新しい箱庭
正直勇気がほしかった。
こんな見た目になって母親も一応は納得してくれたし、妹は受け入れてくれた。
父親はさらに無関心になったけど。でも、家族だからここまでの範囲内なのかもしれない。
じゃあ学校は?
今までの「僕」を知る仲間のところでは、俺はどんな扱いをされるだろう。
入院している間も誰一人として見舞いには来なかった。というか来ようとする理由もないからだろう。
来たとしても迫川さんぐらいだ。でも彼女はこなかった。
「お兄ちゃん、今日から学校いくんだよね。なんか言われるかもよ?」
玄関で靴を履いているときに優奈が声を掛けてきた。
「解ってる。正直ドキドキ。でもま、なんとかするし、三年になったらクラスのメンバーも二年の時とは違うから、大丈夫だと思う」
俺は二年の2月から三年の5月までの間学校に行っていない。入院のあと、リハビリもあったので、完治してから学校へ行こうと思っていた。だから、三年の5月から学校生活がスタートする。
この見た目の俺での登校は本当に入学以来の気持ちになる。期待と不安。そしてあいつがどのクラスなのか。
『高倉利人』
現実世界では俺にとって恐怖の対象。そして、逆らえない存在。
彼は両親という後ろ盾がある。先生たちも高倉利人を注意すれば親がでてきて退職になった先生もいる。彼の両親はそういった権力をもっていると誰かが言っていた。だから僕はぎゃふんと言わせられなかった。本当にならがむしゃらに殴りつける気もあった。叫んでなにもかも壊したかった。
だけど、俺にも理由があった。父親の存在。学校で不祥事を犯したならば、厳重に注意されるイコール母親がまた暴れ出す。負のスパイラルだ。そもそも高倉利人にされてきたことを父親に話したところで何か解決したのだろうかという疑問は昨日本人にぶつけた。返答がないということは、何もしてくれなかったのだろう。俺の今までの選択は間違っていなかったと思う。
助けてくれる人なんて、いない。
でも、実際いなくなろうとして、夢の中で俺の話を聞いてくれて、望む世界を応援してくれて、そばで笑ってくれた、そんな奴がいてくれたことを知った。俺のために怒ってくれた人がいた。俺のために考えてくれた人がいた。…たった一人。今でも思い出す。彼女が俺の額にしてくれたこと。それだけで強くなれる。あいつは俺にとって凄い存在なのだ。
そんなこんな考えているうちに学校についた。まず職員室にいき、学年主任に俺のクラスをきいた。
3年A組だそうだ。そして「お前、イメチェンにもほどがあるぞ」とキチンと生徒指導もされた。
足がうまく前に進まない。どんだけ見た目を変えたって、俺になったって、今までされてきたことをすべて許したわけじゃない。覚えていないわけじゃない。今でも思い出して鳥肌がたつし手が震える。
「しっかりしろ…おれ」
軽く両頬をたたく。気合いを入れた。A組の教室の扉の前にたつ。
俺は今までの僕じゃない。怯えているような人間ではない。大丈夫。大丈夫。
大きく深呼吸をして、俺は扉を開けた。
「…え、だれ?」
「さぁ?」
クラスの女子がスマホをいじりながら俺をちらっとみてそういった。
ぼそぼそと俺に聞こえないような声で話している。少し笑い声も聞こえた。
なんだよ、3か月前と状況全然変わってないじゃないか。
ここはまず自己紹介でもして、驚かせてやろう。俺にとっては初めての仲間になんだから。
「撫川美稔です。休学していて今日から復帰しました。よろしく」
けだるそうに挨拶した。みんなが注目する。名前をきいて「嘘だろ?」という声も聞こえた。女子は調べ始めてキャーキャー言っている。
「おいおいおいおい~まぢかよ~みのるん」
その声が聞こえた途端、血の気が引いた。教室の窓際一番後ろ。
日に当たってまぶしい光が見えた。その光が俺に近づいている。
「なんだよその恰好、きっしょイメチェン?」
相変わらずの口調だ。彼の周りにはやっぱり同じように笑う仲間がそろっていた。でも二年の時と同じ仲間ではない。そして俺は目を疑った。
「利人こいつだれ?」
「あー、俺のおもちゃだったやつ。なに、みのるん。生まれ変わったとか? くそウケる」
高倉利人は俺に近づきなめるかのように俺の全身を見る。面白がっている。
そして目を疑ったあの声の持ち主は俺が夢の中にいた奴、裏の俺が信用を得ていた、親友だと思っていたけど裏切られたあいつらだった。
