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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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学校案内

「と、まあこんなところかな」一通り学校を回って、俺は昇降口で立ち止まった。「覚えきれた?」


 くるりと振り返ると、浅黒い肌をした転校生が微笑を浮かべて立っていた。真っ直ぐに俺を見つめて「なんとか」と頷く。

 薄暗くなった廊下に差し込む夕日。それに照らされる彼女。そこらの厚化粧の女よりもきれいでなめらかな肌。肌荒れなんて経験したことないんだろうな。目鼻立ちがはっきりしていて、影が濃く落ちている。聡明で繊細な美を感じる。彫刻のような、蝋人形のような、とにかく計算された美のように思える。それほど、完璧だと思った。その上、落ち着きはなった雰囲気に聡明な笑み。同じ歳とは思えない。

 神崎カヤ……不思議な女だ。まさか、こいつを騙してお近づき(・・・・)にならなきゃいけないとは。――無理だろう。どうしろっていうんだ。

 そもそも、学校を案内している間だって、会話はほぼなかった。「ここが理科室」「ここが家庭科室」「ここが音楽室」。俺が言ったことといえばそれだけだ。外人のツアーガイドでももっと気の利いたことをいえるはずだ。神崎も、「へえ」とか「そっか」、「そうなんだ」くらいしか言わないし。まあ、俺が何も話さないんだから仕方ないよな。気まずい空気を押し付けて申し訳ないくらいだ。

 ほらな、だから絶対無理なんだよ。女を騙して家に転がり込むなんて、俺には向いてない。

 そんなことを考えてぼうっと見つめていると、神崎は首をかしげて口を開いた。


「どうかした?」


 ゆっくりと動く唇にも目が釘付けになる。って、馬鹿じゃないのか。俺はとっさに目をそむけた。

 

「あ、いや……」


 これじゃ、俺が『色仕掛け』されてるみたいだろ。なにあたふたしてるんだよ。それも話しかけられたくらいで。

 ああ、くそ。前途多難だ。一体どうやって仲良くなればいい? どう話を広げればいいのかもわかんねぇし。学校案内を持ちかけただけでも、俺にしてはよくやったと思う。次に繋がらなきゃ意味ねぇけど。

 だが……たとえ、無理だと思っても、俺はどうしてもこいつを騙して仲良くならなきゃいけない。それが藤本さんからの『おつかい』なんだから。


「わざわざ、ありがとね」


 気づけば、神崎は別れの挨拶を始めようとしていた。え、と振り返ると、目を細めてほがらかな笑顔を浮かべている。


「お陰で明日は迷わないですみそう」と冗談交じりに言って、肩をすくめた。


 神崎のほうが、会話に余裕があるな。男として、情けない。俺はつい苦笑する。


「それじゃ。そろそろ、帰ろうかな」


 神崎は足元に視線を落とし、顔にかかった髪を耳にかけた。一挙一動に目がひかれる。動きも優雅だ。この魅力は……なんなんだ? こいつの父親は人身売買を斡旋している疑いがかけられている。少なくともこいつは金持ちのお嬢さまってことだ。そのせいなんだろうか。仕草一つ一つに女性らしさを感じるのは。


「また、明日……かな、藤本くん」


 言われてハッとする。まずい。本当にこのまま「さよなら」の流れになりそうだ。せっかく、二人きりになれたってのに……何も成果がないまま、別れるのか? これじゃ、「そういえば学校を案内してくれた人」になりなねない。何かいい印象を与えておかないと。次に繋がなきゃ意味無いんだ。

 何か言わなきゃ。気の利いたことを……と、俺は慌てて思考をめぐらせる。


「そういえば、ここ昔は墓地だったらしい!」

「……え?」


 なに言ってんだ、俺? 出てきた言葉に俺も驚いてぽかんとしてしまった。無論、神崎はあっけにとられて呆然としている。

 やっぱり、俺には向いてない。


***


 墓地? いきなり、何? 私は言葉がでず、じっと彼を見つめた。学校を案内してくれた、隣のクラスの藤本くん。出会ったときから、どこか変わってるな、とは思っていたけど……やっぱり、独特(・・)だ。だって、別れ際に墓地の話なんて、普通切り出さないもの。それも、言った本人である彼まで唖然として固まっている。頬がひきつっているのがよく分かる。


「墓地だったんだ?」と、私はなんとか相づちを搾り出した。私の笑顔もきっとひきつっている。墓地だった、といわれて……どう反応したらいいかも分からない。事実なら、騒ぎ立てるのも不謹慎だろうし。そもそも、学校が元墓地っていうのはあまりいい話ではない。


「ああ。墓地だったんだ」


 なぜか、彼はがっくりと頭を垂れてそうつぶやいた。諦めのような、落胆のような、そんな声色で。どうしたんだろう、と私が首をかしげていると、藤本くんは頭をかいて顔を上げる。


「悪い」ため息混じりに一言謝って、「慣れてないんだよな」

「え?」


 慣れてない? 何が? 学校案内だろうか。


「こういうの」藤本くんは不自然にも見える、ぎこちない笑顔を浮かべた。「普通に女子と話すの、あんまなくてさ」


 あ……ドキッと心臓が揺れた。思わず、「私も!」と声をあげていた。考えるよりも先に、言葉が飛び出していた。


「私も、そうなんだ。友達、つくるの苦手で……特に、男の子とは」


 そこまで言って、ハッとして言葉をきった。浮かべていた笑顔を消し、うつむく。

 今、何を言おうとしてたの? まさか、あのことを話そうとした? 自分の軽率さが恥ずかしくなる。せっかく、またやり直そうとしているのに、自らバラしたら元も子もないじゃない。何してるんだ。


「そうなのか?」という戸惑った彼の声がした。


 私は慌てて顔を上げ、できる限りの満面の笑みを顔にはりつけた。


「ごめん、もう帰るね」

「え?」


 突然の私の言葉に、彼はきょとんとしていた。申し訳なく思いつつも、勢いよく下駄箱へ走り出す。


「あ、おい。家まで送っていこうか?」


 家まで……? ダメ。咄嗟に足を止めて振り返った。


「大丈夫! 気にしないで。また明日ね」


 早口でそういいきって、私は踵を返す。彼の視線を背中に感じながらも早歩きで下駄箱へ向かう。

 一緒に帰るなんて絶対ダメ。二人きりで歩いたりなんかしたら、アレが起きる。『誰か』は黙ってはいない。初日にそんな危険は冒せない。それも、学校をわざわざ案内してくれた親切な人を……。

 下駄箱に新品の上履きを入れ、横目で彼が突っ立ているのを見ながら、下穿きに手を伸ばした。


「また……明日な!」


 ぎこちなく上擦った彼の返事が昇降口に響いた。 

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