相棒と呼ぶにはまだ早い-1
自分と性格が真逆の人と仲良くなるにはどうしたらいいだろう。
どちらかがどちらかのペースに合わせないといけないのだろうか。
すると自分の意志は? アイデンティティは? それすらかき消されてしまうのだろうか。そんなことしてまで仲良くなる価値はあるのだろうか。
それは愚問だった。逆だからこそ見解の相違があるからこそ見えてなかったものが見えてくるものだ。俺は俺の視界しか見ていなかったから、彼がみるその視界はまた違う景色なのだ。それに気づけることがどれだけ凄いことなのか、俺は「宍粟潤」と出会って知ることになる。
「お待たせ~。チーフが仕事押し付けてきてからさ~バイトの俺に全部なんでもさせようとすんだよ~俺バイトだっちゅーの」
俺はあっけにとられながら、宍粟をみていた。文句言う割には凄い嬉しそうなんだけど。
「ここだとアレだし、喫茶店でもいこっか」
宍粟は俺の肩をポンッと叩いた。なるほど、パートのおばちゃんたちがヒソヒソ俺たちのこと見ているから場所を変えたいんだな。俺は察して席を立った。
スーパーの近くにある、昭和レトロの喫茶店についた。
「ここ、俺のオススメ喫茶! パフェと店員さんが美人で有名♪」
宍粟はニヒヒと笑いながら喫茶店の扉を開けた。
その時扉についていた鈴の音がチリンチリンとなった。なんだか懐かしい気持ちになった。
俺、一回ここへ来たことあるような気がする。
「いらっしゃいませ。あら宍粟くんじゃない。いつもの席、空いてるわよ」
そこには黒髪の長髪で姿勢の正しい女性がたっていた。宍粟の言っていた美人店員さんだろうか。
「あーもー美人っすね! 俺、月島さんに会いたくてここにきてるもんですよ~」
「はいはい。口説くのはいいから、早く座りなさい」
彼女は俺と目が合い、ニコリと笑って席に案内してくれた。
席について宍粟はメニュー表を開いて目を輝かせていた。本来の目的を忘れているように思えるんだが。
「なぁなぁみのるんは何たべる? 俺、チョコパフェかいちごパフェで悩んでるんだけど~」
一瞬ドキとした。こいつのテンションでみのるんと呼ばれるのは何か嫌な気分がした。
「俺は無難にチーズケーキでいいよ」
「はぁ~おっとなだね~。ここのパフェ、すんごぉく美味しいって月島さんいってんのに」
いや、知らないよ、そもそも月島さんっていうあの美人店員さんに今日初めて会ったばかりで、俺が何を知っているというのだろう。…こいつとの会話少し疲れる。俺は深いため息をついた。
「よし、すみませーん!」
宍粟は手を上げて店員を呼び出した。
「お決まりですか? といってもあなたはいつものいちごパフェよね」
ニコリと美人店員は宍粟にいう。え、なに、付き合ってるのか?
「ちょ、いつものって言わせてくれよな~。で、こっちはチーズケーキで」
「かしこまりました」
俺そっちのけで二人で会話が成立していた。俺はあっけにとられた。常連と店員の関係ってこんな感じなのかと、少し感心した。置いてけぼりにされているのは少し嫌だけど。
「で、俺に会いに来たってことは先生に何か言われた?」
宍粟は冗談ぽい表情から真面目な表情と声のトーンに変わった。
「うん。というか、写真みせてもらったんだけど、金髪ヤンキーだと思ってたんだけど」
「あーあれはーバイトする前のやつだよ。バイトするってなったらだめじゃん?」
「確かにそうだけど。ていうかなんで学校来てないの?」
「俺んち、片親しかいなくて、父親と俺の二人暮らしなんだよ。だから稼がなくちゃで」
「そう、なんだ」
「てか、俺の方こそ聞きたいんだよ! 撫川さんから見せてもらった写真と全く逆なんだけど、何、高倉とつるんでんの??」
宍粟からそんな発言がでるとは思わなかった。
「なんでそこで高倉がでてくんの?」
「いやあいつなんか牛耳ってるじゃん? クラスを? だから仲間入りしたんかとおもって」
はたからみたらそう見えるのだろう。これは強くなるために変えた髪色と雰囲気だったんだが、そうか、ほかの人からしてみれば、俺は高倉利人と対等の人間に見えるのか。
「違うよ、むしろ敵対している。去年の冬の事故、しってるよね?」
「知ってるけど、あれ高倉が絡んでるのか? 高倉のクラスの奴が自殺未遂したってやつ。詳しくはよく知らないんだけど」
「その自殺未遂したの、実は俺なんだよ」
宍粟は飲みかけの水を吹き返しそうになった。
「は? まぢ? お前なにやってんだよ?! 俺、撫川さんから何もきいてねーぞ!」
声が大きくなっていた。本当に驚いている。その事に俺まで驚いている。
「母さんはそういう話しないと思う。あれは僕だった俺が世界を終わらせようとした事故なんだ」
宍粟は唖然としている。そして俺を少しにらむように見る。なんだろう、その視線から目が離せない。
「なぁ、みのるん。もう二度とするな。絶対するな。生きている限り、変われることはあるから。絶対同じような事はしないでくれ」
宍粟の目が潤んでいるように見えた。どうしてそんなに俺に対して必死に訴えかけてくれるのだろう。
「うん、しないよ。むしろ、高倉利人に反撃を仕掛けている。あのはだかの王様が統一しているクラスを変えたいって思っている」
「……高倉はさ、あいつも、何か理由があるんだと思うんだよな」
「なんだよ、あいつの肩もつのかよ」
「ちっげーよ。あいつのバックボーンしってんの? 何かないとあんなことしねぇだろ?」
バックポーン、といわれても彼がそうやって人をからかうことを楽しんでいるものだと思っていた。そうしないと自分を保てないのかと……人をからかうことをやめたら、彼に何が残るのだろう?
