誰かのために戦う
教室に戻ると、俺の机にはチョークとクレヨンのようなもので落書きがされていた。
【イキりみのるん】
【へたれ】
【人間の屑】
【最低人間】
誹謗中傷がちりばめられていた。でもそれは今まで俺がしてきたことそのままだったから傷つきはしなかった。言われて当たり前だからだ。俺は机に書かれている文字をそのままにし、席についた。クラスの奴らは俺を見るや否やこそこそと話している。気持ち悪い。はっきりしない空気が重い。このクラスには誰も俺の味方はいないのだ。
「おーい、みのるん。机汚れちまってるじゃーん」
矢吹と瀬戸が教室に戻ってきた。今度は何をしようとするんだ。
「綺麗にしてあげる」
瀬戸はポケットから生卵を取り出し、俺の机にべちゃっと割った。割れた卵を円を描くように塗りたくる。クレヨンのにおいと生卵のにおいがまじり、気持ち悪い。にしてもその卵どこから持ってきたんだ?
「なんかー鰹節に卵でお好みのるんだなー」
「ちょ、矢吹、やめろ、腹よじれるから」
がははははははと二人は爆笑していた。クラスの奴らは見ないふりをしていた。高倉はおどおどしながら俺を見ている。迫川は、じっと俺を見ている。真星はまだ戻ってきていない。
「なー、なんかいえよみのるん。こーんなことされて、俺は当たり前とかおもってんの?」
矢吹は前の席の机に座り、片足で俺の机を押す。
「…思っているよ。こんなことされて、楽しいって思ってた俺はバカだなって」
「はぁ?! 俺たちが馬鹿だっていってんのかよ?」
矢吹は逆切れして俺の机を蹴った。凄い音がしたので、クラスの女子が悲鳴を上げた。
「お前だって今まで高倉にしてきたじゃねーか! お前もバカなんだよ! 俺たちと一緒なんだよ!」
矢吹は俺の胸倉をつかみながら言う。俺は表情一つ変えず矢吹を見る。
ああこいつ、なんでこんなにキレてんだろう。何が楽しいんだろう、幸せって考えた事あんのかなー。
こいつらの望む世界って何なんだろう。
そう考えていたら、矢吹が俺の頬を拳で殴ってきていた。
「おい、矢吹、やりすぎだって」
瀬戸が止めに入ったが、矢吹は倒れた俺の腹を蹴り続けた。この感覚。この、痛さ、寂しさ、悲しさ、辛さ、俺は味わったことがあった。していた側だと思っていたけど、この感情たちは知っている。
なぁ、お前の感情なんだろ?
「くそ…。もっと泣けよ、キッショイ顔みせろよ。拡散してやっから」
矢吹は笑いながら俺にそういった。こいつらはきっと今までの俺だ。自分より劣っている人を見下すことで何か安心しようとしている。…保っている? 何を?
「ちょ、あんたたちやめなさいって!!」
真星、もう少し早く帰ってきてほしかったよ。でもそれは贅沢な願いだ。彼らの行動を止めに入ってくれただけで感謝しよう。俺はゲホゲホいいながら床に伏せていた。
「っち。瀬戸、行こうぜ」
「お、おう」
彼等は教室を出て行った。クラスのみんなは今の出来事が何もなかったかのようにもとに戻った。
「撫川くん、大丈夫? 口から血が出てる…」
「大丈夫大丈夫、こんなことでくたばってたら高倉に申し訳ない」
そういうと、真星が急に教壇に向かい、教卓をバンッと叩いた。一斉にクラスの奴らが真星を見る。
「あのさぁ、なんで助けないの? クラスメイトがこんなことになって、誰も何も思わないの?」
真星からでる最大音量の声でいう。
「だってー、ねぇ」
「しかたないんじゃない? ミイラ取りがミイラになるってやつ?」
あははははははと女子たちは笑う。何がおかしいんだ。
「何がおかしいの? 自分たちだって、もしかしたら撫川くんみたいにされる時がくるかもしれないって思わないの? 自分は大丈夫だって、目をつけられてないってどこにそんな保証があるの?」
