新しい箱庭-3
金髪女子を窓から突き落とそうとした事件以来
俺は一人になった。仕方ない。俺は高倉利人より強い奴にならなきゃいけない。
俺が僕の時にされた時のことを許したわけではないんだ。
僕が飛び降りたぐらいでは、高倉利人は何にも変わらない。
それは僕が勝手に逃げて勝手に「死」を選んだから。彼等には一ミリも傷はつかない。
だから、俺になって、高倉利人をぎゃふんといわせてやる。
そのためだったらなんだってやる。無視されたっていい、独りになったっていい。
「お前なぁ、何がしたいんだよ」
昼休み、真星先生に呼び出され、一緒にご飯をすることになった。
「何って、特に。思ったことをしようと思って」
俺はもってきたお弁当を広げる。母親が仕事へ行く前に作ってくれたのだ。
今までそんなことなかったけど、あの日以来、歩み寄ろうとしてくれているみたいだ。
「だからって命を粗末に扱うな。自分にも他人にも、な?」
先生も手作りの弁当を広げた。…手作り?
「先生のその弁当って母親がつくったんすか?」
「ニヒヒヒヒヒヒ、千紗が作ってくれてんだよ~俺たち一緒に住んでるからな」
羨ましいだろと言わんばかり俺にそのお弁当を見せてくる。正直羨ましい。くそぅ。
でもそのおかげで真星千紗が存在していることを確信する。
時々思う、真星は俺の妄想の人物なのではないか?と。そういえば、由津里もそうだ。
俺の妄想の人物なのではないかと、思う。
「まぁ、仕返ししたい気持ちもわかる。いじめられたやつはいじめたやつに同じ目に合わせたいっていう気持ちも変わらなくもない。でもな、撫川。そんなことしても意味がないんだ」
「…やられっぱなしは嫌ですけど」
「うん。そうだな、だからって同じことしたら意味ないだろ? 違う方法はないのか?」
違う方法、そんなもんない。俺が僕の時にされたことを高倉利人にもあじわってほしい。でも、それは裏の俺が高倉にしていたことと同じだ。矢吹と瀬戸と一緒になって高倉をいじめていた(らしい)ことと同じだ。…待てよ、先生がいう「同じ」って。
「先生さ、俺のことどこまで知ってんの?」
「どこまでってお前の夢の中に千紗が入り込んだぐらいかな? なんだよ急に」
「その夢の中の話はきいてないんですよね」
先生はお弁当の具を一口食べて噛み終えた後お茶を飲んだ。
「聞いてないというか聞けないだろ」
どういうことだ? 現実に戻ってきたときにはそばにいなかったからか?
それとも真星自身が話したくなかったのか…?
「まぁどうであれ、この学校で俺と~あと迫川か、知っている人がいるだけでも心強いだろ」
「確かにそうですけど…」
「俺からアドバイスするなら、一人でもいいから味方を作れ。親友と呼べる誰か作れ」
そういったあと、先生が何か思い出してスマホをいじり始めた。
「そう、忘れてた! こいつならお前の味方になってくれるかもしれないな!」
先生はスマホの画面を俺に見せてきた。そこには同じ制服を着た男子生徒の写真が写っている。
めちゃくそヤンキー。金髪でピアスもたくさんしている。こいつが俺の味方になる?
「こんなやつが俺の味方になるんすか?」
「なるなる! A組のクラスに、もう一人問題児がいてなー。学校に来てないんだよ。最初は高倉達と仲良かったんだけどそれが突然亀裂が入ったみたいで。たぶん矢吹と瀬戸との三人の価値観が合わなかったんだろう。だからきっと撫川と気が合うと思う!」
いやわかんないですよ、先生。俺と気が合うって思えた人貴方の妹ぐらいです。
あ、由津里もなかなか話がわかるやつだったな、確か。
「とにかく、これこいつの住所! 名前は~宍粟潤!」
「え、どういう…」
「今日学校終わったら会いに行ってこい! というか学校にこいって説得してくれ!」
先生は合掌しながら俺にいう。先生にはこれから助けてもらう身。いうことは聞いておいた方がいいかもしれない。
「解りました解りました! 今日会いに行ってみます」
「もし宍粟を学校に連れてきてくれることができたら、千紗の事一つ教えてやる」
なんという交換条件なんだ。そんなこと言われたからやるしかないじゃないか。
昼休みが終わり、教室に戻ったら案の定クスクスと笑う声が聞こえる。
どんな形になったって笑われる性分なのかもしれない。そう思いため息をついて席につく。
「結局どんなにイメチェンしてもー中身はかわらないんですねー」
教室に響き渡るように高倉利人はいう。他の奴らもコソコソ話をするか、聞いていないふりをしている。
俺も聞いていないふりをした。
「なぁきーてんのーみーのーるーくーん」
