長月(7)
赤沼さんを倒したあと、一般的に見れば平穏な時間が流れていった。こんな平和な日々が続けばいいのにって思ってたのに、もう今日は最後の長月。逆を言うなら、明日からとうとう神無月。
今年はちょうど、土曜日から十月がはじまるから、一日に儀式をしてしまうらしい。
気が気ではない。例えるなら、テスト前の嫌な感じが五百倍くらいの重さでのしかかっている状態。
……でも、そんなこと言ってられない。華代はきっとこれ以上に怖くて、辛い気持ちでいるんだと思う。だから俺が気持ち負けしてたら話にならない。しっかりしなきゃ。
今日は少し早めに家を出た。誰よりも早く教室に着いておきたくて。
誰もいない教室の窓を空けて、朝の涼しい風にあたる。誰もいない校庭を眺めながら、一人で考え事をしていると
「あら? とやまるはやいねぇ」
華代が来た。校庭を眺めていても姿が見えなかったから、結構近い距離にいたのかもしれない。
「華代もはやいね、おはよ」
「うん、おはよ」
華代は鞄を机に置くと、俺の隣に来た。
「秋風に朝焼けかぁ。なんかいいねぇ」
「でしょ? 朝早くに来るとさ、こういうことができるんだよね」
話しながら華代の様子を見ていた。最初の反応って比較的に素の心が出がちだから、あえて早く来て様子見しようって思ってた。自分が無神経なことしてしまって、余計に傷つけるなんてことは絶対にしたくなかったし。
華代はしばらく風に吹かれていた。長い髪が揺れている。朝日に照らされているのが、また俗に言うエモいってやつなんだろうなぁって考えてた。
「どうしたん」
「え? んー……いや、なんでもない」
「なんよそれ〜」
……本当に、なんでもないんですよ。
校庭に人が見え始めた。だいぶ時間が経っていたみたい。
「おっはよ〜兎夜、華代ちゃん! わっちも早く来てみたんだけど……二人の方が早かったね」
「なんとなく早く来てしまったんよね。風涼しくて気持ちいいよ」
「外にいる時から涼しいなぁとは思ってたけど、教室からだとなんか雰囲気と混ざっていい感じがするね!」
「でしょ?」
そこから、予鈴がなるまでずっと他愛のない話をしていた。それがまた楽しかった。
この日は特に何も無い一日だった。それがまたいいってやつ。
放課後、また三人で美術室に行く。三年生の卒部が近いみたいだから、美術室に行って柚希先輩と会えるのは今日が最後かもしれないらしい。
「やぁ、よく来たね」
柚希先輩は、絵を描いているわけではなく、荷物を軽く片付けていた。
「こんにちは。荷物結構あるんですね」
「うん。私けっこう荷物持ち込んでたから、一回で持って帰れる量じゃないんだよね。だから三日に分けて持って帰るよ」
「三日!? 結構かかりますね」
柚希先輩は笑っていた。
「ゆーずきせーんぱいっ、先生から渡しといてくれ〜って作品集預かってきましたよ……あっ! 兎夜先輩たちだ! わーい! こんにちは!」
「あっ旭飛だ、こんにちわ」
「すごーい! 大集合ですね!あーあ小春も残っててもらえばよかった」
「ふふっ、また今度だね。旭飛ちゃん、それ貰っとこうか。沢山あるのにありがとうね」
「いえいえ! とんでもないです!」
そこからまた色々な話をした。その中で、柚希先輩の進路状況の話も聞けた。大学側から来てくれないかと三件ほど連絡があったらしく、その中で一番質がいい大学を選んだって。形上の試験も受け終わっているらしく、あとは結構余裕があるって言ってた。
柚希先輩、すげぇ。
話の途中、席を立っていた柚希先輩が、俺の鞄の隙間にメモを挟み込んで、目で合図してきた。きっと明日のことについて書かれたメモなんだと思う。
その場で何か言うのも変だったから、軽く頭を下げた。すると柚希先輩は、軽く笑ってくれた。
そうしているうちに、下校時間のチャイムが鳴った。校門からワラワラと人が出ていく。
「あー今日も楽しかったです! また来てくださいね、先輩方っ!」
そう言って旭飛が手を降っていた。
「うん、また来るね」
手を振り返すと、旭飛はにっこり笑って、柚希先輩と一緒に反対方向の道を歩み始めた。
「んー、せっかく楽しい気分だし、またスケートリンクでも作ろうかなーって思ったけど、人が多いから危ないよね〜」
「そうだね、あれ楽しいんだけど、人が多いところでやったら大変なことになるよね」
「あっ、そうやわひなみちゃん、雪って降らせられる?」
確かに、雪くらいだったら珍しいね〜で済むかもしれない。
「んふ〜、余裕だよ? ちょっとまっててね……」
そう言うと、ひなみの姿が消えて、はらはらと雪が降り始めた。
「あ、二人ともまだ半袖? 寒くない?」
「うん、大丈夫! ありがとうひなみちゃん」
「どういたしまして!」
季節外れな雪が降る中、俺たちは三人で帰っていった。
そして、神無月が来る。




