたいて調べ上げたんだ。最終的に、三神とかいう奴にたどりついて……」

「みかみ?」

「凄腕の情報屋らしい。最初に依頼した女探偵が紹介してくれた」


 じょ、情報屋? そんなものがいるの? どうなってるの、トーキョーは? もう私にはついていけない。カインが存在すると知ったあの日から、トーキョーはまるで異世界のような姿を私に見せるようになった。

 とりあえず……これだけは分かった。この人はお金をつかって和幸くんを調べ上げたんだ。きっと、私のこともそうやって知ったのね。どうやら、私を和幸くんの女だと思い込んでいるようだけど……それもそうか。ここ二日間、私は和幸くんの部屋に泊まっていたんだもの。その事実だけ考えれば、付き合ってると思われても当然だ。それにしても、なんでもお金でできてしまうのね、この世界は。


「まぁ、そんな話はいいか」と言って、長谷川さんは私の腕を無理やりひっぱる。気づけば、私たちは廃校の敷地にはいっていた。体育館のほうから、誰かが騒いでいる声が聞こえて来る。


「さて……クローンはうまくやってくれるかな」


 彼は体育館を見つめ、そうつぶやいた。

 クローン、クローン、クローンと……和幸くんには名前があるのに。なんだか、すごい悔しい。たとえオリジナルでも、和幸くんのこと何も知らないじゃない。私は、彼をにらみつけてはっきりと言う。


「和幸くんは誰も殺したりしない!」


 その言葉に、長谷川正義は顔をしかめた。


「殺し屋なのに?」


 私は言葉につまる。確かに。人を殺さない殺し屋なんておかしいだろう。でも、それが和幸くんなの。そんな和幸くんを私は好きなの。だから……


「あなたの思い通りにはならない」


 私は、強くはっきりとそう言った。長谷川さんの私の腕をつかむ手に、ぐっと力がはいるのを感じる。彼はきっとプライドの高い人間。私のような小娘にこんなことを言われるのは屈辱なんだろう。でも、私は恐くない。強くなるんだ。守られているだけじゃだめなんだ。


「私が、彼を守る」

「は?」


 長谷川さんが、ぎょっとした。何を言っているんだ、と馬鹿にするような表情だ。かまわない。いくらでも馬鹿にすればいい。でも……


「誰も殺させたりしない」


 長谷川さんは足を止め、ぽかんとして私を見つめてきた。不思議そうに私を見ている。しばらくしてから、「なんだ」と残念そうにつぶやいた。


「え?」

「君も、協力してくれるかと思ったのに」

「!?」


 な……なに、それ? 私は愕然とした。協力? 何を言っているの、この人は。私が賛同するとでも思っていたの?


「分かってもらえずに残念だ」


 憐れむような目でそう冷たく言って、長谷川さんはまた足を動かす。私は連行されるように、体育館へとつれていかれた。


***


 体育館に足を踏み入れ、カヤはその光景に言葉を失った。

 いくつかのキャンプ用のライトで照らされた体育館で、二十人ほどの若者たちがあちらこちらにちらばり、好き勝手なことをしている。まるで秩序がない。酒の空き瓶やライターが足元にちらばり、煙草の灰で床は黒ずんでいる。ある青年は下着姿の女を抱えて酒をのみ、またある青年は一人でぼうっと煙草をすっている。いや……カヤは、その青年をよく観察してハッとする。煙草ではない。紙をタバコ状に巻いているだけだ。青年はそれをタバコのように吸ってぼうっとしている。それはジョイントと呼ばれるものだった。タバコ状に巻かれた紙には大麻がはいっている。

 周りを見渡せば、何人もの青年が同じようなことをしていた。中には、露出の高い服を着た顔色の悪い女も四、五人見受けられる。カヤはその中の一人の行動を目でおった。赤く染めたロングヘアで、ランジェリーのようなワンピースを着た二十代後半の女だ。煙草を片手に男に何かを話しかけ、金をもらうとおもむろに服を脱ぎだした。すると、彼女の周りに男が集まり始め、「いいぞ」と騒ぎ始める。きっと、そういう仕事(・・)をしている女性なんだ。カヤは彼女の裸を見ないように目をそらした。

 それにしても……不幸中の幸いか。皆、自分たちのことに夢中で、正義とカヤが入ってきたことにも気づいていないようだ。こんな人たちに囲まれたら、私にはどうもできない。カヤはごくりと唾を飲んだ。逃げようにも、正義がこうしてしっかりと腕をつかんでいては……と掴まれている右腕を見つめる。


「なあ」と、正義は、入り口近くで寝転がっている人相の悪い青年に話しかけた。

「大野はどこだ?」


 ドクン、とカヤの心臓が鳴った。大野。これから自分が引き渡される相手だ。


「あぁ?」


 話しかけられた男は、不機嫌そうに正義を睨みつける。焦点があっていない。男の周りには、注射器が三本ちらばっている。それを何につかったのか、カヤは想像する気にもなれなかった。


「はせがわぁ」と、いやそうに男は起き上がる。「目障りなんだよ、お前は」

「大野はどこだ?」


 正義は、挑発にものらず、ただ質問を繰り返した。


「ああ? 大野に何の用だよ?」


 よだれをふきながら、男は正義に振り返る。


「女を届けに来たんだよ」


 おんなぁ? と男は正義の隣にいるカヤに視線をむけてきた。カヤは、思わず顔をそむける。目を合わせたら、何をされるか分からない。そんな危機感を覚えたのだ。だが、男はカヤに一つも興味をしめさない。というより、カヤがよく見えなかった。


「ああ?」といらだった声をだし、男は目をこする。「コンタクトがねぇ! 誰だ、盗んだのは!?」


 男は、かれた声でそう怒鳴る。だが、相変わらず、他の連中は自分のしていることで頭が一杯で、男の声は耳に届いていない。


「おい、大野はどこだ!?」


 あせったように、正義が叫ぶ。すると、やっと男は「ええ?」と上を向き、答えをさがし始めた。


「ああ……」と思い出し、へらへらと笑い出す。「外の体育倉庫だよ」

「体育倉庫?」

「女連れてったから、お楽しみ中だなぁ」


 カヤはその言葉にハッとする。お楽しみ中……それって、そういうことだよね。そう考えただけで、呼吸が乱れ、心臓があつくなる。カヤは掴まれていないほうの手で胸元をおさえた。


「体育倉庫……いい趣味してる」


 正義はため息をついて、そうはきすてるように言った。

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