「もしかして、例の生徒? おいおい、展開おもしろくね?」
「確かにな、何がどーなってそうなったんだよ」
クスクスと二人が笑う。それを見ながら高倉利人はニヤリと笑った。
「みのるんに紹介するよ。俺の新しいダチ。矢吹と瀬戸。さぁ挨拶しにいくぞー」
高倉利人は俺の肩に腕をやり、後ろの席へと連れて行った。
でも平気だ。まさかお前たちに現実で会えるとは思わなかったから。
「初めまして、俺は矢吹、で、こっちが瀬戸。よろしくな」
矢吹は裏の世界と変わらない笑顔で握手を求めてきた。
「よろしく…」
再び会えた驚きというより、デジャブな現状に驚いている。
今この状況。裏の世界の俺の立ち位置に今、高倉利人がいる。
「で、なーんでイメチェンなんかしてんの? 俺たちと対等になれば大丈夫とか思っちゃってんの?」
「…そういうわけじゃない。てか、俺の席はどこ?」
高倉利人と会話すると胃がキリキリし始めたので、話題を変えた。見た目が変わったからといって俺自身が変わったわけではないことぐらい、自分で解っている。
「は? 俺が知るかよ。てか、話題かえんじゃねーよ」
高倉利人は俺の頭をつかみ、左右に揺らした。やばい。あの時の気持ちがフラッシュバックして吐きそうになる。
『撫川くんは一人じゃないよ』
どこかで声が聞こえた気がした。俺を支えてくれている声。
「だから、俺の席どこだよってきーてんの」
俺は高倉利人の手をはねのけて少しにらみをきかせた。
「だーからしらねぇし、ていうかねーんじゃねーの? お前、ほんとにこのクラス?」
少し怒り口調で高倉利人は俺に歯向かった。これに怖気ついてはいけない。まともに彼の言葉を受けてはいけない。またつぶれてしまう。つぶれる前に、俺の空気に換えないと。
「…お前に話しても埒があかない。なぁ矢吹、俺の席どこ?」
俺は高倉利人から目線を外し、矢吹に聞くことにした。こいつは本当はただのムードメーカーだということは知っている。といっても裏の世界と同じ性格ならば…。
「はぁ? お前誰にくちきぃてんだよ!!」
高倉利人は俺の胸倉をつかんで怒り出した。教室の女子たちが悲鳴を上げる。俺は表情変えずに高倉をにらみつけた。…なんだろう。俺はどうしてこいつを怖い人だと思っていたんだろう。
歯向かえないから? いうことを聞かないと俺の存在が消えるから? 人生の維持をしたいから?
こいつの存在それだけのために俺は人生を放り出したのか?
なんかだんだんばかげてきた。こいつが俺の何を縛れるというのだろう。
こいつ自身に何の力もないのに。クラスの奴らも止めようとしない。高倉利人に反抗できないから。なんでこいつに怯えなきゃいけないんだろう。俺もみんなも。どいつもこいつも。
「…なんだよその顔はよぉ!!」
高倉利人の右手が俺の顔を殴ろうとしたとき
バンっと大きな音が教壇からした。
「たーかーくーらー!」
その声がしたとたんクラスのみんなが席に着いた。
何が起きた? 高倉利人は驚いた顔をして、胸倉をつかんだ手を離した。
俺はよじれた首元を直して教壇の方を見た。そこには担任の先生がたっていた。
「お前さぁ、もうしないっていったんじゃなかったか? 懲りねぇなー」
「ちげぇよ! そんなんじゃねーよ!」
高倉利人は自分の席について机を蹴った。周りの席の子たちはびくついている。
矢吹と瀬戸はクスクス笑っている。
「撫川、だな? 始めてまして、三年A組の担任の真星だ」
…は?
俺は一瞬耳を疑った。
「ま、まなぼし?」
「まぼろしじゃねーぞ~真実の星とかいて真星な? 俺様にぴったり☆」
「先生~ぴったりじゃないですよ~」
ギャルの女子たちが茶化している。
そこにいたのは俺のクラスの担任で、髪は短髪。黒淵眼鏡をかけており、見た目とは裏腹の口調で話す。というか似ている。まさか…そう、なのか?
「まぁまぁ、というわけで、撫川の席は一番うしろの~そう、そこな」
先生が指さしたのは、高倉利人と真逆の方向の席だった。
「よーし、これで全員そろったな。撫川は入院してて、やっと復帰したんだよな? おめでとう。もう二度とすんなよ~」
ニコッと笑いながら俺に言ってきた。どこまで知っているんだろう、本当にそうならば、もしかしたらすべて知っていてこのクラスの担任になったのか?
もしかして、まだ俺は夢を見ているのか…?
そう思って頬をつねった。ううん。痛い。夢の中なら尚更真星に逢える。
でもあえていないということは、これは現実なのだ。