記憶の彼方に
「ねぇ、撫川くん。学校案内してよ」
ホームルームが終わるや否や、真星は俺に笑顔で言ってきた。こういう場合は女子同士がいいんじゃないか?
「俺じゃなくても、いいだろ。別に。なぁーお前らー真星に学校案内してやってくれよー」
俺はクラスの女子に声を掛けた。すると数人、クラスを仕切っているであろう女子たちが真星に案内するよと言ってきた。
「ありがとう。でも撫川くんと話しながら回りたい。女子トイレの場所とか更衣室とか、教えてくれると助かるなっ」
真星は満面の笑みで返した。女子たちは全然いいよーって同じ笑顔で言葉を返した。女子ってすげぇ。
「というわけだから、放課後、よろしくねっもちろん撫川くんと二人でね」
頬杖を突きながらニコリと笑う。よく笑う人だ。なんか調子が狂う。
放課後
「さて、どこ案内してもらおっかな~」
俺と真星は校内を目的なく歩いていた。部活動の音が聞こえる。なぜだろう少し寂しい気持ちになる。切なくなる。俺はこんな性格だっただろうか。
「ねぇ、この間のこと、覚えてるよね?」
真星は俺の顔を覗き込むように話してきた。少しドキリとした。
「この間って、まさか、夢の話か?」
「そそ。覚えてくれてたんだ~。私も成長したもんだな」
「なに、お前そういうのできるやつなのか?」
いかにも信じがたいことなのだが、彼女は人の夢の中に侵入できる力があるらしい。たしか神社の跡取りで引っ越してきたとか言ってた…その類なのだろうか?
「ある人から依頼受けてね、少し入り込ませてもらったよ~いやぁうまくいくとは思ってなかったけど」
「で、お前、何がしたいんだ? そんな変な力を使って俺の夢の中に侵入して俺に近づいてきて、何がしたい?」
「んー。何がしたいっていうか、君が君に戻る手伝い? 今はうまく言えない」
「…そうか」
「ねぇねぇ屋上、行ってみない? 何か思い出すかもよ?」
「…まぁ、気は進まないけどそうだな、何か思い出すかもしれないな」
俺たちは屋上へと向かった。扉を開けると夕日が差し込んでまぶしい。この感覚はどこかで味わった気がする。まぶしい中に入っていったような、その先は…。
「この柵を乗り越えた、んだっけ? 勇気いる行動だね」
屋上の柵は二メートル近くあるから生徒たちが超えようとするのは少し難しい。そんなところで俺はこれを乗り越えてそこから落ちたのだ。意味が解らない。その行動が謎すぎる。
「思い出そうとすると、頭痛する?」
真星は俺の頭をなでる。少し恥ずかしい。
「ああ、今朝もダチと話してて思い出しそうになったら頭痛くなった…そう、高倉に会ったとき、あいつなら何か知っている気がするんだ」
「…高倉くん? あー、あの子。うーん。そうかもしれないね」
「お前何か知ってるのか? てか、なんで色々知ってるんだよ」
「私、超能力者だから~なーんつて」
笑いながらおちゃらけていた。こっちは真剣なんだが。
「だから、君が違和感を感じていることも解ってるよ。私はそのために君に会いに来たんだから」
「俺の、ため? …何がなんだかわかんねぇけど。お前は何か知ってるんだな」
「うん。でも君自身で見つけてほしい。この世界が君の望む世界だと思えるのか」
真星の髪が夕日に照らされて綺麗になびく。凄く儚い。今にも消えてしまいそう。あの夢のようにスッと消えていきそうな、そんな雰囲気。だからなのか俺は彼女の手首をいつの間にか握りしめていた。
「なぁ、真星。俺がどうしてここから飛び降りたのか、俺は一体何をしたのか、一緒に考えてくれないか? 転校したてのお前にいうのも違うかもしれないけど、でも…」
俺は変に確信していた。彼女は俺の考えにヒントを与えてくれているのではと、思った。
「…うん。いいよ。そのために私、ここにいるから」
真星は俺が握りしめている手にそっと手を置いた。暖かい。全身が、暖かい。
「さーて、そろそろ帰ろっか」
夕日もだいぶ沈み空が暗くなっていた。
『……は、………だから!』
またあの暗闇だ。溺れかけている声がまたどこからともなくする。耳を澄ませる。こいつは何を俺に伝えたいんだ?
「もっと大きい声でいってくれないか?」
『…倉くん、……だから、僕は……』
たか、倉のことか?
