帰る場所
僕は一人称を「俺」にすることにした。
まだ違和感はあるけども、それだけで強くなれた気がした。
見た目もだいぶ違う。今まで前髪が長かった分、視野が広がった気がした。
すれ違う人と目が合う。でも前とは違う。
クスクス笑われることもない、むしろ悲鳴にもにた高い声が聞こえる。
「何あの人、モデルかなー」
「かっこよくない?」
そんな声も聞こえた。たかが髪色と髪型、ピアスをあけただけで、そんなに対応が変わるものなのか?
でも周りの反応も自分への自信になった。前の僕ならば、クスクス笑われて、おもちゃ扱いされて、何のために生きているのか見いだせなかったけど、今の僕、いや俺ならだれもおもちゃ扱いにしないだろう。むしろしている方とか思われちゃうのかな。そう思うと少し笑えた。この僕が、高倉くんと同じことを? いやいやしないし、するわけがない。でも、ほかの人はそう思うのかもしれない。
人を見た目だけで判断するのは、よくない。
これは俺の中で一番思っていたことだ。僕がこの姿になったのは、周りからもてたいわけではない。強者になりたいわけではない。夢で俺を演じてくれた「俺」になりたいと思ったからだ。
結果、外見が変わったところで中身は変わらない。高倉くんにまた【おしおき】をされるようなことがあれば俺はびくついてしまうだろう。目が合うのでさえ、怖い。でも、俺は生きている。記憶はそのままに。できれば、俺の時みたいに記憶喪失になっていたかったな。
そんなことを考えながら家についた。
一番初めにあったのは妹の優奈だった。
「は? だれ?」
「…だれって、美稔だけど?」
「いや、ありえないし。ダサい兄貴がそんなことするわけないし。…てか、まぢ?」
優奈はスマホを片手にもち、腕組みをして僕をにらみつけていた。正直ひるんでしまったが、家族でその感情を抱いてしまったらこの先に待ち受けているものでさえ、負けてしまう。負けたくない。
「マヂだよ。わりぃかよ」
優奈はもっていたスマホを俺に向けてパシャリと音を立てた。
「何撮ってんだよ」
「いや、記念に。ていうか、なんでそんな恰好にしたの? あ、頭打って性格が変わったの?」
正直にいおう、優奈は俺とそんなに話をしたことがない。小さいころはよく遊んでいたけど、小学高学年になってから、パタリと遊ばなくなった。優奈が俺を避け始めた。その頃からまともに話しをしたことがない。だからこんなに質問攻めされると、凄く不思議で新鮮な気持ちになる。
「気分転換だよ。まぁ、一回死んだようなもんだから、心機一転ってやつ?」
俺は少し笑った。優奈は難しそうな顔をした。
「ねぇ、やっぱり自殺未遂なの?」
俺たちはリビングに向かいそれぞれの飲み物を冷蔵庫から出して座った。
今日は母親はパートで仕事に出ている。父親もたぶん仕事だろう。
「ていうか、お前どっかいくんじゃなかったのか?」
「…べつに、いいじゃんそんなの。てか質問。応えてよ」
俺が学校の屋上から飛び降りたことについて、家族は何も知らないと答えているらしい。病院で担任が見舞いにきていたとき、母親と話しをしていたような気がする。母親は知らないの一点張りだったと思う。
「ああ、俺は自分の人生に幕を閉じたかったよ」
「…あのさ、いなくなってさ、この家、さらに悪くなったよ」
「…だろうね。退院して久々に帰ってきたとき、思ったよ」
台所やリビングは散らかったままだった。母親のヒステリックが原因なのだろう。何かあるたび、父親と口喧嘩になり、暴れた後がそのままになっている。優奈は間に入ろうにも入れなかったという。
「俺、ずっと夢見てたんだよね。目が覚めるまでずっと。お母さんがさ優しくて、お前も俺になついてて。今思う。それが俺の望む世界なんだって」
「えー、何それ。今更じゃない?」
「今更だけど、手遅れになる前に、俺たちで何かできないかなと思うんだよ」