「高倉も何かあるんだと思うんだよ。だからそれを踏まえて三年になったとき担任の先生から高倉と友達になって監視してくれって言われたわけ。でも、あいつ、人の心もってなかったわ」
宍粟はコップをぐるぐるまわしながら氷を転がしていた。
「俺な、高校入ってすぐぐらいに、非行にはしっちゃったんだよね~金髪にしちゃったりして。で、三年になって高倉にいわれたことがあったんだよ」
進級して間もないころだった。
高倉、矢吹、瀬戸、俺は同じクラスになって何も言わなくても仲間になった。
クラスの奴らバカにしたり、先生をおちょくったり、俺はこいつらが楽しいならいいと思って傍観していた。ある日の放課後だった。
『俺、バイトしようかと思うんだよね~』
『宍粟が? その髪じゃ採用されねーだろ』
『確かにな~黒にすっかな~』
『てか、親から金もらえばいいじゃん。お前んところそんな貧乏なワケ?』
『俺、母親いねぇから。自分のほしいもんは自分で稼いで買いたいし』
『まぢかよ~俺は、親がいるものは買ってくれるぜ。まぁ、あいつら俺の言うことに反対しないから、好き放題できる。お前んところは可哀想だな。父親がお前の世話できてねぇんじゃねーの?』
この言葉だった。
どんだけ見下されても俺はめげなかった。父親が俺に干渉しないのは仕事が忙しいからだってどこかで言い聞かせていた。世話してくれていたことが一つもないなんて思っていなかった。進路の時だって有休使って、三者面談に来てくれた。誕生日には定時で帰ってきて、二人で食べきれないほどのケーキを買ってきてくれた。全然ほっとかれていたわけじゃない。母親だって、本当はずっと三人で生きていきたかった。父親が悪いわけじゃない。病死だったんだ。そんなことも知らない赤の他人が、人の心を知らないお前が俺の家庭事情の何を知ってるというんだよ。
そう思ったあと、気付いたら高倉の頬を殴っていたらしい。高倉はうずくまっていた。
俺は生徒指導の先生から一週間の謹慎をくらった。俺は別に悪いことはしていない。悪いことを言われただけなのに。悪いことを言った方が正しいことになっている。そんな世の中があほらしくなった。
俺はあんなやつらと同じだと思われたくなくて、していたピアスもすべて捨てて、髪の毛を黒く染めなおした。まっとうな人間になろう。高倉みたいな人間と同じだと思われたくない。
母さんだって、父さんだって、そう思っているはずだ。
『真面目に頑張っていればいつか誰かがそれに気づいて、褒めてくれる時がくるわよ』
バイトを初めて、真面目に仕事をしていたとき、撫川さんに言われた。
そう、俺は、褒めてほしかったんだ。認めてほしかったんだ。
「そんなわけで、今の俺を作ってくれたのはお前の母親、撫川さんなんだよ。高倉は確かに嫌な人間だけど、あいつもあいつなりに何か抱えてんだと思う。俺が家族の事で抱えていたように」
宍粟はそう話してくれた。話さないとわからないことはたくさんある。
第一印象はチャラけた何も考えていないような奴だと思った。でも、宍粟も見えないところで苦労しているし、傷ついていた。そういう気持ちは俺にだって確かにあった。
「学校に来てないのは高倉たちに会いたくないから?」
「あーそれもあるし、ほんとまぢで金が欲しいんだよね~免許も取りたいし、車だって買いたいだろ?」
宍粟はちゃんと先を見ている。この先のことをきちんと見ている人だ。
「でも、学校生活は今しかないと思う。宍粟、学校にきてほしい」
「どうせ先生の指示だろー?」
「違う、その、つまり、、、、」
言葉が詰まる。俺が本当にしたいことは、宍粟に言いたい事が、とても勇気がいることになっている。
「なんだよ~なに? はっきりいってくんねーとわかんねーよ」
「だから! 俺と! 友達になってください!!」
俺は大きな声で、宍粟に言った。言ってしまった。
友達になってなんて小学生の低学年以来、言ったことがなかった。
友達なんて、いらないと、ほしいなんて、思わなかったから。
「あはははははははははは、みのるん、ほんっと面白い! さすが撫川さんの息子!」
宍粟は大爆笑していた。美人店員が「うるさいですよ」と注意しに来るぐらい。
「そ、そんなに笑わなくてもいいだろ。結構勇気振り絞ったんだよ…」
俺は顔が熱くなっていた。まるで愛の告白をした後のようだ。
「うんうん! 撫川さんの息子だもんな! 断らないわけがない!」
宍粟は右手を伸ばしてきた。
「今日から俺たちは友達なっ! よろしく、みのるん!」
俺はその右手を握った。
「よ、よろしく」
ここだけの話、俺、撫川美稔にとって初めての「友達」ができたのだった。