モラトリアムの贖罪
「美稔が倒れたってホント!?」
保健室の扉を勢いよく開けて叫んだのは俺の彼女、由津里が汗だくでやってきた。
「もう、大丈夫だよ。ごめんな、ゆづりん。俺、思い出したよ」
迫川のおかげでな。今までやってきたことすべて思い出した。今の俺では到底考えつかないことをしてきた。正直忘れてていいようなことだったのだが、それでは高倉が報われない。俺の謝罪にも意味をなさない。
「み、美稔ぅ~」
由津里は俺に抱き着いてきた。ふくよかなアレが俺の顔に当たる。なんかいい匂いがするし柔らかい。
「おい、息できねぇだろ、わかったから離れろって」
「もういやなんだもん~~~ぐすん」
泣いているのか。俺、愛されてるな。
「えーと、私もいるんですけどー」
「真星ちゃんもありがとうね、美稔のこと助けてくれて」
「うーん。まだ終わってないんだけどね~」
「で、美稔。なんで屋上から飛び降りたのか思い出したの?」
「ああ。不慮の事故だ。俺は自殺なんてしてなかった。手が滑って落ちたんだ」
そう言葉に出すとなんか違和感を感じる。やっと謎がとけたのに心のどこかで引っ掛かりがあるような気分になる。まだ何か俺は知らない何があるのだろうか。
「そう、なんだ。でももうやっちゃだめだよ! 私がいるんだから!」
少し怒り顔で由津里はいう。あーもー、かわいすぎる。さすが俺の理想の彼女だ。
「そうよ、撫川くん。私もいるんだから」
「真星ちゃんははいなくても大丈夫だよ私がいるから」
「いやーそのーんーーーーーーーーー」
二人が俺を引っ張りあう。腕がちぎれるからやめてくれないかー。
「でもね、撫川くん。まだ終わってないからね。君の望む世界が本当にこれなのかまだ分からないんでしょ?」
まだそれを聞くのか。真星。何をそんなにこだわるのだろうか。俺が望んだ世界を君が知って何になるんだろう。……そういえば、夢のあいつ。まだ正体がわからない。すべて思い出しても違和感ある理由があいつ俺だという「僕」というやつを俺はまだわからないままだ。その辺は真星にしか話していないし、真星しか知らない情報だから、そこは頼っていこう。
今日は久しぶりにゆっくり床に就いた気がする。最近ずっと頭痛に悩まされていたから。
家族にも記憶が戻ったことを告げたら妹の優奈が抱き着いてきた。俺は抱き心地がいいのか?
「これで本当のおかえりだねっお兄ちゃん!」
「あ、ああ。そうだな。心配かけたな、優奈」
俺は久々に妹の頭を撫でた。いとしさがあふれる。なぜか泣きそうになった。
そんなこともあって今日はゆっくり寝れそうな気がした。
『で、僕のことは解らないままなんだね』
「俺がお前ってどうもしっくりこねぇんだよ。だって真逆すぎるだろ?」
俺はあの暗闇で僕と名乗る俺と対等に話せるようになっていた。俺がもし双子で生まれていたらこんな感覚なのだろうか。こいつなら俺の気持ちを理解してくれるようなそんな気分になる。
『そう、僕が望んだからね。で、どう? 楽しい?』
「上目線で言われるの腹立つな~。楽しいっていうか、うーんまだわかんねぇ。でも今まで俺が過ごしてきたことを思い出したけど、楽しかったというのはまた違うよな」
『そうなんだ。じゃどうすれば楽しいって思える?』
「そんなのみんなで笑って過ごすことだろ? 今までは矢吹と瀬戸でつるんで暇つぶしに遊んでいたけど、今は違うな。高倉とか迫川とかと楽しめたらなって思う」
頭を強打しただけでこんなに真逆の考えに果たしてなるのだろうか。痛めつけていた彼らと仲良くなりたいと思う自分がいる。俺は俺じゃないみたいだ。
『じゃあそうしてほしい。君が感じた事ややっていくことは覚えててほしい。これ僕からのお願い』
「なんでお前にお願いされなきゃいけねぇんだよ。ていうか、お前は一体何者なんだよ? いつも俺の夢の中に現れて、お前と俺は一緒だっていうし」
『世界には裏と表があるんだよ。君は裏で僕が表』
「それ、どういう意味…!」
はっとした時にはもう朝日がカーテンから差し込んできていた。
真星は現れなかったな。何だかんだでがっつり夢の中での「僕」だと名乗る奴と話せるようになった。本当に夢なのか? 夢と思って実は白昼夢なのではないか? 僕となのるあいつは本当はどこかで実在しているのではないか。でもあいつは俺だという。考えれば考えるほど解らない。ただ、あいつがヒントをくれた。
【君は裏で僕が表】
この間、真星も言っていた。裏と表があると。でもなぜ俺が裏なんだ?
