家族会議
そのあと、母親が帰ってきた。
母親は近くのスーパーでレジのパートをしている。
近所からは常連客に人気のレジパートらしく、よく近所のおばあちゃんたちに声を掛けられることが昔からあった。母親はこの仕事に向いているんだろうなとおもった。
でも家に帰ると、その笑顔は一転。まるで黒い何かをまとったかのように影に覆われているように疲れ切った状態で帰ってくる。
「ただいま…」
「おかえり~」
買い物の荷物をおいて冷蔵庫に入れている。俺には一切見向きもしない。優奈もいるのに、母親は俺たちのことに干渉しなかった。
「お母さん、みて。俺、心機一転してみた」
俺はおそるおそる母親のそばまできて、「俺」の姿を見せた。
「…誰? 優奈の彼氏?」
「違うよ、お母さん、おにいちゃんだよ」
母親は驚いて一歩下がった。怯えているように見えた。
「あなたたち、いつのまにそんな仲良く…み、美稔、なの? なんでそんな…ああまたお父さんに」
ガタガタと母親は震える。この後父親が帰ってきて俺の姿を見たときを想像したのだろう。喧嘩になるのは目に見えてる。
「ねぇ、なんでそんなことするの? 屋上から飛び降りて、懲りなかったら今度は不良? どうしてそんなことするの? もっとちゃんと、しないの?」
母親はだんだんヒートアップしてきた。やばい、暴れるかもしれない。
そう思って俺は両手を母親の頬に当てた。
「母さん! ちゃんと俺をみて! 俺は、美稔、母さんの息子! こんな格好でも、母さんの子供だ!」
「違う、違う違う、こんなの私たちの子供じゃない、どうしてここまでして困らせたいの?」
母親は首を横に振る。俺は両手で首ふりを阻止する。
「それでも! 俺たちは母さんの子供だよ!!」
俺は必死に訴える。どんな形であれ、どんな子であれ、あなたから生れ落ちた俺たちはあなたたちの子供なのだ。あなたたちの望み通りにならなくても、それは、かえられない。
「じゃ、お父さんにそのこと言えるの? あなたいつもお父さんの言いなりじゃない。私のことたすけてくれないじゃない。私ばかりお父さんに怒られて、暴言はかれて、たすけてくれないじゃない」
母親は崩れ落ちて、両手で顔を覆った。グズッと鼻をすする。泣いている。
「それは謝るよ。俺だって出来が良ければこんなことならなかったって思う。でもできないんだ。俺は父さんの望む世界の人間にはなれないんだよ。優奈も」
俺たちは俺たちの感情をもって生きている。いうこと聞くだけの子供ならそれはただのロボだ。
俺たちは、人間なんだよ。
そう、だから母親はこんなにも精神的にやられている。父親も感情に任せて暴言を吐く。
俺も苦しくて屋上から飛び降りた。優奈は嫌なことから逃げていた。
感情があるから、いろんな思いを持っているから俺たちは生きているんだ。
「母さん。お父さん帰ってきたら、俺のこの恰好を説明するよ。だから、大丈夫」
俺は泣き崩れた母親の肩をポンポンとたたきながら、なだめた。
俺の母親はこんなにもか弱かっただろうか、少しやせたような気がする。もっと、大きい存在だと思っていた。そうだな、俺だって成長してるんだもんな。
数時間後、父親が帰ってきた。
「…なんだその恰好は」
冷静な声で俺を見ずにいった言葉だった
「心機一転。てやつですよ」
「は。頭打ち過ぎておかしくなったのか。おい、脳外につれていったのか?」
「父さん。そうやって母さんを責めるのもうやめてくれないか?」
「お前が悪いんだろ? 学力も優れない、学校でもいじめられ、自殺までして、私がどれだけ学校で噂されているかしっているのか? 教育者の息子が自殺未遂を犯したと、どれだけお前は私に恥をかかせる気か!」