「高倉に何かされたのか? お前、俺のクラスのやつか?」
『じゃない……僕は、僕は……君……!』
突然立ちくらみがした。世界がゆがんだような大きな地震が起きたような感覚。何が、起きてるんだ?
「なぁ! 真星! いるんだろ?! 返事しろ!」
『よくわかったね。私がいるって』
「声の奴、高倉に何かされたみたいなんだけど、聞き取れるか?」
『んー。何かされたかは君がよく知ってるでしょ?』
何言ってんだ? 俺は逆に高倉をいじめていた、おもちゃにしていたんだぞ? 自覚はないけど。
「真星。俺はあの溺れかかっている奴を助けてやりたい。なんでかわかんねぇけど。最初聞いた時から救いたいって助けてやりたいって思ったんだ」
『ふふふ。いい心がけだね。手伝うよ。とにかく、その彼の声に耳をすませて、彼が伝えたいことを聞き逃さないように』
真星はまた俺の頬に手を当てて額にキスをした。これは何かの儀式なのか、不覚にもたまドキリとしてしまった。
気付いたら朝だった。退院してからずっと同じ夢をみる。そして真星が現れて溺れかかっている男の人がいる。これは本当に夢、なのか? 真星が妙にリアルすぎて、夢と現実が解らなくなってきている。俺は自分の頬をバシッと叩いた。うん、痛い。今は現実の俺だ。
とにかく高倉に話をしよう。彼は何か知ってるかもしれない。もし俺が以前彼をいじめていたなら謝ろう。許してくれるかわからないけど。
「あの…」
俺は下駄箱で履き替えていると、クラスの女子が話しかけてきた。
そいつは昨日俺が久々の登校でクラスのみんなが騒いでいた中で唯一無反応だった、迫川だ。目が前髪で隠れていて、眼鏡をかけている要は陰キャだ。こいつが俺に何の用なんだろう。
「何?」
「あ、あの、なんで高倉くん、をやめたの?」
「は?」
何言ってんだ? こいつ。高倉をやめた? どうゆうことだ。
「もう、あたらしいおもちゃを見つけたの?」
彼女は震えていた。新しいおもちゃ。俺はそんな風に高倉を扱っていた、ということなのか?
「すまん、頭を強打したせいで俺あれ以前の記憶がないんだわ。高倉は覚えているけど、高倉にしてきたことは全然覚えてない」
迫川は驚いた顔をしたあと、俺をにらみつけてきた。
「…あんな、ひどいことたくさん、したのに? あんなに、あんなこと、したのに?」
彼女の目にたくさんの涙が溜まる。
「俺、そんなひどいことしたのかよ。なぁ、なんか知ってるんだったら教えてくれよ!」
俺は迫川の両肩を両手で握りしめて彼女を前後に揺らした。
「神様は卑怯だ……なんで、こんな。なんで。撫川くんがいなくなればよかったのに…!」
彼女は凄い形相で涙をちりばめて教室へと走っていった。
…痛い。頭が、心が、体が。脈が速くなる。息苦しくなる。
【撫川くんがいなくなればよかったのに】
俺はその言葉を知っている。俺は愛されている人じゃないのか?
いらないなんて思われること、ないとおもってた。人望だってあると思っていた。
クラスのみんなとも仲がいいし親友だって二人もいる。家族にも愛されている。
それなのに、俺は。俺は。
「おっはよー!…ってどしたの? 顔真っ白だよ? あ、また頭痛?」
「…真星、おはよう。お前はいつも元気だな」
「それしか取り柄がないの。にしても何かあった?」
「迫川が、俺に…俺がいなくなればよかったって…」
自分で言葉にした途端、涙がドバドバと出てきた。なんだ、何が起きてるんだ俺の中で。
「よしよし。ひどいコト、言われたんだね。人は他人の傷には無頓着だけど、自分の傷には敏感だから。相手にも同じ傷がある。撫川くんにも、ある。どんなに愛されてても」
真星は俺の頭を撫でた。それだけで頭痛が治まる。こいつ、魔法使いか何かか。
「迫川さん、ねぇ~。何か接点あったのかは覚えてないの?」
俺たちは教室に向かう道中に迫川がどうして俺にそんなことを言ってきたのか考えていた。
「特に、でも俺の中で高倉と同等とは思っていた。こいつら同類だなーって。でも迫川は女だし何もしてないと思うんだけど」
「とにかく、高倉くんがキーパーソンなのは確かね。彼女も高倉くんの話を持ち出しているってことは」
「ああ、今日こそは高倉に話をしようと思っている」
「うん」
話が落ち着いたところで教室にたどり着いた。
「おーい、みのるん。早速転校生と一緒に登校かーヤケるねー」
矢吹が茶化してきた。瀬戸はにやにやしながら頬杖をしている。
「そんなんじゃないって。たまたまだよ」
「彼女いんのにそんなことやっちゃってさー」
「は?」
「…は? みのるんまさか忘れてる? 彼女のこと」
俺に彼女がいたなんて初耳だ。え、俺の記憶どこまで消えてるんだ?
