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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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救世主の条件 -2-

「つまり、かずゆきのもとになった人が、『災いの人形』を連れ去ったってこと?」


 ケットはきょとんとしてそう尋ねる。


「ああ。それしか考えられない」


 和幸は、部屋の前で深刻な表情でうつむいていた。

 自分にそっくりの人間がカヤの前に現れた。天使(エミサリエス)の仕業でないとすれば、考えれるのは、もう一人の自分……つまり、十七年前に和幸を『創る』ために盗まれたDNAの持ち主。和幸のオリジナル。


「でも、なぜ?」とケットは顔をしかめた。「なんのために『災いの人形』を?」


 その言葉に、和幸はいらついて壁をける。


「わかんねぇよ!」


 それが分かれば、こんなところでぐだぐだ話してなどいない。和幸は心の中で悪態をついた。そもそも、カヤが騙されたというのだから、オリジナルと自分の見た目の歳は変わらないことになる。てっきり、ずっと年上だと思っていた。死んでいるだろう、とさえ思っていた。そんなことでさえ驚きなのに、なぜそいつがカヤの前に現れ、そしてカヤを連れ去った理由なんて分かるわけがない。


「とにかく、曽良に電話して……」と、和幸が携帯電話を取り出す。そのときだった。


「あ、いた!」


 そんな声が、廊下の反対側、エレベーターのほうから聞こえた。和幸が振り返ると、そこには二十代前半の青年がいた。肩までの茶髪は、無造作ヘアのつもりなのだろうか、ぼさぼさとまとまっていない。眉はきれいに整えられ、きっちりとした服装が育ちのよさを感じさせる。それぞれの形はいいものの、目は小さく、鼻は大きく、口は小さい。顔のパーツは全体的にバランスが悪い。


「藤本和幸?」


 青年は、和幸に駆け寄りながらそう叫んだ。


「あんた、誰だよ?」


 このタイミングでなんなんだ? 変な勧誘だったら承知しないぞ。和幸は、青年を睨みつける。


「いや、ただの通りすがりなんだけどさ」と、青年は和幸の前に立ち止まり、息を切らせてそう言った。一瞬、隣にたたずむブロンドの美少年に目を丸くする。


「通りすがり?」


 和幸は、あからさまに嫌な顔をうかべる。そんなのにかまってる暇はない。ぶん殴ってでも追い返してやる。そう殺気立つ和幸に、男はとんでもないことを言い出した。


「変な男に伝言頼まれたんだよ」

「は?」

「女を預かった。返してほしかったら、第三区立小学校の体育館に来い、て」

「……んだと!!」


 女。聞かなくても分かる。カヤのことだ。

 気づけば、和幸は男の胸倉をつかみ、壁に勢いよく押し付けていた。青年は、ひいっと叫び、両手をあげた。


「待てよ、待てよ。俺は伝言を……」

「その男、どんな奴だ!?」


 怒りで胸倉をつかむ手の力加減ができない。男の首はみるみるうちに圧迫され、男は苦しい声をもらしていた。


「かずゆき! 暴力は認めない」


 たまりかねて、ケットが和幸の服をひっぱった。天使(エミサリエス)といえど、ケットは小型だ。そこまで力があるわけではない。和幸はかまわず、男の胸倉の手に力をいれる。


