神無月(1)
顔に風が当たる。窓、開けっ放しで寝ちゃったんだな。
外はまだ少し明るいくらいで、空の端っこに少し橙色が滲んでいた。
もう一回寝る気にはなれなくて、スマホの画面に映し出された現在時刻を確認する。
「五時……五十二分。微妙な時間だな」
風が強く吹き込んで、揺れたカーテンの隙間から入ってきた光がカレンダーを照らした。
「なんかちょっと嫌味っぽいね」
軽く笑ってそう言って、カーテンを思いっきり開けた。
四月から本当に色々なことがあった。
引越しか決まった頃の俺は、まさかこんなに大変な生活を送ることになるとは思ってなかったと思う。
少なくとも、自分や友達が、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされることになるなんて、絶対考えたりしない。
昨日柚希先輩に渡してもらったメモには、やっぱり今日の動きについて書かれてた。俺は日が落ちてからの行動になるらしい。儀式自体は夜だけど、準備は昼から始まるみたい。その光景を想像するだけで嫌になる。
「ほんと、なんでこんなことするようになったんだろ」
机の上に置いていたリストバンドを見ながら呟いた。
ふと、隣に置いていた木箱に目がいった。なんかの時のお守りになるんだっけ。
箱を開けると、緑色に輝く石のついたペンダントが入っている。俺にはちょっと似合わない。ポケットにでも入れて持っていけばいいんだけど、それはちょっと違う気がした。
何かあった時に守ってくれるっていう効果なら、俺が持ってるより……
そう思って俺は華代にメッセージを入れた。朝早いから少し迷惑だったかなって心配したけど、すぐ返事が返ってきた。朝早くからめずらしいねって。
昼前、花火大会の時に待ち合わせたあの場所まで来れる? と聞くと、長居はできないかもしれないけど、行けるよ、と返ってきた。
守るために戦うんだから、俺じゃなくて華代が持っておいた方がいいかなと思って、ペンダントを渡すことにした。しかも、華代の方がこれ似合うだろうし。
お父さんの形見ではあるんだけど、なぜか自分で持ってるよりこっちの方がいいって自信が持てる。普通、形見を人に渡すなんてことしないだろうけど。
7時半をすぎる頃に下の階に降りて朝食を作る。そこから他の家事も済ませて、軽い服に着替えて玄関の外に出た。
花火大会の時に待ち合わせた、海近くの小さな神社に行くと、華代が先に来ていた。
「朝から呼び出してごめん」
「いいよ〜、どうしたと?」
「いや、ちょっと渡しておきたいものがあって……」
そう言って取り出したペンダントは、石の部分が陽の光に当たってキラキラと輝いていた。
「え、なんこれすごっ。どうしたんこれ」
「いや……これ結構効果のある御守りらしくて、なんかの時に役に立たないかな〜って」
「御守りやったら、とやまるがもっとったほうがいいっちゃないと?」
「ううん、俺的には華代に持ってて欲しかったから」
「そうなん……? んーじゃあ、とりあえずこれ預かるね。そして明日返すけん」
「持っててもらっていいんだけど……わかった、明日またもらうよ」
華代が綺麗な笑みを浮かべていた。
「忙しいのに呼び出してごめんね、じゃあ俺行くよ」
そう言って帰ろうとした時
「待って」
と言われた。
「長居できんとか言っとったけど、まだ大丈夫やけん、もうちょっとだけ一緒おらん……?」
ちょっとビックリして固まってしまった。けど
「いいよ、もうちょっと話してよっか」
そう言ってまた神社の階段を二、三段上がった。
それから、賽銭箱の前にある小さな段に座って、2人でしばらく話していた。
今から待ち受けることに、一切もの不安を感じていない様に見えた。
「夏はさ、色々あってあんまりどこも行けんかったやん? やけんね、冬になったら色んなところ行きたいなって思っとってね。ほら、秋も色んなところ行きたかったけど、テストとかあって忙しいやん?」
「そうだね、冬かぁ、どこ行きたいとかある?」
「私さ、白城の方の街にある、大きいイルミネーションとか見に行きたいっちゃん。綺麗って学校で有名でさ」
「あー、あれね! たしかに綺麗だよ、結構寒いけど、あれはいいよ」
「やろ? あれ見に行こうや?」
いいよって返事しようとした所で、華代のスマホが鳴った。周りが静かだから、相手の声もかすかに聞こえる。
「華代? ごめんねお出かけ中に」
「ううん、大丈夫だよ」
「もうこっちの準備は終わったから、あとは華代の準備だけなんよ。ごめんね、私達も急かしたいわけじゃないけど……」
「そうよね、わかっとるけん大丈夫よ! もうちょっとしたら帰るけん」
「ごめんね華代」
そこで電話が切れた。
「ごめん、お母さんが帰ってきてってやけん帰るね」
「うん、ごめんねもうちょっと長くいてあげられなくて」
「いいとよ! 言うなら、呼び出してくれてありがとう、やね」
「いや〜まぁ……そう、だね」
「ふふっ、じゃあまたね」
「うん、またね」
華代が帰っていった。足取りは重たくなさそうだった。
「冬のイルミネーション、か」
神社で一人、ここから見える海を眺めた。少し花火大会のことを思い出す。
「もうきっと、大丈夫。俺も華代も」
そう呟いて、俺も神社を後にした。




