裏の僕
今日の夢の中は暗闇だけど、自分の上からスポットライトが当てられていた。
まるで学芸会の始まりのナレーターのよう。
『最後の試練、お疲れさまでした』
俺の斜め右側から声がした。上からスポットライトが当てられた。その声は真星だった。
「何が?どれが?」
『僕の願いをかなえてくれてありがとう』
俺の斜め左側から声がした。上からスポットライトが当てられた。その声は僕だった。
「だから何が?」
三人はそれぞれ感覚を開けてパイプいすに座って話している。
あれから俺は矢吹とタイマン…ではなく対等に話しをし、俺が思っていることを伝えた。納得はしていなかったけど、言いたい事を言えたのですっきりした。瀬戸はどっちつかずだった。
結局あいつらも二人でいなければ何もできないのだ。一人かけたらきっと高倉のような立ち位置になっていただろう。誰かといることで安心する、誰かがいないと不安になる。彼らもそういう気持ちを持ち合わせていたのだ。そうだよな、同じ人間なんだもんな。
『じゃあそろそろ、ネタバレ、しよっか』
『うん。僕の望みもかなったわけだしね』
真星と僕という俺が俺の知らない話をしている。何のことだ?
『君にこの間いった僕が表で君が裏というのはね、君の存在が裏なんだよ』
はぁ? 意味わかんね。裏ってどういう…
『撫川くん。ってああそうか、二人ともそうだったね。裏の撫川くん。私がコインの裏表の話したの覚えてる?』
「もう、俺のことは美稔でいいよ。…ああしたな。それが何?」
『僕は君なんだって話もしたよね』
「あーしたした。だからなんだっていうんだよ」
『美稔くんは、存在しない存在なの』
は…? いや、俺ここにいるし。存在しない、え? こいつのほうが存在しないだろ?
『存在しているのは、僕の方。僕は僕がなりたかった僕を脳内に描いていた君』
ややこしい。なんだよそれ…
『美稔くんの存在は撫川くんが見ている夢、なの』
「………は?」
『僕は、高倉利人にいじめられて、耐えられなくなって屋上から飛び降りたんだ』
いや、まてまて、高倉? いじめられて、た?
『僕は願ったんだ。人に、優しい自分になれたらな。愛される人になれたらなって』
『結果的には愛されて、た? のかな』
まって、いやいや、おかしいだろ。こんなの。俺は屋上から飛び降りて奇跡的に助かって、今みんなと笑いあって…この俺の人生が存在しないもの、だって?
『混乱、するよね。無理ないよ。だって君は君の人生を生きているって思っているから。実際この世界は撫川くんの夢に過ぎないの。私がここにいるのが何より証拠』
真星は人の夢の中に侵入できる。…そういえば誰かに依頼されたっていってたな。
「つまり、お前、俺は表の俺の夢の登場人物だということ、なのか?」
『そそ、そういうことー。だから、実際に起きてないし、君の訴えもすべて空想の世界。現実ではない、撫川美稔の妄想の世界。貴方は小説の主人公にすぎなかったの』
真星が軽くいう。あんなに泣いてくれたのに、あんなに助けてくれたのに。あんなに訴えてくれたのに。あれも空想、妄想だというのか。現実ではないと。
『美稔くんが別人になってしまったのも、表の撫川くんだったから。裏の君を使っていたから』
俺はまだ混乱している。俺は俺じゃない俺だと何回か思っていた。それがこいつ、表の俺だというやつだったのか?
『でも、君のおかげで勇気がでたよ。そして真星さん。僕を助けてくれてありがとう』
『いえいえ~。友人のお願いならなんでもしますっ。ただ、時間かかっちゃったなー』
「は、どういうことだよ?」
『私、人の夢の中というか精神の中にい続ける経験まだあんまりなくて、今回たまたまうまくいって、これ戻ったあとちゃんと意識あるのかなーって』
「真星は、お前は、表の世界でもちゃんと存在、しているんだよな」
『大丈夫、存在してるよ! ただね』
「ただ、なんだよ…」
『美稔くんのそばにはいないと思う』
そういわれて俺は血の気がひいた
真星と離れ離れになる。そう思ったら、さらに視界が真っ暗になった。存在するのに、そばにいないってなんだよ。どうしてそうなるんだよ。
『裏の僕。僕を新しい人生として生きてくれてありがとう。僕、もう一回頑張ってみるよ』
「な、なんだよ最後の別れみたいな言い方…」
『裏の君としては最後になる。僕はまだ死んでいないから』
そういって表の俺は俺を抱きしめた。体が小さな粒子で光っている。足が手がだんだん消えていく。暗闇だった世界が朝焼けの色に変わっていく。目の前にいた表の俺はださい髪型で眼鏡ででも俺だった。紛れもなく、あの日の俺だった。
「最後にお前にいっておく。言いたいことはちゃんと伝えろ。誠意をみせろ。周りに流されるな。ちゃんと考えて…」
『うん。解ってる』
「あと、もう、しのうとするな。解ってくれる奴がいるから」
『真星さん…のこと?』
「……あいつのことは戻ったら探して会いに行けよ」
『うん』
ああ、もう体半分が消えかかっている。本当に突然なんだな。夢、なんだもんな。
「あと、由津里があっちにもいたら世話しろよ」
『ふふふ、いたらね。本当に、ありがとう。もう一人の自分』
「俺はただ自分のしたいことをしただけだ。あとはお前がどうするかだ。大丈夫。信じてくれる奴は必ずいる。俺はこうなっちまうけど、きっとお前の中にい続けると思う。みててやっからな」
『うん……』
そういって俺はただの光になった…。
『もう、大丈夫そう? 撫川くん』
僕は涙を吹いて真星さんを見る。
『はい。ありがとうございます。誰に頼まれたのか解らないですけど、僕は裏の僕の意志を引き継いで、また生きていきます。そして僕の望む世界を今度は僕が作ります』
『うん。わかった』
真星さんは僕の額にキスをして、消えていった。
光に包まれている感覚になり、僕はそのまま倒れ込んだ。
ありがう、もう一人の僕
ありがとう、真星さん。
僕は一度人生に幕を閉じてしまったけど、君たちのおかげでもう一度がんばろうって思えた。
もう一度、彼に立ち向かおうって思えた。
怯えることなんてない。僕の中に【俺】がいるから。彼がいるから僕は強くなれる。
そして信じられる人ができた。それだけで力になる。
僕はあの日、屋上から飛び降り、幸いにも落下したところに木が生い茂っており、
それがクッションになって九死に一生を得た。
長い長い夢はようやく終わった。
ここで第一章「終わりのはじまり」は終わります。
彼の長い長い夢の話でした。ここから現実の話に変わります。
第二章もお楽しみ。