俺の夢の中にしか現れないあいつこそ裏なんじゃないか?
俺の方が、夢、なのか?
足元がふらついたように感じた。世界がゆがむような。何かおかしい。まだ俺はおかしい。
学校について何やら目線を感じる。みんながこそこそと俺を見ながら話しているように思える。ん? なんだ?
「撫川ってあの人だよね…」
「そうそうこれのそれだよ」
「今更って感じだよね~」
ぼそぼそと俺の噂のような話が聞こえてくる。昨日の出来事が広まっているのか?
確かに俺は学年で知らない人はいない存在ではあったけど、そんなすぐに広まるものなのか?
「おーい、みのるん。つまんねぇみのるん。これみたかー?」
矢吹が俺に覆いかぶさるように後ろから抱き着いてきてスマホの画面を見せてきた。そこに映っているのは昨日俺が謝罪している姿が動画で取られていたものだった。それがSNSで拡散されていたのだ。
「お前人気だからさ、こんなことするからもう怖いもんなしだってみんながリプってたぞ」
「俺そんなに恐れられてたか? 自覚ないんだけど。そもそもこんなのSNSにあげるのもどうかとおもう」
「でもな、美稔。俺らはそれが楽しいんだよ」
瀬戸が横から現れて俺に言う。楽しい? これが?
「ライオンがシマウマと仲良くなるのって面白くね?」
ガハハハと矢吹と瀬戸は笑っていた。いや、何がおかしいんだ? 俺たちは動物じゃない。
「ま、そういうことだから。俺たち、もうつるむのやめるから」
矢吹が俺の肩をポンとたたく。
「は? 何言ってんだよ? 意味わかんねぇ。」
「それはこっちのセリフだわ。お前と暇つぶしのおしおきで俺たち楽しんでいたじゃん。それしないって拡散されたらもうつるんでても意味ねぇじゃん」
矢吹はにっこりと笑いながら俺に言う。
「美稔。正直いうけど、いまのお前といても楽しくないんだよ、俺たち」
俺は固まった。瀬戸はマジな顔でそういったから。なんだよ、お前たち、俺のことを…
「じゃーな」
矢吹と瀬戸は先に教室へと向かった。
そのあとから俺も教室へと向かった。それまでの道中、生徒たちがこそこそと俺を見ながら話している。さっき矢吹が言っていたSNSの話だろう。そんなに話題にすることか?
それとも、今までしてきた俺への罪なのか。みんなの目線を痛いほど浴びながら教室へとついた。扉を開けるとクラスのやつらは一斉に俺を見てそして目線を外した。
あ、俺避けられてるな。矢吹と瀬戸が何か含ませたんだろうな。そう確信した。
俺は静かに席につく。今までしてきたことの代償がこれなら納得しよう。
「おっはよー。なんか、空気重くない? この教室。どしたの?」
真星は相変わらずいい意味で空気読めないテンションで俺に話しかけてきた。それだけで俺はほっとした。
「まぁ、なんだ。俺のしてきたことの代償?」
「ふーん。で、撫川くんはどうすんの?」
「どうもしない。…望む世界ではないけどな」
「それじゃダメじゃん。君の願いでしょ?」
「どうせ俺は裏なんだよ。そう、俺は裏なんだ…」
妙に納得した。あいつが表で俺は裏。
「でもさ、それで一つでしょ?」
真星はニコリと笑いながら俺に言う。裏も表も関係ないということなのだろうか。
「俺はただ、クラスの奴らみんなと笑いあえる関係を望んでいたんだけどな」
「それは理想だね。そう、か。撫川くんの望む世界はそれなんだね」
そういわれてぼやけていた視界がはっきりしたような感覚になった。そう、俺は強者と弱者のいない世界がほしかった。みんな平等に差別のない世界を望んでいた。
「ああ。それに、夢の中のあいつの願いでもあるからな」
「そう…うん。じゃあこの状況は君の最後の試練ってやつかもしれないね」
「最後の試練? どういうことだ?」
「君にとって大切なもの、君にとって譲れないもの、そういうものを手に入れることができたら、どうして今君がそういう状態なのかがわかるよ。そして私の事も…」
真星が真剣な顔で俺に伝えようとしていたら、本鈴がなってしまった。
俺にとって大切なもの…
俺にとって譲れないもの…
そして真星千紗という存在…
夢の中の僕と名乗る俺…
そして真星がいった【最後の試練】
この状態をどうにかしないといけないということだけは解った。
親友をなくし、クラスからも避けられている今、俺にできることは。
今までのことを思い出しながら、俺は俺にできることを考えた。