ほんと、変わらない。何も、こいつの脳はほんと小学生かよ。俺をからかってないと楽しいことが見つけられないのか、ほかに楽しいと思えることがないのか。なんなんだよ、こいつ。
だんだんイラついてくる。でもその気持ちさえ高倉利人の思うツボだ。ここは黙って耐えよう。
「は? 無視ですか。ほんじゃー俺たちも撫川美稔を無視しまーす!」
俺はちらっと高倉利人を見た。凄く楽しそう。まるでこのクラスの王様の気分のようだった。
でもさ、王様。その命令に従っているやつら、ほとんど仕方なくしている奴らだよ。
お前ははだかの王様なんだよ。
裏の俺がそうなったとき、思ったんだよ。矢吹や瀬戸にハブられて、気付いた。
俺は彼らとあわせていたし、踊らされていた。すべて俺の責任にしようとして周りで楽しんでいた。今お前はそういう立場なんだよ。いつかお前は一人になる。一人じゃ何もできないくせに。独りじゃ何もできないただの人間のくせに。
それより俺は先生に頼まれた「宍粟潤」に会いに行かないといけない。
彼は一体どんな奴なんだ? 聞きたいけど、高倉王が撫川無視宣言をしたので、誰にも聞けなくなってしまった。この国は本当にバカげている。だれか王に歯向かうやつはいないのだろうか。
「ここであってんのか?」
俺は放課後、先生からおしえてもらった宍粟の住所にたどり着いた。
築年が長そうなアパートだった。二階建てで部屋が上と下で八部屋ある。その二階の一番端が宍粟の部屋だ。俺は階段を上がり、その部屋の表札を確認して、チャイムを鳴らす。
誰も出てこない。でも確かにあっているし、学校来てないのにいないって、遊んでいるのか?
「潤くんに用事かい?」
下から声が聞こえた。八十歳ぐらいはいっているだろう、おばあさんが声を掛けてきた。
「はい」
「あー潤くん今の時間だとね、バイトに行ってるんじゃないかな?」
「バイト?」
俺は階段を下りておばあさんのところに行った。
「ほれ、そこのスーパーあるじゃろ? そこで働いとると思うよ」
おばあさんが指さす方向にあるスーパーは、俺がよく知るスーパーだ。
「ありがとうございます、行ってみます!」
俺は案内されたスーパーに向かった。
「いらっしゃいませ」
久しく来ていなかった。そこにくれば絶対俺は声を掛けられるからだ。
「あれー? だれかと思ったら、美稔くん?」
「ちょっとー! どうしたの?」
レジのおばさんたちに声を掛けられた。だから来たくなかったんだよな~
「お母さんならいま休憩に入ってるよ?」
「いえ、母に用事ではなく、ここで宍粟潤って俺ぐらいの男性がバイトしてるって聞いて」
「やだー潤くんと友達になったのー? イケメンそろっちゃうわねー」
アハハハハとおばさんたちが笑う。いや、仕事してくださいよ。
そう、ここは母親が俺が小さいころからパートで働いている地域密着の小さなスーパーマーケットだ。
食品関係を扱っている、地域の台所みたいなものだ。
だから近所の子供やお客さんにとてもフレンドリーなのが売りで、母親は固定客が多いらしい。まるでキャバクラみたいだなと思ったことがあったけど、それだけ母親は信頼があるのだと思う。
それより、宍粟潤を探さないと。
「で、そいついまどこにいますか?」
「売り場で品出ししてるんじゃない?」
「あ、いたわよ、潤くんー!」
小さいスーパーだからレジのおばさんたちの声は店中に響く。さすがだよ、うん。
「はい、なんすか、別注っすか?」
そこに現れたのは昼間先生がみせてくれた金髪ヤンキーではなく、ピアスも一つしかしていない、黒髪でぱっつん前髪の青少年だった。
「この子が潤くんに用事だって」
「………?」
宍粟は首をかしげる。すごくじろじろと見てくる。なんか恥ずかしいんだけど。
「こいつ、撫川さんに似てね?」
「さっすが潤くん! 撫川さんところの息子さんよ!」
母親ににてるなんていわれたの初めてで、俺は動揺していた。
「おおおおおお!!! まぢかあ!! 俺、宍粟潤っていいます!! よろしく!」
嬉しそうに俺の両腕を握り、上下に揺らしながら自己紹介をした。
「あ、はい、撫川美稔…です。あの、話しがあって、会いに来ました」
「ちょいまち! 俺も話したかったんだよ~もうすぐであがりだから、イートインでまっててもらってていい?」
初対面なのに彼のペースに流されている。
こいつがどうして学校に来なくなったのか、むしろ、俺がなりたかった望む人物像に近い。
なんで彼は高倉とつるんでいたんだろう。
俺は彼をもっと知りたい気持ちでいっぱいになり、イートインで待つことにした。