「言え! その男、誰だ!?」

「大野、て言ってた」


 大野? 和幸は、眉をひそめる。


「そいつの顔は? 俺と同じか!?」


 すると、男は鼻で笑う。


「なんだ、それ? どういう意味だよ? 全然ちげぇよ」


 和幸は、しばらく憎悪にもえる目で男を睨みつける。男は、相手は年下だというのに、自分がひどくおびえていることに気づいた。このままだと、殺される。そんな気がした。


「本当に俺は、何も知らないよ。ただ、通りがかりに頼まれただけだ!」

「……」


 どうも気に食わない男だ。だが……と、和幸は男の胸倉から手を離す。男は、大きくむせて、喉を押さえた。

 この男にかまっている時間もない。とりあえず、やるべきことがわかったんだ。


「第三区立小学校……あそこは、廃校になったんじゃないのか」


 和幸は、低い声で男に尋ねる。すると、男は「ああ」と苦しそうに答える。高校生とは思えないような力で圧迫されていた喉は、未だに締め付けられて声がだしづらい。


「だから、今は……変な連中のたまり場になってるって」

「変な連中?」

「ああ。麻薬さばいたり、売春婦呼んだり……無法地帯だ。事情はわかんないけど、知り合いがそこにいるなら……早く助けにいったほうがいいぜ」


 和幸の心拍数があがっていく。そんな場所に、カヤが連れて行かれたというのか。おそろしくて、考えたくもない。一体、大野という人間は誰だ? てっきりそれが自分のオリジナルの名前かと思った。だが、それは違うらしい。じゃあなぜ、その大野がこの男を使って自分を呼び出す? それも、カヤの居場所を伝えてきた。自分をおびき出しているのは明らかだ。まさか……『おつかい』がらみの復讐なのだろうか。

 とにかく、ただ一つ、分かったことは……と、和幸は手を握り締める。どうやら、今回の事件は、『災いの人形』がらみではない、ということ。ただの、人間のごたごただ。それも、おそらく、自分自身にかかわること。


「リスト、呼ぶ?」と、ケットが心配そうに尋ねてきた。和幸は、首を横に振る。

「いや……どうやら、今回は俺の責任みたいだ。俺が片付けるよ」

「え?」

「大野って奴は俺に会いたいらしい」


 そのために、カヤは連れ去られた。和幸は唇をかんだ。伝言のお陰で、相手の狙いは分かった。カヤは、自分をおびきだすための餌。大野という人間がなぜ自分を呼び出したいのかは分からない。それに、自分のオリジナルがなぜそいつとかかわっているのか。分からないことだらけだ。だが……と、和幸は踵を返した。とりあえず、行く場所はもう分かった。


「あ、もう一つあった」と、男が高い声で言う。和幸は足を止め、首だけで振り返った。

「銃をもってこい、て」

「は?」


 銃? 男は、肩をすくめてとぼけた顔をしてみせる。


「持ってんだろ」


 和幸は、それには答えなかった。やはりそうか、と何も言わずに男のもとへ歩み寄る。男は楽しんでいる。その表情を見て、ある確信を得た。この男は、ただの通りすがりじゃない。大野の手下だ。


「なんだよ?」と、男はうすら笑みを浮かべる。


 和幸は、右の拳をぐっと握り締める。ケットはその動きに過敏に反応し、あわてて口を開いた。


「かずゆき! 暴力は……」


 だが、その幼い声は、今度ばかりは何の効果もない。和幸の右拳は、男の左頬に勢いよくぶち当てられていた。男は、壁に頭をうちつけ、そのまま床に倒れた。ケットはあわてて男にかけよる。


「かずゆき! なんてことを……」


 どうやら、それでも手加減はしていたようだ。男は、うう、とうめいて頬を押さえている。ケットは無事を確認し、ホッと安堵した。


「カインにケンカ売るとどうなるか、分からせてやる」


 和幸は、冷たい目で男を見下ろしていた。


***


 青年は、ペッと唾をはくように血を吐き出した。それと一緒に、奥歯が二本落ちてきた。


「くそぉ……」と、小さく悪態づいて、男は体を起こした。もう、藤本和幸もブロンドの美少年もいなくなっている。


「まぁ、これくらいあぶない奴(・・・・・)じゃなきゃ、意味ないからな」


 緊張が一気に解け、青年は大きくため息をつく。


「ああ、そうだ」と、思い出して青年はポケットから携帯電話を取りだす。黒のスライド式の携帯電話だ。すばやく暗証番号をいれ、ある人物に電話をいれる。痛む左頬をかばうように、右側の耳に電話をあてた。


「よう、俺だ」と、受話器の向こうの人物に言う。「分かってるよ。遅れて悪かった。マンションに来る途中で迷ったんだ」


 男は、ジャケットのポケットから煙草の箱を取り出した。器用に口と左手だけで煙草を一本くわえる。


「ああ、計画通りだ。俺の言葉、ちゃんと信じたよ。大野が犯人だと思いこんでる」


 はは、と馬鹿にしたような笑い声が廊下に響いた。


「今、そっちに向かってるよ、お前のクローン」

第三区立小学校なんてものは存在しません。フィクションです。

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