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神無月の守護者  作者: なまこ
葉月
30/53

過去編 神崎雷斗

暗い。

何も見えない、体も動かない。

俺は相変わらずだった。あれから何も変わってない。なにも、なにも……


目を逸らしたい過去が脳内でチラつきだした。忘れたくても忘れられない、忘れられるわけがない。

五年前の記憶。






「にいたん……にいたん! おーきて! もうお昼だよ!」

「あぁ……もう昼か」

「そう、お昼! 杏奈(あんな)お腹すいたー! にいたんと一緒がよくて待ってたの」

神崎杏奈(かんざきあんな)、俺の六つ下の妹。俺よりも活発で、人見知りだった俺とは違い、色んな人とすぐに仲良くなる子だった。


「待たせてごめんな、布団たたんで行くから、先に行って待ってて」

はーいと元気よく返事して廊下を駆けて行った。青い空に、もくもくと浮かび上がった入道雲が大きく見えた。


平日だから両親はいない。陽の光だけに照らされた居間で昼をすませる。親がいないのをいいことに、供え物の林檎を、デザートとして勝手に二人で食べた。それが今までにないくらい甘くて、杏奈も大喜びしていた。


昼を済ませたあとは杏奈の遊び相手をする。庭の水道とホースを使って虹を作ると、とても喜んでくれる。魔法みたいだねって。


「あのねあのね、杏奈、にいたんのことだーいすき!」

そう言うと庭の花壇の近くでクルクル回って、着ていたワンピースをふわふわとさせながら

「今、杏奈おひめさまみたいでしょ? だからにいたんはおうじさまね! 」


ふっと吹き出してしまった。

「そうか、にいたんおうじさまか。じゃあ杏奈を守らないとだな」

「うん! にいたんかっこいい!!」

「かっこよかねぇよ、当たり前。おうじさま以前に、兄ちゃんだからな」

杏奈は、庭の向日葵に負けないくらいの笑顔を咲かせていた。


それから数日後、休日の夜。

灯りを消したはずの居間から両親の声がした。

「今年の生贄は家から出すことに決まった」

生贄の話は家の蔵においてある本で少し読んだことがある。多分そのことじゃないかと思った。

「どうにもならなかったのね。じゃあ……」

「あぁ、杏奈を生贄にする」

杏奈?


「なぁ、生贄って? 杏奈をどうするの……?」

「雷斗、お前起きてたのか。はやく寝なさい」

父さんに、サッと部屋に戻されてしまった。

でも、こんな話を聞いた後に眠れるわけがない。

隣でスヤスヤと眠る杏奈を見ながら、考え事をして夜を過ごした。


「おっはよう雷斗! 杏奈ちゃん! 遊びに来たよ」

この頃、ひなみはまだ家にはいなかったけど、よく遊びに来てくれていた。

「ひなみちゃんおはよー! にいたんは珍しく起きてるよ」

「珍しくて悪かったね……。あぁそうだ、ひなみ、ちょっと悪いんだが、今日は俺の代わりに杏奈を見ておいてくれないか? ちょっと行きたいところがあって……」

「ん〜? いいよ! 杏奈ちゃん、今日はわっちと一緒に遊ぼうね」

「にいたんもいて欲しいけど……今日はひなみちゃんと遊ぶ! にいたん行ってらっしゃい!」


ひなみに杏奈を任せて、俺は調べ物をしにいった。

家の裏庭から山に抜けて、大きな岩を右に曲がったところ。そこに、家の蔵がある。

大きな扉を開けると、薄暗い空間の中にたくさんのものが置かれていた。


「……ホコリっぽい」

何度かむせながら本を探す。昔、家がまだ陰陽師として活躍してた時期の名残っぽい本や、訳が分からない絵集まで。たくさんの本がホコリを被って山積みになっている。それを一冊一冊丁寧に調べた。

