希望のない人生のなかで
今まで書いたことない話にチャレンジします。
よろしくお願いします。
欲しかったものがある。
でも、僕にはどうしても手に入れられなかった。
手に入れることすら、許されていなかったから。
だから欲しかったものを手に入れられることのできる自分に、世界に、僕はなりたかった。
***
僕、撫川美稔は今日も購買へ走った。校内人気の焼きそばパンを手に入れなければいけないからだ。早く。早く買いに行かないと。
購買に着いたらたくさんの生徒たちがいて、僕はその人込みをかき分けて焼きそばパンを手に取った。やっと、やっとだ。昨日も一昨日も失敗したが、今日は手に入れることができた…!
「なぁ、俺が先にとってたんだけど」
伸ばした手の先には彼らがいた。
「俺たちの分は別な~。利人の分はお前がどうにかしろよ」
ガハハハハと彼らは笑う。僕が手に取っていたそのパンは最後の一つだったのだ。
「あーあ、三日連続で買えなかったからこりゃ利人からおしおきがあるかもな~」
「それなー! 今頃考えてるんじゃない?」
ガハハハハとまた彼らは笑う。僕はゆがんだ眼鏡をもとに戻した。
「どーにかしろよー、みーのるん」
彼らは笑いながら教室へと戻った。…戻りたくないな。一昨日は買えなかった代わりに、教室で「僕は男が好きだ」と叫べと言われた。昨日は買えなかった代わりに、教室の扉に仕掛けられたバケツの水をかぶった。今日はどんなことをしてくるのだろう。
僕は大きくため息をつく。こぶしをぎゅっと握ったところで彼らを殴れる勇気などない。勝てる気がしない。むしろ逆らえない。逆らってしまえば、僕はたぶん家族に見放されてしまう。本当に居場所をなくしてしまう。それだれは、死守したかった。
だから彼、高倉利人のいうことはきかなければいけない。クラスのみんなもそうだ。彼のいうことに反論した時は、ひどい「おしおき」が待っている。
僕はその唯一の彼の「おしおきできるおもちゃ」としてこの一年ともに過ごしている。
僕は教室まできて、扉を開ける勇気がなかった。今日はどんな「おしおき」をされるのだろう。
怖い。怖い。逃げたい。怖い。怖い。泣きたい。
でも、僕がここで逃げてしまったら、今度はほかの子が「おしおきできるおもちゃ」になってしまう。それだけは、阻止したい。でも。
僕が扉を開ける前にクラスの子が開けてしまった。
「おーい、みーのるん。俺のパンはー?」
「ご、ごめんなさい高倉くん。今日も、買えなかった、その代りメロンパンを…」
「はぁ? いや、ないわ。三日連続で買えねぇってないわ、みのるん。俺の命令きけないの? 俺は学校一人気の焼きそばパンがほしいわけ! メロンパンなんて頼んでねーよ!」
僕が差し出したメロンパンを高倉くんは握りしめて、俺の顔に押し付けた。
「みーのるんーこーれーがー、焼きそばパンにーーみーえますかー?」
鼻と口がメロンパンで押さえつけられて息ができない。
「んぐ、ぐぐぐ」
「なーにいってんのかきこえませーーーん」
ガハハハハと彼らの友達も笑いながら僕がされている「おしおき」をみている。
目の前が真っ暗だ。なんか、くらくらする。意識が、遠のいていく。涙が出てくる。
「っぐ、ううううう」
「…うわ、きっしょ! なに泣いてんだよ、きっしょ!!」
高倉くんが僕の顔に押さえつけていたメロンパンを手から離して僕を突き飛ばした。
「男のくせに泣くんじゃねーよ。きめぇんだよ!」
「利人、みのるんはかよわい男の子? だから、仕方ないんだよ」
ガハハハと笑いながら高倉くんの友達はいう。
「おい、みのる。このメロンパン、ちゃんと食っとけよ。もったいないんだから」
高倉くんはそのメロンパンを足で踏みつけていた。もう原型をとどめていない。僕はそのメロンパンを見ながら僕は泣き崩れた。メロンパンには罪はないのに。
「明日は絶対買って来いよ~みのる」
高倉くんはグイッと僕の髪の毛を引っ張り、頭を左右に振った。
「なあ、返事はー?」
「は、はい…」
「あは、きっしょい顔」
気持ち悪い。怖い。怖い。終わらせたい。なんで。僕なんだろう。
涙が止まらず、メロンパンを手にとり、僕は教室をでた。