「で、その恰好? また二人とも喧嘩になるかもしれないよ? もう、嫌なんだよね。あの二人みてると、なんか、好きになれない。人のことを」
いつのころからそんな状態になったのだろう。そう思って、振り返ってみた。
原因はたぶん俺なんだと思う。できの悪い俺を父親はいつも話題に出していたから。
「お前の育て方がわるいんだろう? 美稔ができそこないになってるのは」
その一言だった気がする。たしか俺が中学3年の時のテストの点数を報告した時だ。
「そんなことないわよ、ちゃんと頑張ってるのお母さん知ってるもの」
「お前がそうやって甘やかすからだろ。美稔、私に恥をかかせるな」
父親は新聞を広げて、俺に顔を向けずそう告げた。
「はい…」
そのあと俺は部屋に戻り、勉強をしたが、そのあとの両親の口喧嘩の声が部屋まで聞こえて、俺は頑張るしかないんだと思った。
母親は反論していたが、だんだん父親のいう言葉に対して糸がきれたかのように、ものを投げ始めた。台所にあるお皿を何回壁に投げつけただろう。テーブルにあるものを下に落としながら叫んでいたこともあった。もう精神的にやばい状態まで来ていたのだろう。数時間たつと自分がしていることが理解できないとよくつぶやいていた。
俺は母親を安心させたくて、父親に認められたくて勉強を頑張った。
でも父親は頑張りを認めてはくれなかった。見切りられた。
「お前は、この高校で十分だ。お前の学力では、私立は無理だろう」
そういわれて、今の高校へ通ってる。父親が行かそうとしていた私立は父親の学校だったのだ。
出来が良ければ、俺はそこへ通っていて、自殺をすることも、こんな格好になることも、なかっただろう。おしおきのおもちゃになることもなかった。
だから、今ここまでの人生の岐路は誰かのせいではない。
「俺は、自分の人生を自分できめて生きていきたい。できれば望む世界にしてみたい」
「だからってその恰好?」
「なんだよ、似合わないとか?」
「いや、むしろかっこいいというかそっちの方がいいというか」
「一回家族会議をひらくべきだね。優奈も言いたい事、あるだろう?」
「そりゃあるけど。でもこの状況でいえないっしょ。私の場合はあんまり干渉されないし、うまくやってるつもりだからあんまり被害はないんだけど…」
でも優奈はあまり笑わない。そういえば、笑った顔、いつからみていないだろう?
「なぁ、優奈。家族に対して気を遣うのはよくない。いいたいこと、言えない家族は家族じゃない。俺は一回、人生を終わらせてみて思ったんだ。せっかく命をつなぎとめてくれたんだったら、やれることをやって死のうって。それが正解か間違いかはわからないけど、でも、俺は弱気な自分から強気な自分に変わってやろうと思った。だからこの恰好にしたし、僕から俺に変えた。それだけで少し世界が変わった気がするんだ。だから、優奈も優奈がやりたいようにすればいい」
俺は優奈の目をまっすぐみて伝えた。この感覚、裏の自分の気持ちと少し似ていた気がした。あいつも裏の高倉くんにそう伝えていたなと少し微笑ましくなった。
「……じゃあさ、改めていうのもあれなんだけどさ、いい?」
「ん? 何が?」
「お、おにいちゃんって、呼んでも」
いったん何を言ったのか解らなくて、そのあと脳内でその言葉が反芻した。もう何年も聞いていなかった。優奈の口からその言葉が現実できけるなんて思わなかったから。俺にいってくれるなんて思わなかったから。夢の中だけだと思ったから。俺は思わず笑ってしまった
「な、なにがおかしいの?!」
「いやいや、やっぱり、想いは伝えるべきだなっておもって」
やばい、うれしすぎて笑いが止まらない。涙が出てきた。
「じゃあもうよばないからっ」
「ごめんごめん。いいよ、お兄ちゃんって呼んでほしい」
そう伝えると、優奈は少しほほを赤くしてにっこり笑いながらこう言った。
「…お兄ちゃん。おかえりなさい」
「うん。ただいま」