番外編 織田原雅之の追憶
こちらは、神無月の守護者ネップリ先行公開にしようと思っていた「織田原雅之の過去」です。
大きくストーリーには関わらないため番外編扱いとさせていただきました。
ネップリ先行公開にできなかったのは、尺が長くなってしまうからです。ごめんなさい。
ちょっと長いですが、ぜひお楽しみください
コツ、コツと自分の歩く音が聞こえる。虫の声も聞こえるが、それ以上に自分の足音の方が聞こえる。静かな夜ってやつかね。
こうやって雷斗を抱えて家に向かうのは二回目になる。あの時は命の危機だった故、こちらもあせったが、今日はそう急ぐ必要もあるまい。妖怪の姿で動いているから、雷斗も普通の人間からは見えなくなっていることだろう。
見事なまでの静寂。ここまで静かだと、昔の話を思い出してしまう。あまり思い出して気のいいものではないが、記憶は鮮明に蘇ってくる。本は何度か読まねば頭に入らなかったのに、こういうのだけは明確に覚えているのが皮肉だよな。
あぁ、そんなことを考えているものだから、余計に鮮明に見えてきた。何年前かも定かでない、そんな古い頃からの記憶が。
その昔、僕は人間の世界に憧れる蜘蛛の妖怪であった。人間の世界を知りたいが為に、人間の姿に化ける術を何よりも早く習得した。その後、まだ同じ歳くらいの他の妖怪達がまともに術も使えない中、既に僕は大人と同じくらいの術の技術を身につけて、その場を去り、人里に降りた。
初めて山から人里に降りた時の感動は未だに忘れない。たくさんのものに溢れていて、とにかく面白そうに見えた。
大きな建物の中に入り込むと、大きな人間達が五、七、五のリズムでなにか話したりしていた。
趣深いなと思って、隠れてそれをずっと聞いていたり、適当にそれっぽく小さな声で自分も五、七、五のリズムでなにかつぶやいたりしてみていた。それがまた楽しかったことを覚えている。
大きなところであれば、たくさんの本があった。それを何度も何度も読んでいた。最初は文字そのものが読めなかったが、数多くの本を読み漁っているうちに法則性を見つけて、読めるようになった。
人里に降りて数年、近場の本を読み尽くすと、それ以降は暇で仕方なかった。それ故地元を離れて至る所の町に入り込み、本を読み漁る……ということを何百年と繰り返していた。
ある時、山の中で一人の神様に出会った。僕よりも遥かに身長が高く、目は一つ。足は魚介類のようなものだろうか。
「よぉ、真面目そうな妖怪少年」
「……僕ですか」
「他にいないでしょ? お前みたいなやつこの辺にはいないんだよね。どっから来た?」
「生まれはおそらく都の近くかと。それ以降は各所を転々としているため、定かではないですね」
「ふーん。なんでまた色んなところまわってみてんの?」
「いろいろと、人間の世界のことについて知りたくて。眺めているだけでも楽しいのですが、詳しく知りたいな、と」
それを聞いたその神様は、
「ほーん、人間の世界ねぇ……教えてやろうか? 本では読めない海の外に広がる人間の世界まで」
と言った。
海の外の世界。本でもあまり多くは語られていない所で、これだけ本を読み漁っても詳しくは分からないところが多かった。
「よろしいのであれば、是非」
神様はフっと笑い、本では知れなかった人間の世界について教えてくれた。そうしてほぼ毎日のように話していると、数十年の時が経っていた。僕らはいつの間にか友人のような関係になっていた。
また、たまに来る白髪の西洋妖怪、サナともだいぶ仲良くなった。
たしか、僕がちょうど人間にして雷斗達と同じ歳くらいの事だったと思う。神様に子どもができた。いや、正確に言うならば人間の子どもを拾ってきた……というのが正しい。
「どうしたんですその人の子……」
「んーさっき拾ってきた。人間が山に捨ててた赤子だったから」
まぁ誘拐じゃないならいいかと思って、僕も軽くその赤子の面倒を見ていた。
それから数年がたち、子どもも意思疎通が出来るくらいに成長した。
「パッパ〜、見て見てお花つんできた」
「おぉ〜綺麗なの持ってきたね。赤いお花か。朱花はその色ほんとに好きだね」
「パッパに似合うから好き〜」
フッと笑いながらそれを見ていたら、神様の子が僕にも花を差し出した。