トイレの個室に入り、ずっと泣いた。
メロンパンは食べずにゴミ箱に捨てた。
どうしてこんなことをするのか、高倉くんに一回きいたことがあった。
「学校つまんねーし、楽しい遊びをしたかっただけ」とケタケタ笑いながら話したことがあった。それが僕一人をターゲットにしていまでも続いている。やり返したいものならやり返してみたい。高倉くんをぎゃふんと言わせたい、でも、僕には無理だ。一回反抗したことがあったけど、クラスのみんなに笑われた。それから僕がどんなことをしても笑われる。何をしても。だからもう答えがない。僕はどうしたらいいんだろう。このまま高倉くんの「おしおきのおもちゃ」として学校生活を送らないといけないのだろうか。涙を吹こうとしてトイレットペーパーをとろうとしたら紙がなかった。本当、僕って、この世に存在しなくてもいいんじゃないかな。トイレの神様さえ僕を見放している。もうこの世界が嫌だ。毎日、彼らの行動、言動にびくびくしないといけない。明日は機嫌はいいだろうか、悪かったら今日の「おしおき」よりもっとひどいコトされるんだろうか。嫌だ。もう。
僕はそのまま教室に戻ったけど、みんなが僕をみて笑う。クスクス聞こえるたびに僕のことだと思ってしまう。クラス全員が僕の敵だ。…でも一人だけ、一人だけ無反応の子がいた。
迫川さんだ。いつもうつむき加減で、他人と距離をとっている。友達もいないみたいだ。もし僕がこの世界から消えてしまったら、今度のターゲットは彼女になるかもしれない。それは嫌だ。
放課後
「あー暇だなーみのるんーお前も暇だろー? 俺たちと遊ばね?」
「俺も暇なんだよな~利人、なにする? 何して遊ぶ?」
「ダーツやりてぇなー!」
「いいねーダーツ、みのるん、的になれよ」
高倉くんが僕のところへきていきなり上半身の服を脱がし始めた。
女子たちが悲鳴を上げたり、笑っていたり、見ようとしなかったりだ。僕はされるがままにカッターシャツを脱がされ、上半身裸になった。
「まずー黒色ぬりまーす!」
僕の背中に油性マジックでふとく丸をかいた。次に黄色、赤と、ダーツの色に丸をかいていった。
「おおお俺まじうめぇな。利人、的はできたけど、ダーツがねぇぞ?」
「これ使えよ。ささんねーけど、よくね?」
高倉くんが友達に差し出したのは先が細いボールペンだった。
「いいね~、じゃーいっくよーみーのるん」
背中に書かれた的には当たらず、僕の頭や首にボールペンが当たってきた。痛い。痛い。
「背中はおもんねーな。おなかにしようぜ」
ぞくっとした。もし、顔に向かって来たら、下半身に向かって来たら。
「スリリングあってたのしいかもな! 利人まってろ、的書くから」
友達は楽しそうに僕のおなかに的を書き始めた。クラスのみんなは見て見ぬふり。中には賛同して、利人の応援をしている人もいる。
このクラスは本当に狂っている。
的の中心はおへそにされた。そこに当たったら僕は高倉くんの要望に応えないといけないというルールが追加された。
「おーへーそ! おーへーそ!」
コールが教室内に響き渡る。
高倉くんがダーツの代わりの先の細いボールペンを投げつける。痛い。痛い。もう嫌だ。
「ちょ、お前らみのるの両腕抑えてろ、こいつくねくねして的が定まんねー」
「りょー!」
二人の友達は僕の両腕を抑えた。僕は大の字になった。どんな角度できても僕は逃げられない。
「いくぞー」
高倉くんがなげたダーツの変わりは僕のおへそに命中した。ものすごく痛い。
「おおおおおすげぇ!! さすが利人だなー!」
「なかなかむずかったけど、楽しめたな~さぁて、ご褒美は何にすっかなー」
僕は抑えられていた両腕を解放されて、崩れ落ちた。
「こーんな体じゃ帰ったと親に心配されちゃうねーみのるん。よし、体洗いにいこっか」
にんまりと高倉くんは笑う。その笑顔の時が一番怖い。今から楽しいコトをしようとするときにする顔だ。高倉くんと二人の友達は僕を引きずって中庭へと連れて行った。
「園芸部が使っているホースが確かあったはずだよな~」
時期は真冬の2月。正直教室で上半身裸の時も寒かったが、いま、本当に死ぬほど寒い。
