神無月(5)
華代をひなみに引き渡したあと、邪神様は幸いにもずっと俺を狙ってくれていた。俺を狙ってくれていれば、最悪時間稼ぎにはなる。でも、華代を追われてしまうと、ひなみが着いているとはいえ、ちゃんと守りきれる自信がない。
「へいへいお前、ずっとあの生贄の心配ばっかしてんだろ? そんな暇無いぜ?」
壊れた灯篭の破片がこちらに向かって飛んでくる。身を隠すために使えるものがないから、攻撃を見切って避ける。こちらもそろそろ、銃を使っても良さそうだ。
攻撃の隙を見て、邪神様に向けて弾を放つ。俺が銃を使ったのを見るなり、邪神様はニヤニヤしていた。やっぱり簡単には当たってくれないらしい。
「何、お前? 隙作ってやったのに外してんじゃーん」
「自分で弾いたんでしょうが……」
「まぁ、そうなんだけどねー! 当たってないことには変わりありませーん!」
遊ばれているような感じが少し腹立たしい。
できる限り近づいて撃つことができれば避けられにくくなるのだとは思う。けど、近づきすぎると返り討ちにあって終わりなのは目に見える。
どうにかして隙を見つけたい。
邪神様は、石でできた灯篭を引き抜いて、こちらに投げてきた。ものが大きいだけに、飛んでくる速度はそこまで早くないから軽々と避けることはできた。
「なぁなぁ、彼岸花ってきれいだよな?」
ハッとした。足元に大量の彼岸花が咲き乱れていて……。
気がついた時には、もうそれが爆発していた。為す術なくそのまま吹き飛ばされて、木に体をぶつけた。
「いや、ほんと人間って単純だよな! それ、同じようなことすれば大体のやつ引っかかんだよ」
こんなことを何回もやってきたかのような口ぶりだった。昔にも、俺達みたいに生贄を救おうとした人がいたのかもしれない。
もしそうなら……その人たちがどうなったかはお察しだ。
「お前、今までずっと、こんなこと繰り返して来たのか」
「こんなことって? お前みたいな人間と遊ぶことか? それとも、生贄を取ることか?」
「……どっちもだね」
邪神様は嫌な笑みを浮かべながら、俺を見下していた。
「そりゃまぁ、そうだよ。でも、お前みたいに無謀なことするやつは稀といないな。お前で三人目……か。あとは全部大人しくしててくれたけどよぉ、自分の力量分かってない馬鹿はどの時代にもいるもんだよなぁ」
「つまり、お前、意外と戦った事ないのか」
邪神様は少し驚いた顔をして、
「まぁな。だって俺、普通に戦ったらただの虐殺になっちゃうもん」
と言った。ゾッとする。そうだよな、こいつからして見れば、戦ってるんじゃない。せいぜい遊び程度にしかならない上に、並のやつなら余裕で殺してしまえるから、戦ったって認識することなんてないのか……。
次の瞬間、左腕に何かが擦れた気がした。少しずつそこが熱くなっていく。
「そろそろいい? 準備運動もできた頃だろ?」
思っている以上にやっぱり現実って厳しいものだな……俺がこれだけ必死に戦っても相手には傷一つ着いていない。……ちょっと笑ってしまった。
「気ぃおかしくなったんじゃねぇの?」
「さぁ……ねぇ」
そう言って茂みの中に飛び込んだ。飛び込んだすぐ後ろから邪神様の触手が突き出てきた。あれに刺されたら痛いどころじゃ済まない。
茂みの中を移動する。動く度に、一秒前にいた所が安全地帯ではなくなる。止まろうものなら……って感じ。それを一時続けて、ふとした時に、その突き出て来た邪神様の触手をガシッと掴んでやる。茂みのから触手を抜く時、その勢いも逆に利用して一発撃ち込んでやった。
撃ち込んだ後、触手にベチベチと振り払われたけど、一撃与えたことが大きい。
邪神様の肩辺りから、なにか血にも見えなくないようなものが流れ出て、そこから黒い靄のようなものもうっすら出ていることがわかった。
「……そうだよねぇ、やっぱりそうこなくっちゃなぁ!」
邪神様はより一層ニヤニヤしていた。
少し本気で来ることが目に見えて、俺も少しだけフッと笑った。
山の中間より少し下辺り、そこでは、山を下ろうとしていた華代とひなみの前に、サナが立ちはだかっていた。時が止められてしまう前に氷の壁を作っても、確実にひなみにナイフが飛んでくる。
「なんで……!?」
攻撃をしても軽々と避けられる。そもそも的外れなところを狙っているかのように。
「だから言ってるでしょ? 私には勝てないって。いいの? 貴女、死ぬよ?」
ひなみは一瞬寒気を覚えたが、ブンブンと首を振って。
「華代ちゃんも怖いはずなのにたくさん頑張ってくれて、今、上で兎夜も頑張ってる。妖怪のわっちが怖気付いてどうするの」
「……馬鹿な子だね」
至る所から血を流すひなみを華代は心配そうに見ている。ひなみは、華代を見ていつもの笑顔を作った。
そんなひなみに、またナイフが突き刺さる。
華代も見ていられなかった。
そんな時、サナの花の足元に睡蓮の花が咲いた。
サナも少し不思議そうな顔をしていた。ひなみも自分はやってないよという顔で、サナと華代を見た。
「私の可愛い後輩たちを傷つけないで」
サナの足が軽く地面に埋まっていた。抜けようとするが、なかなか抜けられない。
「白虎、お願い」
墨で描かれた虎がサナを襲う。数箇所噛み付かれた後、サナは虎を振り払って空に飛んだ。
茂みの奥からザッザッと足音がする。次第にその姿が月明かりに照らされる。
「ゆ……柚希先輩!」
華代とひなみが同時に言った。
「もしかしてとは思ってたけど、思った以上に強敵みたいだね」
柚希が二人を見ながら状況を把握していると、空中からサナが無数のナイフを柚希達に向けていた。雨のように降ってきたナイフをひなみの作り出した氷で弾く。
「ありがとうひなみちゃん。華代ちゃんと少し休んでて」
「貴女、随分強気だね。人間一人で私と互角に戦えるって思ってるの?」
サナがそう言うと
「じゃあ、あなたはさっき、そんなに弱いと思っている人間の攻撃を受けたってこと……?」
と柚希は返した。それを聞いたサナはムッとして
「腹が立つ言い方するね。若草ごときが調子に乗ってると痛い目見るよ」
と言うが、柚希は華代とひなみの方を見て軽く微笑んだ。そして、サナを見て
「来なさい」
とだけ言った。