「こっちは蜘蛛さんの。パッパとは違う色。でも蜘蛛さんはこっちの方が似合うから」
ありがとうと言ってその青い花を受け取った。
神様の子ども、朱花はとても嬉しそうにしていた。
ふと、この子がもともと住んでいた世界は、どうなっているのか気になった。神様の近くで生活するようになってから人里に降りることをすっかり忘れてしまっていたのだ。
娘さんもだいぶ大きくなって、単眼の神様も安定して生活出来るようになっていたようだし、親子の時間も欲しかろうと、僕は一度人里に降りた。
それから十年くらい空けてまた山に戻ると、山全体の様子がおかしくなっていた。空気が悪い……というのが正しいのだろうか。
神様は、山奥の神社にいた。
「長らく空けてしまいました……」
明らかに様子が変だった。彼は全体的に黒く染まっており、今までの優しい父親というような面影は消えてしまっていた。娘の姿も見当たらない。
「あ〜、雅之じゃん。久しぶり」
しかし声色は以前より明るい。それがまた少し不気味であった。
「何があったんです……?」
「いろいろ? まぁあんまり気にしなくていいんだけどさ、麓の様子は見たか、この腐れた町を衰退させてやったよ。飢饉起こしてだいぶ経つ。下で何人死んだだろうなぁ」
そう言われてみれば、この近辺においてのみ飢饉が発生していると聞いていた。こんな小さな集落を救おうとするものなどいないのだから、麓でどれだけの人間が死ぬかなんて簡単に想像が着く。
「……何故あなたがそんなことするのです? 人の子を大切に育てるような神様が、何故人を傷つける様な真似を」
「……だからじゃねぇの? お前さ、頭いいんだから考えたらすぐ分かるだろ」
最初こそ意味がわからなかったが、今までは無かった土の山と、花の束を見て全てを察した。
「そういうことか……」
神様はニタァと笑って
「人間って惨いよな。あんなやつら、生きててなんかいい事あるわけねぇよな」
そんな事ない……と言いたいが、綺麗にそうとは言いきれなかった。僕は人間の綺麗なところばかり見てきた。だが、そうではない部分があることも知っている。
「そういえば、アイツらに生贄よこせば五年間だけ助けてやるぜって言ったんだよ。そしたら、アイツらなんてったと思う? 差し出すってよ! アイツらを試すテストみたいなもんだと思って冗談半分で聞いてやったのに、アイツら本当に自分の事しか考えてねぇ! 思わず笑っちまったよ」
今までよりも口調が荒い。圧倒されて何も言えなかった。
「だからよ、本当に生贄をとる事にした。まぁ、アイツらに俺と同じような思いをさせることも出来るだろ。まぁ、生贄を出す家以外のヤツらは汚ぇことしか考えてねぇだろうが。まぁ、それもまた笑えるよなぁ雅之……?」
「……だが! 生贄にされた人間は何も悪くないのでは……罪もない人間を傷つけるわけには」
「アイツらはもう、生きてるだけで罪だ。生まれてきたその瞬間から罪の塊。それを五年に一回一つ片付けるくらいで何が問題なんだよ」
「……全ては察している。そう思うのも無理はないが、考え直せ……神様と妖怪であるから自ら口にするのはよしていたが、友人の手が紅く染まるのを僕は見たくない」
神様はふぅと息をついて、
「あぁそうだよな。友達だもんな、俺たちは。だったら分かってくれるよな」
そう言うと、急に自分の首元が絞まった様な感覚がして、思わず咳き込んだ。実際、苦しい。
「何、したんです……?」
「反抗的な犬にはちゃんと首輪つけといた方がいいだろ? かっこよさめな印着けてやったから安心しろよ。まぁ、逃げ出そうものならって感じだけどな」
首元に触れたが、何かものが着いている様な感じはない。印と言っていたから、刺青のようなものが入っているのかもしれない。
「今からお前は犬同然。俺の下で動いてくれよ」
動く。これが、人間の敵になってしまう行動になることはわかっていた。ただ、逆らおうとすれば毎度息が出来なくなり、それに従うしかなかった。
逃げ出そうとする生贄を拘束したり、多少傷つけたりした。ワァワァ叫び声が聞こえるのが毎度毎度苦しい。全て終われば、息絶えた生贄にされた子どもたちの墓を作り、申し訳程度の花を手向けた。一度だけ、川の淵に打ち上げられた女性の遺体の墓も作ったことがある。もう、墓作りに慣れてしまった。従おうが逆らおうが、どちらにせよ苦しい思いをすることになった。