「なぁみのる。お前、頭強く打ち過ぎて記憶ぶっとんでるんじゃないか?」
瀬戸がそう聞いてきて正直ドキリとした。あの日の事だけならなんとかごまかせるがそれ以外は記憶が欠落していることにおけばなんとかごまかしがきくだろう。
「かもしんねー。なんかいまいち思い出せないこと多いし。で、その彼女って誰?」
「違うクラスの奴。今は学校休んでる。みのるんがあんなことになって相当ショックだったらしいよ」
そりゃそうか。彼氏が意味もなく屋上から飛び降りたんだもんな。突然好きな奴がそんなことになったら、ショック、だよな。だから尚更俺がその行動をしたのかが解らない。好意を寄せてくれる人がいたのに、この世にいて当たり前なのに。なぜ俺は。
昼休み
俺は今日こそ高倉に話をしようと声を掛けた。
「なぁ、高倉。折り入って話があるんだけど」
「…! き、今日は何を買って来たら、いい…」
いや、パシリにするつもりはないんだが、俺はそんなことを彼にさせていたのか。そういえば矢吹と瀬戸とのライングループでそんな内容があったな。それか。
「ちげぇよ。パシリはさせねぇ。ていうか、俺さ頭を強打している原因で記憶ねぇんだよ。もし高倉に何かひどいことしてたんだったら謝る。ごめん」
謝罪をすると、高倉は驚いて椅子から転げ落ちた。
「だ、大丈夫か?」
「……あなた、だれですか? 本当に、撫川くん、ですか?」
高倉君は震えている。
「いやどう見ても、撫川美稔だろ?」
「僕の知る、撫川美稔は、もっと暴君で楽しむことなら躊躇わない誰も逆らえないなんでも持っている人、僕を【おもちゃ】として扱う人、だったじゃないですか…」
言われた言葉が俺の中にあてはまらない。つまり、それは俺じゃない。でも彼は俺がしてきたことを話している。それは、俺じゃない。なんだこれ、俺なのに、俺じゃない?
「き、きみは、とてもひどい人間、だった。僕がされたことも忘れて、友達と笑っている。僕は今までされてきたことを忘れていないのに…」
高倉は一筋の涙を流した。今まで俺に対して思っていたことをきっと勇気を振り絞って言葉にしている。…俺はその感情を、知っている。俺は、高倉に同情している。していた側なのに。
「ごめん…ごめんな」
俺は彼の前で膝をついた。凄く謝りたい気持ちでいっぱいになった。教室にいたみんながざわつく。そうだろうな、高倉が言っていた通りの撫川美稔ならこんなことしないだろう。でも今の俺はこいつに高倉に謝りたい気持ちでいっぱいなんだ。何をしたかは知らないしなんでやってもないのに謝らないといけないんだろうって気持ちにはなるけど。でも、俺がそうしたいんだ。
「おいおい、みのるん、どうしちまったんだよ?」
矢吹が俺のところにきて、土下座の体制をやめさせようとしている。やめてくれ。俺はこうするしかないんだ。
「こんなんで許されるとは思わないけど、もう高倉には何もしない」
俺は頭を下げたままいう。クラスの奴らのざわめきは収まらない。スマホで写真を撮る音も聞こえた。いい。思う存分取ればいい。これで高倉が苦しまないんだったら。
「…わかった」
高倉は納得してくれた。俺は頭を上げて彼の顔をみた。どんな感情なんだろう。悔しいか? 嬉しいか? 解放されたか? 俺のこの一言でお前が安心してくれるなら本望だ。
「なんかつまんねー奴になっちまったなーみのるん」
「頭強く打ったせいでこんなにも変わるもんかな?」
矢吹と瀬戸は話す。今の俺はこれなんだ。お前らの知っている俺はあの時、たぶん死んだんだ。
死んだ、のか。
俺は生まれ変わった、のか。新しい自分になるために。
望む世界に。俺は、そうか、俺は、そのために屋上へと向かったんだ。
でもそれが理由ではない気がする。でもそう思ってしまう。
立ち上がろうとすると、立ちくらみがし、意識が遠のき俺はその場で倒れた。