俺が望む世界のなかで
今日一日、会話できたのは真星とだけだった。他のやつらは俺を見るや否やこそこそと話しをする。矢吹と瀬戸はきっと次のターゲットを探しているのだろう。
彼らと出会ったきっかけは、一年の時だった。
時は一年前の入学したてのころに遡る。
俺はそのころまだ髪の毛が黒くて生真面目な少年だった。
「なぁなぁ君どこ中?」
「…春風中だけど」
「俺と~こいつ瀬戸は秋風中~。春風中ってお前だけ?」
「んー、みたいだな」
入学式が終わり、クラスのみんなが自分の席に着いたとき、まず俺に話しかけてきてくれたのが矢吹だった。中学のころからムードメーカーだったらしく、瀬戸とセットで行動することが多かったらしい。瀬戸もまんざらではないようだ。
「俺、撫川美稔。よろしく」
「ういー。俺、矢吹。で、こいつが瀬戸」
そうして俺たちは出会った。
矢吹は話してるだけで楽しかったし、瀬戸の冷静なツッコミを聞くのも楽しかった。俺はこいつらと仲良くなれて嬉しかった。いい友達に会えたと、自信をもっていえる。
ただ、あの時、この二人がそんなことを考えなければ。
「なぁみのるん。なんか楽しいコトやらね?」
夏休み、ファーストフード店でフライドポテトをシェアしながら俺たち三人はだべっていた。行くところもなく、毎回カラオケも飽きてきたところだったのだ。
「楽しいコトってなんだよ」
「高校生活でさーほら、髪も染めて、耳に穴開けたぐらいじゃ刺激になんねーじゃん?」
その時の矢吹は夏休み限定で髪を金髪にしていた。これが結構似合っていた。
瀬戸はグレイっぽいメッシュのはいった髪にしてて、なんかすごくかっこいいなと思った。その流れで俺は赤紫の髪にした。俺だけ黒髪なのはなんか違うなぁと思ったから。
「暇つぶしになるもの、ねぇ~。なぁこいつ誰?」
瀬戸は矢吹にスマホの画面を見せた。すると矢吹は急に噴き出して笑い出した
「えー誰だよ? しらねぇなー」
「なんだよ?」
「これ見てみ? うちのクラスにこんな奴いたっけ?」
矢吹はスマホの画面を俺に見せてくれた。そこには5月の一日研修で集合写真やレクリエーションで取った写真があった。その中で俺たちが知らないと思うほどの存在感がない奴がいた。
「ここに写ってんだから、いるんじゃね?」
「だーよなー。えー、誰だよ? うわっめちゃ気になるー」
矢吹は笑いながらバニラシェイクをズズズと飲む
「なぁ、こいつと絡むのよくない? 面白いコトになりそう」
瀬戸が提案してきた。存在感薄いやつをいじろうという【遊び】だ。
「いいねーめちゃ面白そー早く二学期はじまんねーかなー!」
これが高倉をおもちゃにする始まりだった。
最初は高倉にちょっかいをだしていただけだった。
ただ、彼の反応がキモくておどおどするところが笑えてきて、きっしょいなって、思って。
でも誰も見て見ぬふり、誰かにチクられたらどうしようとか考えていたけど、俺たちは二学期になっても髪の毛の色を変えずに登校してきたからクラスの奴らがビビッてしまい、逆らってはいけないという空気になってしまっていた。まぁ矢吹の場合はやりすぎなところもあって金髪がかった茶髪に変わってしまったが、それでもクラスの奴らは俺たち三人に逆らえなくなっていた。
それが高倉をさらに追い込んでいったのだ。
誰も止められない、誰も止めようとしない、俺たちの遊びにただただ傍観するだけ。
俺たちはおどおどしている高倉を見ているのが楽しかったのだ。
でも実際今になってわかる。
俺は矢吹と瀬戸の隣にいることで、自分を保っていたんだということ。彼らというカースト上位の人といることで俺は見下されないということをどこかで学んでいた。だから底辺の奴らを見下すことで自分を保っていた。そして今そいつらから俺は見放されている。底辺の奴らと変わらない扱いになるということだ。これは俺が望んだ世界ではないし、望んでいない世界だ。じゃ望んでいる世界にするために、は?