そして、生贄についての情報にたどり着いた。


本を読んで、この町では五年に一度、邪神様に生贄を捧げていることがわかった。生贄を捧げずにすむ方法はただ一つ、邪神様を倒すことだけ。

この言い伝えの中には守護者という存在がいることも、本の説明でわかった。


そうなれば、やることは一つだった。

「……俺が守護者になれば、杏奈を助けることが出来る」


相手は邪神様。絶対に簡単に倒せる相手じゃない。

そもそも、人間ではないものと戦うなんて前代未聞。でも、俺がやらないと杏奈は……。


山積みになった本の中から、陰陽道に関する本を持ち出して、蔵の奥にある家宝、月明刀を手に取った。

陰陽道の本に書いてあることが本当なら、この刀は俺に反応してくれるはず。

本に書いてある通り強く念じると、古ぼけていた短刀は青く綺麗に光って、長い刀なった。その光が薄暗い蔵の中を照らしていた。


これらのものをいちいち蔵に取りに来るのもめんどくさいので、今日使ったものは家の少し離れたところにある建物の部屋に置いた。実質秘密基地。

これからの事を考えながら、その秘密基地を後にした。


「にいたんおかえり! ひなみちゃんがね、たーくさん遊んでくれたの! 杏奈すっごく楽しかったよ」

「そうか、よかった。ひなみ、ありがとうな」

「んふ〜、どういたしまして? 杏奈ちゃんが楽しんでくれてよかった!」

夕日で照らされた二人の顔は、眩しいくらいの笑顔だった。逆に俺はちゃんと笑えていたのか、正直分からない。ただなにも察されてなければいいと思っていた。


それ以降、空いた時間を見つけては基地にこもって邪神様に対抗する策を立てたり、刀を振ってみたりした。時間がある時には、美奈子姉さんの家まで行って、剣を教えてもらった。


長月になると、華代、柚希さんと一緒に大人たちからこの邪神様の話を聞かされた。初めて聞いた二人が驚いていたから、俺も驚くフリをする。

そして、杏奈が生贄になると伝えられた。周りはみんな俺に哀れんだ目を向けてきていたが、俺からすれば何を今更という感じで。

反応が子どもらしくなかったのが気に食わかなかったのか、後で大人たちが俺の事を「冷たい子」だと陰口を叩いていたもの知っている。

そうして着々と時間は過ぎて、遂に神無月が来た。


杏奈は当日になって儀式のことを知ったようで、特別な着物を着せられてはしゃいでいた。

「にいたん見てー! おひめさまみたい? 杏奈かわいい?」

……言葉が詰まる。

「うん、かわいいよ。おひめさまみたいだ」

色々な感情が混ざってごちゃごちゃする。


この日、本来なら俺も儀式に参加しなければいけなかったが、大人どもがさすがに酷だと思ったらしく、俺は欠席にしてくれた。

その隙をついて家を抜け出す。


下手に早い時間に出ると、大人どもにバレてしまうから、あえて少し遅れて家を飛び出した。


薄暗い森を、懐中電灯の光を頼りに走り抜ける。

家から儀式のある祠はそんなに遠くないが、この時だけはとても遠く感じた。


生い茂った草木をかき分けて祠の前にたどり着く。祠の近くは月明かりが差し込んでいて、懐中電灯を使わなくても周りのものが見えた。

そこには、先ほどの着物を着た杏奈が後ろを向いて立っていた。


「杏奈か? まだ無事だな……よかった。さ、帰ろうぜ」

声をかけても全然振り返ってくれない。返事もくれない。


「あ……んな?」

歩みよって、肩を叩こうとしたその時だった。杏奈はものすごい勢いで振り返って、俺が上から羽織っていたパーカーを引っ張った。


「えっ……あっ」

驚いてまともに言葉も出ない中、下を向いたまま杏奈が話し出した

「ねぇねぇ、杏奈ね、死んじゃった。おにいちゃんのせいで死んじゃった」

「死んじゃた、って……お前まだここにいるのに……?」


「そうだよ、おにいちゃんのせいだよ! おにいちゃんが死ななかったから私が死んじゃった!」

顔を上げた杏奈の目に光は無く、肌もやけに白く見えた。そのわりに口角があがっていて、笑っているように見える。


杏奈はそれを言い終わるなり、力強く俺を突き放した。

「いってぇ……っ!」

言葉を失った。そこにいた杏奈だったそれは、真っ赤な彼岸花のように、赤い液体を噴き上げて崩れ落ちて行った。

非現実的な光景に言葉が出ない。足元まで飛んできたその赤い液体が生温かいのがやけに気持ち悪くて。


「フッハハハ、なに腰抜かしてんの? 少年」

見上げるとそこには明らかに人間ではない、タコ足、単眼の化け物が立っていた。


「お前が……邪神様……?」

「はーい正解! そうです俺が邪神様です」

「……妹は」

「ん?」

「妹はどうした、今日生贄として捧げられた、俺の妹はどうした……!!」


「あーアレ? 今日のちっさいの? あぁもうそんなん……」

邪神様の目がニタァと笑っているように見える。

「すぐ殺してやりましたよ! いや〜いい声上げてくれたわ。いやね、さっすがに小さい子だったし? 俺も優しいから最初は優しく痛めつけたよ。まぁ、最期はザックりいかせてもらったんだけどね」