「利人~あったぞー」
「じゃーみのるん、きれいにしてあげるよー」
冷たいやさしさと、冷たい水が僕に降り注がれる。
まるで修行僧の滝業のよう。もう感覚すらない。寒い、通り越して痛い。
「さっみー。なんかもうあきたな。みのるん、あと片づけよろしくな」
「なんかあったかいもの食いにいこうぜー」
ガハハハハと笑いながら高倉くんたちは僕をほっといて帰っていった。
僕はまた泣いた。今日は涙腺がよく緩む。もう、限界。
僕がここにいる意味がもう、解らない。ただのおもちゃとして扱われているこの箱庭で僕はなんの役になっているのだろう。僕は、生きている意味なんてあるのだろうか。
「な、撫川くん、大丈夫?」
ふと心配そうな声に僕は振り返った。そこには迫川さんがいたのだ。驚いた。こんな僕を心配してくれる人がいるなんて。少し、ほっとした。
「う。うん。いつもの事だから」
「…すごいね。撫川くん。よく我慢できるよね。私だったら無理」
励ましてくれているのだと思う。でも、僕はそう聞こえなかった。
「私は触れないように隠れてるだけで精いっぱい」
所詮、迫川さんも、自分のことしか考えていないんだ。僕の心配ではない。これは
【自分より劣っている人をみて安心している】んだ。
見下されたのだ。僕と同じなんだとどこかで思っていた。彼女もまた僕の敵だったのだ。
「寒いし早く着替えて帰った方がいいよ、じゃ」
そういって彼女は帰っていった。僕はまた取り残された。助けてくれるんじゃないの? 僕に会いに来て、それを言いたかっただけなの? 見下して、安心したかっただけなの?
もう、嫌だ。油性マジックで塗られた体は消えもしない。寒い中、冷水を浴びて、僕は一体何をしているのだろう。もう、疲れた。終わりにしたい。…終わりにしようか。な。
僕はゆらゆら体を揺らしながら教室へ戻った。
服を着ようとしたけど、着ようにもきれないカッターシャツが机の上に置かれていた。
高倉くんたちの仕業だろう。
寒い。辛い。怖い。痛い。辛い。辛い。
僕はまたぼたぼたと涙を流した。なんの希望もない、こんな世界、見下されるだけの存在。
本当は僕だって…。そう思ったとき、何かが心ではじけ飛んだ。
「わあああああああああああああああああああ!!!!!!」
叫びながら僕は教室の机やいすを投げ飛ばした。窓ガラスがパリンと割れた。
もう、どうでもいい、このクラスも教室も生徒も先生も学校も全部全部。
何もかも壊れてしまえばいい。壊してしまえばいい。
気付いた時には僕は切り刻まれたカッターシャツをきて、屋上に来ていた。正直、教室で雄たけびを上げて、めちゃくちゃにしたとき、今までで一番すっきりした。僕はずっとこうしたかったのだ。ずっと我慢してきた。家族にすら、相手にされない。機嫌を窺いながらご飯を食べる。一言何か言えばお母さんはヒステリックを起こす。お父さんは、そんなお母さんを叱る。妹は無関心。
何もかも僕が悪い。僕がここに生を受けたことが悪い。僕がここまで生きていることが悪い。お母さんがヒステリック起こすのも、僕がお父さんの思い通りにならないからだ。出来が悪い子供の僕が悪い。みんなこう思っているんだ。
【お前なんて生まれてこなければよかった】って。
僕は屋上までたどり着いて、柵を超えていた。
涙はもう流しつくした。声も出し尽くした。体力も使いつくした。
そんな僕にも風は優しく吹く。涙をぬぐうように。
「僕はこんな人生で、愛なんてよくわからなかったけど、生まれ変わるなら、みんなから愛される男に生まれ変わりたい。人に優しく、なりたい。優しく、したかった。出来のいい子に、なりたかった」
お父さんの望む子供になりたかった。
高倉くんみたいなクラスメイトのいない学校生活が送りたかった。
友達と一緒に遊んで笑ってみたかった。
彼女をつくって幸せになりたかった…。
「そう、僕は幸せになりたかった。それだけだったんだ…」
クスっと笑ったあと、風が少し収まったのを感じたと同時に、僕は僕の人生に幕を閉じたのだった。
せめて
次の人生は、愛であふれた世界でありますように、願いながら。