俺はどうすればいい? 差別のない世界にするために、俺は。
昼休憩
いつもなら矢吹と瀬戸が俺を誘ってくるが、今日からもそれもない。
それが悲しいとは思わない。寧ろよかったとさえ思う。だって彼を昼飯に誘えないから。
「高倉、飯、いっしょに食べないか?」
俺は高倉を誘ってみた。するとクラスの奴らがこそこそと何か話している。
「自分がそういう立場になったらそういう子に話かけるってどうなんー?」
「結局誰かと一緒じゃないとだめなタイプだったりしてー」
あははははと女子たちの会話が聞こえた。弁解の余地もない。ただ、俺は高倉と飯を食いたい理由は別にあった。
「な、撫川くん、何考えているんでか? 何が、したいんですか?」
そもそも彼は俺に対して敬語だ。まぁ恐れていたのもあるんだろうけど、同級生なのに敬語はなんか違和感ある。今の俺だから言えることなのかもしれないけど、俺は高倉と仲良くなってみたいんだ。
「あーもー何でもいいから、一緒にいくぞ」
俺は高倉の手首を握って教室を出て行った。俺が望む世界を否定するクラスの奴らのいる空間に耐えられなかった。否定ばかりしやがって。あることないこと妄想しやがって。
でも俺が今までしてきたことがそのまま返ってきているのだ。
文句は言えない。悪いコトをしてきたら、悪いことが自分に返ってくる。
徳を積めばいいことが自分に返ってる。なら、今からでもいい、徳を積もう。
「あ、あの撫川くん、ほんと、どうしちゃったんですか?」
「だーかーら、敬語やめようぜ、なんで同い年で敬語使わなきゃいけねんだ?」
「す、すみませ…あ、ごめん」
「いいよ。もう別に。俺さ、一回死にかけてるじゃん? それでさ、いろいろ考えたわけ」
俺たちは学食室につき、席に座った。この学校の学食室はショッピングモールにあるようなイートインコーナーで、パン屋と定食屋、購買屋(文房具など取り扱っている)がある。とても便利な場所だ。俺たちは開いてる席を探し高倉は自分が持ってきていた弁当を俺は購買でかった焼きそばパンを机に置いた。
「あの日のあれは、僕のせいじゃない…から」
「ああ、知ってる。お前が死のうとしたんだろ?」
「う、うん」
「でさ、あの高さから落ちたとき、いろいろ考えたんだ。俺、こんな人生の終わり方でよかったのだろうか、もっと何かできたんじゃないかって…」
これは俺じゃない、俺が思っている言葉ではない、これは…もしかして
「撫川、くん?」
「そうか、そういうことなのか…」
ずっと否定し続けてた。俺は俺じゃない。今のこの感情、行動は、俺じゃないんだ。
「…だから、高倉。俺がしてきたことは決して許されることではない。何回でも謝るし、もう二度としない。してくる奴がいたら全力で守るって誓う。だから…」
そう、俺じゃない俺が言ってほしかった言葉
「死のうとするな。お前には可能性がある。お前が望む世界を闇にした俺がお前と一緒に望む世界を作りたい」
俺は真剣な顔で高倉をみる。それに驚いて高倉も俺から目を離さなかった。
「なんか、プロポーズみたいに聞こえるんだけど」
真星が購買でかったうどん定食を机に置いて俺たちの前に座った。
「真星、んなわけないだろ。なんで男に」
「だって一緒に望む世界作りたいとかって将来ともにするって言わんばかりの言葉に聞こえたからさ~。あと、見つめ合っちゃってたし」
何故かふてくされているような顔で真星は割りばしを割った。おかげで斜めに割れたしまったようでまたふてくされた。
「ありがとう、撫川くん。…もちろん今までされたことは今でも憶えているし、許してないこともある。でも、うん。僕は今の撫川くんがいい」
高倉が少し笑ったように見えた。傷は深いけど、俺はその傷を少しずつ埋めていけたらなと思う。
「確かに、この撫川くんが、いいよねっ」
くすっと俺たちは笑った。そう、この空間が俺の望む世界…
そう思っていたら俺の頭の上に何かが落ちてきた。…粉?
「はーい、みーのるん。焼きそばパンたべるんだったら鰹節いるだろー?」
「…! や、矢吹!? なにすんだよ!!」
「なーにって、なぁ? 瀬戸」
「みてわかんない? 美稔」
そういわれている間もずっと鰹節が俺の頭上に降りかかる。ていうかどこからそんなもの持ってきたんだよ。学食室にいる生徒たちも騒めき始めている。
「…あー。そういうこと」
「ちょっとやめなよあんたたち。どうしたの? あんなに仲良かったのに」
真星は彼らの行動を止めに入ってくれた。真星やめろ。これは俺の問題だ。
「はぁ? みのるんがつまんねー奴になりさがって俺たち全然面白くねーんだよ」
「俺たちは別に仲良かったわけじゃないし、な、美稔?」
瀬戸は俺の顔を覗き込むように見てきた。ああ、これは【おしおき】の始まりだ。
「てなわけだから、今度はみのるんが俺たちを楽しませてくれよなっ」
といい終わったあと、残りの鰹節カスを袋をさかさまにしてすべて出し尽くして、どこかへ行った。
せき込むほどの粉まみれになった俺はそのままじっとしていた。
「な、撫川くん、大丈夫?」
高倉、お前はよく一年間も耐えたな。俺はもうこの状態で心が折れそうだ。いっそあいつらなんて消えてしまえばいいとかいなくなればいいとか思ってしまっている。高倉は、弱い奴じゃない。
「…大丈夫。こんなこと。俺がお前にしたことよりまし」
俺は頭についた鰹節を払いのけて少しせき込んだ。真星も一緒に払いのけてくれた。優しい手で。
「何、彼らもしかしてターゲットを撫川くんにしたってこと?」
「だろうな。一番俺のこと解ってるから、たぶんやりがいがあるんだと思う」
それなら俺にだって策はある。あいつらをどうにかしてやる方法。
「でも俺はあいつらの好きにはさせない。そうくるならこっちだってやりかえすさ」
高倉の前でおれは強がった。本当は違うけど、でもこれは罪なんだ。今までしてきたことへの。
「そうこなくっちゃね。私も手伝えることあったら助けるから!」
「ぼ、僕も何かできることがあれば、彼らをぎゃふんと言わせたい…」
高倉は両手に握りこぶしをつくり、気合いを入れた。
ぎゃふん、か。言わせられるようにまず俺は心を強く持たないとなと高倉の握りこぶしをみて思った。