父親がヒートアップしてきた。確かに間違いではない。俺もそう思った。出来のいい子だったらもっと褒めてくれたのかな、もっと活躍していたら自慢におもってくれたのかな、って。
でもさ、父さん。俺はあなたのおもちゃじゃないんだよ
「恥って何? こんな格好しているのが息子だと恥ずかしいの? 自殺を考える息子を持つ子が恥ずかしいの? 俺だって俺なりの考えがあるんだよ」
俺もヒートアップしてきた。母親はびくついてて震えている。それを見かねた優奈が母親の手をしっかりにぎっていた。
「その考えが屋上から飛び降りるという応えだったんだろ? どうして誰かに相談しなかったんだ。周りに責められるこちらの身にもなってみろ」
「誰かに相談できる状況をつくれなかったことを俺のせいにしないでほしい。本当は話したかった。体中に落書きされたこともあった。寒い中水をかけられたこともあった。持ち物にはいたずらされた。俺はクラスでおもちゃ扱いされていた。って父さんに相談したら助けてくれたの? どうせ俺を責めるだろ?」
父親は怒りに集中しているのか、俺の言葉が届いていないようだ。
「お前が悪いんだ! ちゃんと勉強もして、首位を狙えばそんなことにはならなかっただろう! お前が悪いんだ!!」
この人は自分の事を棚に上げて話している。母親への暴言もきっと母親に責任があると思って言っているのだろう。そりゃそんなこと毎日言われたら精神崩壊するよ。うん。母さんは弱くない。
「…きりがないから、一応納得するよ。でもね父さん。俺は一回人生を終わらせて戻ってきて思ったんだよ。やりたい事やってから死のうって。まだやり残したことがあるし、やりたいこともある。ただ、それは父さんが引いたレールじゃない。俺は俺の人生を全うして死にたい」
これが反抗なのか俺には解らない。でも生きてるならやりたい事はやらなきゃ。
「父さんのいうこともわかるよ。もっと勉強していたら俺はこんな奴にならなかったと思うし、母さんもあんなにならなかった。家族がこんな風になることもなかった。これはすべて俺のせいだって、今でも思う。でも、それでも父さん。俺は俺の人生をいくよ」
覚悟を決めた意志を伝えた。少し手は震える。言ってしまったからには有言実行しなければならないから。でも、なぜだろう大丈夫な気がするんだ。
「………」
父親は黙り込んでいた。もっと反論してくるだろうと、思っていた。
「あと、責めるなら俺だけにしてほしい。母さんと優奈は悪くないんだから。暴言はやめて」
父親はネクタイを緩め、風呂場へと向かった。
「ふぅ~~~」
俺は大きなため息をついた。実をいうと少し緊張したのだ。手が出たらどうしようとかおもったけど、予想以上に父親は歯向かってこなかったのが調子抜けというかなんというか。
「お兄ちゃん、かっこよかったぞ」
「…あ、ありがとう」
「ほんとに、美稔、なの? 優奈の彼氏じゃないの?」
母親はとぼけながらも先ほどのやり取りに安堵したのか顔が緩んでいた。少し、まとっていた影のオーラが消えていく感じがした。
「ちゃんと母さんの息子だよ。だから心配いらない。今度は俺が母さん守るから」
俺は母親に手を差し伸べた。母親は少し笑顔になり俺の手を握った。
そのあと食事を終えて、自室に戻って改めて鏡の前に立ち、自分の姿を見た。
「裏の俺そのまんまだな。俺にも誰かを救えるような守れる力、持てるかな」
『大丈夫だろ。俺はお前なんだからさ』
「……え?」
声が聞こえたような気がした。鏡の映ったその先から、裏の俺の声が聞こえた気がした。
「ふふ、そうか、鏡の中の俺は裏の俺、だもんな。うん。勇気でた」
俺は鏡の前でそう告げた。本当、双子だったらこんな気持ちなんだろうな。