相棒と呼ぶにはまだ早いー2
あの時の「僕」は願っていた。
友達と一緒に笑って過ごすことを。そんなこともうないと思っていた。
俺をいとも簡単に「友達」になってくれると承諾してくれる人がいるなんてまるで夢を見ているみたいだ。それぐらい、「僕」にとっては貴重なことだった。
今日もクラスのみんなが俺を無視している。いるようないないような存在。
もう慣れた。むしろ、その方がいい、いちいちビビることもない。高倉もあれから何もしてこない。この状態でいつか俺が学校にこなくなるとでも思ったのだろうか。また屋上に向かうとでも思っているのだろうか。
ううん。俺はもうそんなことをしない。俺のことを見てくれる人がいる、
ちゃんと理解してくれる人がいる。
真星。
お前は今どこにいるんだ?
俺はいま、あの世界の俺になってちゃんと学校に行っているよ
高倉にも反撃…というよりは立ち向かっているよ、あの世界の高倉を知っている俺だから、大丈夫。
ただ、お前の笑顔がもう一度みたいなと、時々思う。なぁどこにいるんだよ?
「みのるんさぁ~なんでこのクラスにいんの? お前の存在みんなきづいてねぇのわかんねーの?」
久々に俺に口を開いた。相変わらずの上目線。俺は仕返しも兼ねて応えないことにした。
「お前はいらないんだよ、どんなにイメチェンしたって、誰かが気をひいてくれると思ってんの? 強がったから前みたいじゃないから人生リセットできたつもりなの? は、そりゃ傑作」
高倉は俺が座っている席の前に来て机に両手をついている。
俺はいらない存在なのではないか? なぜ存在していない奴に声かけてるんだ?
俺はずっと無言でいた。
「なぁ、なんとかいえよ」
高倉は俺の髪の毛を掴んで上に引っ張った。…ああ、あの時のことがフラッシュバックする。ぐらぐらさせるから気持ち悪くなる。でも俺は強くなった。強くなった、はずなんだ。
ガンッと高倉は俺の頭を机にたたきつけた。額が痛い。
「お前なんか、死ねばいいのに」
高倉は俺の耳元で囁いた。一度死のうとした人に対して、また死ねばといえる彼の神経を疑った。この間宍粟がいっていた彼には何かあるんじゃないのかなんて、考えられない。彼は彼以外の人間を人間だと思っていないんだ。ただ、ターゲットが俺なんだ。なぜか解らないけど、俺になってしまった。要は貧乏くじを引いているんだ、俺は。だんだん目頭が熱くなる。ここで泣いてしまったら高倉の思うつぼだ。それだけは避けたい。何のために強くなろうと決めたんだ? 何のために。
…生きていくためだ。
俺は確かに一回死んだんだ。死んで今の新しい俺になった。
正直、今の俺が気に入っている。「僕」のときより、自分を好きになれそうな気がしている。
真星に会いたいと思う自分、宍粟と友達になりたいと思う自分、家族との時間を大切にしたいと思う自分。「僕」の時には感じなかった自分の気持ちが持てるようになった。そんな自分が今、好きなんだ。
「…ふ」
「は? なにがおかしいんだよ」
俺の髪の毛を掴んでいる高倉の手首を強く握りしめた。
「お前が俺を殺したくせに」
ニヤリと俺は頭を上げた。高倉は少しびくついていた。
「お前が、「僕」をめちゃくちゃにして、「僕」を殺したくせに」
これでもかというぐらいにらんだ。お前のしたことは想像以上のことをしたんだと、思い知らせるために。もう二度と取り戻せないことをしたことを思い知らせるために。
「はぁ? お前が勝手に飛び降りたんだろ? 俺のせいじゃねーよ、責任転換も甚だしいっつの!」
「宍粟が学校にこないのもお前のせいだ」
「…!? なんでそこで宍粟がでてくるんだよ? いみわかんねぇよ、つか、いてぇよ!!」
「このクラスが狂っているのもお前のせいだ」
高倉の手から力が抜けていく感じがした。クラスのやつらがひそひそと声がし始める。
「お、俺のせいじゃねーよ! こいつらが勝手にお前を無視し始めたんだろ?!」
「そうやってみんながお前の命令に逆らえないようにしたのもお前のせいだ」
俺は立ち上がり、高倉の手首を握っている。こいつの脈が止まればいいのにと願いながら。
「なんだよ、俺のせい俺のせいって、こいつら俺のせいで何かなってんのかよ?!」
ふりほどこうとするが、俺は離さなかった。こいつには逃げてほしくないから。
「なってんだろ、わかんねーのかよ」
高倉から威厳がなくなっていた。寧ろ怯えている。
「【僕】の人生めちゃくちゃになったの、お前のせいだから、俺として戻ってきてんだよ」
「はぁ?」
「気づいてない? お前が今までしてきたこと、その責任が全部自分にきていること、気付いてないの? なら、いってやろうか、このクラスの奴らに、それとも親に」
それを言ったとたん、高倉はふりほどこうとした腕が止まった。顔が一気に青ざめる。
「は、何言ってんの? 親かんけーねーじゃん、言えるのかよ、お前!?」
動揺している。もしかして、俺が自殺未遂したことを自分のせいだとおもっていないのか?
なんだよ、そりゃ。こいつ、変わらない。何一つ、変わらなかった。俺が死んでいたとしても安穏と生きていたんだ。こいつは。
「いえるさ、お前のいじめをうけて俺は屋上から飛び降りましたって」
俺はクラスの奴らに聞こえるように大きな声で言った。すると女子が悲鳴をあげたりうそでしょとざわついたりした。
高倉は何も言い返せなくなっていた。下唇をかみしめていた。
「なぁ、どーなんだよ、高倉。今までしてきたこと、悪いと思ってんのかよ」
俺は高倉の手首から手を離した。その腕はゆっくりしたへと下ろされた。
「俺のせいじゃない、俺の、せいじゃ…」
「お前のせいなんだよ、高倉。【僕】が自殺をしようとしたのも、お前のせいなんだよ」
俺は高倉の頭に手を当ててグラグラをさせた。ああ、あの世界での俺が高倉にしていたことだ。矢吹と瀬戸が離れたところで見ながらクスクス笑っていたのを思い出し、この世界での矢吹と瀬戸はどんな表情をしているのだろうと思って振り向いた。
「あーあ、高倉やられちゃってんじゃん」
「やっと王様がはだかだって気付いたんじゃね?」
そう会話しながらクスクス笑っていた。
彼等は変わらなかった。少しなつかしさも出た。これはもしかしたらあの世界というより正夢に近い。
「はよーって、なにやってんのみのるん」
教室の扉を開けて挨拶してきたのは宍粟だった。
「…宍粟! なんで、ここに」
「なんでって、みのるんが学校に来いっていうから来たんじゃん。てか何してんの高倉と」
宍粟は俺の横にきて高倉の顔をのぞいた。
「うーわ、高倉どーした。怖気づいたんか? でもしゃーないで、それ代償だから」
高倉の肩をポンポンと叩いて宍粟は自分の席についた。
宍粟のおかげもあってどよんとしたクラスの空気が消えてった。
「そういうわけだから、ちゃんと考えて俺に応えてほしい」
俺は高倉の肩をポンポンと叩いて宍粟のところへ向かった。
俺は高倉にただただ、知っていてほしいんだ。
お前のその行動、言動一つで人の命が人生が簡単に終わってしまえることを。