やり直せるなら
僕には羽根なんてなかった。
そのままどこか遠くへ飛んでいきたかった。でも僕の体は重力に負けてそのまま下へと落ちていった。
気がつくとそこは暗かった。
やっと、あの世界から解放されたんだとほっとした。誰もいない、光もない僕だけ1人の世界。少し寂しいけど人から笑われるよりたしだと思った。
さて、僕はこれからどうしたらいいんだろう。ここはどこなんだろう。僕は、死んだの?
『貴方はいま狭間にいます』
どこからか声が聞こえてきた。
「誰…?」
『この狭間から出るには二つの選択肢あります。戻れない世界と君が望む世界。』
その声と同時に僕の目の前に大きな扉が出現した。まるでRPGの世界みたいだ。
『右が戻れない世界、左が君が望む世界。どちらかを選んでください』
息を飲む。僕は前と同じ世界は嫌だ。僕がなりたかった僕になりたい。人に優しく、人に愛されて、人を愛して、幸せになりたかった。叶うとすれば…。
『貴方が選んだ扉を開ければ、もう後には戻れません。ふりかえらないで、真っ直ぐ進んでください』
これはもしかしたら、チャンスを与えられているのだろうか? もしくは哀れみからのエゴなのか。
僕は左の扉を開けた。一気に光が入り込み、とても眩しい。目がやられる。でも進まないと。
そう、これは僕が選んだ道なのだから。
***
目を開けるとそこは病院のベットの上だった。
横には妹の優奈と母親がいた。二人は驚いた顔でナースコールを押した。涙を流しながら俺の名前を連呼する。やめろよ、なんか照れるだろう?
俺は酸素マスクをつけられていたせいでうまく話せなかった。けど、二人が凄く喜んでいたので小さな声で「ありがとう」と伝えた。
先生がやってきて、俺の状態を診てくれた。頭には包帯がぐるぐる巻きにされており、腰や足が重い感覚だ。起き上がろうとおもっても痛くて力が入らない。なんでこんな体になったのだろう。
数日がたち、俺も松葉づえをつきながら歩けるようになった。その間、クラスのダチや担任の先生が見舞いに来てくれた。みんな心配そうな顔だった。俺はどうしてこんな状態になったのか、学校の奴らに聞いた。どうやら俺は学校の屋上から落下したらしい。幸い、落下した下に木があり、それがクッションとなって九死に一生を得たみたいだ。発見が遅かったらこの世にいなかったかもしれないとまで言われた。
家に帰ると何故か違和感を感じた。俺の部屋はこんなだったか? モノトーンでものも少ない。なんか他人の部屋にいるみたいだ。
妹と母親と話していたときにも少し違和感を感じた。言っている内容を覚えていない箇所があった。診断のときに先生にきいたところ、頭を強打している原因で記憶の欠落があるのかもしれないと言われた。それ以外は特に脳に障害はないと先生も俺の生命力に驚いていた。
記憶の欠落。俺はなぜ屋上へいき柵を超えて下へと落ちてしまったのか。
ダメだ、思い出せない。あの日何が遭ったのかすら覚えていない。思い出そうとすると頭痛がする。まるで思い出すなと言わんばかりに。
そうだ、その日誰かと連絡を取っていたかもしれない、何かあって、突き落とされた、もしくは脅されていた、可能性がある。俺はスマホをとり、ラインアプリを開いた。
【おしおき同盟】というグループラインを見つけた。開いてみるとこうかいてあった
「今日は高倉に何してもらう?」
「なにすっぺ~」
「今日も焼きそばパンかえんかったら、あいつほんまクズだよな」
「みのるん、何か面白いこと考えとけよ~」
「まかせとけ」
グットサインのスタンプがその後押して終わっていた。
俺は、高倉をいじめていたのか? でもなんで俺が飛び降りるマネなんかしてんだ?
わかんねぇ。何が起きてんのか、頭が痛い。俺に一体何が起きたんだ?
俺は頭痛のせいでそのまま寝てしまった。
暗闇で声がする。
『…けて、僕は、…だったら……』
聞こえない。何を言っているのか。全く。でも、俺はこいつを救いたいと思った。
『……のは………だと………なん……!!』
まるで溺れているように途切れ途切れに言葉が聞こえる。
耳を澄ましていないと全てが聞き取れない。誰なんだ、お前は。
『なるほど、これが君の望んだ世界なんだね』
今度は女の人の声が聞こえた。今度ははっきりと。後ろから。
「誰だよ、お前」
そこには俺と同じ学校の制服をきた可愛らしい女性がいた。髪は栗色でさらさらのロング。メイクもそれなりだ。きっと俺のクラスにいたらモテるだろう。いや、そういうのはどうでもいい。君は一体誰なんだ?
『あの声は君自身、多分覚えていないと思うけど、今の君はあの君が望んだ姿』
何を言い出しているんだ? あ、分かった。コレは夢だ。俺の夢の中だ。
『そうだよ。コレは夢。君がみている夢。目を覚まさないと前に進めない。夢』
彼女はにっこりと笑いながら僕の両頬に手を当ててきた。なんだ、何をする気だ? 俺は少しドキドキしている。
「な、なにいってんのかわかんねーよ。俺は俺だろ。さっきの声だって、俺は喋ってない」
『じゃあ君はなぜ屋上から飛び降り自殺なんてしたの?』
な、なんで知ってるんだ? こいつ、本当に何者なんだ??
『少しいじめすぎたかな? 目を覚まして、朝を迎えて学校にいけば分かるわ』
そういって彼女は僕の額に小さなキスをして消えていった。さっきの溺れかかっている声も聞こえない。俺は暗闇に1人になった。嫌だ。怖い。…こわい!