たしかに真星の言う通りだ。いま俺はそれを身をもって知った。俺は大丈夫、なわけがないんだ。高倉がいるから自分は大丈夫だなんて、なんで安心ができるのだろう。高倉がもしあの時飛び降りてこのクラスからいなくなったら、次は? 誰でもなりうるんだよ【おしおきのおもちゃ】に
「友達がいるから? 自分はあいつより劣ってないから? それで自分を保つことの何が楽しいの? 楽しいって、幸せってもっと違うんじゃないの?」
バンバンバンバンっと真星は教卓をたたく。本気でクラスのやつらに訴えているんだ。真星。俺にはちゃんと届いてるぞ。でもクラスの奴らには響いていないみたいだった。なんで解ろうとしないんだ。
「真星、さん。私は、そう思いながら過ごしています。いつか私が痛い目にあうんじゃないかって。だからみんなそう思っています。撫川くんたちがいなければいいのにって」
そういってきたのは迫川だった。一番理解してくれたのは彼女だったのだ。
「…違う。そうじゃないんだよ、迫川、さん。そうじゃない」
真星は教卓に額をつけて、何か訴えている。
「強い、弱い、関係ない、私たちは同じ年齢で同じ学校で同じクラスにいる人間で…それでどうして争いを起こさないといけないの…仲良く、なれないの」
真星が泣いているように聞こえた。どうして、お前はそこまでしてくれるんだ。転校してきたばかりなのに。なんで、そこまでしてくれるんだ…。
「僕は、本当はみんなと仲良くなりたかった…です」
高倉は真星のそばに来てそういった。
「僕は、こんな奴だけど、撫川くんに、ひどいコトされたけど、でも撫川くんは変わってくれた。僕と真剣に向き合って、生きてほしいと言ってくれた。ひどい人だと決めつけていたのは僕の方だったのかもしれない。この人には逆らえないと、自分自身が決めつけていたのかもしれない」
俺は泣きそうになった。たくさん、ひどいことをしたのに。本当は俺なんていなくなればいいとか思っていただろうに。それなのに高倉は俺の気持ちを掬い取ってくれた。俺の想いがちゃんと伝わっていたことがとてもうれしい。俺は起き上がりながら涙をこぼした。
「俺も…決めつけていた。高倉をいじりがいのあるやつだと、どうしようもないやつだと、会話すらまともにしたことないのに、決めつけてた」
お互いがお互いを知りもせず、自分の欲のために接していた。俺は知ろうともしなかったのだ。高倉がどんな人間でどんなことを考えながら生きているのか。…それはほかの奴らもだ。
俺は教壇に立ち、クラスの奴らを見渡した。目線はこちらに向けられている。
「俺は本当にひどいコトをした。謝ってすむことじゃないって解ってる。だから、俺はみんなと仲良くなりたい。クラスのやつらと一緒に何かをやり遂げたり、一緒に笑いあいたい。それが俺の望む世界だから…」
今まで高倉にしてきたことが走馬灯のように思い出される。俺の悪事が浄化されていくようだ。
「高校生活は三年しかないもんね~」
「楽しく過ごしたいかもっみんな一緒に楽しいコトするってワクワクする」
女子たちがざわざわと話しをしはじめる。
「僕たちも怖がらなくていいんだ…みんな一緒なら」
「だなー」
男子たちも笑い声が漏れる。そう、俺はこの風景が見たかったんだ。
「真星、高倉。ありがとうな。こんな俺を受け入れてくれて。助けてくれて」
「ううん。僕は僕のしたいことをしただけ。撫川くんがしてくれたように」
「そうか。ならいいんだ」お前が笑ってくれるなら。
「撫川くんの望む世界。作れそうだね」
「ああ。あとはあの二人をどうにかしてやらなきゃだな。特に矢吹は」
俺たちはいつも何かと戦っている。
ただ息をするだけでは生きていけないのだ。
人間関係、上下関係、仲間意識、差別、信頼、友情、嫉妬、憎悪
いろんなものが混ざり合っているこのクラスで俺は生きている。
俺はみんなと仲良くなりたい。
いろんなことを成し遂げたい。
できるなら残りの時間で。いい思い出を作りたいんだ。