そうやって数百年過ごして、五年前の夜が来る。
その日の生贄、後に知る雷斗の妹の墓を作り終わったあと、また祠付近まで戻ってきた。
「……返せよ、俺の妹……!!」
少年の声が聞こえた。吐いた言葉から察するに、生贄の兄なのだろう。しばらく様子を見ていた。刀や札を使って戦っていたが、やはりやられてしまった。
神様が去ったあと、せめて同じ墓に入れてやれたらと思って彼に近づいた。死んでいると思っていたのだが、まだ息をしていた。
「ごめ……んな……あ……んな……」
今にも息絶えそうなその少年は、妹の名前を呟いた。目こそ髪で隠れていたが、血に紛れて涙を流しているのが見えた。
自分は今までなんてことをしてきたのだ、と全身に罪がのしかかる。全身が凍りついた様な感覚に襲われた。数秒間ぼーっとしてしまったが、すぐに少年の体勢を変えて、傷口を縫った。
「……昔、軽く医学の本を読んでおいてよかった。こんな所で役に立つなんてな」
縫い終わるなり、彼を抱えて家まで連れていった。今日の生贄の兄ならば、この少年は神崎家の人間なのだろう。指示に背いたことをしている訳では無いため、首は絞まらなかったが、それでもずっと何故か苦しかった。
人の家に上がり込む。神崎家は妖怪の中では有名であるため、世間知らずの僕でもさすがに知っていた。家の中を歩いていると、少女に出会った。
「……誰? お兄さん誰? 雷斗に何したの?」
この少女は人間ではない。しかし、この少年のことを知っているようだった。
「本当にすまない、僕にはここまでが限界だった。あとは人間に任せる。一刻も早くちゃんと治療してあげてくれ」
少年を床に寝かすと、その少女は青ざめて、何か言いながら走っていった。これ以上長居すれば、迷惑になりかねない。黙ってその場を去った。
あの日も静かな夜だった。泣く虫たちの声を聞きながら、僕は神様の元に向かった。
「あれ、雅之じゃん。どこいってた?」
「……すみません」
「いやいいんだけどさ、んで今日のは」
「話がある」
時間が止まったような感覚。覚悟は出来ている。
「……僕は、人里に降りる。今日限り、僕はお前の下に付いているのは辞める」
「……へぇ、そう。さっきの人間になんか吹き込まれた?」
「違う」
「ふーん。じゃあ完全に自分の意志ってか。いいぜ、逃がしてやるよ」
少々ほっとした。しかし次の瞬間、全身から力が抜けて立てなくなってしまった。息をするのも苦しい。
「首輪は外してやったよ。だが、お前の妖力を三分の二奪った。もうろくに妖術は使えないだろ」
あぁ、そういうことか。
「……呵呵、その程度で済むなら安いものだよ。本当に、僕も人のこと言えないが、堕ちきってしまったものだな、邪神」
邪神はニタニタと笑って僕を見下していた。人間の姿のまま地を這うのは効率が悪かったため、一度小さな蜘蛛の姿に戻り、山の麓に降りていった。
数日後、その少年の病室に訪れた。管に繋がれた彼は痛々しかったが、それでも生きていることがわかって安心した。
「……お兄さん」
お見舞いに来ていたのは、夜に会った妖怪の少女であった。
「あぁ……あの時の。君がこの少年の家族に教えてくれたのかな。ありがとう」
少女はブンブンと首を振った。
「ありがとう。雷斗のこと助けてくれたんでしょ?」
「……大したことは出来なかったよ」
「ううん、雷斗は応急手当がなかったら死んでたって。お兄さんのおかげ。ありがとう」
少女の目からポロポロと涙が零れていた。何故か申し訳ない気持ちになった。
「泣かないでおくれ、大丈夫だから」
そのまま窓から去ろうとした。すると、
「雷斗まだ起きてないから、起きたらまた来てくれますか」
そう聞いてきたので
「また来るよ。僕は君たちのことを見守るから。大丈夫だよ」
そう言って去った。
病室を少し遠くから眺めて、彼がいなくなるその日を待った。そして、彼が病室から姿を消した数日後、僕は彼の部屋を訪ねた。
「やぁ。気分はどうだい、雷斗」
彼らがちゃんと幸せに生涯を終えるまで、責任を持って見守り続ける。それが、僕にできるせめてもの償いなのだろう。
そんなことを思い出しながらまた、神崎家の裏門をくぐった。