スマホからメロディが流れる。目覚ましのアラームだ。
「…やっぱ夢か。変な夢」
俺は凄い汗をかいていた。真冬の2月だというのに、汗だくになっていた。にしても夢の中であった女の人はとてもリアルに感じた。俺は額に手を当てる。…キスされたんだよな。思い出して赤面する。俺はこんなキャラだっただろうか。
ずっと違和感を持ちつつ俺は学校へ向かった。何か変わったような気がするし何も変わらない気もする。ただ、謎だけが俺の心と頭を支配する。この事件なのか事故なのかわからない、俺の行動をとりあえずすっきりさせたい。教室についたらまず高倉に話をしよう。もしかしたらお前が俺を突き飛ばしたのかもしれない。
「みーのるん! うっすー! やーっと日常に戻ったな!」
こいつは俺のダチ、矢吹。ノリのいい友人の一人だ。
「矢吹さぁずっとつまんねーつまんねーいってたぞ、みのる」
こいつも俺のダチ、瀬戸。遠巻きに周りを観察しながら楽しんでいる友人の一人だ。
俺たちは高校一年の時にクラスが一緒でその時からの仲だ。何をするにも三人で行動を共にした。俺が面白いコトをしたいときはゲラゲラ笑い、悲しいことがあったらお互い励ましあった。俺の自慢の友人だ。
「つかさぁ、もうあんな危ない真「似すんなよ? 俺、ほんとまぢで落ち込んだんだからな」
「俺も。あの時止めておけばよかったと、今更後悔しているよ」
「…俺さ、あの日の記憶がすっぽりないんだよ。俺、何かしたのか?」
「なんかあったっていうかー、高倉におしおきするんだーってなって…」
「みのるが一人で考えるから俺らはいいって言いだしたんだよな」
全く覚えていない。あの飛び降りたであろう日の全部、記憶にない。
「で、放課後になってもみのる帰ってこないから帰ろうとしたら救急車来てて」
「先生たちが、俺たちに聞いてきたんだよな? 撫川に何があったんだ?って」
話を聞いていくうちに頭痛がひどくなる。話が脳内に入ってきてだんだん部分的な映像が浮かぶ。俺は一体何を…。
「…!!」
ガタンと音がして俺はそちらを向いた。高倉がいた。
「……俺じゃない」
高倉は走って逃げていった。俺じゃない? お前が、俺を突き落としたのか?
「高倉は、かかわっている、んだよな?」
「多少はな。俺たちのおもちゃだったから。でももうやめたよ。お前がこんなことになって先生たちにいろいろ聞かれて、もうめんどーってなって。まぁみのるんがいなきゃ面白いもなにもないんだけどさ」
「それな」
矢吹と瀬戸は顔を合わせながら笑っていた。俺には面白いともなんとも思わない。
高倉をおもちゃとして扱っていたという感覚が実はないのだ。彼をもてあそんで楽しんでいたという気持ちがどこにも見当たらない。俺は本当にそんなことをしていたのか?
おかしい。俺が俺じゃない感覚がさらに増している気がする。
【なるほど、これが君の望んだ世界なんだね】
夢の中に出てきた女の子が言っていた言葉が急に思い出された。
俺の望んだ世界? どういう、ことなんだ? 頭痛はさらに増していった。
久々の学校。教室に入ればクラスのみんなが俺の心配をしに、駆け寄ってきた。
「撫川くん、大丈夫?」
「いやまぢいなくなっちゃうのかとおもったよー」
「お前がいないとクラス楽しくねぇーんだよ。いなくなるとかなしだかんな!」
少し涙目の男子生徒もいれば大泣きの女子生徒もいた。俺ってこんなに好かれていたのか…。
「大丈夫大丈夫! 今は頭痛がするだけで、これ、体ピンピン」
変なポーズをとり、みんなを爆笑させた。みんな嬉しそうだ。…ただ一人を除いては。
「はーい、お前らー席につけー。って撫川、お前ほんと大丈夫か?」
「ういー。大丈夫っすー!」
さっきみんなを爆笑させたポーズを先生に見せた。安心したような顔をしていた。
「なら、いい。そう、今日はお前らに朗報だ。うちのクラスの新しい仲間を紹介する」
先生が扉の方を向き、手招きをする。
…え。う、そ、だろ??
先生が転校生の名前を黒板に書き始める。その子はクラス全体を見渡し、最後に俺と目が合った。そしてニコリと笑いかけた。こいつ、俺を知っている。
「えーっと、真星千紗さんだ。真星、何か一言」
「初めまして。真星千紗です。この近くの神社の跡取りとして引っ越してきました。どうぞよろしくお願いします」
男子たちのウオオオという雄たけびと、女子たちのかわいいという声が響き渡る中、俺は何も言えなかった。だってその子は俺の夢に出てきた、栗色のロングヘアーの美少女と同一人物だったからだ。
「じゃー、席は、撫川の隣が開いてるよな?」
「お、おお」
先生、俺の横は確かに開いているけど、こいつじゃなくてもいいだろう。
真星は俺の横の席に着くや否や超絶かわいい笑顔で見てきた。
「撫川、みのるくん? 今日からよろしくねっ」
彼女こと真星千紗との出会いで俺の人生はいっぺんする。
なぜ俺は飛び降りてしまったのか、なぜ彼女は俺の夢に出てきたのか、
彼女は一体何者で、俺は一体何をしでかしたのか。
そして彼女との出会いは偶然ではなく、必然だったと、のちに知ることになる。