「……ザケンじゃねぇ!」

「ふざけてなんかないね! てか、さっき見たでしょ? その妹。あれ見てまだ生きてると思ってる?」


できるだけ早く刀を抜いて、構えた。

「え〜何? 僕戦うの? かっこいいねぇ!」

「うるせぇ! 俺はお前を絶対許さねぇ、人の命をなんだと思ってる……返せよ、俺の妹……!!」


思いっきり切りかかる。それでも軽々と避けられる。

「クソ……当たらねぇ!」

「へいへい狙ってる?」

煽られているのが余計に腹立たしい。でも、そんなのに構ってられない。

「……烈!!」

起爆札を撒いて、周りを爆発した。ものすごい砂埃が立つ。それでやれるわけがないので、追い討ちとしてさらに爆発させる。自分も前が見えないくらいに。


「うっわ〜、服汚れんじゃん。どーすんのこれ」

「やっぱまだ生きてるよな……」

邪神様がどこにいるのか目を凝らして探る。しかし、どこにいるのかさっぱり分からなった。


「ねぇねぇお前さ、雷斗って名前なんだっけ? 生贄が叫んでたよ。助けてってな」

「……っ!?」

耳元でいきなり声がした。

刀を振ったが、それですら当たらない。


「ところでさ、彼岸花って綺麗だよな。この町の花なんだろ? 足元、よくね?」

「足元……」

足元を見ると大量の真っ赤な彼岸花が咲いていた。赤いのが普通の赤じゃなくて、血みたいな赤。


「爆発物はさ、こう扱うんだよ」

危険だと思って避けようと思った。それでも間に合わずに爆発に巻き込まれる。茂みに吹き飛ばされて、木の枝や葉に傷つけられるのが鋭い痛みでわかった。


「クッソ!」

すぐ立ち上がって邪神様の所に向かう。何度刀を振っても一向に当たらない。でも、祠のすぐ後ろまで追い詰めることは出来た。次はさすがに当たりそうだった。その時

「おにいちゃん」

邪神様だったそれが杏奈の姿になっていた。

「杏奈……!!」


次の瞬間、全身にものすごい痛みが走った。

「……え?」

目の前が真っ赤になっていく。体に力が入らない。喉の奥から鉄の匂いがして、遂にそれは口から溢れた。


「雷斗君バカだねぇ。姿が妹になったからって、それは妹ではない。俺の前で自ら隙を見せてくるとか自殺志願者でしかない」

「あ……はぁ……」


「人間のガキごときが、俺に刃向かってくるとか身の程知らずもいいとこなんだよ。まぁせいぜいあの世で兄妹仲良くしろよな、クソザコが」

そう言うとソレは暗闇に消えて行った。俺はただ、為す術もなく、目を閉じた。



次に目を開けた時には、何故か病院にいた。あぁ……俺は死んでいないのか。

「雷斗……! 良かった目が覚めた!?」

「あぁ……母、さん?」


ガバッと起き上がる。多く繋がれた管がピンと張った。それと同時にとんでもない痛みでが体に走る。

「急に起き上がらないで! 傷が開くから……応急手当で傷口が縫われていたから助かったけど、あなた本当に死んじゃうところだったのよ? もう本当によかった……」

「……母さん、ひとつ聞きたい。なんで、なんで生贄を杏奈にしたの。どうして俺にしなかったの」

「雷斗……。それはね、それでよかったからよ」

「いいわけねぇだろ……杏奈は俺よりいいやつで、もっと生きているべきだったなのに」

「違うの、雷斗。杏奈はね」

母さんが一息吸う。俺も唾を飲んだ。


「……杏奈はね、最初から生贄になるために生まれてきたの。全ては、あなたを守るため、あなたの身代わりになるために。それだけのために生まれてきたのよ」


それを聞いて以降の記憶は曖昧だった。これ以降、よく妹に自分の存在を責められる夢を見るようになったということは覚えている。





「……斗、雷斗……」

遠くで声が聞こえる。うっすら目を開けると、そこにはひなみがいた。

「よかった、目覚ました!! 雅之ー! 雷斗目ぇ覚ましたよ!」

「そうか。やぁ雷斗、気分はどうだい」

意識がやっとはっきりして、ガバッと起き上がると

「ほらまた君はそうやっていきなり起き上がる。それ本当に体に良くないからやめておくれよ」

怒られた。

「あ……あぁ? すまない」


そうだ、俺は守護者と戦って、頭撃たれて倒れたんだっけか。だからか、すっごく頭が痛い。

「雷斗、兎夜と戦ってからまる二日は寝てたんだよ? ほんと心配した! 傷の手当とかは雅之がやってくれたの。わっちはずっと見てたよ?」

「悪いな、二人にほんと迷惑かけて」

「まぁ別に構わないんだがね。どうだい、少しスッキリした?」

「……」


階段を誰かが上がってくる音がした。

「失礼するよ〜? おっ、雷斗起きてんじゃん。どぉ? キツくない?とりあえず林檎切ってきたよ〜」

「美奈子姉さん……すまねぇ」

そう言うと、姉さんは笑って

「なーに言ってんの? 別にいいよ、気にしないの。んで、戦った相手とはまだ良く話せてないんでしょ?ぶっ倒れちゃったわけだし? 近いうちお菓子かなんか持って顔出しておいで? まぁとりあえずは体調整えて、傷癒すことが最優先だけど。じゃあ、あとは二人ともよろしくね」

そう言って、部屋を去った。

部屋に残されていた林檎をかじると、とても甘い味がした。

それは、杏奈と食べた最後の林檎の味によく似ていた。

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